生存者を探してください。▼
【アザレア一行 ニューの町近郊】
シータの町でタトゥーの彫り師、ミアの息子のイザヤを見つける為にアザレア一行はシータの町からニューの町の間を移動していた。
イベリスの追跡魔法でイザヤを探しているものの、なかなか見つけることは出来なかった。
町に近づくにつれて魔族を多く見かけることが多くなり、ベレトカーン号を追いかけてくる者もいた。
しかし、ベレトカーン号の速度に追い付いてくる者はいなかった。
周りを注意深く見渡すが、イザヤがいたらしい痕跡もなければイザヤ本人も見当たらない。
「なぁ……いーさん、本当にこの辺なのか? 全然いねぇじゃん。影も形もないって感じ。もうすぐニューの町につくんだろ?」
「ふむ。地図も大まかな位置でしか解らなかったからな。ニューの町を目指すには最短ルートを通ったのだが……イザヤさんは少し外れたルートを通っているのかもしれないな」
「広いから仕方ないね。道も畦道だし」
「倒れている魔族も見当たらなかったし、戦ったりはしてないのかな? イベリス、もっと詳細な場所は分からないんだよな?」
「これ以上は分からないな」
4人が話をしているうちに、ニューの町がもう目前まで迫ってきていた。
その付近に手掛かりらしきものは何もなかった。
「町で待ってる方が良いんじゃない? この周辺を探して入れ違いになっても困るし、宿か何かで待ってた方が着実かも。いくら魔王城を目指してるとはいえ、町の宿に寄って休息は取るでしょ?」
「宿が一か所ならそうかもしれないが、どこの宿に泊まるかは分からないぞ」
「そう何件も宿があるの? 数件だったら、全身タトゥーを入れてる青年が来たら知らせてもらうように言えばいいんじゃない?」
「確かに、その特徴はリーン族特有のものらしいからな。ミアさんに聞いたが、リーン族はそう多い民族ではないらしいし、こんな状況で早々自然に出くわさないだろう」
エレモフィラがそう提案すると、他3人はそれに同意した。
何の特徴もない人だとしたら説明に困ってしまうが、全身にタトゥーを入れている青年というのは非情に特徴的で助かるとウツギ以外の3人は感じていた。
「もう町につくぞ」
イベリスがベレトカーン号を運転し続けてニューの町に着いたとき、一行はその町の状態に唖然とした。
町は大幅に壊れていて、門のある場所に人が倒れているのが見えた。
門と言っても、門も壊れており意味をなしていない。
「なにこれ……」
ベレトカーン号から一行は降りて、その倒れている人にエレモフィラは駆け寄った。
エレモフィラはうつ伏せで倒れている人の脈と呼吸を確認しようとしたが、明らかにその人から腐臭がしたので触れて確認するまでもなかった。
「死んでる」
「1人だけじゃないようだな。中を見るとそこかしこで人が倒れている……」
「酷い匂い……町全体から腐臭がする……吐きそうになる」
「うげぇ……俺はもうマジ吐きそう……」
町は燃えた形跡があったが、もう火事は収まっている様子だった。
生きている人間もいなさそうだったが、魔族がいる気配もない。
「生きている人を探してみよう。これは魔族の仕業なのか……」
「死亡したのおはかなり前だね。結構腐ってる。ネズミとか、野鳥とかに食べられてるみたい」
「えーちゃん……それ以上言うな……おえっ……」
ウツギは壁に手をついてえずいていた。本当にもう今にも吐きそうな状況らしい。道中で食べた携帯食を吐き戻しそうになっている。
「大丈夫か、お前さん。その調子ではこの町に入れないぞ」
「入りたくねぇよ……うぅっ……」
「鼻をつまみなさい」
「いやいや、この空気を口から吸うのもマジ無理」
「確かにそれは分からなくもないが、呼吸をしないと生きていけないぞ。なら、服を通して空気を吸うしかないな」
イベリスに言われた通り、ウツギはこの腐臭漂う空気を直接吸わないように服に顔をつけてそこから呼吸することにした。
「……いーさんたちはこの空気平気なのかよ…………」
「俺もキツイけど、我慢できる程度。エレモフィラは平気そうだな」
「私は平気。こういうの多分慣れてる。いーさんも平気そうだね」
「うーむ……いい気分ではないが、お前さん程のダメージは受けていない。町に入れそうか?」
「あぁ……なんとかな」
アザレア一行は口元を押さえて前かがみにゆっくり歩くウツギを連れて、ニューの町に入り生存者を探した。
しかし、どこを見ても倒れている人ばかりで、血もそこら中に飛び散っていたり、血だまりが出来ていたりした。
