重すぎて持てない。▼
【メギド 魔王城 食堂】
激しい戦いの余韻が残る中、私たちは傷ついた身体を休めながら食堂でセンジュが用意してくれた食事を囲むことになった。
センジュは料理を始めたばかりで私たちは座って待つ。
手伝う余裕があるものはいなかった。
ノエルとレインは一度部屋に戻り、瀕死のカナンはライリーが処置をしてから食堂にくるという話だ。
白羽根どもは大半が外で食事を摂ることになったが、ルシフェルや大天使四名は、私たちと共に食堂で食事をすることになった。
白羽根どもを城の中に入れたくはなかったし、白羽根どももここに入りたくはなかっただろうが大人しく入って席に座る。
座るなり、蓮花はテーブルにぐったりとうなだれた。
「行儀が悪いぞ」
私がそう言うと蓮花は顔を上げずにか細い声で答える。
「死にかけたんですから仕方ないです。今までの事を口で説明するのは大変なので、記憶転写でもいいですか……?」
その言葉に私は顔をしかめる。
「口で説明しろ。記憶転写は頭痛がする上に信用ならない」
「なら……カナンに記憶転写しておきますので、彼から説明を受けてください……2日くらい休暇がほしいです。過労死します。暫く寝てません。食べたらすぐ寝たいです。限界です。人間としての限界稼働領域を超えています」
蓮花はうなだれたままそう言う。
私の方を見もしない。
「カナンの頭脳で説明できるのか」
蓮花の複雑な思考回路をカナンが説明できるとは思えない。
複雑すぎる思考を転写されたらカナンの頭が爆発しかねないとすら思う。
「もう質問攻めは勘弁してください……今は頭を使いたくありません」
蓮花は完全にテーブルに伏して沈黙した。
「まぁ、蓮花ちゃん大活躍だったわけだし説明は後でも良いだろ」
「お前はその女を甘やかすな」
「でも……結果的に俺たちを助けてくれたから、感謝してるよ」
横から入って来たアザレアも蓮花のフォローに回る。
エレモフィラはかなり不満があるようだったが、結果としては奇跡的に生きているし文句は言わなかった。
一先ず今は口を挟むつもりはないらしい。
「なら、僭越ながら私の方からお話しますよ」
ルシフェルが意気揚々とそう言うと、ゴルゴタが不機嫌に返事をした。
「テメェには聞いてねぇ……黙って座ってろよ、お客様?」
「奇跡的にここに私たちがいるのですから、耳を傾けるのが賢明だと思いますけどね」
「うるせぇボケ。俺様に意見するんじゃねぇ! 背中の目障りな白羽根引きちぎるぞ」
今にも飛びかからんとするゴルゴタを私は諫める。
蓮花が止めないので私が止める他ない。
「落ち着けゴルゴタ。私もそうしたいが我慢している」
「テメェが我慢してるかどうかなんざ俺様には関係ねぇ」
尚も白羽根を威嚇するゴルゴタだったが、奇跡的に飛びかからずに堪えていた。
落ち着いて考えてみれば、ゴルゴタの『死神の咎』は三神が亡きものになった今もまだ効力が続いているのだろうか。
ゴルゴタはあの戦いの後もまだまだ元気なままだ。
身体の傷もいつも通り直っているし、あれだけ戦ったのにかなり元気そうである。
魔道具自体の効果はまだ続いているのか。
「天使どもの話を聞くにしても食事が済んでからにしてもらおう。気分の悪くなるような話は今は聞きたくない。少しくらい勝利の余韻に浸らせろ」
私の言葉に誰も反論しなかった。
死線をくぐったばかりでほぼ全員疲弊している。
なんなら蓮花はテーブルに伏したまま気絶するように眠っていた。
本当に行儀が悪い女だ。
「お待たせいたしました皆様、有り合わせで申し訳ございませんがご賞味ください」
センジュはまずは前菜を出してきた。
疲弊しきっている私たちにとって配慮された食事であり、助かる。
ゴルゴタは野菜を出されて不満そうだったが、黙ってそれを口に運ぶ。
