祝賀会を開きますか?▼
【メギド 魔王城 庭】
神と魔神を倒した私たちは、ポーションや回復魔法で傷ついた身体を労り、態勢を立て直した。
もう脅威は去ったと思うが、念のため立て直しを計る。
仮に更なる“何か”が来たとしてもまだノエルとレイン、ゴルゴタ、センジュは余力がある。
「はぁ……」
溜め息をつきながら抉られた地面に座り、空を見上げる。
そこには、先ほどまでの激しい戦いの痕跡だけが残っていた。
そして、私たちを散々苦しめた一因である死神が閉じ込められた漆黒の立方体もそこにあった。
その立方体は光を一切反射せず、ただそこに在るだけで何の反応もない。
神と魔神を倒したが、死神はどうしたらいいのか分からないままだ。
神と魔神がいなくなった今、何か言う事はないのか。
私はその立方体に向かって問いかける。
「おい死神。あれだけ喋っていたのに、もう何も喋らないのか」
「…………」
あれだけ話の長かった死神は完全に口を閉ざし、何の反応も示さない。
閉じ込められた後、少しの間は喋っていた。
中で死神は生きているであろうし、喋る事自体はできるはずだ。
いや、死神に生きているとか死んでいるとかという概念があるのか分からないが、この漆黒の物質が死神であろう。
閉じ込めたくらいで死ぬような存在ならここまで厳重に閉じ込めたりはしないだろう。
「蓮花、説明しろ。一体何がどうなっている」
私はぐったりしている蓮花に説明を求めた。
この戦いの全ての元凶であり、鍵を握っていたのは他でもないこの女。
説明してもらわなければ何も納得できない。
蓮花は疲労困憊の様子でその白い顔を歪ませた。
「後ででもいいですか……かなり疲れているので」
蓮花はそう言って説明を後回しにしようとする。
なんとかなったのは結果論だ。
神と魔神との闘いはかなりギリギリの戦いだった。
私たちは何の準備もできていなかった。
それを勝手に蓮花が始めたのだから、説明をする義務がある。
「なぁ……めっちゃ腹減ったし、飯食いながらじゃ駄目? メギドもかなり疲れてるみたいだしさ」
タカシのその問いかけはあまりにも間抜けなものだった。
「何を呑気な事を……」
否定しようとしたが周囲を見ると、戦いが終わり緊張の糸が切れたのはタカシだけじゃない。
私はまだ緊張しているが、それでも疲弊も相まって少し緊張の糸が途切れかけている。
このまま蓮花からとりとめのない長い話を聞かされても、納得できる気もしない。
「俺様も何が起きたのか知りてぇけどよぉ……蓮花ちゃん死にかけてるから明日でいいだろ?」
この女はこんなことで死んだりするような誤算はないだろう。
そう言おうと思ったが、私は血の気が引いている蓮花を見て口を噤んだ。
「蓮花、無事か!?」
この場に走ってくる者がいた。
この戦いに一切かかわらなかったライリーだ。
戦いが終わって今更になってライリーは私たちの前に姿を現した。
「今更何出てきてんだよ!? テメェも戦えやカス野郎殺すぞ!!」
私もゴルゴタと同意見だ。
この一大事に一体コイツは何をしていたのかと睨みつける。
「酷い言いぐさだな。私は裏方でサポートしてたのに。極大魔方陣の発動補助をしたり、蓮花の為の“肉”を持って来たり」
ライリーは蓮花の前に“脚”を置いた。
それは確かに脚であり、生々しい肉塊だった。
その光景にアザレアは再び剣を握る。
「また罪のない人間を殺めたのか」
私はもうこの程度のことは何も思わなくなっていたが、アザレアらはいつになってもこの非情さには慣れないらしい。
あの戦いの後によくもまだそんな物量で怒れるものか、関心すらする。
ライリーはその怒りを嘲笑うかのように淡々と答えた。
「違うよ。これは蓮花の細胞を増殖させて作った人工の脚だから。蓮花が自分の身体に使うなら他人の肉は嫌だっていうからさ」
その言葉を聞いたアザレアは構えた剣を下げた。
そして私の方を見て真偽を問う。
ライリーが嘘をついている訳ではない事を私はアザレアに目くばせした。
その回答にアザレアは納得したようだった。
「他の人の肉はもうこりごりです」
恐らくゴルゴタの細胞を使って魔人化したことを言っているのだろう。
蓮花はその人工の脚を自分の失った脚に躊躇なく付けた。
脚は蓮花の身体と一体化し、まるで何事もなかったかのように自然に繋がった。
若干不自然には見えるが、蓮花が魔法を展開するとその人工的な脚はしっかりと「脚」となり、蓮花は自分の足で立ち上がった。
「……まぁ、神経系統が若干不自然ですが、その程度なら問題ありませんね」
蓮花は頼りない足取りで、死神の閉じ込められている立方体に近づいた。
それから複雑な魔法式を展開して状態を確認している。
「死神のこれは安全なのか?」
