咎人の生活管理日誌を発見しました。▼
【メギド タウの町 拘置所】
人間の運用する施設の拘置所という場所に私は初めて入ったが、中はかなり入り組んだ作りだったようだ。
今や派手に破壊されていて、檻だった頃の面影が少しばかり残る程度になってしまっている。
そこかしこに血の跡がついていて、肉片が残っていたりしていた。
「ねぇ、こんなところに何の用なの?」
「ここに上位の回復魔法士がいると聞いたものでな」
「ここ、悪いことした人間が入れられるところでしょ? そんなところにいるなら悪い人間なんじゃないの?」
「かもな。だが、行き場所のない者は従えやすいだろう?」
「ふーん。まぁ、僕は何でもいいけど」
案の定、レインはあまり興味がないらしい。
悪い人間だろうがレインにとっては脅威にならないと考えているようだ。
「脅威になると判断すれば同行させるつもりはない」
「回復魔法士なんて脅威にならないよ」
「どうだろうな。人間で性根の腐っている者ほど質の悪い者はいないと思うが」
力はなくとも、悪意を持って知恵を使われると質が悪い。
あらゆる方法をもって対象を排除しようとする。
「確かにね。っていうか、そんな性根の腐ってるような奴探しに来たの?」
「腐敗しているかどうかは聞いた話だけでは判断できない。実際に自分の目で見て判断しなければ、信用できないからな」
「あー、それは分かるよ。ノエルも魔女だからって周りからの評価酷かったもん。僕はちゃんと良いところいっぱい知ってるけどね」
「まぁ、そういうことだな」
とはいえ、カノンが言っていたことは恐らくほぼ事実。
カノンは冷静な判断ができる。
第三者が言った程度の噂話を信じたわけではなく、それなりに事件のことは色々と調べてあるのだろう。
動機が分からない以上、事実しか浮き彫りになっていない。
起こした事件は人間社会としては悲惨な類だ。
その情報だけで信用できる者かどうかと考えれば、到底信用できるとも思えない。
しかし、逆手に取ればそこまで徹底して殺人行為に及んだ、何か「こだわり」があったはずだ。
その信念が向かう先が大きく歪んでいなければ引き込むこともそう難しい事ではない。
「この中全部見る気? 結構広いけど」
「そんな体力は私にはない。管理棟に咎人の処遇に関する資料があるはずだ。それを見ればどこに収監されていたなどの情報を得られる」
「その管理室はどこか分かるの?」
「こういった場所は大体中心部が管理棟だ」
上空から見た建物は中心地に円形の建物があり、そこから四方八方に建屋が伸びている構造だった。
その中心の円形の建物が管理棟と考えて間違いない。
その私の予想は的中し、中部に管理棟らしき建屋があった。
進行方向の妨げになる鉄格子などは魔法で切断して除去しながら先へと向かう。
向かう道中、床には引きずられた血の跡がついていて、どこをどのように何が引きずられていったのか一目で分かるようになっていた。
「ここが管理棟だな」
管理棟では管轄部署がいくつか分かれているらしく、「給仕課」「衣服管理課」「捜査課」などという分け方がされていた。
咎人の牢の管理をしている課をまず探す。
恐らく「牢屋管理課」に咎人の資料があると考え、その課の周辺を捜索する。
資料棚は荒らされた形跡はなく、資料がそのままになっている。
魔族はそんなものに興味がないためそのままになっていても不自然ではない。
机の引き出しを開いて背表紙の文字を目で追う。
その中に「咎人管理表」という分厚いファイルがあった。
「……咎人管理表……これか」
分厚い資料を手に取って目を通し始めると、その表の中に「蓮花」の文字を発見する。
該当するページを開いて牢の場所を調べると、この拘置所の最奥に収監されていたのが最終記録になっていた。
