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勇者の名前は『魔王』でよろしいですか?▼  作者: 毒の徒華
第4章 裏ストーリーをクリアしてください。▼

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葬儀をあげますか?▼




【メギド 魔王城 食堂】


 食事が終わり、疲労で完全にテーブルに伏して気絶するように眠っている蓮花をゴルゴタが部屋に運ぼうと席を立った。

 乱暴に抱えられても蓮花は全く目を覚ます気配がない。

 抱えられて蓮花の長い髪、両腕、両足がブラブラと揺れていた。


 ゴルゴタが蓮花を担ぎ上げたところで一度皆の視線を集めるが、そんなことは全く意に介さずゴルゴタは食堂を後にする。


 私は席を立ったゴルゴタを追うべく、食事を中断して口を丁寧に拭いて席を立つ。


「ん? メギドはもう食べないのか?」


 タカシは呑気に口に食べ物を頬張りながら訪ねてくる。


「お前も食べたら今日は休め。私は所用を済ませてくる」

「そうか。食わないなら俺がもらってもいい?」

「……好きにしろ。センジュ、いいか」

「はい、メギドお坊ちゃま」

「いいか、お前たち。私が席を外したからといって面倒事をおこすなよ」


 その場にいる全員を牽制し、センジュと共に私はゴルゴタを追って食堂を出る。

 私たちにすぐ気づいたゴルゴタはうんざりしたように口を開いた。


「ンだよ……見ての通りほぼ気絶してるから話なんざできねぇぞ」

「お前に話がある」

「俺様はねぇっつってんだろ」

「状況が変わっただろう。少しは話を聞け。せめて聞くだけで良い」

「…………人殺しをベッドに放り込んでからなら付き合ってやる」


 言葉通り、ゴルゴタは蓮花を蓮花の部屋のベッドに放り込んだ。

 ゴルゴタなりに蓮花に布団をかけてやると、蓮花は無意識なのか虫の幼虫のように布団の中に丸まって静かに寝息を立てていた。

 独特な寝相だと思った。


「…………」


 蓮花を運んだ後、ゴルゴタは蓮花の部屋の前で「なんだよ」と私たちに向かって言う。


「母上の件だ」

「……場所変えようぜ」


 ゴルゴタは母の件だと言うと抵抗せずに大人しく応じた。

 私たちは長らく棚上げにしてきた重要なことについて話し合うことにした。


「母上の葬儀をしよう。忌々しい勇者の剣は抜けた」


 私の言葉にゴルゴタは険しい表情をしたまま頷いた。

 その表情の奥には長年の葛藤と、母を失った悲しみが複雑に絡み合っているのが見て取れた。


「あぁ……そうだな……クソッたれな剣がやっと抜けたしなぁ……」


 勇者の剣で殺されてから、ずっと魔王城の王座に放置されていた母上の遺体を思い出したのかゴルゴタは複雑な表情を浮かべた。

 私たちは母の死をずっと心のどこかで受け入れられずにいたように思う。

 勇者の剣が刺さったままで葬儀もできなかった。


 ただ、私たちは勇者の剣になすすべなく母上の棺桶を外側からつけ、時折その中に庭の薔薇を摘んでは手向けるということをしてきた。

 それでも私たちは母の死を心のどこかで受け入れられなかったところがある。


「なぁ……死の法がもうなくなったなら、お袋を生き返らせることもできるんじゃねぇか……?」


 ゴルゴタの口から出たその件、私も心の奥底で同じことを考えていた。

 しかし、同時にそれはあまりにも危険な希望であることも理解していた。


「期待はできない。蓮花はサティアの父の件は“肉体は綺麗に残っていたので、そこまで難しくはないでしょう”と言った。肉体が朽ち果てている者を生き返らせるのは蓮花の腕があっても難しいとも判断できる」

「難しいだけでできねぇ訳じゃねぇんじゃねぇの……?」


 やはり、ゴルゴタは母の死を受け入れられていない様子だった。

 私は少し考えを巡らせるが、そこにセンジュが入る。


「恐らく、わたくしたちが知っているクロザリルお嬢様ではない存在でしたら再現可能なのかもしれません。以前、伝説の勇者らの遺体だと思っていたものから遺伝子情報などを抽出して作業されていた後、記憶の完全再現は難しいとおっしゃっておりましたから。核を肉体に戻す工程については未知数の筈でしょうし、蓮花様も不確定要素なのではないでしょうか」

