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勇者の名前は『魔王』でよろしいですか?▼  作者: 毒の徒華
第2章 人喰いアギエラの復活を阻止してください。▼
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『幻夢草』について聞きますか?▼




【魔王城】


 センジュから見て、指先が血まみれのゴルゴタの機嫌が悪いことなどすぐに理解できた。


 それでなくとも、扉を蹴り飛ばして「おいジジイ!」などと半ば声を荒げて言っている時点で、センジュでなくともそれは一目瞭然だ。


「ゴルゴタ様、扉を蹴り破るのはお止めください。お行儀が悪いですよ」


 センジュがゴルゴタに向けてそう言ったものの、すぐに別のものにセンジュは気を取られた。


 ――人間の女性……?


 ゴルゴタの後をおずおずとついてきている蓮花と目があったとき、蓮花は軽く会釈する。


 首輪、手枷、足枷がついたままの状態はそれほど驚くことではなかったが、その顔の「011713★」の番号にセンジュは驚いた。


 伸びっぱなしの黒い髪に隠れがちだが、左頬にしっかりと無機質な数字と記号が印字されている。


 よもや、その番号と記号を見れば、自己紹介など不必要だ。

 その意味を知っていれば何をした人間なのかということは分かる。


 センジュもその意味を知っていた。


 初犯の殺人罪、特級咎人。


 彼女の価値はその数列ですべてが決められる。


 蓮花はあまり部屋の中を見渡すのも失礼かと思ったが、他の部屋よりも豪奢なその部屋に目を奪われていた。


 特に、センジュが向かっている机の上に置いてある機械人形に視線を奪われた。

 精密な作りの、見たこともないような作りかけの大きな人形が横たわっている。


 魔機械族とは少し違うが、かなり造形は似ていると感じた。


「んなこと、どーでもいいんだよ。おい、ジジイ。俺様は俺様専用の武器を作ることにした。てめぇが作るんだ」

「…………それは結構ですが……」

「あー……なんだっけぇ……? 刀蛭とうてつだっけかぁ?」

「はい。刀蛭です」

「それを改造して武器にしようって算段だ。でもよぉ、この人殺しがそんなに器用でもなさそうだから、てめぇが作るんだよ……俺様の専用の剣をよぉ……キヒヒヒ……」


 センジュはそれを聞いて顔をしかめた。


 センジュは刀蛭については知っていたが、どうにもゴルゴタが自発的に刀蛭の話をしている訳ではない。


 蓮花の入れ知恵だということは明白だ。


 それに蓮花のことを「人殺し」などというぞんざいな言い方をしていることにも違和感を覚える。


「……色々、聞きたいことがあるのですが、よろしいですかな?」

「あぁん? つまんねぇこと聞くんじゃねぇぞ。俺様は今機嫌がわりぃんだ……」


 ガリッ……ブチブチッ……ガリッ……ブチブチッ……


 親指の付け根の辺りの肉を食いちぎってゴルゴタは自分の肉を食べていた。


 手だけではなく、口の周りまで血で真っ赤になっていく。


 食いちぎるのに飽きたら手の血を舐め、口の周りの血も拭った。


「そうでございますね……3つほどよろしいですか? まず、ゴルゴタ様のお連れの女性の方を紹介していただきたいのですが」

「この顔の番号を見れば紹介なんかしなくても分かんだろぉ……?」


 ゴルゴタは蓮花の首を後ろから掴み、センジュの前へと突き出す。


「えっと……初めまして。蓮花といいます。顔の番号記号に間違いはありません。それなりの回復魔法士です」

「わたくしはセンジュと申します。魔王家の執事をしている老体でございます。そちらにおられますゴルゴタ様に幽閉されている身ですが、貴女は幽閉されている訳ではなさそうですね」