いずれも赤みがなくなって酸化して茶色くなっている血と、赤黒く固まっているものばかりだ。
「血が完全に乾いてる。とび出してる内臓も干物みたいになってるし」
「やめろぉおお……干物が食えなくなるだろ」
「……ウツギって意外と繊細だよね。例えるなら、運動不足の人の筋繊維みたい」
「つっこむ気力がねぇ……」
町に入ってからくまなく横臥している人を調べていくが、そのどれもがやはり死後かなり経過している死体だった。
殺され方はそれぞれだが、一撃で殺されている者もいれば、長い間苦しめられたであろう者もいる。
斬殺、撲殺、圧殺、絞殺……すべてが魔族によるものとも考えづらい。
「誰かー! 生きている方はいらっしゃいますかー!?」
「おいおい、お前さんよ。敵がいるかもしれないのに、そんな大声を出すもんじゃないぞ」
「でも、もしかしたら生きてる人がいるかもしれない。こんな状況で、家にこもり切りで弱り切っているかもしれないし……少しでも俺たちで発信しなくちゃ。俺たちなら襲われても十分戦える」
「いや、俺は今無理……こんな状態で戦うの無理……」
「状態異常、“嘔気”だね」
「ふざけんなよ、えーちゃん……」
暫く町の中を歩き回って生存者を探したものの、一向に生きている人は見つけられない。
建物の硝子が割られ、家の中の様子が見られる場所へと声をかけてもやはり返事はなかった。
「……イザヤさん、こんな町入るかな?」
「イザヤさんの性格は分からないが、1人で飛び出して行く血気盛んな正義感の強い青年ともすれば、私たちのように生存者を探す……という方に賭けたいな。ウツギ、どうだ? 1人でここに来ていたとしたら町に入っていたか?」
「……入りたくねぇけど……入って生きてるやつ探すよ……」
「ふむ。私は定期的に追跡魔法を使ってイザヤさんの追跡をしよう。お前さんたちは引き続き生存者を探してくれないか」
アザレア一行は生存者を探し続けた。
探している間に見つけた遺体の中には殺された人だけではなく、天井から縄を通して首を吊って自殺している人もいた。
「自殺だね。首が少し伸びちゃってる。舌と目も飛び出てるし」
「マジかよ……うえぇっ……おえっ……」
「降ろしてあげよう」
剣でアザレアが縄を切ると、ドサッ……と首つり死体は床に崩れ落ちた。
「殺された人だけじゃなくて自殺者までいるなんてな……」
「外があんな状況じゃ、追い込まれて自殺も考えるよ。一般人なら抵抗する術もないだろうし……」
エレモフィラは飛び出てしまっている目を眼下に戻し、口から出てしまっている舌を強引に口の中へ戻そうとしている。
「よく、そうぐいぐい触れるな……」
「平気。ウツギの内臓が飛び出しても、ちゃんと戻してあげられるよ」
「…………そうならないことを祈るよ」
そうしながら、エレモフィラは不安に思っていることを口にした。
「ねぇ、いーさんの故郷ってローの町なんでしょ? ここから近いよね?」
「あぁ、それほど遠くないが」
「……ローの町は無事だよね?」
「…………この町の惨状を考えれば、無事ではない可能性が高い。お前さんの出身のタウの町もな……」
「……考えたくないけど、そうだよね……確認しに行きたいんだけど……イザヤさんも探さないといけないし」
エレモフィラの不安そうな表情に、他3人も表情が曇る。
確かにこの町がこの惨状では、他の町もどうなっているのか大体察しは付く。
「早いとこイザヤさんを探して町の状態を確認しに行こうぜ」
「うん……」
そうして、生存者を探し始めて2時間が経った頃、何かが付近にいる気配を全員が感じた。
「この辺……最近死体を動かしたような跡がある」
「私も、先ほどから何かいるような気がしている。イザヤさんだろうか? それとも生存者……魔族か?」
「多分ちげーよ。死体のポケットが裏返ってるだろ? 死体漁りの盗賊だろうさ」
「珍しく鋭いんだね。例えるなら勢いのついた鉄板って感じ。でも食べ物を探してるだけかもしれないよ。そういうところが鉄板なんだよね」
「その例え分かんねぇよ! あと珍しくって言うな!」
ウツギが多少大きな声を出して言うと、カラン……と瓶が転がるような音が近くから聞こえた。
「誰かいるのか? 出てきてくれ。俺たちは危害を加えるつもりはない。助けに来たんだ」
そのアザレアの呼びかけに、物陰に隠れていた人影は姿を現した。
それは7歳か8歳程度の子供だった。