「はい。いずれは破れる可能性も考えて、自動修繕の魔法式を組み込んでおきました。しかし、定期的に魔法式の書き換えが必要ですね。当面……少なくとも数日は大丈夫です」
私は蓮花の展開している魔法式を読み取る。
――かなり複雑な魔法式だな……
あまりにも複雑な魔法式で構成されており、天才である私でもすぐに理解するのは不可能だった。
疲れている今、それを考える気にはなれなかった。
それに……その魔法式からは得も言われぬ嫌悪感があった。
ゴルゴタは蓮花の無事が確認できたところで、矛先が白羽根の方に向いた。
「おい、このクソ白羽根どもは用済みだろぉ……? ぶち殺していいよなぁ……?」
達成感で一時的に忘れていたが、この場に伏している白羽根どもを私が視界にとらえるとやはり果てのない嫌悪感を抱いた。
ルシフェルの恩着せがましい言葉を思い出して、ゴルゴタの意見に賛同する。
「そうだな、私たちに大口を叩いたことを後悔させてやる」
ゴルゴタが殺意をむき出しにして動こうとしたとき、蓮花が割って入った。
「待ってください。この死神の天使族の力がないと死神を閉じ込め続けることができないんですよ」
「は!?」
その言葉に私とゴルゴタは驚愕した。
「何?」
私は先ほど死神の結界を調べたときの、あの嫌悪感が何だったのかを理解した。
それは白羽根が関わっていたからだと気づく。
「天使族の聖域の力の応用なんですよ。これは天使族の特有の力なんです。だから、天使族を滅ぼすのはやめてください」
「はぁ!? なんでだよ!? 代用できねぇのか!?」
「今のところ宛てはありませんね」
「ちっ……」
それを聞いてゴルゴタは苛立ちを露わにする。
私もそれはかなり残念だ。
私が完全に魔法を模倣したら解決するような気もするが、白羽根どもの魔法を私が模倣するなど悪寒がする。
暫くはこのままでいい。
「私は天使族を蝕む死の花の解除に行きます。それからサティアさんの件もこれで全部解決です。サティアさんのお父様のイドールさんも生き返らせられますよ。肉体は綺麗に残っていたので、そこまで難しくはないでしょう」
――サティアの父のイドール……確か死体を白羽根どもが持ち帰ったとセンジュが言っていたな
サティアが元に戻ったとき、私たちと上手くやっていけるかどうかという不安があった。
しかし、肉親が生きていたら孤独にはならないだろう。
ずっとどうにもならないと思っていたサティアの件も死神が封じられた今、やっと解決できるようになった。
その言葉を聞いて、センジュは戦いで負った自分の傷を見つめながら、目に涙を浮かべていた。
センジュはどんなときでも涙を見せることはなかった。
そのセンジュが涙を浮かべて目を押さえている。
センジュの悲願がついに叶うのだ。
そんなセンジュを見て、私とゴルゴタは白羽根に対しての怒りの矛を収めるしかなかった。
「はぁ……」
私は周囲を見渡して、この場にいる全員が疲弊しているのを確認してからセンジュに声をかける。
「センジュ、すまないが食事を作ってくれないか。人数分頼む。私も阿保タカシにたたき起こされてから何も口にしていない」
「かしこまりました」
センジュは涙を拭い私に頭を下げる。
「……この面々で食事するの?」
エレモフィラが怪訝そうに私に尋ねてきた。
「もうなんでもいい。祝賀会だ。ただし白羽根どもと同じ空間にはいたくない」
私の言葉にルシフェルは強気に言い返してきた。
「私たちとしても、同じ席にはつきたくありませんね」
「調子に乗るなよコラ!! さっさと出ていけカスども!」
ゴルゴタがルシフェルに怒鳴りつける。
ルシフェルはそれほど委縮していないが、他の白羽根連中はゴルゴタが怖いらしくかなり委縮していた。
「まぁまぁ……一時休戦にしてメシ食おうぜ」
「そのメシがマズくなるっつってんだよクソ猿」
「まぁまぁ、功労者同士矛を収めてくださいよ。私も少し疲れました」
「……ちっ……」
タカシの説得では牙をむいていたゴルゴタは蓮花の説得であっさり矛を収めることになった。
私はまだ共に食事をすることに納得していないが。
「僕もお腹すいたー」
「レイン頑張ったもんね」
「うん! 僕、ノエルの為に頑張ったよ!」
「僕もお腹すいちゃった。ご主人様も食事に誘おう」
「うん!」
「どうやって来たの柊」
「あぁ……もうウツギでいいよ。知り合いはお前たちだけだし」
「お前さんが来るとは驚いた」
「まぁ、話すと長いんだけど、飯食いながらでもいい? 立ち話もなんだしさ」
「そうだな。また全員で集まれて嬉しい」
私たちは勝利を噛みしめながら、祝賀会を開くことにした。
魔王家の私たち、伝説の勇者のアザレアら、白羽根ども、そしてノエルたち……
混沌とした面々であるが、この面々で三神に打ち勝ったのだ。
少しくらい苦労の美酒に酔いしれてもいいだろう。