「はい。自主的にゴルゴタ様に仕えています。つい先日にこちらへたどり着いたんです」

「何のために、でございますか?」

「……人間を滅ぼす為にです。ゴルゴタ様が人間を滅ぼそうとしているのを知って、協力したいと考えて来ました」


 やけにあっさりした、何の温度もない回答にセンジュは目を細めて蓮花を見つめる。


「分かりませんね、どうして人間の貴女が、人間を滅ぼそうと目論もくろむのか……」

「思うところは色々あります……まぁ……私が結局何を言ったところで、落伍者らくごしゃですから……戯言程度にしか聞こえないと思います」

「…………人間を滅ぼした後、貴女はどうするおつもりですか?」

「私も死にます。というよりも、何らかの方法で殺されると思われます」

「それを貴女は承諾していると……そういうことですか」

「はい」


 ゴルゴタは蓮花の首に自身の鋭い爪を突き立て、首筋をゆっくりと強く引っ掻く。


 すると、蓮花の喉元は裂け、球状の血が溢れだしてきてゴルゴタの爪を更に赤く濡らした。


「……痛いですよ」

「キヒヒヒ……コイツは都合のいい俺様の新しい玩具なんだよ……なぁ? それなりに賢いし、使い道がある」


 蓮花がゴルゴタに対して「痛いですよ」と言ったことにセンジュは少々驚いた。


 それ以上に、その言葉にゴルゴタが彼女を殺さないということにも驚く。


「自分から来たという辺り、人間側のスパイの可能性もあるのではないですか?」

「スパイだろうが何だろうが、俺様はこいつを気に入ってんだ……人間にしては面白れぇ奴だしなぁ……それに、俺様が直々に監視してんだから、なーんもできねぇよ」

「…………意外ですね。人間をお気に召されているというのは」

「人殺しの特級咎人ってところが面白れぇからなぁ……ヒャハハハッ……こいつも良い感じに狂ってやがる」


 蓮花の首元の傷に再び爪を這わせ、溢れてくる血液を指先で弄びながらゴルゴタはそう言う。


「そのタトゥーがフェイクという可能性があるのではないですか?」

「それはないですよ。この顔の番号のタトゥーは咎人に入れる用の魔法が織り込まれた専用のインクを使っているんです。皮を剥ごうが、焼こうが、絶対に消すことは出来ません。呪いの魔法に近いですね。解呪の方法を知っているのは少数の国お抱えの咎人管理人だけです。多分、もうほぼ全員が魔族の襲撃で死んでますね」


 顔のタトゥーを触りながら蓮花は言葉を続ける。


「咎人の烙印をスパイの為だけに入れるのはリスクが大きすぎます。後の人生、これを永遠に背負っていくことを考えれば、賢明ではない選択です」

「へぇ?」


 ゴルゴタは蓮花の顔のタトゥーのある皮膚を思い切り爪で切り裂いた。


 タトゥーの入っている表皮はその一撃でこそぎ落とされ、中にある顔の骨まで見えている状態になった。


「痛いですって……鏡、ありますか?」

「鏡なんか何に使うんだよ? 自分の顔の中身が見てぇのかぁ? キヒヒヒ……」

「まぁ、合ってます。自分で創部が見えないので、鏡で見ながら治療するんですよ。見えないと治療できないですから」


 それを聞いて、センジュは立ち上がって部屋にある鏡を手に取り、蓮花に手渡した。


 顔から血が噴き出し、首、胸、服、何もかもがどす黒い赤に染まっていく中、蓮花は冷静にその鏡を受け取って軽く頭を下げる。


「ありがとうございます」


 鏡を見ながら、蓮花は損傷の激しい顔の傷の方から治療し始めた。


 神経、筋肉、表皮を治したところで、新しくできた表皮の上に数字と記号が再び現れる。

 顔のついでに先についた首の傷の治療も同時に行い、傷を完全に治した。


「本当ですね。ただのタトゥーとは異なるもののようです。本物の咎人なのでしょう」

「はい。そうです」

「…………相応の前科がある貴女を、容易に信用することは出来ませんね。ゴルゴタ様に何かしようという算段なのではと考えずにはいられません」

「はい……信用されなくても当然です。その為の顔のタトゥーですから」


 修復した顔の状態を確認しながら、顔の血を手の甲で乱暴に血を拭って顔の血を落そうとするが、血の量が多く、少し拭った程度で落とし切れなかった。


 センジュはその様子を見かねて部屋に合ったハンカチを蓮花に差し出した。


「あ……すみません。ありがとうございます」

「……それで、刀蛭を使った武器を作るというのは貴女の提案ですか?」

「はい。軸の周りに刀蛭を何匹か接合してメイスのような形状にするんです。刀蛭の刃は生え変わるので、手入れの必要はありません。定期的に血を吸わせないと死んでしまいますが……」


