相談しますか?▼
【メギド 魔王城 食堂】
蓮花が去った後、ゴルゴタも間もなくして食堂から出て行った。
「俺様に付きまとうなよなぁ……」
「大人しくしていれば干渉しない」
「あっそ」
ゴルゴタが去った後、私は一人食堂に残っていた。
私も問題が起き過ぎて頭脳労働をしていて忘れていたが、食事をしていないので空腹感が少しあった。
そんな中、タイミングよくセンジュがやってきた。
やはりセンジュは常に私が求めているときにやってくる最高の執事だ。
「お坊ちゃま、何かお困り事でも? お食事は召し上がりましたか?」
「いや、食事はしていない」
「かしこまりました」
センジュは普段はどこから仕入れているのか分からない食材をいくつか手に取り、手際よく調理を始めた。
私の空腹感を考慮して随所で魔法を使いながら手早く料理を作り、私の目の前に置いた。
栄養面を考えてか、野菜や魚を使った料理であった。
蓮花の作ったただ焼いた肉とは異なり、かなり美味しそうだ。
「簡単なもので恐縮ではございますが、どうぞ」
「働きづめのところすまないな」
「わたくしは休憩がなくとも問題ございませんよ」
「……不死だと分かってからはそれも笑えない冗談に聞こえるな」
「申し訳ございません」
私は責めている訳ではない。
ただ、死神と契約して不死だというセンジュがどういう状態なのか計りかねる状態だ。
私は食事をしながらも行儀が悪くないように、食べ物を飲み込んでからセンジュに語り掛けた。
「センジュ、無属性魔法でサティアの件は解決すると思うか?」
私は言葉を選ばずにストレートにそう尋ねた。
「蓮花の魔神化をなかったことにしたように、サティアの死の法を侵したこともなかったことにできると思うか?」
センジュは私の問いに静かに考えを巡らせた。
「……可能性は感じますが、死神がそれをよしとしないのではないでしょうか。死神本人も無属性魔法の成功については触れていましたが、やはりサティアお嬢様の件は是とはしないと感じました」
センジュの言葉に私は眉をひそめた。
無属性魔法の成功でそれが現実味を帯びてきたのに、死神は直接私の元に警告に来ない。
もしかしたら蓮花の元に警告に行っているかもしれないが、蓮花はそんなそぶりはなく淡々と事を進めているようだ。
「何も話していないのに、こちらの情報が筒抜けでは対策のしようがないな。生かす方向ではないが、あの阿呆が勇者の剣を使えるようになれば、それで殺すことは出来ないものか」
私がそう言うとセンジュは悲しそうな顔で首を横に振る。
「……サティアお嬢様の件は……もう、わたくしも分からないのです。どうしたらいいのか……もしサティアお嬢様が元に戻ったとしても、メギドお坊ちゃまとゴルゴタお坊ちゃまと上手くやっていけるかどうかはわかりかねますし、まだサティアお嬢様は年端もいかない少女でした。いきなり姉だと言われても、メギドお坊ちゃまがお困りになることは理解しています」
いきなり現れた姉という存在を家族として受け入れるには、あまりにも時間がかかりすぎる。
私たちの間ではもう少なくとも77年以上のズレが生じているのだから。
「確かに急に、いないと思っていた姉がいたという話はすぐには呑み込めない。それに異形化しているしな。元に戻ったとしてもゴルゴタと上手くやっていけるのかという疑問も当然ある」
「わたくしは魔王家に仕える執事でございます。最終的な判断にわたくしは従います」
あくまでセンジュは魔王家の執事であることに努める用だ。
ある程度自分の意思はあるのだろうが、私にそれを強制してこない。
蓮花と大違いだ。
「…………もうこの戦いが終われば、魔王の座は白羽根どものものだ。センジュは新たな魔王となった白羽根どもに仕えるのか」
この戦いが終われば、私はこの地位に固執する理由はない。
隠している『血水晶のネックレス』はバラバラのままだ。
なんの拘束力も今は存在しない。
「いえ、まさか。わたくしはメギドお坊ちゃまたちの執事でございます」
センジュは即座にそう答えた。
その言葉には一切の迷いも嘘もなかった。
「私とゴルゴタとサティア……三竦みといったところか。姉が元に戻ったときには、誰につくのか考えておくのだな」
私はセンジュを試すかのように問いかけた。
「ご家族はもう3名だけですし……可能であれば仲良くしていただきたいです」
センジュの言葉には私とゴルゴタ、そしてサティアがいつか家族として共に笑い合える日が来ることを願っているという深い想いが込められていた。
それは現実的ではない。
私たちは個の主張が強すぎる。
サティアがどうかは分からないが、仲良くするのは難しいだろう。
それに立場が特殊過ぎる。
