実践に臨みますか?▼
【メギド 魔王城】
ゴルゴタが帰ってきてから数時間後。
私はセンジュから詳しい話を聞いたが、私の想定していた通りの話のみで意外なことは何もなかった。
相変わらず多弁な死神がゴルゴタを散々と挑発し、その挑発に耐え切れなくなったゴルゴタが激高し死神の身体を破壊。
ただの暴力によって破壊するのではなく、センジュが作った特殊合金の丈夫な体がドロドロに溶けるほどの火力の炎魔法で完全に使い物にならなくしたらしい。
呆れて言葉もない。
「ゴルゴタお坊ちゃまにも困ったものです……作るのにはかなり時間がかかるのですがね……」
と、センジュが小さくため息をついていた。
「また身体を作るのか?」
「はい。常に最新のものを作っておりますので」
「次の身体の完成までかなり時間がかかるのか?」
「そうでございますね……魔機械族に基盤を作らせ、わたくしが再調整する形にすればかなり時間は短縮できますが、それでも一か月程度はかかるかと思います。精密機械ですので」
「そうか……なら『時繰りのタクト』が使えるようになるまでかなり時間がかかるな」
私はセンジュに死神の身体を作ることに専念するように命じた。
ゴルゴタが死神に確認しにいくなど、元々無茶な話だったのだ。
――蓮花が采配を間違えたせいだ
あの賢い頭ならこうなることなど容易に想像できたはずだ。
それともセンジュが止めることを期待していたか?
しかし、センジュも目の前で見ていただろうが止めなかった。
あるいは止められないほどゴルゴタが激高したか……
いずれにしても愚策だった。
私は様々な事を考えながら、次にライリーとカナンの様子を見ることにした。
ライリーは蓮花が不在の間カナンの監視役を任されていたが、どう考えてもカナンを監視する程のなにかがあるとは感じない。
それに、相変わらず攫ってきた人間の処遇がいい加減過ぎる。
「カナンの様子はどうだった?」
私はライリーが地下牢から上がってくるタイミングで声をかけた。
「魔王か……少し休ませてくれ」
相当疲れているようで、顔がかなりやつれている。
蓮花に顎で使われてよく嫌にならないものだと私は呆れるばかりだ。
ライリーは空中に水を生成してそれを飲んで喉を潤した。
「はぁ……流石に新鮮な肉のためとはいえ、人間をあれだけストックしておくのは無理があるよ。タカシ君に見えないように地下牢に入れたけど、密室な分匂いが酷くてね……」
「確かに酷い匂いだ。私から離れろ」
「…………」
ライリーは私から少し距離をとると、私の質問に対してつまらなそうに答えた。
「カナンは本当に特徴のない子だよ。蓮花を見ていると見劣りして仕方がない。彼が5人いても蓮花1人分にはなりえない程度さ」
「蓮花と比べるな。アレと比べたら全人類が劣る」
「うーん……蓮花なら私の質問にも的確に答えてくれるし新しい発見もある。カナンは……何もない。凡庸すぎる」
「蓮花が気にしているようだが?」
「多分、自分に近づいて来る人間は全員警戒してるよ。自分の小間使いにするなら実力も知っておきたいだろうし、蓮花は誰も信用していないから」
「そうだろうな。お前も信用されていない」
「…………わざわざ言われなくても分かっているよ」
「風呂に入れ。その酷い匂いのままうろつくんじゃない」
「言われなくてもお風呂入りたいよ」
私たちが話していると、更に匂いの酷いカナンが地下牢から上がってきた。
「あ、魔王様……どうも……」
ヘラヘラした表情で私に媚びへつらうようなその態度がやけに癇に障る。
「気安く私に話しかけるな」
「す、すみません……」
私はゴルゴタが戻ったこともあるし、再びタカシたちの様子を見に行くことにした。
私が気配探知をすると、やはり戻ったゴルゴタは暇つぶしにタカシとアザレアに絡みに行ったようだった。
***
【メギド 魔王城 庭園】
私がそこにつくと、意外にもゴルゴタはタカシとアザレアを暫く観察しているようだった。
私に気づいたゴルゴタは舌打ちする。
「ちっ……俺様をつけ回すなよクソ野郎が……気持ち悪ぃんだよ」
「お前が問題を起こさないか不安で仕方ない。今は監視役がいないからな」
「人殺しは俺様の監視役じゃねぇよ殺すぞ」
そんな私たちの会話でタカシは気を取られているらしく、先ほどから全く動きが鈍くて話にならない状態になっている。
アザレアにも「集中して」と言われていた。
だが、どうしてもタカシはこちらが気になる様子。
それを見たゴルゴタも見るに見かねて口を挟んだ。
「……雑魚が……」
それからタカシらにゆっくり近づいて行く。
止めるべきか?
