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勇者の名前は『魔王』でよろしいですか?▼  作者: 毒の徒華
第2章 人喰いアギエラの復活を阻止してください。▼
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永氷の湖までたどり着いてください。▼




【メギド】


 ある場所を境に、私たちは急激な寒さに襲われた。


 森の中は温暖な空気であったにもかかわらず、永氷の湖が近づくにつれてやけに冷えるようになり、防寒着を着ている訳ではないタカシたちは完全に凍えてしまっていた。


 雪も降っており、地面も木も凍り付いている。吐く息も白く凍てついた。


「め……メギド……寒すぎて……こ、こ……これ以上……近寄れねぇって……」


 軟弱な奴だ。


 そう切り捨てるのは簡単だったが、佐藤もメルも、ミューリン、ミザルデも凍えてしまっていてどうにも『氷結の珠』がある永氷の湖に向かって進めそうにない。


 馬も進むのを嫌がっているのか、思ったようには前には進んで行かなかった。


 そんな中、レインだけは平気そうな顔をしている。


 私が町で仕入れた様々な服をタカシらに重ね着させて膨張しきっているが、それでもこの寒さの中進むのは人間や妖精にとっては命取りになるだろう。


「ふむ……では私とレインだけで進むことにする。お前たちはここで待っていろ」

「でも、僕と魔王が一緒に行っちゃうと戦えるの誰もいないよ。何かに襲われたら危ないんじゃない?」

「それほどここから遠くはないのだがな。ならばお前たちの周りに結界を張っておこう。そこから出るなよ。待っている間に個別に指示を出しておくぞ。まず佐藤、お前は雷の魔法の練習をしておけ。雷魔法はこうやるのだ」


 私は指先からバチバチという雷を発生させて見せる。


 それを一方向に集中して放つと「ドォン!」という爆音とともに近くにあった木が木っ端みじんになり、木片が散らばって自身の重さに耐えきれなくなった木は大きな音を立てて倒れた。


 高熱を持った場所からは少しの火も上がっている。


「わぁあああぁっ……あぁああぁああっ……」


 あまりの爆音に驚いたのか、ミザルデが泣き始めてしまった。

 慌ててメルがミザルデの籠を持ってあやし始める。


 タカシらは目を丸くして倒れた木の方を見ていた。


「分かったか?」

「あ……はい……が、頑張ります……」

「よし。それからメル、紙に『具現化の筆』を使って、戦闘に使えそうな絵を描いておけ。描き切るな、具現化してしまうからな。早描きの練習もしておけ」

「わかりました!」


 私は最後にタカシの方を向いた。


「お前は…………」

「……お……おう…………」


 タカシはゴクリと固唾をのみ込んで身構えていた。

 緊張した面持ちで私の方をじっと見つめている。


「……その辺の木の棒でも振っていろ」

「なんで!? なんでそんな俺だけテキトーなの!?」


 どれだけ凍えていても、ツッコミを入れる際は元気になるらしい。


「そんなに体力が有り余っているのなら、腹筋100回、腕立て伏せ100回、懸垂100回を3セットだ。それからその倒れた木の周りを500周、木の棒の素振り1000回、それが終わったら全馬のブラッシング、食事の準備、それから――――」

