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勇者の名前は『魔王』でよろしいですか?▼  作者: 毒の徒華
第2章 人喰いアギエラの復活を阻止してください。▼
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消えたタトゥーを入れ直してください。▼




【アザレア一行 シータの町】


 女性の家の中は絵でいっぱいだった。

 壁にも天井にも床にも、いたるところに絵が描かれていた。


 家具の一つを取っても、絵が描かれていないものは存在しない。


「狭い家だけど、まぁ座んなよ。お茶でも出すからさ」

「お気になさらず。物資も手に入りづらい状況でしょうから」


 エレモフィラは家の中のあちこちを興味津々で見渡す。


「家の中まで絵がいっぱい……凄い」

「あぁ……ここは芸術の町だからね。あんたはここの町の出身だろ?」

「そうだと思う。俺んちここだったと思うんだけどな……?」


 腕を組んでエレモフィラ同様に家の中を見渡すウツギに対して、女性はいぶかし気な表情をした。


「出身地に対して“思う”って何さ?」

「話すと長くなるんですが、私たちはどういう訳か全員記憶がないんですよ。自分の名前すら憶えていなくて、難儀しているのです。これでも徐々に思い出してきているのですがね」

「そうなのかい……全員記憶喪失ってかなりの訳ありなんだね。その白い髪、家族……? じゃないね。似てないし」


 家族と言うには全員顔の作りが全く違う。

 体毛は全員白いが、これは明らかに後天的になったものだと一同は確信していた。


 各々が鏡を見た時に自分の姿に非常に違和感を覚えた。


 その理由の一つが、体毛の色だった。

 漠然と「この色ではなかった」と感じたという。


「まず自己紹介をしましょう。名前は真名ではないですが、私はイベリス」

「俺はアザレアと仮で名乗っています」

「私はエレモフィラ」

「俺はウツギ。全員花の名前なんだぜ。イベリスがそうしようってさ」


 アザレア一行の自己紹介を受けて、女性は浮かない表情をしながら自分の名前を名乗った。


「私はミア。恐らく、ウツギ……だっけ? あんたはこの町の出身で間違いない。その全身のタトゥーは『リーン族』特有のものだ」

「リーン族……?」


 それを聞いたウツギは頭を捻って考え込む。

 聞いたことがあるような気がするが、明確には思い出せずにいた。


「私もリーン族だよ。リーン族は18歳になったら全身にその人独自の柄のタトゥーを入れるんだ。その柄と技術はリーン族特有のものなんだよ。見れば解る」

「そうなのか……そう言われても俺はピンとこないんだけどな、でも俺の胸と背中の部分にあったタトゥーが消えちまってさ。それが物凄く落ち着かないんだ」

「消えた?」


 意図して消そうとしない限りは自然に消えたりしないものなので、「消えた」という言い方にミアは違和感を覚える。


「外傷を負ったのを回復魔法で治したら消えてしまったの」

「そういうことね。胸の部分なら落ち着かないのも無理はないだろうね」

「どういうことなのでしょう?」


 ミアはその質問を聞いて短くため息をついた。

 あまり話したくなさそうだったが、アザレア一行に言葉を続ける。


「習わしが多くてね。リーン族は18歳で全身にタトゥーを入れて、その柄については生涯を誓う伴侶はんりょしか見せてはいけないっていう戒律があるんだよ。家族でも子供とか兄弟にも見せてはいけないんだ。彫り師は見ても仕方ないけど、その柄については絶対の守秘義務がある」

「シュヒギム? ハンリョってなんだ?」


 ウツギの無知ぶりにはイベリスも頭を抱えた。

 首を軽く左右にふりながらその質問にイベリスは答える。


「守秘義務というのは職務上で知った秘密を守る義務のことだ。伴侶とは……そうさなぁ、愛を誓い合った相手という意味か」

「あ、愛!?」


 突然に「愛」と言い出したイベリスに対し、ウツギは驚いて恥ずかし気に目を白黒させて動揺している。


「腕とか脚なら伴侶以外に見せてもいいんだけどね、胸や背中の模様は他人には見せないものなのさ。まぁ……要は、貞操ていそうを保つ為のものって意味合いもあるし、自分の愛情を相手に誓う為のものだったりと、何かと重要なものなのさ。それが消えたってのはリーン族なら穏やかじゃいられないだろうね」