いや、殺意は感じない。
しかし近づいて行く理由が暴力以外には存在しない。
「おいおい……俺様達の相手は平和に剣の稽古でなんとかできる相手なのかぁ? そんなもん、何の役にも立たねぇぜ……」
「やめろゴルゴタ。こいつらはまだ訓練中だ」
アザレアはゴルゴタに向けて剣を構えた。
しかし、ゴルゴタは当然そんな剣にひるむことなく進んでいく。
「俺様に勝てねぇなら話にならねぇからなぁ……」
案の定、ゴルゴタはアザレアとタカシに攻撃を仕掛けた。
殺意は感じないもののゴルゴタの攻撃は容赦がなかった。
――確かに、稽古で得られる経験と実践で得られる経験は違うが……
まだ稽古を始めたばかりでゴルゴタの相手は荷が重すぎる。
だが、ゴルゴタの言っている事も一理あると思った。
ゴルゴタに勝てないのに三神に勝てるとも思えない。
ゴルゴタも手加減は心得ているはずだ。
もし致命傷になりそうな攻撃があれば私が止めればいい。
そう考えて私はゴルゴタを止めなかった。
アザレアはタカシを守るようにゴルゴタの攻撃を受け流した。
上手く攻撃を受け流し、圧倒的な暴力を殺し続ける。
判断の早いアザレアだからできていることであり、タカシがこれをできるようになるまで相当な時間がかかりそうだ。
見て盗む程の頭脳はタカシにはない。
とはいえ、ゴルゴタの猛攻にアザレアは防戦一方。
反撃できたとしてもゴルゴタはすぐに再生する。
いつになっても勝てない。
――だが、タカシを庇いながらの防御は見事だな
タカシは完全にアザレアに庇われていて何の役にも立っていない。
寧ろ足手まといだ。
「アザレア……!」
「タカシ、逃げろ!」
タカシはその場から動くことができない。
身体は恐怖で硬直しているようだ。
「逃がさねぇよ!!」
アザレアが捌ききれなかったゴルゴタの拳がタカシの腹部に叩き込まれる。
タカシはその衝撃で吹き飛び、地面に倒れ込んだ。
致命傷ではないがもうあれだは動けないだろう。
「もう終わりかよ……」
ゴルゴタは攻撃の手を止め、つまらなそうにタカシを見下ろした。
「タカシ、大丈夫か!?」
「っ……ぐ……」
痛みで声も出ないようだ。
手加減しているとはいえ、ゴルゴタの一撃が入って無事な訳がない。
本来であれば肉体が粉々になって死んでいてもおかしくない暴力をゴルゴタは持っているのだから。
「あ……大丈夫ですか!?」
「んあ……?」
先程まで人間たちの世話をしていたカナンが偶然通りがかったのか、タカシに駆け寄った。
「骨が折れてますね……」
カナンは震える手でタカシに回復魔法をかけようとする。
それを見たゴルゴタは苛立った様子でカナンごと攻撃しようとした。
「おいおい、呑気に回復なんかしてる時間ないぜぇ!?」
カナンについては元々気に入らないから殺してしまってもいいだろうと考えているようだ。
カノンの兄である以外に私にとってもカナンは特筆すべき存在ではない。
だが、流石にこれ以上はやり過ぎだ。
アザレアも庇い切れない。
私はゴルゴタの前に氷の壁を作って攻撃を妨害した。
ゴルゴタの拳が簡単に氷の壁を粉砕する。
「邪魔すんなよ……俺様はむしゃくしゃしてんだ……」
「弱い者いじめをするな。これ以上は稽古でもなんでもない。現にもう立てなくなっている」
アザレアはタカシとゴルゴタの間に入って剣を構え直していた。
「わりぃ……アザレア……っ……」
「タカシ、戦闘中は常に周りの状況を把握するんだ。相手の動きだけではなく、味方、そして自分の位置も。僅かな隙も致命傷になる」
「俺様を前に説教してる暇あるのかよっ!?」
ゴルゴタが振り抜いた攻撃をアザレアは受け流せない立ち位置にいた。
受け流せばタカシに当たる。
ガキンッ!
