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勇者の名前は『魔王』でよろしいですか?▼  作者: 毒の徒華
第3章 戦争を回避してください。▼

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【メギド 魔王城 庭】


 蓮花の魔法式が死神の力によって世界全土に拡張され、次の瞬間、まるで巨大な閃光が瞬いたかのような感覚が全身を駆け抜けた。


 それは光でも音でもなく、ただ「一瞬」という時間の概念そのものが歪んだような奇妙な感覚だった。


 私は思わず1秒ほど目を閉じたが、開けても周囲の風景に変化はない。

 ただ、先ほどまで感じていた死神の悍ましい圧がわずかに弱まったように感じられた。


「成功したのか……?」


 この場にいる私たちにはその変化が分からない。

 異変に気付いたセンジュが駆けつけてきた。


「メギドお坊ちゃま、これは……?」


 センジュは混乱しているようだ。

 しかし三神の記憶が残るように采配したはずのセンジュでは事が変わったか分からない。


「センジュ、カナンを持ってきてくれ。本人の同意は必要ない。本人が何をしていてもすぐに持ってきてほしい。ダチュラでもいい」

「かしこまりました」


 センジュは死神やアザレアらの死体を見て色々と聞きたいことはあっただろうが、何も聞かずにその場から去った。


「流石ですね。成功する確率は半々くらいに思っていました。しかし、世界の反対側にいる者が本当に効果があったのかは疑問ですね」

「疑うのは勝手ですが私はそれを証明する必要はありません。本来であればただの口頭の約束です。果たす義務もありませんし協力した事に感謝こそすれ文句を言われる筋合いはありませんね。私は身体も壊されてしまいまして迷惑しかかけられていないのですが」

「あぁ!? グダグダうるせぇんだよ黙りやがれ!」

「かねてから理解はしておりましたが本当に低俗な生き物ですね。何故こんな蛮族に『死神の咎』が溶け込んでいるのか苦労が絶えません。悪手に次ぐ悪手です。理解できませんね。嘘です。どういう思考回路なのかどういう思考なのかは分かります。ただ私の立場から見て理解したくないというのが現状ですね。言語を統一して話しておりますが、話して分からせることは不可能だという事は――――」

「黙れ!!!」


 死神とゴルゴタが話している(?)間に、センジュは私の指示通りにカナンを()()()()()

 抱えられて連れてこられたカナンは何が何だか分からないようで相当に混乱している様子だった。

 その抱えられている姿の間抜けな事など、今は気にならない。


「こ、これは一体どういうことですか……?」

「カナン、三神について知っていることを全て話せ」


 私の問いにカナンは更に混乱した様子で困惑の表情をしている。


「さんしん……?」

「神、魔人、死神のことだ」

「? カミとかマジンってなんですか? 死神は知ってますけど……」


 嘘を言っている訳ではないその言葉を聞いて私は確信した。

 蓮花の記憶消去魔法は死神の力を得て成功したのだ。

 神と魔神の概念はこの世界から、そして人間の記憶から完全に消え去った。


「見事なものですね」

「当然の結果です」

「まだクソ猿一匹しか確認してねぇだろ。騙されてる可能性もあるんじゃねぇのかよ」


 それは私も疑っている。

 しかし照明のしようがない事だ。

 全ての人間を調べることは難しい。


「好き勝手言っていてください。喋るのは好きですが同じことを理解できるまで付き合うつもりはありません。私は好きな事を好きなだけ喋るだけです。貴方に合わせるつもりは毛頭――――」

「黙ってろ!!!」


 ゴルゴタが死神の挑発を見事に受けて死神の声のする方に魔法を撃ったり拳を振ったりしていたが、やはり実体のない死神に有効打は与えられていないようだった。


 そんな中、風に運ばれてきた匂いで嫌な感覚がした。


 私はこの嫌な感覚を知っている。

 これは死神に対する畏怖いふとは異なる、単なる嫌悪感だ。


「んあ?」


 ゴルゴタも気づいたらしく、私たちは空を見上げた。


 遠くの空にルシフェル率いる白い腕章をした大天使、そして灰色の腕章をした多くの中位天使たちがいた。

 まだ遠いが確実にこちらに向かってきているのが見える。


 ――くるとは聞いていたが、ルシフェルまで来るとは……


 しかもこんなタイミングでくるなど、話がややこしくなる。


「おやおや、随分にぎやかになってきましたね。無属性魔法の実行を強要する為にきたようですがそう簡単に実現しませんよ。本来使えない、身の丈に合わない魔法を使おうとするなど滑稽ですね」


 死神は天使族を見下しながらそう言っている。


 死神の注意が天使に向いている間、蓮花はおもむろに左手を私に向けてきた。


「…………」


 蓮花は何も言わない。


 私はその行動の意味を考えた。


 そして蓮花と以前話した内容を思い出す。


“私が左手をメギドさんに差し出したとき、私の手を取って全力で魔力を渡してもらえますか?”


 そう言っていた蓮花の言葉が、私の頭の中で再生される。

 私はその言葉の意味を全く理解できなかったが、まさに今、その状況におちいっていた。


 蓮花のことは全く信用できない。

 何故そうする必要があるのかも分からない。


 しかし、蓮花の目は「今」と言っていた。


 ふざけているのかと考えたが、その瞳にはかつてないほどの真剣な光が宿っていた。


 死神がこの場にいて、白羽根のトップ共々がこの場につこうとしている。

 ゴルゴタは白羽根たちを見て殺気立っている。


 この状況で、何故私の魔力が必要なのか……


 やはり全く理解できない。


 だが、神と魔神を確実に弱体化するということは実現した。

 やり方はかなり強引だったが、結果は出している。


 蓮花の理論は納得できないが……


「……………」


 だが、直感的に私は蓮花に全力で魔力を渡すという判断をした。


 蓮花の左手に私は自分の右手を差し出し、軽く触れて私は無属性魔法を使った時と同様に魔力を流した。


 パァンッ……!


