水を弾く服ができました。▼
【タカシ ミューの町 宿】
豪雨に濡れた髪をタオルで乾かしながら、俺はメルたちがいるであろう部屋をノックしてから入った。
メルの部屋に全員がいてクロは身体を丸めて横になっていたが、俺たちが入った時に上半身を起こしてこちらを見た。
俺たちだと分かると再び興味なさそうに伏した。
「おかえりなさい。タカシお兄ちゃん」
「あぁ。ただいま。豪雨に降られてえらい目にあったぜ。俺も佐藤もびしょびしょ」
着替えた簡易服と濡れている髪をメルたちに見せた。
「敵襲があった合図だと聞きましたが、何か見ましたか?」
「いや……雨でなにも見えなかった。何か来てるとか、雰囲気は分からなかったけどな。クロ、何か感じるか?」
「大量の雨で匂いがかき消されていて分からない。魔族の大群が来ているのだとしたら、魔道具でいつまでも凌げないだろうな」
そうは言っても雨に当たりすぎるとテイタイオンショウとかいうのになって命が危ないと佐藤が言っていた。
前がよく見えない程雨が降っている中、出て行くことはできない。
「傘をさしてどうにかなるレベルの雨じゃないですし、視界も悪いとなれば出て行っても無謀ですね」
「でも、雨が上がってからじゃ遅いんじゃないか? そんなに長い間降り続くのかな」
「奇襲をかけてきた者が何者か分からないですけど、この豪雨では成す術がないと思います。飛行可能な魔族だったとしても、この町には飛行魔族対策用の塔が建ってました。容易には入れないでしょうね」
「水を操れる魔族なら入れるかも」
「この量を操るなら、魔王様くらい魔法に精通していないとできませんよ」
「さっき、宿屋の亭主に聞いたけど1時間くらいで収まるって。でも場合によっては2時間、3時間降らし続けるって。敵の脅威がなくなるまで」
そんなにどしゃぶりの雨が降り続いて、この辺りは大丈夫なのだろうか。
1時間程度ならそれほど大きな被害もないかも知れないが、それが2時間、3時間と続けば周辺地域に物凄い被害が出てもおかしくない。
「カノン、そんなに雨が降り続いて大丈夫なのか? この辺りに住んでる他の奴とか……」
「この降水量で数時間も続けば、必ずどこかに被害が出ますね」
「この町はそれでも平気な構造になっているんでしょうね……この町の人間はこの町の外の人間や魔族の事なんて露ほどにも気にかけてない……」
この周囲のどれほどにこの雨が影響を及ぼすのかは分からないが、少なくともこの付近には多大な影響が出るだろう。
「それじゃ駄目だろ。俺、雨を止めるように言ってくる」
「そう言われて止めるとは思いませんが。どこで魔道具が使われているかも分からないのに」
「あの町長の家だろ? あいつが大事なもの他に置いておくわけない」
「仮にそうだったとしても、この町の人たちは豪雨があったらシャッターを閉めてしまいます。この雨では声は中に届かないですよ。中に入れてもらえないと思います」
確かにそうだ。
この豪雨で音がかき消されて中に聞こえない。
仮に聞こえたとしても中に入れてもらえるかどうかは別だ。
あの傲慢な町長を考えれば俺たちを中に入れるとも考えられない。
「何かできることはないのか?」
落ち着かない気持ちで俺は部屋の中を右往左往しながら考える。
「自然災害の前では、僕たちは無力ですから。それが『雨呼びの匙』という強力な魔道具なんでしょうね」
「『具現化の筆』でこの雨に耐えられる傘と、拡声器を具現化すればいけませんかね?」
「なるほど。でも町長が大人しくやめてくれるとは思いませんけど……」
仮に無理に止めさせたとしても、外敵がいる以上は問題は解決しない。
「敵がいなくなればいいなら、やっぱり町の外の問題を解決したほうがいいんじゃねぇかな……」
「危険ですよ。万が一にも川に流されでもしたら、助けられませんし」
「でも、どうにかしなきゃさ……メギドに大見え切っといて、メギドがいなきゃなんにもできねぇなんて、何のために一緒に旅してんのかわかんねぇじゃん」
一瞬でも「こんなときメギドがいたら」と考えてしまった自分が情けない。
どんな状況でも、自分でなんとかしなければ何も進んで行かないのに、強いメギドに頼ってばっかりで情けない。
「カサじゃなくて、こういうのどうですか?」
俺たちが悩んでいると、メルは服の絵を描いた紙を俺たちに見せてきた。
特に何の変哲もない、普通のフードがついている服だ。
「普通の服に見えるけど?」
「これは水をはじく服ですよー! これなら自由に動き回れますし、この服は透明なので顔も全身くまなく覆うことができます」
