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勇者の名前は『魔王』でよろしいですか?▼  作者: 毒の徒華
第2章 人喰いアギエラの復活を阻止してください。▼
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『真の勇者』の仮説を聞きますか?▼




【メギド】


「メギド……! 大丈夫か?」


 狼と大喧嘩をしていたタカシは身体を起こした私に向き直って、先ほどまでしていた険しい表情は解け、一瞬笑顔になった後に泣きそうな顔をして私の顔を覗き込んできていた。


「大騒ぎをするな……少し目測を誤っただけだ。私の横で大喧嘩をするんじゃない……タケシはうるさい男だな」

「…………いや、いつもより間違える名前にキレがねぇ。やっぱり大丈夫じゃねぇよ。もうちょっと横になってろ」


 こんなキレのない男に「キレがない」などと言われるとは心外だ。


 だが、確かに今は私の有り余るほどのセンスを如何なく発揮できていないのは事実。


「お前の狂った判断基準を私に押し付けてくるな……」


 空間転移の負荷とはまた違う身体の怠さだが、こちらの方が身体に堪える。


 動かすのもやっとだが、これ以上タカシと狼に結論のない言い争いをさせるわけにもいかない。

 下手をしたら、このキレやすい狼がタカシを咬み殺しかねないと考えた。


「……魔王、話せるのなら聞きたいことがある」


 狼は私の体調など眼中にないようで、自分の疑問を私に答えさせたい様子だ。


「くだらないことを聞くなよ……私は疲れている」

「何故、自らを危険に晒してまで森を治した?」

「案の定、くだらない質問だな……」

「答えよ」


 狼は青い炎を纏いながら、私を威嚇してくる。


 こんな状況でなければ恐れるほどの事ではないが、この状況下でこの狼を更に怒らせるのは得策ではない。


 だというのに、タカシは状況のことなど全く考えていない。


 ただ、自分の正義を懸命に振り翳していただけだ。


 正義とは、強い者のことだ。

 強い者がそのまま正義となる。


 弱いものが正義を振り翳しても、強い者に揉み消されるだけだとタカシは知らないらしい。


「…………この森には、多くの者が住んでいるのだろう? 森がなくなったら、困る者が沢山いるのだろう……? そう、思っただけだ……」

「解せぬな。身を危険に晒す理由としてはか細い理由に思う」

「だから言ったであろう……目測を誤っただけだ」


 投げやりに私が答えると、狼は更に苛立ったようで炎を更に強く燃え盛らせる。


「貴様は目測を誤ることなどない。さきほど嘘はつかないと言っただろう。それが嘘だったと、そう受け取るぞ」


 ――誤魔化しは通用しないか……面倒な狼だ……


「…………タケシ、メルたちを連れてこい。途中までこちらに向かって来ているかもしれない……」

「で、でもよ、お前が……」

「さっさと行け……私は大丈夫だ……人間と違って回復も早い。その脚の状態だ……無理のないペースで行け……」

「あ……あぁ。すぐ連れてくるから待ってろ!」


 タカシは脚を引きずりながらも懸命に狼の足跡を辿りながら森の中を進んで行く。


 その姿がかなり遠くなって見えなくなったのを確認した後に、私は静かに話を切り出した。


「先ほどの質問に、真摯に答えてやろう……だからそう殺気立つな。座れ」


 狼は険しい表情をしたまま私の言われた通り座り、私を見据える。


 私よりも高い目線で、見下されているのが気に入らないがそれは体格差として寛容な心で見逃してやることにする。


「私は……争いが嫌いなのだ……大義を振り翳しては暴力を選び、誰かの大切なものを容赦なくけがして奪っていく……私もそれをされてきた経験から知っている」

「…………」

「薔薇を育てていてな……荒らされたときは苛立ったものよ。私とお前で森を荒らし、ここに住む者の居場所を穢したろう。それを……少し戻してやりたかっただけの事」

「命を張ってでもか?」

「これについては……本当に目測を誤った。私の身体には……ゴルゴタに受けた呪印が刻まれており、本来の力は出せないのだ……それが私の目測を誤らせた理由だ」


 服を少しめくりあげて私の身体に刻まれた呪印を狼に見せた。

 それを見ながら私の言葉に対して狼はしばらく考えていたが、まだ私の返事に疑問を持っているのか、更に私を詰めてきた。


「本当に、それだけか?」

うたぐり深いやつだ…………魔族に我慢を強いた私の些細な贖罪しょくざいの気持ちだ。……これで納得しろ」