「外側の肉を作ることは造作もないだろうが、人格や記憶などの細部までは再現できない可能性が高い」

「でもよ……あのクソ勇者どもは記憶も人格もそのままで生き返ってるぜぇ……?」


 僅かな希望にゴルゴタはすがるように言う。

 確かに不確定なことではあるが、アザレアらと母上では状況が全く違う。

 死んでから1日も経たないうちに生き返ったアザレアらと母上は状況が全く違う。


 そこのところは、どの程度で可能なのか蓮花から直接聞かなければ今は分からない状態だ。


「……根本的な話をするが、お前は母上に生き返って欲しいと思っているのか?」

「…………」


 私が問うとゴルゴタは顔を背けて考えている様子だった。

 素直に「生き返って欲しい」という気持ちもあるようだが、安易にそうしてほしいという要望も出さない。


「話が急すぎて何も考えてねぇよ……兄貴はどう思ってんだ?」


 返事に困ったのか、ゴルゴタは私に話を振って来た。


「……私は、あの女を肯定する訳ではないが最愛の者を生き返らせないという判断は正しいように思う。今までは死の法があり物理的に不可能であったが、無差別に生き返らせていたら世界中が取り返しのつかないことになるだろう。母上は人間に対して強い憎しみを持っていた。生き返った途端に人間と事を構える可能性もゼロじゃない」

「…………」


 生き返らなければ現状は変わらないが、生き返ったら現状は大きく変わってしまう。

 状況が一変するような判断は難しい。


「それに、生き返らせたいというのは私たちの意見であって、母上が生き返った後にどう感じるかは分からない。神と魔神が滅びた今、人間と魔族の関係はかなり微妙だ。それもこれから均衡をとっていかなければいけない」

「………………」

「記憶のない母上を生き返らせても、苦労を強いる。70年も経ってかなり時代も変わった。ある程度記憶が戻っても苦労するだろう。記憶の完全再現は原理からして期待できない」


 ゴルゴタは黙って私たちの話を聞いていた。

 私の話も理解できない訳ではなかっただろうが、怪訝な表情をして腕組みをしている。


「……姉貴もそれは同じなんじゃねぇの?」

「『時繰りのタクト』で私が見た未来では姉はセンジュのことを認識できていた。あの肉塊のどこかに記憶に関する部位が存在するのだろう。なんと形容していいか分からないが……あの肉塊は生命活動をしている状態だろうからな。母上のように完全に死んでいるのとは全く違う」


 納得しきれないのか、ゴルゴタは考えている様子だった。


「…………まぁ……生き返らせる云々《うんぬん》ってのは即決することじゃねぇだろうし……人殺しから詳しく聞いてからでいいだろ……? 色んなことが急に進んで俺様も混乱してンだよ」


