表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者の名前は『魔王』でよろしいですか?▼  作者: 毒の徒華
第2章 人喰いアギエラの復活を阻止してください。▼
57/332

咎人の尋問をしてください。▼




【メギド ラムダの町】


 エルフの長が現れた際の町の空気はまさしく「最悪」と言うに相応しかった。


 恐怖、憎悪、憤怒、侮蔑など、様々な負の感情がそこには渦巻いている状態だ。

 罵詈雑言を浴びせる者も中にはいた。


「この人殺し! 家族を返せ!」

「早く出て行け! このバケモノ!」


 人々の口から出るのはそんな言葉ばかりだ。


 だが、どちらが先に悪行を働いたかどうかということは明確ではないものの、エルフの女性3人を奴隷化したりなどの行為をして、心を傷つけ、殺したのは人間の方だ。


 エルフ族も死傷者が出ている。

 エルフの長もすぐにでも町を出て行きたいだろう。


 だが、私がその場に行くと人々は途端に黙して目を背けた。


 私の事も「バケモノ」と思っているのだろうが、私に対してはそういった言葉を吐きかけてこない。


 恐らく、私の事を恐れているせいもあるのだろう。


 ――まったく、矮小わいしょうな行為だな……強き者には頭を垂れるか……


 全員ではないと分かっていても、『人間』という括りで物事を考えてしまう。


 その考えが愚かだと頭では理解していても、傾向があることは否定できない。


「これが容疑者の取り調べの調書だ。咎人にはそれぞれ名前のタグがつけられている。それと照らし合わせながら1人ずつ見て行け」


 そこには捕らえた咎人全員が集められ、一列に並べられていた。

 罪状は右から汚染物質投棄、強制わいせつ、奴隷化の順に並んでいる。


「…………こんなことに、意味があるとは思えませんが」

「お前もエルフの長としてここにいるのだから、その責任はある。これからのエルフ族と人間の関係性に関わる重要な分岐点だ」

「……分かりました。メギド様がそこで見張られていると無視するわけにも行きませんしね」

「私は嘘を見抜ける魔道具を身に着けている。尋問した相手が嘘を言ったら都度言おう」


 そうして私の立ち合いの元、エルフの長は資料に目を通しながら個人個人に質問をしていった。


 一人ひとり別室に呼んで個別に質問していく。

 立ち会ったのは私と、タカシとレインとカノン、国王軍指揮官、町長だ。


 エルフの長は人間の同席を快く思わなかったが、判断をする材料と、尋問に対して恐怖でまともに答えられない者の補足の為に同席することを認めさせた。


 尋問の際には公平性を保つために、必ず同じ説明と質問をした。


 ・嘘を吐けばすぐに分かる。心証を良くしようとして嘘をつくことは得策ではない

 ・質問した内容と関係のない話をするな

 ・自分の家族が同じことをされたらどう思う?

 ・自分のしたことを反省しているか?

 ・これからどのようにして償っていくのか


 この5つだ。


 ある者は「嘘を吐くな」と言ったにも関わらず嘘を口にした。

 ある者は自己便宜を図るためにやけに多弁に話をした。

 ある者は殺されるという恐怖や、なんと答えたらいいか分からずに口を開けない者もいた。

 ある者は心の底から反省し、涙ながらに声を震わせながら謝罪をした。


 それを50人程度も行ったせいで、すっかり日も落ちて夜になってしまっていた。


 後半になるとレインは身体を丸めて眠ってしまっていた。


 すぐに音をあげると思ったが、タカシは終始真剣に一人ひとりと向き合って、時折タカシ自身も質問をしていた。

 真剣にこの者らを殺させたくはない様子だった。


「これで全員だ。どうだ? 心境は多少変わったか?」


 私がエルフの長に対してそう問うと、複雑な表情をしていた。


「そうですね……初めは全員を殺すということしか頭にありませんでしたが、話を聞いて……多少は情状酌量の余地がある者はいました」

「例えば?」

「汚染物質投棄は、エルフの住む場所だと知らなかった者もいました」

「……他には?」

「…………他にはおりません。凌辱行為を行った者も、奴隷のように扱った者も、恣意的しいてきでした。情状酌量の余地はありません。涙を見せれば許されるという問題でもないですから」