血に塗れ、腐肉がついていて頬がこけてしまっている。
顔や手は傷跡だらけで、短い髪にまで血がべったりとついていた。
「少年?」
「…………」
子供はアザレアたちを一瞥してから怯えたように再び物陰に隠れてしまう。
「助けに来たよ。俺たちは敵じゃない。怖がらなくていいよ」
アザレアがそう呼びかけると、再び子供は顔を出した。
怯えている目でじっとアザレアを見ている。
ゆっくりと子供を驚かせないようにアザレアが手を伸ばすと、少年は手とアザレアを交互に見て、手を伸ばしてきた。
と、思われたが、もう片方の手には血まみれのナイフが握られており、アザレアに向かってその子供は思い切りナイフを振りぬいた。
突然の事で驚いたアザレアは身体を咄嗟に引き、ナイフの斬撃を避けた。
尚もその子供は咆哮をあげながらアザレア達に襲い掛かった。
持っているナイフを振りぬいてくるのを見極めてその子供の腕をいなし、後ろ手に掴み上げ、その子供の態勢を崩させて押さえつけた。
「うあぁあああ!」
「落ち着いて。何もしないよ!」
「ぁあああぁあああ!」
少年は押さえつけられているのにも拘らず、力任せにアザレアの腕を振りほどこうとする。
ずっと唸り声や叫び声をあげ続け、全くアザレア達の話を聞こうとしない。
「なんか、混乱しているというよりは様子が変」
「なんだってんだ。いくつか分かんねぇけど、話くらいできる歳だろ」
「状態を調べたいから、そのままちょっと押さえておいてくれる? 検査する」
エレモフィラはその子供の身体に手をかざして状態を確認した。
頭から首、胴体、四肢と魔法で検査するが、別段何か異常な点は見つからない。
洗脳されるような魔法がかけられている訳でもなく、脳機能にも目立った障害などはなかった。
「感染症にかかってるみたい。他に特に問題はないようだけど……しいて言うなら、脱水症状かな。この子、男の子かと思ったけど、女の子ね」
「え、そうなのか? 俺も男かと思った」
「水を飲ませて落ち着かせよう」
イベリスが空中に水を生成すると、その少女は水を見てより興奮した様子で更に暴れた。
「アザレア、放してあげて」
少女は解放されると、宙に浮いている水に顔を突っ込んでそれを飲んだ。
途中で咽ることもあったけれど、少女はその水を飲みきった。
息を吹き返したように少女は一時的に落ち着く。
イベリスが荷物の中から食料を取り出し、少女に見せると今度はその食べ物を奪い取るようにイベリスの手から攫い、それをガツガツと食べ始めた。
「かなりお腹空いてたみたいだね」
「食べる物もなさそうだしね。でも、どうしてこの子だけ生きてるんだろう。戦って生き残った訳じゃないだろうし」
「隠れてたんじゃねぇか? 他にも生きてるやつがいるかも。落ち着いて話せるようになったら聞いてみようぜ」
少女は食べ終わったと同時に、アザレアたちを見渡した。
まだ警戒している様子だ。
「何もしないよ。助けに来たんだ。他に生存者はいる?」
「セイゾンシャ?」
「あー……君のほかに生きてる人はいるかな?」
「生きてる……?」
言葉を反復するように繰り返す少女は、アザレアの背負っている鞄に飛びついて引っ張り奪おうとする。
「ちょ、ちょっと待って。まだご飯がほしいならあげるから、落ち着いて」
夢中で引っ張って奪い取ろうとする少女に、アザレアは食べ物を更に差し出した。
少女は再びそれを奪い取り、夢中になって口に入れる。
「言葉が通じていない訳でもなさそうなのに」
「なぁ、お嬢ちゃん名前は?」
必死に食べている傍ら、ウツギが近づくと少女は食べ物を奪われるかと考えたのか歯を剥き出しにして威嚇した。
「ううぅ……」
「なんだよ、お前の飯取ったりしねぇよ……名前を聞いただけだろ」
「名前……ガキ」
「ガキ?」
「俺……そう呼ばれてた」
それを聞いてアザレアたちは顔を見合わせた。
冗談の類ではないことは少女の表情や今までの態度からも明らかだ。
「それは、名前じゃないと思うんだよね。なんていうか……蔑称っていうか、悪口っていうか」
「そうとしか呼ばれたことない」
その言葉を聞いて全員が難しい表情をして言葉を詰まらせる。
「魔族に襲われたとか、それ以前にかなり問題がありそう。イザヤさんを探しながら色々聞いてみよう」
「そうだな。ここに置いて行っても危険だしな」
「ふむ。色々時間がかかりそうだな」
手についた食べカスを指についた血ごと舐めている少女を4人は見つめ、そして辺りの死体の海を見渡した。