「テイソウってなんだ? もうちょっと分かりやすい言葉で話してくれよ」

「お前さんが無知すぎるんだ。貞操というのはだな……あー……お前さんにはまだ早い概念だ。知らなくていい」

「早いとか遅いとかがあるのか? テイソウっていうのは。あっくんとえーちゃんは意味知ってんのか?」

「知ってるけど、その話は今どうでもいいでしょ」


 エレモフィラは鬱陶うっとうしそうにウツギの質問を切り捨てた。

 それを横目に見てアザレアは苦笑いをしている。


「そういやお前さんは裸で目覚めた時にやけに恥ずかしがっていたな。お前さんがやたらと恥ずかしがりなのも、そういう部分に起因しているのかもしれない」

「いや、素っ裸だったら普通に恥ずかしいと思うだろ。お前らが動じなさ過ぎなんだよ」


 尚もウツギは恥ずかしそうに落ち着かない様子でそわそわしている。

 腕を頭の後ろ手に組み、言葉を濁しつつも話を続ける。


「お、俺は……愛とか、よくわっかんねぇし……? でも……あったタトゥーないとなんか落ち着かねぇんだよな」

「なら、私が入れ直してやってもいいよ。私は彫り師をしているから。元の柄が分かれば入れることは出来る」

「えー、元の柄なんか覚えてねぇよ……」


 机に伏して項垂うなだれるウツギは、ため息を漏らしながら自分の胸の辺りに触れる。


「私、覚えてる。描いてあげるよ。紙とペンもらってもいい?」

「マジ?」


 エレモフィラはミアから紙とペンを受け取った後、サラサラとウツギの身体のタトゥーを描いていく。


「え、なんでそんなの憶えてるんだ……?」

「1回見たら大体忘れない」

「それは凄い特技だな。私もぼんやりとは憶えているものの、そこまで詳細までは憶えていない」


 絵柄が細かかった為に描き起こしには時間がかかりそうだった。

 それを輝いている目でエレモフィラとその手元をウツギは見つめている。


 その間にアザレアは話を勧めた。


「ミアさん、立ち入ったことを聞くようですがイザヤさんという方について聞いてもいいですか? 何やら相当に焦っていたようですが……」

「………………」


 ミアはイザヤの名前が出た途端に表情が曇った。

 片腕をカリカリと軽く引っ掻きながらミアは渋々と口を開く。


「イザヤは私の子供なんだけど、荒れ狂ってる魔族と戦いに行くんだって言って出て行ったんだよ。それが2日前なんだけど……ずっと帰ってこないから……この家に住んでて全身タトゥー入れてるって言うからさ、イザヤかと思ったんだけど……」

「期待に沿えなくてごめんなさい。イザヤさんはどっちの方角に行ったとか、そういうのは分からないんですか?」

「魔王城の方に行ったんだよね。必死に止めたんだけど……身一つで出て行っちまってさ……この町は芸術の町でもあるんだけど、格闘術も活発なんだよね。血気盛んっていうかさ、それで飛び出して行った」


 ウツギ以外はその話を聞いて、ウツギが血気盛んで格闘術に長けているという特徴を鑑みると、リーン族がそういう傾向にあるのだろうと理解する。


 ウツギ本人はエレモフィラの手元の絵に夢中になっている。


「俺たちも魔王城に行こうと考えていたところなんですよ。そういうことなら、俺たちでお子さんを探しますよ」

「でも、今は魔族が凶暴化していて、外に出るのは危険だよ。あんたたちこんなときにどこから来たんだい?」

「オメガの町から来ました。道中、特に襲ってくる魔族はいませんでした。それに私たちなら大丈夫ですよ。私は魔法使い、アザレアは剣士、ウツギは格闘家、エレモフィラは回復魔法士なんです。十分戦えます」

「それって……あんたたち、勇者?」


 勇者かどうかを確かめる際、ミアは一段と険しい表情になった。

 それを見て慌ててイベリスはそれを否定する。


「いやいや、オメガの町でそう言われて困ったのですが、私たちは“勇者”というものではありませんよ」

「…………なら、いいけどさ……」


 否定されたものの、ミアは嫌疑けんぎの目をアザレア一行に向け続ける。


「捜索は早い方がいい。話は分かりました。俺たちはイザヤさんのことを探しに行きます」

「待て待て、お前さんよ。半日も移動し続けて全員が疲弊している。少し休まないと身体が持たないぞ」

「けど、身一つで向かったって言うなら心配だ」

「落ち着きなさい。確かに心配だが、私たちが身を滅ぼしたら元も子もないだろう。話を聞いて焦る気持ちも解るがな」


 アザレアは少し焦ったような顔をして「でも」とイベリスに対して反論しようとした。


「そう焦りなさるな。私は追跡魔法の心得があってな、今どこにいるかちょっと調べてみよう。闇雲に探し始めてもこの広い国の中で見つけられないさ。ミアさん、イザヤさんの髪の毛か何かありますかな? 身体の一部ならなんでもいいですが」