 顔の血を拭きながら蓮花は手でメイスの形をジェスチャーで伝えようとする。


 その提案を聞いてセンジュは険しい表情をして蓮花を見つめた。


「面白そうだろぉ? 血を吸って成長する武器ってのはよぉ……」

「随分、残酷な方法を思いつくのですね。刀蛭にとっても、それで切られる相手にとっても」

「人間という生き物は残酷なことを思いつくのが得意なんですよ」


 ハンカチで手を拭ったものの、結局、血の量が多く白いハンカチが余すところなく真っ赤になってしまってそれ以上血を拭うことはできなかった。


 蓮花は持っていた鏡をセンジュへと返却する。


「ハンカチ、すみません。洗ってお返ししますね。鏡にもちょっと……血がついちゃいました」

「差し上げますよ。出血した際に使ってくださいませ」

「あー……いえ……ごめんなさい。私の血を拭ったハンカチなんてもういらないですよね。すみません」

「いえいえ、そういう意味で言ったわけではありませんよ。返していただけるなら、お待ちしております」


 蓮花はハンカチを手に持っているのは邪魔になると考え、手首に巻き付けて落とさないように括りつけた。


「今からその刀蛭を取りに行く。ずっと部屋で暇してんだろぉ? 仕事ができて良かったなぁ……? キヒヒヒヒ……」

「ですから……わたくしは庭の手入れをしたいとずっと申し上げておりますのに……」

「たまにさせてやってんだろ。どいつもこいつもうるっせぇなぁ……」

「あの薔薇の手入れですか? 綺麗でしたね。ちょっと伸び放題になってますけど」

「花なんかどうでもいいだろうがよ……何に使えるわけでもねぇし」


 そのゴルゴタの言葉を聞いて、蓮花は1つ思い出したことがあったのでゴルゴタとセンジュに聞いてみることにした。


「……あの、ここに『幻夢草げんむそう』らしきものが生えているのを見たんですが、あれはそうなんですか?」


 センジュは『幻夢草』という植物の名前を聞いて、再び表情を曇らせた。


「……そうです……『幻夢草』ですよ」

「そうですか……」


 手首に巻き付けた血まみれのハンカチの位置を調整しながら、蓮花も表情を曇らせる。


「『幻夢草』ってのは食うとイカれるやつだろぉ……?」

「概ね……そうですね。食べたことあるんですか?」

「俺様は草なんか食わねぇよ。その草がどうかしたのか?」

「…………いえ、何に使うのかなと思っただけです。あんなものを。栽培されている様子でしたから」


 その植物についてゴルゴタは無頓着だった為に、魔王城の一角に群生している『幻夢草』を気にしたことはなかった。


 形すらも分からない。

 ただ、知識として知っているだけだ。


「『幻夢草』からは鎮痛剤が作れますから。他にもいろいろな用途があります。人間のある町では嗜好品として使われているようですね」

「……そうですよ。『幻夢草』から採れる成分を摂取して、多好感に苛まれてますね。その後にくる幻覚、幻聴、妄想症状で破滅していってますけどね。お陰様であれは野草としては刈り尽くされ、栽培されたものが高値で取引されてるんです。野草に比べて効力は落ちるようですけど」

「詳しいのですね。貴女も『幻夢草』を使いたいのですか?」

「いいえ。あんなものは絶対に使いません。嫌いなんですよ。あんなものに簡単に手を出す人の気が知れませんね」


 強い口調で蓮花がそう言うと、センジュとゴルゴタは苛立っている様子の蓮花を見つめた。


「…………わたくしといたしましても、あれは使おうとすれば危険な植物だと思っております。植物自身は身を守るためにその毒性を身に着けたというのに、それを目当てに刈り尽くされるなんて、皮肉な話ですね」


 そのセンジュの言葉に対して、蓮花は返事をしなかった。

 下唇を噛み、カリカリと自分の手の甲を引っ掻く。


「もう話はいいだろぉ……? 刀蛭捕まえに行くぞ。人殺し」


 ゴルゴタが蓮花に向かってそう言うと、曇らせていた表情は呆気にとられた表情へと変化し、硬直した。


「……え? 私も行くんですか?」

「当たり前だろうが。俺様は刀蛭を見たことねぇんだから、てめぇが見つけんだよ」

「あー……絵を描きますから、それを頼りに――――」

「キヒヒヒ……そんなに嫌かぁ? なら、てめぇの腕に刀蛭をくっつけてやるよぉ……ヒャハハハッ」

「やめてくださいよ。うぅ……本当にあれ気持ち悪いんですから。あぁいうおぞましいものは苦手なんです」


 両手を左右に振って「嫌です」と言う蓮花に向かって、ゴルゴタは呆れたような表情をした。


「てめぇが言い出したんだろうが……。ジジイは剣の準備してろ。いいな? 部屋番と一緒に部屋から出る許可を出してやる。俺様達が帰るまでなら庭の手入れも許可してやっても良いぜぇ? ほぉら、行くぞ人殺し。楽しみだなぁ……? キヒヒヒヒ」