 その言葉を、タカシは重く受け止めている様子だった。


 尋問には不公平な部分は何一つなかった。粛々《しゅくしゅく》と、尋問は過ぎて行ったし、不正はなかった。


 咎人の中には金銭で解決しようと提案してくる者もいたが、全てその申し出をエルフの長は断っていた。


「殺すのか?」

「……はい。奴隷化していた者は、許される余地はないでしょう。連れ帰って公開処刑にします」

「そうか。まぁ、一生心の傷を抱えて生きていく彼女らの心中を考えれば、他者の生を恣意的理由によって弄んだ罪は死をもっても余りある。やむを得ないな」


 私はタカシが何か言いだすのではないかと思い、タカシの方を時折見ていたが情状酌量の余地のない咎人たちの本心を見て、奴もあきらめざるを得なかったようで何も抗議してくることはなかった。


「咎人の印を入れ、人間の牢に入れておくという選択肢もあるぞ」

「…………処罰の与え方について、人間の中に置いた場合、管理する側が中立的でいられるかどうかという点において疑問があります。監禁するにしても、我々の目の届く範囲で管理したいと考えます」

「……そうか。では連行する者を選別し、明日の夜に再び迎えに来い。咎人にも家族と別れる時間くらい与えてやってもいいだろう?」

「いいでしょう。ではまた明日迎えに来るとします」


 エルフの長は疲弊したように身体を持ち上げて立った。


「大義だったな。色々考えることもあっただろう。その調書の写しは持ち帰って良い。身内で考えることもあるだろう」

「はい。分かりました」

「町のはずれまで送ろう。襲われでもしたら困るからな」


 私も立ち上がり、エルフの長を先導して部屋を出る前にタカシらに言付けをした。


「お前たちも宿に戻って先に休んでいろ。大して使っていない頭をたまに使うと疲れるだろう。カノン、お前も私たちと同じ宿に泊まれ」

「あ……はい。ありがとうございます」


 私とエルフの長が共に外に出て、町の中を歩き始めると改めてその町の凄惨せいさんな現状が目に付く。


 辺りを見渡せば怪我人がそこら中におり、エルフの長を見ると狼狽していた。喜ばしい目で見ている者は誰もいない。


 その中、1人の子供が叫び声をあげながら走ってきた。メルと同程度の年齢の子供だ。

 9歳、10歳程度だろう。


「うわぁあああああっ!!!」


 大人の静止も振り切ってその子供は走ってきた。


 その手にはナイフが握られており、エルフの長にそのナイフを突き刺そうとしていることは明白だった。


 私はその子供の身体を水で包み、動きを封じた。

 息はできるように顔は外に出してやったが、子供は尚も叫びながらそこから抜け出そうともがいている。


「父さんを返せ! この人殺し! バケモノ! 死ね! 死ねよ! 俺が殺してやる!!」


 バシャバシャと水から抜け出そうと子供はナイフを持って暴れる。


「やめておけ。親元へ帰るがいい」

「殺す! 邪魔するならお前も!」


 子供は必死に暴れているが、やはり水の中から出ることは出来ない。

 それでも諦めずに必死に暴れている。


 正常な判断ではないが、正常な反応だ。


「すみません! 魔王様!」


 そこに母親らしき人物が現れ、私に向かって地に額をこすりつけて謝罪をした。


 みすぼらしい服装をしていて、手はゴツゴツとしていて傷だらけだった。

 その手は、働く者の手なのだろう。


「殺さないでください……!」

「心配せずとも、殺したりしない。その子供を連れて家に帰れ」

「ありがとうございます……!」

「止めんなよ母さん! こいつ、父さんを殺したんだ! 俺が殺すんだよ!」

「馬鹿なことを言うんじゃないよ!」


 子供の母は水の中に腕を入れ、少年を引っ張り出す。

 少年は私たちを睨みつけながら泣いていた。


 その姿とゴルゴタの姿が重なり、私はほんの少し顔をしかめる。


「放せ! 放せよ!」

「あんたまで殺されたらどうするんだい!? 馬鹿なことするんじゃないよ!」


 暴れる少年を引きずるようにして、その母親と子は群衆に紛れて消えていった。