「なんで急に俺だけめちゃくちゃハードなの!? あとどの道、木の棒は振らせるのか!?」

「お前が文句を言ったからだろう。タムシは魔法が使えないのだから、剣技を覚えろ。剣技には体力がいるからな、多少ハードなのは仕方が無かろう」

「タムシじゃなくてタカシ! 多少じゃなくてめちゃくちゃハードなんですけど!?」

「言ったであろう、血の滲む努力をしてもらうとな。体力がなければ剣以前の問題だ。分かったな?」

「……う…………でも、すぐ戻ってくるんだろ?」

「さぁな。遅くとも日が暮れるまでには帰る予定だ」


 時間は昼くらいだった。


 具体的に『氷結の珠』を手に入れる方法も考えていないので、実際それがどうなるのかというのは読めないところだった。


「早く行こうよ。悪いけど、魔王の肩に乗らせてもらうからね」

「…………乗り物にされるのは不本意だが、仕方あるまい」

「俺をいつも乗り物にしてるお前が言うな!」

「やかましい。私が帰るまでに言ったことを全部やっておくのだぞ。メル、タムシがサボらないか見張っていろ」

「はーい!」

「えぇ……本当にやるの? はぁ……分かったよ。あと、タ・カ・シな」


 タカシが激しく落胆する中、レインを私の肩に乗せて私たちは永氷の湖の中心へと向かって歩き出した。


 雪を踏む音以外は、何の音も聞こえない。


 風も吹いておらず、苛烈に冷気が漂っている以外は穏やかなものだ。


 周りの木々は枯れてしまってそのままになっている。


 芯まで凍てついているらしく、倒れることも許されていない状態だ。

 ただ、軽く衝撃を与えれば砕け散るだろう。


「湖の下にその『氷結の珠』が沈んでるんでしょ?」

「そうだ」

「それで、その『氷結の珠』の放つ冷気で湖がずーっと凍ってるんだよね?」

「あぁ」

「僕が疑問に思ってるのは、そんなに強い冷気を放つのをどうやって持ち帰るのかってこと。近づいただけで人間なんて死んじゃうんじゃない? あの人間たちもかなり凍えてたし」

「そうだ。だから誰もそれを回収できずに、ずっと湖の底に沈んだまま今日こんにちまで至る。その冷気を魔封じの魔法で一時的に封じるのだ」


 魔道具は魔法を織り込んだ道具だ。


 当然、その魔法も魔封じで抑え込むことができる。

 魔封じは高等魔法でそう簡単に使えるものではない。


 私ほどの魔法使いだからこそ使えるものだ。


 とはいえ、今の私は複雑な魔法式演算を即席にする対魔族、対人戦での魔封じは呪印のせいでうまくできない。


 だが、魔道具は魔族や人間と異なり、意志を持たない単純な魔法式なので封じるのはそこまで難しいことではない。


 一度封じてしまえばわざわざ式を何度も組み替える必要はない為、維持するのも私にとっては簡単だ。


「ふーん。じゃあ使う時はどうするの?」

「そうだな。敵の本拠地にでも投げ込んで魔封じを解除すれば、冷気耐性のない魔族はたちまち体温を奪われて死に絶えるだろうな。冷気耐性があったとしても、この寒さの中、動きは鈍るだろう。レインが珠を制御できれば相乗効果として更に強くなれるがな」