「!?」


 何が起きたのか理解が追い付かなかった。

 私が蓮花に魔力を渡した瞬間、蓮花の左脚のももの辺りから下が弾け飛んだ。


 魔力を一気に流し込んだことによって蓮花の身体が耐えられなかったのかと一瞬考えたが、だとしたら脚だけで済むはずがない。

 魔力を流した事とは別の要因だ。


「っ……!」


 鈍い音と共に血しぶきが舞い上がり、蓮花の身体が大きく揺らいで受け身を取りながら倒れる。


「おい! 何してんだ!!?」


 ゴルゴタが気づいたときには更に事が大きく動き始めていた。


 蓮花の脚がはじけ飛んだのと同時に、蓮花が魔法を展開した。

 それとルシフェルを筆頭に白羽根連中が一斉に魔法発動の補助を始める。

 空中に一瞬では構築できないほどの膨大な量の魔法式が展開され、一瞬で魔法が発動した。


 その魔法式は死神に向かって収束する。

 結界のような魔法で立方体が一点に一気に集中し、真っ黒な立方体ができあがった。

 私の動体視力でも一瞬でそれができたように見えた。


「!」


 一見実体のない死神に魔法がかかった後、その立方体の中の光を反射しない黒い物体が死神なのだと理解した。


 立方体の中からそれを打ち破ろうと打撃音のような爆音が何度かした。

 しかしその立方体はびくともしない。

 全く揺らぎのない完璧な結界。


 死神を完全に捕縛する魔法が発動したのだ。


 死神はその立方体から出ようとするのを一時的に止め、おぞましい声で凄んだ。


()()()()()()()()()()()()?」


 蓮花は片脚を失って立っていられず、その場に座り込んでいた。


「いったぁ……」


 蓮花は傷の処置はそこそこに簡単に止血をした後、唇の端に笑みを浮かべた。


「……貴方は喋りすぎた」


 冷や汗を拭いながら蓮花は言葉を続ける。


「人間のことわざにはこういうものがあります。『口はわざわいの元』。いくらなんでも喋りすぎなんですよ。今の世の中情報戦です。人間の能力をあなどりましたね」

「何が起こったんだ!? 大丈夫なのか!?」


 片脚を失った蓮花の状況に理解が追い付かないゴルゴタが狼狽している。

 私もこの状況をはっきりと理解していない。

 この状況を理解しているのは蓮花と白羽根連中だけだろう。


「大丈夫です。自分の記憶を自分でいじくり回したせいで、多少おかしくなってましたが死神をうまく騙せたようです」


 蓮花は死神を嘲笑あざわらった。


「…………」

「急に無口になりましたね。お喋りにはうんざりしていたんです」

「蓮花、説明しろ」


 私が説明を求めたが、蓮花は緊張したままの状態で鋭い目つきで周囲を警戒していた。


「ゆっくり話している余裕はありませんよ。私の予想通りなら、“()”が来ますよ」


 蓮花の言葉の意味はすぐに分かった。

 空間が軋み、庭の時空が歪んだと思ったら、死神と同等の威圧感が二つ現れた。

 空気にヒビが入り割れるような音が響いている。


「な……なんだ……?」

「キヒヒヒヒ……面白ぇ……事になってきたなぁ……」


 片方は何の変哲もない人間の姿をしていた。

 しかし、人間がするように服をまとっておらず、人間にあるはずの生殖器はなかった。

 男でもなく、女でもない。

 顔も中性的であった。

 髪も肌も真っ白で、目だけはかろうじて青い。


「とんでもないことをしてくれたね」


 白い姿をした者がそう言って私たちを睨みつけた。

 その声は性別を感じさせない不気味なものだった。


「舐めた真似をしてくれたな。全員始末してくれるわ」


 もう片方は、灰色の三対六翼の翼を持った天使とも悪魔とも判別のつかない見た目で、黒い長い髪の者であった。

 龍族のような鬼族のような角もあるし、目は黄色で中心部は縦長になって鋭く光っていた。

 こちらも性別は分からない。


「神様と魔神様ですね……」


 センジュはその存在の名称を口にした。

 センジュがそう言わずとも私はこの者たちがなんなのか分かった。

 以前センジュから聞いていた外的要因と一致する。


 確かに目の前にいるのは、神と魔神だった。


 ――神と魔神は今は身体を持っていないのではなかったのか……?


 私はその疑問を頭の隅に追いやった。

 今、考えるべきことは目の前の危機だ。


「ゴルゴタ、構えろ」

「言われなくても分かるっての……」


 妖刀五月雨を出してゴルゴタは構える。


 タカシはこの光景を見て、何が起こっているのか全く理解していない様子だった。

 タカシは恐怖で立ち尽くしている。


「タカシ、魔王城正面扉の奥の王座の前に突き刺さっている剣を持ってこい」

「え……えと……」


 タカシは戸惑っておどおどしていたが、もう状況を説明している時間は一切ない。


「早く行け!」


 私が声を荒げて言うと、タカシは何も理解していない状態で走り出した。

 タカシが勇者の剣が抜けるかどうかも、何もかも不確定だが、もうそれに賭けるしかない。


 いきなり現れた神と魔神との対峙が急に始まったのだった。




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