建屋の図面を見て場所を確認すると、その場所は特に厳重な牢のようだった。
「場所はここのようだな」
「へぇ、魔王ってそういう人間が作ったものも読めるんだね」
「一通りはな。法則性が読み解ければ簡単だ」
場所が分かったところで、私はその牢屋に向かって歩き始める。
規則正しく並んでいる壊れた鉄格子の牢屋を横目に目的地へと向かった。
目的地へ向かい始めたとき、辺りにやけに腐臭が漂っているのを感じた。
床には血ではない体液のようなものがついているのが見える。
いくら靴の裏側とはいえベタベタの何かの粘液を踏んで歩くことに激しい嫌悪感を抱いた。
「酷い匂いだな……」
「おえぇっ……肉吐きそう……」
「吐くなら私から降りて吐け」
吐き気を催す匂いがする中、私が目的の牢まで進んで行くと途中からやけに厳重な扉がいくつもあった。
そのどれもがねじ切れるように壊されている。
「力任せに引きちぎったような跡があるな」
「これ、ちょっとやそっとの力じゃビクともしないよ。相当強い力の魔族がやったんだね」
「ふむ……」
これほどの力のある魔族が牢に押し入ったのなら、中の咎人も一瞬でねじ切られて殺されるだろう。
この状況下ではますます生存率は低いように思う。
回復魔法士は戦闘向きではない。
状況から見て絶望的だろうが、牢の中の状況を見て調べるまで確定的な事は言えない。
少しばかり歩いて最終扉を潜ったところで、特級咎人の牢があった。
他の鉄格子の粗野な牢ではなく、特殊なガラスで強固にその牢は閉ざされている。
コンコンと私が硝子を叩くと、重い音がした。
「魔法が組み込まれている特殊な硝子のようだな。衝撃、熱、耐魔法の特別な硝子だ」
「ふーん。でも壊れてるよ?」
「耐衝撃とはいえ、限度がある」
その壊れている硝子の牢屋の中に入った。
やはりこの中も腐臭がする。首、手、脚を拘束する為の鎖があったが、どれも千切れていた。
中は外から監視ができるように全面硝子張りで排泄をするときも、眠るときも、全て監視されているという状態だ。
――こうなると分かっていたら、わざわざ自分の罪を告白したり、表沙汰になるような行為をするようには考えにくいが……狂気に呑まれていれば冷静な判断もできないか
千切れている鎖を確認すると、断面に違和感があった。
力任せに引きちぎったように切れているわけではなく、魔法で構造から切断したような跡がある。
「魔法で鎖は千切られたようだな」
「自分で逃げたってこと?」
「この鎖は魔法封じの魔法が刻み込まれている。本人がこれを解けるようでは拘束の意味がない」
「じゃあ誰かが助けに入ったってこと?」
「かもしれないな。何にしても、力任せに引きちぎったわけではなさそうだ」
他には特に変わったものはない。
簡易的なベッドとトイレがあるだけで他には何もないようだ。
机や椅子もなく、この部屋ではベッドにいる以外に居場所はない。
争った形跡はないが、個々の床にもねっとりとした粘液が広範囲についている。
人間のものだったと仮定するには範囲が広すぎると感じた。
これは人間のものではないだろう。
「何にしても……これを見るに、ここからは逃げおおせた可能性が出てきたな。魔族に殺された可能性が高いと考えていたが」
「でもこの町にはもう人間はいないんでしょ? あいつらがくまなく探したって言ってたし」
「気配もないな。だが、もう少し調べたいことがある」
「えー、もういいじゃん。帰ろうよ。空間転移の負荷で頭も痛いし気分も悪いけど、耐えられないほどじゃないし」
レインは空間転移の負荷を軽視している。
まだそうするには早い。
それに、これだけではまだ情報が不十分だ。
厳重な牢を出て私は中央管理棟へと再び向かう。