アザレアが持っていた剣は折れたが、すぐさまタカシが落としたもう一本の剣でアザレアはゴルゴタを狙う。
ゴルゴタが防ごうとした手を見てすぐさまアザレアは剣の軌道を変え、ゴルゴタの首元にピタリと剣を止めた。
アザレアが止めなければゴルゴタの首に剣が刺さり、鮮血が噴き出していただろう。
「そして最も重要なのは自己の限界を知ることだ。無謀な突進は死を招く。自分の限界を知り、その中で最善の行動を選択するんだ」
「へぇ……やるじゃねぇか……」
しかし、ゴルゴタの手はこれだけじゃない。
今まで使っていなかった魔法を発動させた。
私ほどではないが、ゴルゴタもそれなりに魔法の才がある。
剣の稽古だけでは当然三神に勝てるとは思っていない。
剣で手一杯になっているようでは駄目だ。
「手加減なしでいいよなぁ……?」
死神の身体の特殊合金を溶かした炎の魔法を使えばただでは済まない。
一瞬でゴルゴタの展開する魔法式の種別を判断し、魔法剣をアザレアは作った。
ゴルゴタは炎の魔法を使うかと思ったが、展開したのは水魔法だった。
水魔法とはいえゴルゴタの暴力と合わされば瞬時に恐ろしい暴力に変わる。
ゴルゴタが弾いた水の弾丸が発生した瞬間、水そのものもあるが強い衝撃波が発生する。
その衝撃波と実体の水弾が容赦なくアザレアに襲い掛かる。
そんなものを正面きって受けたらアザレアは下手をしたら身体が粉砕する。
賢いアザレアは逆位相の波を発生させて衝撃波を瞬時に相殺。
しかし、そこまでが手一杯だった。
その魔法と暴力の混合技の前ではアザレアも対処しきれない。
そのまま放っておいたらほぼ致命傷になる。
私は再度ゴルゴタの魔法を阻害してアザレアとタカシを助けた。
少し離れた場所から私は発動したが、ゴルゴタの発生させた水弾を空間転移魔法で別の空間に飛ばしてアザレアらの難を逃してやった。
私でなければ大惨事になっていたところだ。
だが、このゴルゴタを捌けなければ三神と戦うのは無謀。
立ちはだかる最初の壁がゴルゴタでは心が折れる事だろうが、ゴルゴタが手加減しなければもう死んでいる。
戦いは無慈悲だ。
敵は情をかけてはくれない。
勝負は一度で決まる。
「そのくらいにしておけ。恐怖を植え付けるのが目的ではない」
「甘いんじゃねぇの……本番だったらこいつらとっくに死んでるけど?」
「そうならない為の訓練だろう。訓練で大怪我を負わせるな」
「ちっ……今日はこのくらいで勘弁してやるよクソ猿。次またこんな無様晒したら今度こそぶっ殺すからな」
それだけ言ってゴルゴタは翼を羽ばたかせてまたどこかに行った。
カナンはゴルゴタに羨望の眼差しを向けており、アザレアはタカシの身体を気遣った。
タカシ本人は痛みと屈辱感で険しい表情をしていた。
――これは先が長くなりそうだな……
私は小さくため息をついた。