 そう言った私の言葉で、狼の疑問が少しは晴れたらしい。

 しかし、まだ狼の疑問は尽きない。


「何故人払いをした?」

「……私は嘘はつかないが、見栄は張る。呪印のことを知られたくなかったものでな」

「何故隠している? 信用していないのか?」

「何故、何故とやかましいやつだ……魔王が人間に弱いところは見せられないというだけの事だ」

「これだけ無様な姿を晒しておいて、よくそんなことを言えたものだな」

「間違えることは誰にでもある……だろう? 呪印の話は……あいつらには黙っておけ。よいな」

「いいだろう。命を賭して森を戻したことに敬意を表し、黙っておくことを誓う」


 これ以上質問をされると面倒に思ったので、私から狼に対して質問を投げかけた。


「お前こそ……随分私や人間に恨みを持っているように思ったが、何故私を助けるような真似をした?」

「真意を確かめる為よ。死者は喋らないものでな」

「……それで……お前は納得できたのか?」

「まだ納得できないことが山のようにある。なによりもせないのは、魔王が人間を救おうとしている点だ」


 私もそれは解せない。


 この狼が他言するようには見えないが、おかしな噂が立つと面倒だ。

 ここでしっかりと釈明しておくべきだろう。


「あの馬鹿な男が誤解を招く言い方をしたが、私は“良い奴”でもなければ、人間を救おうとしている訳ではない。『血水晶のネックレス』を奪還し、この混乱を鎮めることが最終目的だ。混乱が収まれば結果的に人間が助かると言うだけの事」

「人間など、この際滅びつくしてしまえばいいものを。そうすればもう制約など必要なくなる」


 ――この狼も短絡的な結論に飛びつくか……


「………妖精族と同じことを言うのだな。また同じ説明をするのは気が滅入る……お前が人間という種族を忌み嫌っているのは解る。私も別段人間を好いてはいない」

「ならばなぜだ? 不合理にも程があるぞ魔王」

「今は人間の様子を見極めている途中だ。私も魔王城に籠りきりの生活が長かったからな……こうして人間を観察していると、思っていた様子とは異なり、驚くことも沢山ある」

「滅ぼしてしまえば考える必要もないだろう」

「……そう言うが……お前は賢いと信じ、私が持っている疑問について少し話をしてもいいか?」

「疑問?」


 同じ説明をするのは面倒に感じたので、別の角度の話をすることにした。


 妖精族よりはこの狼は賢そうだ。

 私の考えを少し話してもこの狼なら理解できるかもしれない。


 人間であるタカシらには聞かせ難い話だが、幸いここには今いない。


「魔族と人間の間には絶対的な力の差がある。魔族は人間よりも強い。だが………いつの時代も魔族は人間を排除し尽くすことはできなかった」

「人間にも強い力を持つ者がいるからな。それが勇者となり、歴代の魔王を討ってきたのだろう。今日こんにち、勇者と名乗るものは溢れかえっているらしいが」

「……だがな、どうにも……それは不自然だ。母上が魔王をしていたとき、人間は完全に管理されていたと聞く。いくらか魔法が使える者もいたし、身体能力が他より抜きに出ている者もいたが……魔族のそれには及ばない」


 私はまだ気分が悪く、いつもよりも考えがまとまらない状態で話を進める。


「確かに、人間はそれほど個々が強いわけではないな。しかし、団結することで力を発揮してきたのではないか?」

「それもあるかも知れないが……それよりも、魔族の存在を脅かしたのは、別のものだ。どこから現れたのか分からないが、魔族を凌駕りょうがするほどの力を持つ人間が必ずと言っていい程現れる。いつの時代もな。それが『真の勇者』というやつだ。そして歴代の魔王はその『真の勇者』によって討ち取られてきた」

「どこから現れたか分からない?」


 狼は私の言葉を反復しながら、私の言った言葉を考えている様子だった。


「そうだ。その詳細が分からない。そして、魔族が今度人間に押されて衰退すると、魔族側に強大な力を持つ『魔王』というものが現れる。前は魔王は世襲制じゃなかったからな。各種族が魔王の座を狙っていたものだが……そうして今度は魔族が人間を追い詰めていくと、また『真の勇者』が現れ…………その繰り返しだ」

「戦争の歴史としては、それほど不自然には思わないが、突如として現れる『真の勇者』というものは確かに少しひっかかるな」


 勇者連合会などというお遊び同盟とは異なり『真の勇者』は何もかもが規格外に違うという。


「つまり、人間を過度に虐げると必ず起こる、結果的な魔族の衰退という事象は偶然ではないと考えている。だから……今回、数多くの人間が殺され続けていることで、また現れるのではないかと考えている。『真の勇者』がな」

