識別番号は『011713★』です。▼
【魔王城】
ゴルゴタが食事をしているところ、小間使いの魔族がビクビクと委縮しながら報告に来た。
食べている物はゴルゴタによって殺された者の肉だ。
誰の何の肉なのかはゴルゴタは把握していない。
ただ「あんまり美味くねぇ」とは思っていた。
「ご……ゴルゴタ様、お食事中……大変失礼します」
「あぁ? 今、飯食ってんだよ……てめぇの内臓ぶちまけたら、臭くて飯が不味くなるだろうがよぉ……? なぁ?」
「失礼とは存じますが、どうしても今、ご報告させていただきたく……!」
ゴルゴタはすぐさま報告にきた魔族を惨たらしく殺そうかと考えたが、わざわざ自分が食事中に恐れを知らずに報告に来るということは、余程重要なことらしいと踏んだ。
「くだらねぇ報告だったら、今日の晩飯はてめぇだからな? キヒヒヒ……」
「はい……! それが……ゴルゴタ様に会いたいという人間が魔王城に来ておりまして――――」
グシャッ……
報告に来た魔族の右腕は、一瞬でただの肉塊となった。
そのままゴルゴタはその腕を引きちぎって近場にいた別の魔族にそれを放り投げて渡す。
受け取った者はけしてゴルゴタに恐怖を悟られないようにと緊張した。
「あぁあぁあああぁっ……!!」
ゴルゴタは腕を引きちぎられた者の出血している部分を炎の魔法で焼き、死なないように止血した。
焼かれた痛みで報告に来た者は泣きながらのたうち回って絶叫する。
「つまんねぇ報告しやがって……そんなもんさっさと殺せ」
「そ……それが……“人間を根絶させるのに協力したい”と……ぁああぁあっ……!」
「はぁ? …………へぇ。ヒャハハハハッ……そいつは案外面白そうだなぁ? おい、お前。回復魔法士んとこにこいつを連れて行け。お前も、運が良かったなぁ? 俺様の機嫌が良くてよぉ……キヒヒヒ……」
「うぅっ……その者は……城の……正面におります……ので……」
皿の上に残っていたステーキをゴルゴタは手で乱暴に掴み、歩きながらその肉を噛みちぎって食べた。
全て食べ終わった後、手についた肉汁とソースを丁寧に舐めとる。
――俺様の前にわざわざ現れるなんざ、命が惜しくねぇんだろうなぁ……?
ゴルゴタが城の正面に到着すると、何匹かの魔族がその人間を取り囲んでいた。
その人間は20歳半ばの女だった。
ナイフ1本で、身体中傷だらけになって倒れていながらも必死に立ち上がろうとしている。
黒い髪は伸び放題になっていて、細身でやけに肌が白く、血の色が鮮やかに映えていた。
「どけよ」
「ゴルゴタ様……!」
ゴルゴタが現れたことで、周りの魔族は彼に道を開けた。
そして倒れている女は渾身の力で血の滴る身体を起こし、自身の身体に魔法をかけて身体の傷を治した。
「へぇ。回復魔法士か……俺様にわざわざ会いに来たって毛のない猿はてめぇだな?」
「……はい。貴方がゴルゴタ様……ですか?」
その顔を見ると左頬に番号と記号のタトゥーが入れられていた。
数字は『011713★』。
「そうだぜぇ? 俺様がゴルゴタだ。お前……咎人だなぁ? その顔の6桁の数字と記号……」
「はい。魔族の襲来で牢が壊れたので脱走してきました」
女の表情に変わりはなかった。
そこには何の感情もない。
淡々と事実だけを述べている。
「…………それで? 聞くところによると、毛のない猿を皆殺しにしてぇって話だったけどぉ? ヒャハハハ……マジで言ってんのか?」
「私は……貴方の側について、人間を滅ぼす手伝いをさせてほしいんです。その為にここへ来ました。直々に来ていただけると思わなかったので少し驚いています」
目を細めてゴルゴタは女を見据えた。
何を聞かずとも、その目からはゴルゴタと同類の激しい憎しみを感じる。
女はゴルゴタを見てもしっかりとナイフを握りしめ、動じずに見つめていた。
「理由は?」
「…………長くなります。でも、一つ言えることは、私の大切な人を殺したのは人間社会だということです。こんな腐った社会は滅びればいいと……思っています」
「ふぅん……」