気絶しているような蓮花の頭をゴルゴタは強引にあげさせ、薄っすら目を覚ました蓮花の口に若干乱暴にサラダを入れる。
蓮花ももう限界のようだったがなんとか咀嚼してそれを飲み込んでいた。
その後も次々とセンジュが料理を運んできた。
それを私たちは黙って食事を進める。
タカシはセンジュの料理を「美味い」と言いながら目の前の料理を夢中になって食べていた。
ゴルゴタが食事中、不機嫌そうな顔でタカシが持っている勇者の剣を指差した。
「つーか、テメェ……いつまでその胸糞悪ぃ剣持ち歩いてるつもりだ」
勇者の剣は魔神を倒した後もタカシがそのまま携帯していた。
「どこに置いておいたらいいか分からなくてよ……」
タカシの横に置いてある勇者の剣は嫌な存在感を放っている。
鞘がない状態なのでむき出しだ。
視界に入れるのも癪であるが、よく見るとやはり刃が鋭いとは思えない。
どちらかというと刃こぼれもしているし、鈍そうに見える。
だが、魔神を殺すほどの威力のある魔道具の剣だ。
「私たちでは触れない剣だ。もうそんな物騒な剣は必要ないことを願うがな」
私の言葉にアザレアが少しだけ考え込む。
「以前俺が使ったときは、役目を果たしたとき途端に使えなくなったけど……まだ使えるということは、まだ使いどころがあるということかな?」
「それは違うのではないか。神の力が及ばなくなり、それは支配者のいない魔道具になっただけではないか」
アザレアは私の言葉を確かめる為、タカシに声をかけた。
「剣を借りてもいいかな」
「おう」
タカシは快く勇者の剣をアザレアに渡す。
しかし勇者の剣を持った瞬間、アザレアはその剣を持つことができずに床に落としてしまった。
カランッ……と音が響き、勇者の剣は床に転がった。
アザレアは驚いたような顔でその剣を見つめていた。
「悪い、大丈夫か?」
「いや、重すぎて持てない……」
「え?」
タカシは信じられないといった表情を浮かべた。
アザレアの言葉にウツギも興味を持ったのか、勇者の剣を拾い上げようとした。
「嘘だろ? 軽々振り回してた軽そうな剣なのに?」
何かの冗談だと思ったウツギが勇者の剣の柄の部分を持って力を入れるが、ウツギもまたその剣を全く持ち上げることができなかった。
どんなに力を入れてもビクともしない。
「そんなに重い剣じゃないけど……何も持ってないみたいに軽いぞ」
タカシは落ちた軽々と勇者の剣を持ち上げて見せた。
タカシの手に握られた勇者の剣は体の一部であるかのように軽々と移動させている。
それを見たアザレアとウツギは驚いた表情をしている。
――まだタカシはこの剣を使う場面があるのか……?
神は滅んだはず。
この目で見た。
それともあれは滅んだわけではないのだろうか。
怪訝に思いながらも、私はタカシに命じる。
「お前が持っていろ。少なくとも誰も持てないなら盗まれることもないだろう」
「そんなクソ剣もう見たくねぇ……倉庫にでもぶち込んどけ」
ゴルゴタはそう言って不機嫌そうに食事を再開した。
私は食事をしながら勇者の剣のことを考えていた。
ずっと母上の遺体に突き刺さっていた忌々しい剣がやっと抜けたのだ。
これで、ずっと勇者の剣が刺さったままになって動かせなかった母上の遺体を安らかに眠らせることができる。
やっと私は自分の優雅な生活を取り戻す算段を立てられた。
私の身体の死の花も蓮花が無力化できるだろう。
そうすればこの先も安泰だ。
あの日、私の70年の平穏が崩れた日……――――
ゴルゴタが地下牢から出て私を攻撃しなかったら、私は今でも変わらぬ生活をしていただろう。
兄弟の軋轢を埋めるほどの何かは今もないが、結果的にゴルゴタとは今の方がいい関係を築けた。
そういえば……
ゴルゴタを地下牢から出した元凶のダチュラはどこにいるのだろうか……?