「興味深い仮説だ……妄言のようにも感じるが」

「……どうにもな、私には奇妙に感じるところがいくつもあるのだ。気のせいで片付けるにはどうにも……引っかかる部分がある」


 話している間に多少身体の自由が効くようになったので、私は立ち上がって身体についている汚れを払った。


 まだ休息は必要だが、普通に動く程度の最低限の動きはできる。


「まぁ……私の仮説だ。根拠はない……それよりも、質問攻めにあっている場合ではないのだ。私たちは次の魔道具のある場所へ向かわねばならない」


 タカシの脚の回復もしなければならない。


 近くにラムダの町があり、そこに負傷した人間の為に回復魔法士が派遣されているという情報を国王兵から得ている。


 あの脚の状態ではこの先暫くはまともに動くことができないだろう。


 妖しげな回復魔法に頼るほかあるまい。


「この辺りはゴルゴタの手の者の魔族の来襲がないのだろうが……心しておけ。争いの火の粉はいずれこの湖の周囲にも及ぶだろう」

「………………」


 狼は黙ったまま湖の方角を見据え、少しの間考えている様だった。


「…………私は、大狼族の最後の生き残り。もう老いたものよ。残りの余生、この場所で静かに死にゆくものと考えていた。ここは静かだ。人間も、荒っぽい魔族もここにはいない。かつては『死の青』と恐れられていた大狼族もその威厳を失い、戦いとは無縁のこの地で何にも知られず朽ちるのだと、安寧と引き換えにもの悲しさも感じていたものよ」

「……『死の青』か……聞いたことがあるな」


 大狼族、そのまといし青い炎は見る者を死に誘うという。

 魔王が世襲制でないときにかなりの功績をあげたとか……。


「だが、お前たちがここに来た。これも何か、因果のようなものを感じてな。それに貴様とあの人間の考えに興味が沸いた。なによりも、再起した争いの行く末の答えを見届けたくなったものでな」


 回りくどい言い方をする。


 あの馬鹿な虫だったら何を言っているのか理解できないほどの回りくどさだ。


「回りくどいぞ。私たちに同行したいと……簡潔にそう言え」

「この永氷の湖に影響があるというのなら、私にとっても無関係な問題ではないからな。もし貴様がふざけた判断をしたならば、この牙で貴様を引き裂いて、前言した通り魔王の世襲制など貴様の代で終わらせてくれる」

「やれるものならやってみろ」


 そう言うと、狼は面白くなさそうに黙って私の方を見ていた。

 無口なのか多弁なのか分からない狼だ。


 言っていることに嘘はない様子だ。

 同行させても問題はないだろう。


 今は戦力が少しでも多い方がいい。


「私たちと同行するにしても、お前はこの湖の周囲の温度より高い温度の場所に長時間いられないのではないか?」

「私は他の大狼族と違って温度変化にもそれなりに対応している。熱砂や火山には行けないがな。今、外界は春先だろう。そのくらいなら問題ない」

「恐らく暑いと感じる日もあるぞ? 大丈夫なのか?」

「ある程度までは自分で調節できる。自分の限界くらいは把握しているつもりだ」

「そうか。危険な旅になるだろうが、それでもいいということでいいな?」

「承知している」


 狼と話をしていると、タカシらの声が遠くから聞こえてきた。


「タカシさん……大声を出しながら暴れないでください……!」

「だってよ、メギドが心配だろ!? はやくはやく!」

「そう思うなら……タカシさん、重い……んですから、暴れないでください……背負いづらいです」

「重いって言うなよ! 確かに……ちょっと……同じくらいの奴よりは、ほんのちょっと重いかもしれないけど……」

「佐藤さんファイトです! タカシお兄ちゃんもファイトです!」

「もう、うるさいなぁ。そんなに大騒ぎしなくても大丈夫だよ」


 そのやかましい会話が聞こえてくると同時に、狼は苦言を呈す。


「貴様の家来はやかましいな。それに弱い。そんなことでなんとかなるのか?」

「それをなんとかするのが私の技量というものだ」

「それほど悠長な話にも思えないが?」

「詳細の話は移動中にする」


 やっとのことでタカシらが見えてきたところで、タカシは私に向かって笑顔で手を振ってくる。


「手を振り返してやらないのか?」

「そんな馬鹿げたことできるか」


 その後、私は合流したタカシらに狼とのあらましを説明した。




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