ゴルゴタは女の周りを、品定めするようにグルリと回って見た。
手や首、足にまだ枷がついたままだった。
服もボロボロで、そこかしこに血がついている。
まだ真っ赤な部分もあるし、酸化して茶色になっている部分もあった。
服が破けているのに少しも女は気にしている様子はない。
「じゃあよ……俺様の下僕にしてやってもいいぜぇ……? でも勘違いすんなよぉ……キヒヒヒ……俺様は人間を1匹残らずぶち殺す。最終的にはてめぇもぶち殺すってことだ」
「構いません。人間なんて……この世から滅びればいいんですよ。1匹残らず……」
女はずっと無表情だったが、憎しみが表層に出て顔が歪む。
ナイフを強く握りしめ、女は涙を一筋流した。
すぐにそれを女は拭って再び無表情に戻る。
「ゴルゴタ様……この人間を配下に置かれるのですか……?」
ゴキゴキゴキッ!! ブチブチッ……
ゴルゴタに対して質問した魔族は首を握り潰されて引きちぎられた。
周りの魔族は叫び声をあげそうになるのを必死に抑えてそこから目を逸らす。
引きちぎった頭を女に向かって投げ渡すと、女はそれを受け止めて頭を見つめた。
「あ……あ…………あ……」
頭部を引きちぎられた直後、まだ頭は生きている様だった。
それを女は黙って見つめる。
「他に俺様に文句がある奴は今のうちに言っておけよ……?」
女はゴルゴタがそう言っている最中、回復魔法を展開しながら、ゴルゴタの足元に横臥している首のない身体に頭部をつけて、骨、筋肉、神経、血管、皮膚を一瞬で繋げた。
意識が朦朧としていた頭は見事につき、閉じかけていた目を思い切り見開いて、血だまりから身体を起こして激しく息を吸い込む。
「はぁ……! はぁっ……!」
「…………」
首をつけ終わったら女は再びゴルゴタの前へとゆっくり歩いて戻った。
「………………」
「……頭部を投げて渡してきたので、つけろという意味かと思ったのですが……違いましたか?」
「へぇ……?」
血まみれの手で、ゴルゴタは女の首を掴んだ。
そのままゆっくりと力を込めて絞めあげる。
「…………」
――心拍に全く変化がねぇ……
女の首の頸動脈の動きを指の感覚で計っても、早くなることが一切なかった。
普通、目の前で何かが殺されるのを見たら心拍に何かしら変化があるものだ。
首を絞められているのにも関わらず、恐怖したり、興奮したり、そういったものがこの女からは感じられない。
「……死ぬのが怖くねぇのか?」
「この腐った社会が存続すること以外に、怖い事は何もありませんよ」
女は抵抗するでもなく、真っ直ぐにゴルゴタの目を見つめる。
生気のない目だった。
深い怨嗟を灯し、どこまでも暗い目をしている。
それを見てゴルゴタは血まみれの手を放した。
女の首には血の手形がくっきりとついて、そのぬるぬるした感触に、わずかに女は不快感を示す。
「思い出したぜぇ……? その番号と記号の意味……左から、初犯か再犯か、町番号、罪名だったよなぁ? 記号は咎人等級……」
「……はい」
「『011713★』……『01』は初犯、『17』はタウの町での事件、それから……」
ゴルゴタは心の底から楽し気に次の言葉を口に出す。
「『13』の罪は殺人罪だなぁ?」
女はゴルゴタから数秒目を逸らしてから、再びゴルゴタの目を見て返事をする。
「……そうです」
「ヒャハハハッ! 面白れぇ……。それに、その黒星……『特級咎人』だったなぁ? 白なら更生の余地あり、黒は更生の余地なし……てめぇは更生の余地なしって烙印を押されたってこった……キヒヒヒヒ……」
「…………はい。詳しいですね」
「何人殺したんだぁ? 言ってみろよぉ……数人殺した程度で黒星は付かねぇだろぉ……?」
「解りません。覚えてませんね。少なくとも、20人以上は手にかけました。確認していないので解りませんが、確実に殺したと言えるのは1人……あとの生死は分かりません」
暗い表情で目を逸らしながらそう言う女に、ゴルゴタにゾクゾクとした感覚が湧き上がる。
「人間にしてはこいつは面白い」とそう思えた。
身の周りの自分にビクビクしている下手な魔族より、こいつは利用価値があるとゴルゴタは考える。