 ゴルゴタは蓮花の腕を掴んで強引に引っ張った。


「うぇえええ……やだぁああああ……他の人に行かせましょうよ……」

「あぁ? 口答えすんなよなぁ……舌引きずり出すぞ」

「……分かりましたよ……行く前に何か入れ物を持って行かないと入れられないですよ」

「てめぇが抱えてればいいだろぉ……?」

「いや、絶対無理です。何か鞄を持って行きましょう。というか、私が刀蛭に襲われたら助けてくださいね? あいつら、血の匂いに敏感で獰猛どうもうなんですから……」

「てめぇでなんとかしやがれ」


 遠ざかっていく2人の会話は徐々に小さくなっていった。

 センジュは壊れてしまった扉を見つめ、小さくなっていく声を静かに聞いていた。


 ――ゴルゴタお坊ちゃまにあんな口の利き方をして生きている者がいるとは……まして人間の女性……いくら利用価値のある回復魔法士とはいえ、余程殺人罪の特級咎人という立ち位置の彼女のことをお気に召したのか……


 センジュは立ち上がって机の上に置いてあった機械人形を部屋の隅に置き、布を被せた。

 そしてゆっくりと部屋番のいる入口へと足を向かわせる。


 ――『幻夢草』のことも知っていたようですが……良からぬことに使わなければいいですけれど


 ――残虐的な一面もありましたが、そう極悪人という印象もなかった……


 ――しかし、ゴルゴタお坊ちゃまにどういった影響を与えるかは分かりませんね……人類を滅ぼそうと考えている様でしたし……


 部屋番の悪魔たちは唖然とした様子でゴルゴタらが去った廊下を見ていた。

 この者たちもあの人間の女性に対して驚いているようだった。


「ゴルゴタ様から少しばかり外出許可が出たので、ついてきていただけませんか?」

「あ……はい。センジュ様」

「驚くのも無理はありません。わたくしも大変驚いております」

「少し口答えしただけで、有無を言わさずに手をかけるゴルゴタ様が……あんな風に話をしているのをセンジュ様以外の方では初めて見ました」

「ええ。本当に。あの女性も乱暴なゴルゴタ様に臆している様子もなかったですし、なんというか、奇妙な関係で収まっている様です。ふむ……人間のご友人ができたことは喜ばしい事なのかもしれませんが……どうにも……特級咎人という事だけが引っかかりますね。貴方たちは彼女について何か知っていますか?」


 部屋番の悪魔たちはセンジュの質問に互いに顔を見合わせて、困ったような表情をする。


「…………あまり、センジュ様に色々話すと、我々の首が飛びかねません……」

「黙っておりますよ。口を滑らせたりいたしません。わたくしとしても貴方たちが殺されるのは本意ではありませんし」


 もう一度、ゴルゴタがこの場にいないことを確認してから、小声で悪魔たちは話を始めた。


「……大したことは知らないのですが……蓮花……という人間の女で、ほんの先日に1人で魔王城に来ました。その際にそれを面白がったゴルゴタ様が直々に話をして、高位の回復魔法士だということで引き入れたようです」

「実際に俺はその場にいたんですけど、ゴルゴタ様に首を毟り取られた者の首を、死ぬ前に繋げました。驚きましたよ。確実に死んだと思ったのに……」

「なんですって……?」


 首をがれた者の首を、死ぬ前に繋げて蘇生する程の高位の回復魔法士ということに、センジュは驚きを隠せない。


「死者の蘇生ができるほどの腕前だと……そう言っていました。だから気に入っているのかもしれません」

「…………それだけではないように思いますがね……他に何か言っていましたか? 特に、彼女の罪状についての話など」

「いえ……申し訳ございません」

「……そうですか……何にしても、せっかくの外出許可ですから、わたくしにお付き合いしていただきますよ。お二方」

「はい。かしこまりました。センジュ様」


 見張りの悪魔族の青年2人を連れて、センジュは魔王城の武器庫へと向かうことにした。

 



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