 少年の叫ぶような弾劾の声は遠ざかるにつれて小さくなっていくものの、しばらく聞こえていた。


「……来いと言った手前なんだが、早めに出て行った方がいいようだな」

「そのようですね……」


 町の端までエルフの長を見送って、私たちはそこで別れた。


 別れ際に「殺すのは容易いが、よく考えろ」と再度言っておいた。


 それがどれほど決断に影響を及ぼしたかは分からない。




 ◆◆◆




 クロを犬程度の大きさに変化させ共に宿に戻ると、タカシは珍しく物静かに大人しくしていた。


 メルに多少長い髪の毛を編まれて玩具にされているが、黙ったままそれを受け入れて暗い表情をしていた。


 佐藤とカノンはあまりお互い話が弾まないのか、気まずそうにしている。


 レインはどこかで買ったのか、干し肉をついばんでいた。


 ミューリンはミザルデの世話を寝かしつけている様子だった。


 全員が好き勝手していながら、別に不調和を抱えている訳ではない。

 年齢も、種族も、性別もどれをとっても一致しないにも関わらず、こうして共存している。


 それがやけに異様な光景にすら思えた。


「あ、まおうさま! おかえりなさいです! クロさんも!」

「あぁ」

「遅かったんですね。あたしたち、先にご飯食べちゃいましたよ」

「そうか。私はクロの食事と共に済ませてきた。気にするな」


 部屋はそれほど広くない。

 この人数がいると尚更狭く感じる。


「本来であれば本日中にこの町を出る予定だったが、出発は明後日だ。物資の補給と回復魔法士の選別をし、明日の夜にエルフに咎人の引き渡しをするのを見届け、そこから一泊して『雨呼びの匙』のあるミューの町へ向かう。その道中にあるパイの町を経由する。ミューの町まで2日というところだな」

「肉! 肉いっぱい買って!」


 レインは何の肉なのか分からない肉を懸命についばみながら、旅路に肉を持っていくように催促してくる。


「あぁ。物資の補給は行う。食料、衣類、その他必要なものを揃える予定だ。ただ、こんな状況だからな、あまり期待はできない」

「おい、魔王。この人数を私の背に乗せようと考えているのか? いつの間にやら1人増えているではないか」

「あの者は採用するかどうか吟味中の回復魔法士の1人だ」

「か……カノンです。えっと……あの大きな狼さん……ですか?」

「大狼族だ。名前はないが、クロと呼ばれている」

「僕、まだまだ至らない点もあるとは思いますが、全力でサポートいたしますので、よろしくお願いいたします!」


 カノンはそう言って私とクロに頭を下げる。


 ――熱心な奴だな……


 まだ採用するとも何とも言っていないのにも関わらず。


「明日、それぞれに指示を出す。もう食事が済んでいるなら各自休め」

「はーい!」


 メルは肉を懸命についばんでいるレインをそっと手が傷つかないように抱きかかえ、ミザルデの入っている籠を持った。

 そしてミューリンと一緒に自分の部屋に向かって出て行った。


 タカシは佐藤と相部屋で、この部屋だ。カノンは一部屋、私も一部屋別に取ってある。カノンも「失礼します」と一礼して出て行った。


「おい、タタミ」

「……なんだよ」

「お前は少し私の部屋に来い。クロは少し佐藤と待っていろ」


 タカシは黙って椅子から立ち上がり、そのまま私についてきた。

 2部屋程度離れている私の部屋にタカシを入れ、私はベッドに座り、タカシを椅子に座らせる。

 タカシは椅子に座ってからもずっと暗い表情をしていた。


「いつまで不貞腐ふてくされているつもりだ?」

「そんなんじゃねぇよ」

「じゃあなんだ、その態度は」


 私がそう問うと、タカシはメルに弄ばれていたままのおかしな髪型を気にするでもなく、深刻な顔をして目を逸らした。


「なんか……ショックだったんだよ。誰でも話せば解ってくれるって思ってたし、あんなことが発覚して、全員反省して、真摯しんしになってくれると思ってたのに……現実と俺の考えにギャップがあったから。ショックだった」