「あ……くしに多分ついてると思うけど、それで探せるのかい?」

「あぁ。取ってきてもらえますか?」

「ちょっと待ってて」


 ミアは速足ながら洗面所の方へ向かって歩いて行った。


 その隙を見てイベリスはアザレアを小声で諭す。


「アザレア、言いたくないがな……全員を救うことはできないぞ。恐らく、こんな状況では困っている人は数えることができないほどいるだろう。ミアさんとイザヤさんもその1組だ」

「……でも、一握りしか助けられないなら、その一握りはせめて助けたいと思う」

「お前さんのお人よしには頭が下がるものだな」


 呆れたようにイベリスは肩をすくめた。


「ほんと、アザレアは優しい。好感が持てる。ちょっと無謀だけど」

「えーちゃんはあっくんみたいなのが好きなのか?」

「……ウツギ、そういうの言うのやめてって言ってるでしょ。気持ち悪いんだけど。例えるなら、ムカデのお腹の部分の鮮やかなピンク色くらい気持ち悪い」

「その例えが気持ち悪いんだけど!?」


 そう話している間に、ミアはイザヤのものらしき髪の毛を持ってきた。


「持ってきたよ」

「よし。では地図はありますかな?」

「ここにある」


 ミアからイベリスは地図を受け取ると、机の上に広げて魔法を展開する。


 すると、イザヤの髪の毛は地図の一点に焼き付いた。


「ふむ。ちょうどシータの町とニューの町の間くらいにいるようですね」

「生きているのかい……?」

「生きているかどうかまでは分かりませんが、2日前に出て行ったと言いましたね? 休憩なども加味して徒歩で進める距離を算出すると、まぁ、この辺りにいるのが妥当ですね。生きている可能性は高いと思います」

「そう……なら良かった」


 その言葉を聞いて、ミアは身体に入っていた力が抜けて大きくため息を吐いた。


 涙が浮かんだのか、目の辺りを拭う仕草もしている。


「あんたら、長旅で疲れてるんだろ? 少し休んでいきなよ。私はタトゥーを入れる準備をするからさ。もうすぐ絵描き終わるんだろ?」

「もうすぐ胸側は終わる」


 精密な絵が出来上がろうとしていた。


 とくにエレモフィラのアレンジが加えられているということもなく、ただ忠実に元々の絵を描いているだけのようだった。


「詳しくないのだが、タトゥーを入れるのは時間がかかるのですか?」

「いや、インクを使って柄を魔法で転写する感じだから、一瞬だよ。その分下絵が肝心なんだけど、見てる感じ、かなり精密に描いてるしそのまま使えるだろうね。まぁでも……この精密さだとかなり痛いだろうね」

「え? 痛いの?」


 ウツギは予想もしていなかったというような表情でミアを見つめた。


「あぁ。背中と胸は痛いね。覚悟しておきな」

「痛いのか……嫌だなぁ……えーちゃん、すぐに治してくれるか?」

「回復魔法を使ったら柄が崩れる可能性が高いから、できない」

「えー……」


 萎えているウツギに対してイベリスは茶化した。


「ウツギの男気試しという訳だな。はっはっは、その情けない顔のまま入れてもらうつもりか?」

「だってよ……いーさんもこれを期になんか入れてみたら?」

「私には洒落すぎていると感じるのだが……」

「この町にきた人は、来た記念に入れていく人は多いよ。まぁ、入れるのは簡単だけど、消すのは大変だから自己判断だね。おすすめしてる柄は“絶対に忘れたくない大切なもの”さ。エピソードを絵に変換してモチーフにして入れる。恋人の名前とか、そういうのはやめた方がいいって言うんだけどね。自分の身体に一生残る芸術っていうのはこの世のどんな美術品よりも特別なもんさ」


 イベリスは少し考えたがミアの言葉巧みな話術に納得する部分があり、承諾した。


「私はまぁいい歳だが、悪くないな。絶対に忘れられない魔法式を入れてもらうのも洒落ているか」

「今呼んでる名前の花のタトゥーは? 真名を思い出したときに、自分はこう呼ばれてたっていう思い出になるよ。また私たち、記憶なくしちゃうかもしれないから」

「それはいいな。もしまた私たちが記憶を失うことがあっても、そのタトゥーを見て互いに思い出せたらいいな」


 そうしている内に、エレモフィラはウツギの胸側の図柄を再現し終わった。

 背中側もすぐに描きあがり、それを少しミアが細かい修正をして完成した。


 アザレア、イベリス、エレモフィラもその花のタトゥーを入れることにした。

 大きさは拳サイズくらいだ。


 ウツギは手の平がまだ空いていたので、そこに入れることにした。


 アザレアは左胸心臓の辺り、イベリスは右手の甲から腕、エレモフィラは左大腿、ウツギは左手の平にした。


 施術はあっという間に終わったのだが、ウツギが痛みに絶叫したのは言うまでもない。




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