「そう急ぐな。このような場所に来る機会はほぼないのだから、少し見学してもいいだろう。ノエルとやらに会ったときに、話のネタにでもすればいい。知らないよりも知っている方が話が弾むぞ」
「そうかなぁ? こんな場所の話することある?」
「知らないよりはいいだろう。よく観察して、おかしなところに気づいたら報告しろ」
あまり納得していない様子だったが、レインは私に言われたとおりに辺りを注意深く観察し始める。
「あんな厳重な牢屋に入れられるってことは、相当に悪いことをした人間なんでしょ?」
「あぁ、何十人も人間を殺しているらしい」
「え? それだけ? 数十人だったら別に大したことないじゃん」
「人間の感覚で言うと、数十人はかなり多い。更生の余地なしの特級咎人だそうだ」
「同族で殺し合うなんて、別に珍しい事でも何でもないのに。弱い奴が死ぬんだから、別になーんにもおかしいことじゃないと思うけど」
「人間社会では殺人は禁忌とされている。人間と言うのは結束力が強い社会的な生き物だからな」
中央の管理棟に戻り、私は「生活指導課」という課の棚を調べた。
咎人それぞれの生活記録が記されているファイルを見つけ、その棚の中に「特級咎人:011713★ 蓮花」というものがあったのでその資料を取り、開いて目を通す。
【蓮花:011713★
罪名:殺人、殺人未遂、傷害
罪状:67年10月から12月にかけて、タウの町にあった脳疾患者収容施設にて、患者12人を殺害。13人を深刻な脳疾患の悪化を招かせ、人格を破壊した。
69年1月29日、脳疾患者収容所職員、総勢68人を毒殺、1人ナイフにて刺殺中に身柄を確保。
動機:動機については完全黙秘。
鑑定結果1:被告人は常習的に幻夢草を売買人から買っており、使用していた。幻夢草による極度の興奮、錯乱、妄想状態時の犯行で責任能力はなかった。
鑑定結果2:身体から幻夢草に含まれる幻覚、妄想症状を引き起こす成分は検出されなかった。事前に毒を用意し、脳疾患者収容施設職員を確実に殺す為に食堂の献立を確認するなどの周到な用意をしており、計画性が認められる。元々の脳疾患なし。責任能力有り。
判決:69年12月6日 死刑判決】
――大事件という割には捜査期間が短い印象を受けるな。犯行発覚から死刑判決が渡されるまでが随分短い……被害者の数を考えれば、もっと緻密な捜査が必要に思うが……国は相当急いで死刑にしたかったという訳か……
ぺらりと次のページをめくる。
【生活態度:
69年12月10日:食事の拒否をする。食事をさせようにも、吐き戻す。駐在の医師の診察を激しく抵抗して拒否する。
12月11日:ほぼ1日膝を抱えた姿勢で俯いている。食事を拒否する為に点滴を行おうとするが、点滴の針で自殺未遂を行ったために点滴は中止。
12月12日:壁に頭を打ちつけて自殺未遂。すぐに拘束し、治療を施す。身体を完全拘束したまま点滴処置。
12月13日:食事を摂ることを約束させ、身体の拘束を解く。自傷行為についてもした場合は完全拘束する旨伝える。
12月14日:食事を摂るものの、好き嫌いが多い。残さず食べるように指導するが、聞き入れず。
12月15日:拘禁反応などはない。紙とペンの申請があったため、自傷行為などに使わないことを約束させて渡した。1日中紙にペンを走らせている。内容は解読不可能。
12月16日:ペンのインクが1日にして終わる。紙も1日でなくなる。紙に書かれている文字列の意味を問うが、答えず。答えない場合は紙やペンを与えないと言うと「言っても分からないと思いますよ」と返答。】
――自暴自棄になっているのが一転して何か書き始めているな……第三者が見た時に解読ができないように暗号化している辺り、あまり好ましい資料ではないようだな。その書き出した紙はあの部屋にはなかった。どこか別で保管しているのだろうか?