「言っただろう。改心しない者は必ずいると。長い間につちかってきた価値観や元の人格というのはそう簡単に変わらない。事を起こして変わる者もいるだろうがな」

「…………でもよ……俺もあいつらの言い分聞いてて最低な奴らだって思ったけど、そんな奴にも家族がいて、死刑になったら悲しむ人もいるんだって、知ってるから……」

「家庭環境が破綻している者もいたがな。誰かと関りがある以上、咎人にも想い人の1人や2人いる」

「子供からしたら、ただ親が殺されるってだけだと思うんだよな……そんな事情、知らないだろ? 大人になれば分かるかもしれないけど、今はただいなくなるってだけにしか感じないだろうし」


 エルフの長を襲ってきた子供も、詳しい事情などは一切分からないだろう。


 親を奪われた子供には、人間と魔族の血塗られた歴史など関係のない話だ。

 ただ自分から奪われたと感じるのが普通の感覚だろう。


「……エルフの長を町の外まで送っている最中、争いで父親を殺された子供がナイフを持って襲撃してきた」

「え……その子供、どうしたんだよ」

「母親が謝罪して連れていった。それをどうこうしようとは考えていない」


 私がそう言うと、タカシは深く息を吐きだした。

 頭では解っていることも、感情がついて行かないのだろう。


「…………結局、そうなっちまうんだな。エルフが寛大な措置をしてくれたらいいんだけどさ……あの話を聞いて寛大な措置なんてないだろ……?」

「お前はどういう措置が適切だと思うんだ?」

「今はこんな状態だし、殺すとかじゃなくて働かせて償わせるとかさ……? 家族にも時々会えるようにして、一生償いながら、働いて更生させていく方がいいと思うんだ」


 タカシはやはり、時間をかければ更生していくと信じていたいようだ。


 確かにその可能性は未知数だ。

 更生するかもしれないし、しないかもしれない。


 ――だが……


「……お前がそれをエルフの長に提案しなかったのは、お前も心のどこかで“こんな奴ら死んだ方がいい”って思うところがあったからだろう」

「そんなこと……! ……そう思う部分があったから、俺、凹んでるのかもな」


 一度は否定しかけた言葉をタカシは飲み込み、口ごもって頭を抱えた。


「そういった問題に対して向き合うのは大切なことだが、考えすぎても正解というものはない。考えすぎるな。お前の心が壊れるぞ」

「……心配してくれてんのか? ありがとうな」


 そう言って、タカシはようやく弱々しくも笑顔を見せた。


「辛気臭い顔をされていると不愉快なだけだ。うるさいだけの男からうるささがなくなったらそれは“無”だぞ」

「他にも色々あるだろ!?」


 ようやくいつもの調子でやかましく私に口答えしてくる。

 暗い表情ではなく、私の発言に対して険しい表情をして納得いかないという様子だ。


「お前が落ち込んでいると他の者も気を遣う。メルが不安に思うだろう。しっかりしろ」

「……分かったよ」

「分かったらさっさと寝ろ。明日はしっかりと働いてもらうぞ」

「あぁ。おやすみ。ありがとうな」


 そう言ってタカシは私の部屋から出て行った。


 明日、どんな結果になろうと私は口を出す気はない。


 責任をエルフ族の判断に委ねるのも王として無責任なのかもしれないが、全ての問題に私が干渉するわけにもいかない。

 エルフ族にも十分に考えさせる時間と機会を与えた。


 にも拘わらず、私がすべてを決めたら何の解決にもならない。


 ――以前は考えもしなかったのに、視野に入れて考えるようになったことは十分な進歩だと自己評価するが……


 私は眠る前に入浴を済ませ、クロを部屋に入れ、そして夜が明けるまで眠りについた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