「大丈夫なの? それ……魔封じが急に解けて、持ってる僕らがガチガチになったりしない?」

「私の魔封じが信じられないのか? 私は人間、魔族の中で右に出る者はいない魔法の使い手だぞ」

「あっそ。まぁ、ノエルには敵わないけどね」


 レインは私の肩の上で誇らしげに胸を張る。


 そんなはずはない。

 どんな存在も私の魔法の才を凌駕りょうがすることは出来ない。


 それが「魔」の「王」である由縁ゆえん


「何? 私に適う者など存在しない。私が一番だ」

「魔王の魔術は何回か見て来たけど、ノエル程じゃないよ。魔王が知らないだけで上には上がいるってこと」

「ほう……なら、ノエルとやらを見つけたときは、どちらが優れた魔法の使い手なのか、白黒はっきりしなければならないな」

「ノエルが本気を出したら、ちりも残らないんだから。ゴルゴタとかいうやつも一瞬でやっつけちゃうのに」


 自分のことではないのにやけに得意げだなと私は思ったが、その気持ちは分からなくもない。


 私も、母上やセンジュのことは自慢に思っている。


 だが、自分が尊敬する相手を自慢する行為は、人間でいうところの「栄光浴えいこうよく」というらしく、蔑まれる対象に当たるために私はそれをしない。


 そういった概念をレインは知らないらしい。


 知ったところで、レインは気にしないだろうが。


「だが……仮にそれだけの才があるのなら、私の耳に入らないはずがない」


 そういった意味でも望みは薄いのだろうが。


 転生しているとして、才能もそのままだとは限らないはずだ。


「ノエルは争いごとが嫌いだから、魔術を使わないようにしてるんだ。転生前の世界では人間に混じって人間みたいに暮らしてたし」

「ほう。温和な性格なようで助かる。強大な力を持ったものが荒くれ者だと手を焼くからな」


 荒くれ者と言った矢先、真っ先にゴルゴタのことが頭に浮かぶ。


 本当に手に負えない奴だと改めて落胆せざるを得ない。


「魔法のことを、レインの元の世界では魔術と言うのか? あまり耳に慣れない言葉だ」

「言い方は違うけど、大体同じものだと思う。詳しいことは知らないけどさ。僕も使えてるし」

「そうなのか。ノエルとやらが旅の途中で見つかればいいが、もし見つからなかった場合はどうするつもりだ? 国中巡って見つけるつもりか?」

「そうだよ。僕は絶対にノエルを見つける」


 恐るべき執念とでも言うのだろうが、他にレインはやることもないのだろう。


 家来として魔王城で働かせるにしても、龍族は身体が大きい上に器用なことができるタチではない。


 警備を任せるにしても、転生者のレインの制御が『血水晶のネックレス』の力が及ぶかどうか分からない。


 もし制御ができなかった場合、レインは簡単に勇者を殺してしまうだろう。

 それでは困る。


 ……というよりも、レインは私に素直に従うタイプではない。


「今の状態では移動も一苦労だろう。現に私の肩に特別に乗せてやっている状態だ」

「空間転移の魔法でぱぱーっと巡れないの? 僕は空間転移の負荷にも耐えられるよ。僕だけ連れて空間転移してよ」

「それもそうはいかぬのだ。魔族を統治する『血水晶のネックレス』を使っている間、私は魔王城から出ることができない。つまり、私はあれを取り返して再び魔族と人間の争いを鎮静化する為にネックレスを発動させたら、魔王城から出られなくなるのだ。だからレインを運んで空間転移してノエルとやらを探す旅には同行できない」

「えー……そうなの? 不便だね……じゃあ他に空間転移ができる仲間を見つけないとね」

「そう簡単にできる魔法ではないぞ。かなりの素質がなければ無理だ」


 そう。私のような秀才でなければ習得することは不可能だ。


 私は3つのときに空間転移魔法を習得した逸材なのだ。

 更に言うなら、空間転移魔法をあれほど美しく完璧に使いこなせるのは私だけだと自負している。


「ふーん。っていうかさ、城から出られないのになんで空間転移の魔法なんて使えるの? 意味ないじゃん」

「城の中が広いものでな。いちいち歩いていると時間がかかるからという理由で空間転移魔法があると便利だと考え、取得した。それに歩いていると疲れる。そう思って取得してみたものの、空間転移負荷が思ったより慣れないときつくてな。歩いて移動するのと空間転移をしたときのきつさは同じくらいだ」

「…………魔王って、時々バカだと思うんだけど、バカなの?」

「何を言う。空間転移魔法が使える時点で賢くなければできないだろう」

「そういうことじゃなくてさ……まぁ、いいけど。変わってるってことで話を収めてあげるよ」

「変わっているか? かなりの素養と教養と常識を弁えているが」

「あー……無自覚なんだね」


 レインと話をしている間に、湖の淵までたどり着いた。


 永氷の湖に近づくにつれて冷気が強くなっていたが、恐らく泉の淵で-20度程度。


 湖の水面中央まで行けば-50度程度、『氷結の珠』の周囲は-273.15度、つまり絶対零度に匹敵するほどだろう。


 空気すらも凍てつかせるその珠は、同じように昔、魔封じをした状態でこの深い湖に投げ込まれたらしい。


 そして魔封じが解けた珠はそれ以来この一帯を凍てつかせ続けている。


「さすがに少しばかり寒いな」

「そう? 僕は平気」


 魔法耐性のある私とレインはそれほど苦にはならないが、それでも寒いとは感じる。


 切々と雪が降りしきり、湖の上についたのかどうか分からなかった。


 私は炎の魔法で辺り一帯の雪を溶かし尽くした。

 下に湖と思われるものが見えたが、水はすぐに凍り付いて再び固体となった。


「一筋縄ではいかないようだな」

「先に魔封じしてからしたら?」

「正確な位置が分からないから無理だ」

「でも、近づいたら凍り付いて死んじゃうんでしょ?」

「この程度、焼き尽くすことなど造作もない事」

「ふーん。じゃあノエル以上だっていう実力を見せてもらおうかな」


 私は特大の炎の魔法を構築し、湖に対して放った。




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