「……気に入ったぜぇ……お前。毛のない猿にしてはなぁ……? ヒャハハハッ!」
ゴルゴタは上機嫌だった。
高位の回復魔法士が自分から来たということも、回復魔法士のくせに、殺人者の烙印を押されていることも、ゴルゴタにとってその狂気に触れるのは快感だった。
「特別に名前を覚えてやるよ……言え」
「……蓮花です」
「レンカ? 呼びづれぇ名前だなぁ……」
「好きに呼んでください。悪口以外でお願いします」
「それとも番号で呼んでやろうかぁ? 殺人罪の『13番』ってなぁ……ヒャハハッ」
「…………よく笑いますね。そんなに面白いですか?」
周りの魔族は女――――蓮花のその言葉に凍り付いた。
「よく笑いますね」など、気になったところで恐ろしくてそのことに触れた事など一度もなかった。
ゴルゴタは蓮花の頭を「ガッ」と乱暴に掴む。
誰しも、その時にこの人間の女は殺されるのだと思ったが、ゴルゴタは蓮花を殺しはしなかった。
「てめぇは少し笑った方がいいんじゃねぇか? レンちゃんよぉ……キヒヒヒ……」
「…………努力はします」
「……可愛げのねぇ奴だぜ……特級咎人を信用したわけじゃねぇからな……高位魔法士が集まるまで、てめぇは別の仕事をくれてやる」
「なんでしょうか?」
「俺様の側近だ。楽しそうだろぉ? キヒヒヒ……おかしなことをしたらすぐにぶち殺せるように、俺様が直々に監視してやるぜぇ……? てめぇは利用価値がある……」
「おかしなことなんてしませんよ。何の利点もないじゃないですか。私は人間を滅ぼしたいだけです」
蓮花のその言葉を聞いて、ゴルゴタは再びその目を見た。
鋭い爪でわざと目の周りを引っ掻くが蓮花は瞬き一つしない。
「……嘘じゃねぇみてぇだな。まぁ、高位の回復魔法士ってのは何かと役に立つからなぁ……アレ……できんのか?」
「アレってなんですか?」
「死者の蘇生」
冷たい声でゴルゴタがそう言うと、ほんの少し蓮花は難しい表情をした。
「…………できると思います」
その言葉を聞いて、ゴルゴタは心の底からニヤッと笑った。
「やってもらおうか」
「……死神の呪いを回避する為に今研究中なんです。すぐにはできません」
「ふぅん……その口ぶりだと、回避できる余地があるってのか?」
「あります。ただ、まだ少し……時間がかかります。待ってもらえますか」
「…………いいねぇ……その誤魔化しのない真摯な態度……研究を続けろ。城の書庫の本も、必要なら各町にある本も調達させる。だが……」
ゴルゴタは自身の顔を引っ掻いて切り裂いた。
切り裂いた矢先に球状の血液が出てくるが、すぐに傷は塞がる。
それを見て蓮花はほんの少し驚いた表情をする。
「俺様が“やれ”と言ったら、研究が終わっていなくてもやってもらうからなぁ……?」
それはつまり、死神の呪いにかかるのを顧みずやるということだ。
それがどうなるのか、蓮花は分かっていた。
そのおぞましい結果を避けるために、蓮花はそうならないよう研究していた。
「……貴方にも生き返らせたい方がいるんですか?」
「あぁ……今、そいつの死体を探してンだ。それが見つかり次第、てめぇにはそいつを生き返らせてもらう」
「…………“そいつ”とか“それ”とかって、好意を抱いている相手じゃなさそうですね」
「キヒヒヒ……馬鹿じゃねぇのは助かるぜ。レンちゃんよぉ……」
「やれと言われたらやります。その代わり、お願いがあります」
「んだよ……図々しいなぁ……調子乗ってっと腕を引きちぎ――――」
「絶対に、人間を滅ぼしてくださいね」
その強い信念に、ゴルゴタは少し不意をつかれたような気持ちになる。
その念押しを聞いて、ゴルゴタは「フッ……」と心の底から笑みがこぼれた。
「変な奴……いいぜぇ? てめぇに言われなくても皆殺しにするからなぁ……」
「はい。お願いします。できることはします」
「キヒヒヒヒ……まぁ、せいぜいてめぇも頑張れや……」
城に戻る為に背を向けたゴルゴタの後を、蓮花はついて行った。
血の付いた一本のナイフを持って。