 私もまだ具体的にどうしたいかというのは分からない。

 疲弊しているのも回復していないし、食事も途中でゴルゴタを追いかけてきた状態だ。

 考えも全くまとまっていない。


「とりあえず王座の前に放置してある身体をどっかに移動しろ。お袋の部屋がそのまま残ってたよなぁ……?」

「そうでございますね。お部屋にお運びいたします」


 母上の部屋はほぼ手付かずのまま、開かずの間となっている。

 私たちの誰も母上の部屋に入ろうとはしない。

 センジュも辛いのか入ろうとはしていなかった。


「なーんか……ずっとあったものだからよ……なくなるって考えると複雑な気持ちになるよな……」

「そうだな」


 私も同じ気持ちでいる。

 ここにいる3名とも同じ気持ちのはずだ。


「葬儀をするにしても生き返らせるにしても、他の者の目がないうちに済ませたい。私たちが兄弟だとは皆に話していないからな」

「話が急に進み始めてチョーシ狂うぜ……」


 ガリガリとゴルゴタは自分の頬を掻く。

 それを見て私は『死神の咎』の件を思い出して確認することにした。


「『死神の咎』の効力はまだ続いているのか? センジュは傷がすぐに治らなかったが」

「あぁ……?」


 自分でも自覚がないようで、ゴルゴタは自分の親指の付け根の辺りを爪で切り裂いて切り傷を作った。

 その傷はやはり一瞬で塞がり、元通りになる。

 それを見て『死神の咎』はまだ有効だという事が分かった。


「なんともねぇぜ……?」

「センジュはどうなっている?」

「わたくしは死神と契約していた身でございますから、死神の力が及ばなくなり不死ではなくなったと思います。不死かどうか実際に試すわけにはいきませんが」


 センジュも軽く皮膚に傷をつけて見せるが、以前のように不自然さがなくすぐに傷が塞がる様子もない。

 皮膚から血が出てそのままだ。

 どうやら本当に死神の力は無力化されているらしい。


「そうか……ではセンジュもこれから老いていくということか?」

「ほっほっほ、そうでございましょうね。わたくしは長く生き過ぎました。お坊ちゃまお二方とサティア様の件を見届けましたらもう未練もございませんよ」

「……世継ぎがどうのこうのと何度か言われたが」


 センジュの意見が以前と変わったのを指摘すると、センジュは特にゴルゴタに対して申し訳なさそうに謝罪した。


「それは……申し訳ございません。わたくしが不死である故の孤独からの言葉でございました。お坊ちゃま方がご健勝であればわたくしはそれで満足でございます」

「ちっ……身勝手な奴だぜぇ……」

「誠に申し訳ございません」


 ゴルゴタと取り急ぎ話すことはこれだけだ。


 現状、私たちで確認できることはそのくらいだ。

 後は試行錯誤して前に進んでいくことしかできない。


「一先ず、蓮花から説明がなければ進んでいかない。アレはいつまで寝ているつもりだ。起きたらすぐにでも尋問をする」

「メギドお坊ちゃまのお気持ちはお察ししますが、蓮花様はこの数日間まったく眠っていなかったようですし、今は休んでいただきましょう」


 センジュが蓮花を庇うのも私は納得できない。

 センジュも傾倒けいとうしすぎなのではないか。


「……人殺しが起きたら教えてやるよ。ジジイはお袋の事どっちになってもいいように色々準備しとけ」

「かしこまりました」


 そう言ってゴルゴタは当然のように蓮花の眠る部屋に戻っていった。


「蓮花がいなくなったら困るからな。ゴルゴタを見張りにつけておけばこの場の誰も手出しはできないだろう」


 蓮花自身も自衛の心得はかなりある方だ。

 それにゴルゴタがいれば完全防備だ。

 誰かに襲われる隙はない。


「左様でございますね。では、わたくしはクロザリルお嬢様のご遺体を運びます」

「私も手伝う。葬儀をするにしても手厚く葬りたい」


 私は母の遺体を運ぶため、センジュと共に王座の間へと向かった。


 私の心の中には、長年母の遺体を安らかに眠らせることができなかったことへの罪悪感と、ようやくそれを果たせるという安堵感が入り混じっていた。


 王座の間に足を踏み入れた瞬間、すぐに見える位置に母上の遺体が安置された棺桶がある。

 漸くここから移動させることができるということは、私の肩の荷の一つが下りるような気持ちだった。


 だが……ひつぎに違和感を覚える。


 ほぼ毎日目にしていたものだ。

 少しの違いも違和感として分かる程毎日目にしていたからこそ、分かる。


 勇者の剣が抜けていることを除いても、何か動かした後がある。


 ――ゴルゴタか……?


 私はセンジュと共に母の遺体を動かそうと棺桶に手をかけた。


 そして蓋を開けると……――――


「!」


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「何……っ!?」

「お嬢様のご遺体がない……!?」


 私とセンジュは顔を見合わせて驚くしかなかった。

 そしてその事実に頭が真っ白になる。

 勇者の剣が刺さっていたときには遺体はあったはずだ。

 それまで何の変化もなかった。


 何故遺体がないのか?

 一体、何が起こったのか?


 仮に持ち去られたとしても、何のために……?


 私は母上の遺体がないことに驚愕し、固まったまま暫く動けなかった。




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