「なるほど……それは画期的ですね。目を保護できれば視界は確保できるかもしれません」
「でもさ『具現化の筆』ってそんなに長く具現化していられないんだろ? メギドは確か……5分程度だって言ってたような……」
「色々試してみてたんですけど、かんたんな絵はあんまり長持ちしないんですけど、ふくざつな絵はけっこう長持ちするんですよ」
「複雑に描いてる時間がないんじゃないか?」
「それは、これを張り付ければ問題ありません」
メルはかなり細かい柄の絵を引っ張り出してきた。
何の柄なのかは分からないが、かなり複雑な柄をしている。
「別に描いておいたんですよ。これをこの服にはりつけて線をつなげればそのまま具現化できます。切り張りは何度か試してみましたが成功しました」
「それで、どのくらいもつんだ?」
「そうですね……1時間くらいでした」
「1時間もあれば十分だな。それ、いくつある?」
箱の中からメルは模様の紙を取り出して枚数を数える。
「5つくらいあります」
「よし。じゃあメルはその準備をしてくれないか。俺が行く」
「僕も行きます。何かあったときにすぐに回復できた方がいいですから」
「俺も行きますよ。いざとなったら『雷撃の枝』を使います」
「この雨の中、電撃は諸刃の剣ですね……下手をしたら僕たちも感電しかねません」
あの雷撃を受けたら黒焦げになるだけでは済まない。
だが魔道具は他にもある。
「『風運びの鞭』は使えるんじゃないか? あと『縛りの数珠』も。クロは来るか?」
「私は行かない。雨に濡れるのは嫌いだ。それに、女子供を連れていく訳にはいかないだろう。私はここでこの者たちを守っている」
俺たちに顔も向けないまま伏した状態でクロはそう言う。
レインとメギドがいない今、クロが一番の戦力だ。
できることならついてきてくれたほうが心強い。
「俺たちを守ることが必然的にメルたちを守ることに繋がるぞ?」
「くどい。魔王に大口を叩いたのだから、貴様らでなんとかしろ」
「そうだよな。分かった。それじゃ、メル、頼んだぞ」
俺はメルが準備をしている間に持っている魔道具を確認した。
布でぐるぐる巻きになっている『風運びの鞭』を取り出す。持つ場所がないほどの鋭い棘に、俺はどこを握ったらいいか迷う。
「これ、布を巻いたまま使えないんですか?」
「その鞭は直接握らないと発動しないものなので、布を巻いたままでは使えません」
ミューリンが『風運びの鞭』のところまでやってきてそう言った。大きな蝶の羽をせわしなく動かしながらふわりふわりと浮かんでいる。
「しっかり握り込んで振らないと発動しないんですよ」
「この棘だらけのところをしっかり握り込むのか……戦いに集中できなさそう」
そうは思ったが、これの威力は妖精族の集落で確認済みだ。
かなり強い力を持っていることは知っている。
この豪雨の中突風が吹けばひとたまりもないだろう。
「『縛りの数珠』と『風運びの鞭』は俺が持つ。カノンは回復係、佐藤は『雷撃の枝』の係な」
「雷撃はこの雨の中危険なので、安全が確保されたら使いましょう。雨が止んだタイミングで使うのが良いでしょう」
「わかりました」
俺と佐藤は自分の予備の服を引っ張り出して、一度別の部屋に入って着替えをした。
メギドの服は沢山予備があるが、俺の服は三着で着まわしている。
佐藤は二着しか持っていない。
服に頓着がないのは俺も佐藤も同じだ。
その服が濡れたら着る服がなくなる。
「なぁ、佐藤。この服が濡れたらメギドから服借りようぜ」
「サイズが合わないんじゃないですか? それに、貸してくれませんよ。タカシさんは命知らずですね。この前お気に入りの服を……その……俺が破いちゃったばかりですし、言えないです」
「メギドは怒ってない」
「魔王の事ですから、服を貸すくらいなら裸でいろって言うでしょうね」
「それはありえる」
着替えが終わった俺たちは再びメルたちがいる部屋へと戻った。
戻ったと同時くらいに、メルは俺たちに向けて絵を広げてきた。
「できましたよー!」
具現化された透明な服をメルから受け取る。
透明な以外は何の変哲もない服に見えるのだが、軽くて大きく、今着ている服の上から着ることができる。
「それじゃ、俺たちは行ってくるから。メル、ミューリン、ミザルデはクロから離れないようにな。クロはメルたちを頼んだぞ」
「あぁ。勝ち目がないと思ったら逃げ帰ってくればなんとかしてやる」
――可愛げのない狼だな……