「今は大きな敵がいるから、一時的に結託しているだけだ。私はゴルゴタのがさつさは我慢ならない。何より蓮花がいることが許容できない」
「仮にすべてが終わった後は、どうされるおつもりなのですか?」
「それをゴルゴタと話したいのだが、ゴルゴタがのらりくらりとかわすので話ができない」
私はため息をついた。
ゴルゴタは未来について話そうとすると、すぐにその場から逃げてしまう。
まるで未来に目を向けることを恐れているかのようだった。
「無理もありません。ゴルゴタお坊ちゃまが先の事を考えるのは難しいでしょう。わたくしたちのせいではございますが」
センジュの言葉は過去の出来事を思い起こさせた。
ゴルゴタは長い間魔地下に幽閉されていた。
その孤独がゴルゴタの心を歪ませたことは明らかだった。
「我慢ならないが、追い出す気にもならない」
私はそう言って天井を仰いだ。
ゴルゴタの存在は私にとって煩わしい以外の何物でもない。
しかしゴルゴタを追い出したら不安が増えるだけだ。
「……メギドお坊ちゃまは感じていないかもしれませんが、以前よりは楽しそうでいらっしゃいますよ。かつてゴルゴタお坊ちゃまと共に稽古をされていた頃のように……とは言えませんが、ゴルゴタお坊ちゃまを地下牢に幽閉しているときよりも、今の方が気が楽なのではございませんか?」
センジュは私の心を見透かすように言葉を口にした。
「全く見当違いだ。何をしでかすか分からないから、心が休まる時がない」
「心配されていらっしゃるんですね」
「私が私の心配をしているに過ぎない」
「ほっほっほ、左様にございますか」
センジュは静かに微笑む。
私は微笑んでいるセンジュに納得いかないまま食事を終えた。
センジュの言葉は私の心に一つの疑問を投げかけた。
私は本当にゴルゴタのことを煩わしいとしか思っていないのだろうか。
それとも私はゴルゴタという存在にどこか安堵を感じているのだろうか。
***
【メギド 魔王城 廊下】
私は食堂を後にし自室に戻る為に歩いていた。
やるべきことは沢山あるが、自分の手入れをしたい。
寝る前には必ず手入れはするが、それでも以前よりも手入れの時間が減った。
時間がある程度ある今、自分の手入れに時間を割こうと考えた。
私が自分の長い髪の毛先を確認しながら歩いていると、背後に気配を感じた。
気配を感じる程度の存在は限られている。
「メギド様、ご報告があります」
振り返るとそこには予想通りカナンが立っていた。
「蓮花様とノエル様が2人で何やら話していました。一応お耳に入れておこうと思いましして……」
そんな報告私にとっては殆どどうでもいいことだ。
ノエルはある程度良識のある女であるし、蓮花が滅茶苦茶な事を言い出しても牽制するだろう。
ノエルは平和を望んでいる。
残虐非道な事には加担しないはず。
何の話をするのか分からないが、万が一にも女としての悩みの話の可能性もある。
あんな性格で忘れがちだが、一応あれも女だ。
私は蓮花の女としての悩みなど聞きたくない。
「好きにさせておけ。下がれ」
私はカナンを下がらせようとした。
しかしカナンはその場から動かない。
「まだ何かあるのか」
「あの……他に俺にできることはできますか?」
カナンはそう言って私にそう問いかけた。
これ以上雑用がしたいのか。
気味が悪い。
「……お前、本当は何を考えている?」
「あ、いえ……俺は回復魔法士として成長して弟を見返したいんです」
「…………」
嘘ではなさそうだが、全く見返せるような状態になっていない。
蓮花から回復魔法を教えてもらっている様子もない。
そもそも蓮花はカナンの事など全く眼中にないのに、まだそれに気づかないのか。
「蓮花に全く取り入れていないぞ」
「ははは……ガードが固くて……」
「お前が蓮花に取り入れるかどうかなど、蓮花の匙加減だろう」
まったく、どいつもこいつも蓮花に良いように利用されていて納得できない。
「お前にできる程度の雑用は事足りている。私ではなく蓮花の機嫌でも取っていろ」
「それをするとゴルゴタ様が嫌がりますので……」
「自分でどうにかしろ」
カナンの弱音など私は聞きたくなかったのでカナンを無視して自室に戻った。
「…………」
カナンは暫くその場に残っていたようだった。
あの姿を見たらカノンに更に哀れまれるだろう。
――兄弟で差があるとやはり劣等感を抱くものだろうか
私とゴルゴタは得意分野が違う。
だからカナンのように弟に劣等感を抱かない。
姉がもし私たちの間に入ったら劣等感を感じたりするのだろうか。
白羽根の父は堕天させられる程度の実力だった。
今ある問題を解決しても、いい家族になれるとは限らない。
私は自分の長い髪の毛に触れながらそう考えていた。