私は要点を押さえながら記録に目を通す。
【12月21日:本を要求してくる。拘置所内にある本のリストを渡すと、数十冊を無作為に選んだ。歴史書、医学書、ホラー小説、魔族種類図鑑、植物図鑑等。
12月30日:「早く死刑にしてほしいんですけど」と言う。
70年1月3日:「自分の裁判記録が見たい」と言う。裁判記録の写しを手渡す。
1月4日:「この裁判記録、抜いてあるところありますか?」と質問。「ない」と返答すると何か考えるようなそぶりを見せるがその後は沈黙。
1月5日:「ライリーという回復魔法士は現状どうなっているか」と質問。「わからない」と返事をする。分かったとしても教えるわけにはいかない。
1月13日:ハーヴェイ弁護士が訪問する。討論内容は別紙(P.128)を参照。】
私は別紙までページを飛ばし、弁護士とのやり取りの記録を見る。
【A:ハーヴェイ弁護士、B:蓮花
A「死刑を取り消す申請と、するにしても伸ばす申請をしている」
B「そんなこと望んでないです」
A「捜査が不十分な関係から、申請は十分に通る余地はある。権威のある回復魔法士や医師の署名も集まっているし、もう少し頑張ってほしい」
B「弁護士っていうのは勝手ですね。もう少し咎人に寄り添った弁護をした方がいいのではないですか?」
A「貴女の為を考えて活動している」
B「私の為……? 冗談でもそんなことは言わない方がいいですよ。私の為を思うのなら早急に死刑を実行するべきです。私の為じゃなくて、私の研究の為ですよね? それを私の為って言うのはどうかと思いますよ」
A「動機について話す気になったかな?」
B「しつこいですね。話す気はありませんよ」
A「動機を言うと立場が不利になるという認識で良いかな?」
B「立場? そんなのものを気にするように思いますか? そういう観点で話さない訳じゃありません」
A「動機を話してくれたら、私たちも全力を尽くして死刑を逃れられるようにする。不利になるような動機であれば採用しないこともできる」
B「何を語ったところで無駄ですよ。もういいですから。死刑を伸ばすような行為は望んでいません」】
弁護士との面会記録はそこで終わっている。
文面を見るに、死刑になることを望んでいた様子だ。
希死念慮があったのか、あるいは自暴自棄になって投げやりになっているのか、別段ここから逃げ出して生き延びたいという意志を感じない。
――やはり、誰かがここから連れ出したのか……?
「ねぇ、僕、お腹空いた」
私が真剣に資料に目を通している傍ら、いつもどおりレインは飽きてぐったりとしていた。それに加えて空腹を訴えてくる。
「何? 先ほど食事をしたばかりだろう」
「空間転移で疲れたし、お腹空いた。僕、育ち盛りの龍なんだよ? ここ食べ物ないの?」
「……さぁな。自分で探しに行け。私はしばらくここで情報収集をする」
私がそう言うと、レインは少しばかり焦ったような態度を取った。
「僕の事置いて帰る気でしょう? 嫌だよ」
「置いて行ったりしない。自分の食事くらい、自分でなんとかしろ。それにもう飛べるようになっているだろう」
「まぁね。でも、僕……置いて行かれるのは嫌だ。仕方ないからお腹が空いてるのは我慢するよ」
置いて行かないと言っているのにも関わらず、レインはまるで私が当然のようにここに置き去りにすることを前提として話を進めてくる。
「置いて行かないと言っているだろう。空に魔法を打てばどこにいるか互いに知らせることもできる。はぐれることもない」
「………………」
そう説得するも、レインは黙り込んで顔を背けた。
「……?」
何か様子が変だ。
「どうした?」
「……ノエルはね、僕を置いていっちゃったんだ。だから怖い。置いて行かれるのは凄く嫌な感じがする」
「ふむ……そうか。私は置いて行ったりしないがな。恐怖を感じるのは感覚的なものだ。理論ではないことくらいは心得ている」
「別に、魔王がいなくなったら寂しいとか、嫌だとか思ってるわけじゃないからね」
「そのくらい識別できる。我慢するというのなら、しばし耳の届く範囲で食料探しでもしていろ。私はこの辺りの書類を確認する」
「はーい」
レインは力なく返事をして私の肩から飛び立ち、食料を探しに行った。
出会った頃は自らの力で飛ぶのもやっとだったのに、やはり成長が早い。
この場所は誰もおらず静かであったため、レインが動く音は私の耳にはしっかりと届く。
どこにいるかはすぐに分かる。
ガシャガシャと激しい物音が聞こえてきたので、私はレインに対して注意をした。
「あまり書類などを散らかすなよ。書類棚には食料はないぞ」
そう言った私の声が聞こえたかどうかは分からないが、激しい金属音や硝子が割れるような音はしなくなった。
私は手元に持っている資料に再び目を通し始め、特級咎人の情報を集めた。