そう思いながらもメルに具現化してもらった防水性の透明な服を着て、再びシャッターを開けて俺たちは町の外側へと向かい始めた。
雨足は弱まっておらず、相も変わらず激しく降りしきっている。
あまりにも強く打ち付ける雨で視界は悪いが、メルの具現化してくれた服のおかげで濡れずに済んでいた。
服は水を吸収せずにすべて弾いていく。
これはすごい。
「っていうか、町のどっち側なんだろうな!?」
「わかりませんが、初めに警報音が聞こえたのは町の向こう側です!」
「じゃあそっちに行ってみましょう!」
雨音で声がかき消される中、大声で話しながら俺たちは初めの警報音が鳴り響いた方向へと走って向かった。
もう町の外堀は半分以上に水が溜まっている。
跳ね橋の向こうを見ると、小鬼族、鳥獣族らしき者たちがいた。
水棲族らしき者もいる。
ミューの町の対策は揃っているという訳だ。
見たところによると悪魔族も数名いる。
「……上級魔族の悪魔族まで……争いには加担していなかったはずなのに……」
「悪魔族っていったら、メギドと同じ種族だよな? めちゃくちゃ強いってこと!?」
「魔法を巧みに使ってくるかもしれません! 気を付けてください!」
魔法を使われたら俺たちに勝ち目があるようには思えない。
強力な魔道具があるからと言ってもメギドに勝てないのと一緒だ。
「そうだ……なぁ! メギドがいるってハッタリ聞かせたら引き下がってくれるんじゃね!?」
「やってみる価値はありますが、どうやって信用させるんですか!?」
「『風運びの鞭』ならメギドの魔法にも匹敵するんじゃないか!?」
「でも、この雨じゃハッタリの声も届かないですよ!」
「確かに! 音を反響させる魔法使えるか!?」
「すみません! 使えません!」
なかなか名案だと思ったが、声が届かなければ交渉の余地も何もない。
「一先ず、塔の中に入りましょう! どういう状況なのかを確認しないと!」
「そうだな!」
俺たちは跳ね橋の横に立っている塔に向かって走る。
すると、塔の入口に警備の人が2人立っていた。
塔の屋根の部分に入って手には見たこともないような武器を持っている。
「すみませーん!!」
「なんだお前たちは!? 建物の中に入っていなければだめじゃないか!!」
「回復魔法士のカノンです! 敵襲があったということで、加勢に来ました!」
警備兵はカノンを見てから俺たちを見た。
カノンを見て、俺たちが魔王メギドの一派だということは分かったらしい。
「加勢ぃ? 必要ない! ここは『雨呼びの匙』だけで十分!」
「このまま雨が降り続いたら、他の村や町が大変なことになっちまうだろ!」
「知ったことか! 俺たちが生き残るには必要なことだ!」
その身勝手な返答に、俺は苛立ったが今それを言い争っている場合ではない。
「あいつらなんか交渉してきてるのか!?」
「何もない! 攻め込んで来ようと意気揚々と待機しているだけだ!」
「俺たちがあいつらを追い払えば雨は止ませられるのか!?」
「お前たちにそれができるのか!?」
「やってはみる! 塔に入れてくれ!」
半ば強引に俺たちは塔の中に入った。
やっと雨の爆音がなくなり、普通の声量で話すことができるようになる。
中にいた兵士が俺たちを見たが、カノンを見ると警戒心を解いた。
やはりカノンは方々に顔が効くようだ。
「すみません、加勢しに来ました。突然来てごめんなさい」
「回復魔法士がいてくれるのは心強い。だが『雨呼びの匙』があれば大丈夫だ。この雨の中外に出るなんて随分命知らずだな。なんだ? その服……」
「あぁ……これは、まぁ、説明していると長いんですけど、邪魔にはならないので様子を見させてください」
塔の小窓から外を確認すると、町の外周に沿うように魔族らが待機しているのが見える。
横に広がっていると狙いが定められない。
「多分、雨も入ってこられない一因なんでしょうけど、一番は魔王様が張って行った結界があるからこそ入ってこられないんだと思います」
「結界って、どの程度信用できるんだ?」
「わかりません……でも、悪魔族がいる以上は油断なりませんね」
「声が届かないんじゃどうにもできないか。メギドがいるって伝えたら絶対に退いてくれると思ったけど……」
「でも、逆にそれは危険ではないですか? 彼らがゴルゴタの手先であれば魔王がここにいるとゴルゴタに知らせることになれば俺たちが危険ですよ」
「確かにな……ちょっと作戦会議しようぜ。数が多い」
俺たちは魔族の動向をうかがいながら、どう対策すべきかどうか作戦会議を始めた。