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勇者の名前は『魔王』でよろしいですか?▼  作者: 毒の徒華
第3章 戦争を回避してください。▼

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【魔王城 タカシの部屋】


 翌日、まるで何もなかったかのようにタカシは普通に目覚めた。

 タカシは朝の光が差し込む魔王城の廊下を不思議そうな間抜け顔で歩いていた。

 足取りもしっかりしており、まったく不調そうな様子は見受けられない。


「不用心に歩き回るな」

「悪い。自分の身体が戻ったのが嬉しくて」


 タカシはカリカリと自分の頭を手で搔いていたが、ふとそれを見ると剣を振るってできたタコやマメがなくなっていた。

 恐らく蓮花がタカシの身体を治したときについでに治したのだろう。

 髪飾りを作る手に戻った印象を受けた。


「いやぁ、なんか滅茶苦茶調子いいんだよな。あんなことがあったのが嘘みたい。夢だったのかな?」


 タカシは呑気にそう言っている。


「それに、ベッドにいた間に落ちた筋肉が戻ってるんだよな。むしろ、前よりもパンプアップしてるっていうか……」

「それは蓮花がお前の身体を改造したからだ」

「改造!?」


 タカシは驚きながら自分の身体の隅々まで調べ始めた。

 しかし身体に異常は見当たらない。

 むしろ以前よりも調子がいいとタカシは主張する。


 蓮花は信用できないが、こういった細やかな気遣いができるところは評価できる。

 逆に言えば細かいところも全て手を回してゆく手を阻むことも可能ということだ。


「蓮花が気を利かせたのだろうが、素直に喜べることではないな」

「そうなのか?」


 元の素材になった人間の話をしてもタカシは混乱するだけだし、元に戻すこともできない。

 ここは黙ったままにしておこうと私は判断する。


「しかし、その恩恵がある方が基礎体力をつける必要もない。すぐにでもアザレアに剣を教えてもらえ。お前の身体は今が最も理想的な状態だ」

「えー……まずはメシ食わせてくれよ。腹減ってるんだからさ」


 仕方がないので私はタカシと共に食堂に行った。

 調理する者がいなかったので、仕方なくタカシに食事を作らせた。

 食材は色々あったがタカシの作ったものはそつない料理で、それは私がはじまりの村に逃げ延びたときに出された食事を思い出した。


 あのときはこんな事になるとは思っていなかった。

 早く平穏を取り戻したいものだと、タカシの作った粗末な料理を食べながら思った。


「美味い?」

「お前の故郷で出されたものの味がする」

「なんか大変な事になっちまったけど、いつも食べてるもの食べてるときは落ち着くな」

「呑気なものだな。アザレアらの分も作ってやれ」

「俺が作るの?」

「剣の教えを乞う立場なのだからそのくらいしろ」

「……もしかして、メギド料理できないとか?」


 バシャン!


 私が水をかけるとタカシは「冷たい!」と少し飛び上がっていた。

 料理にまで水をかけなかったのは私の温情だ。




 ***




 タカシが作った食事をタカシに運ばせ、アザレアらに食事を摂らせた。

 アザレアはタカシの作った料理を「懐かしい味がして美味しい」と喜んで食べていた。


「アザレアって俺と一緒の出身なの?」

「そうだよ。というよりも、俺の親戚だって聞いたけど」

「え!? 親戚なの!?」

「お前とアザレアは少し違う血筋だが、血縁者だ。伝説の勇者とお前が血縁者とはな。そして無属性魔法の使い手とは、お前のような者として情報量が多すぎる」

「俺だって色々特徴があってもいいだろ!?」


 私とタカシのやり取りをアザレアたちは観察しているようだった。

 特にアザレアは優しくタカシに語り掛ける反面、タカシの内面を探っているようだった。

 だが、タカシの間抜けさは底抜けですぐにアザレアはタカシに対しての警戒心を解いた。


「俺はラヴィリアの婚約者だ」

「ラヴィリアばーさんの!? アザレアって年上好きなの?」

「はは、違うよ。色々あってこんな見た目をしているけど、俺とラヴィリアはほぼ同い年だ」

「マジ!?」


 そんな世間話をしているうちにタカシとアザレアは打ち解けたようだった。


 そして、食事が終わったら早速剣の特訓に移る。

 エレモフィラとイベリスは部屋で無属性魔法の研究を引き続きすることに。


 タカシは庭でアザレアと向かい合い剣を構えた。


「剣とはただ振るうだけではないんだ。己の心、そして身体を統べるための術。剣先は常に意識の延長線上にある。相手の動きを読み一瞬の隙を突く。それは力ではなく技と心で成し遂げるものだ」

「ごめん、もうちょっと簡単な言い方にしてくれない……?」

「はははは。つまり力任せに剣を振るっても駄目という事だよ」


 タカシはアザレアの言葉に耳を傾け、真剣な表情で剣を構え直した。


「まず、最も重要なのは『重心』だ。重心を常に意識しどの方向にも瞬時に動けるようにしておくといい。次に『間合い』。相手との距離は己の剣が届く範囲であり、相手の剣が届かない範囲だ。その絶妙な距離を保つことこそが剣術の肝となる」


 アザレアはそう言ってタカシの周りをゆっくりと回り始めた。

 タカシはアザレアの動きに合わせて重心を低くし、剣を構えた。


「そして、『残心』だ。一度剣を振るったらそれで終わりではない。相手が次にどう動くか常に意識を向けておく。それは相手の命を奪うためではない。己の命を守るためだ」


 アザレアはそう言ってタカシの剣を払い、タカシの首元に剣を突きつけた。

 タカシはアザレアの速さに驚き、息をのんだ。


 アザレアのアドバイスを受けタカシは順調に技を覚えていった。

 もう筋肉量は十分だ。

 後は速度と技。


 タカシはアザレアから『払う』や『流す』といった防御の技、そして『刺突』や『袈裟斬り』といった技を教わった。

 タカシは意外と飲み込みが早く、アザレアも驚くほどだった。


 こちらは順調そうなので、私はその場をアザレアに任せてエレモフィラとイベリスの様子を見に行くことにした。




 ***




【魔王城 アザレアらの部屋】


 部屋の扉を開けると、そこには無数の魔法式が書かれた紙が散乱しており、エレモフィラとイベリスが魔法式を難しい表情で眺めている。


「順調か」

「順調かって……暇なら手伝ってよ」


 エレモフィラは私に気づくと不機嫌そうに言う。


「暇ではない。それに天才の私が手を出すとお前たちが混沌とするだろう。確認はするがな」

「もういい。分かったから邪魔しないで」


 私はエレモフィラが書いていた丁寧な魔法式を覗き込んだ。

 その魔法式は蓮花の書いたものとは大違いだった。

 蓮花の魔法式は自分にさえ分かればいいとかなり省略されて書かれていたが、エレモフィラの魔法式は省略せずに緻密に書かれている。


 その丁寧な魔法式を見ていて私はあることに気づいた。


 ――……『死神の咎』も、無属性魔法の一種なのか?


 肉体の再生をし、不死にする魔道具だと思っていたがよくよく考えれば「再生」というよりはあらゆる損傷もなかったことにしているという理屈の方がしっくりくる。


 ――だとすれば死神が恐れる『死神の咎』の本質は、一体何だ……?


 『死神の咎』はゴルゴタを不死にした。

 しかし死神はその『死神の咎』を持つものを忌み嫌っている。

 その本質を調べれば死神の秘密、そして私たちの計画の根幹に関わる何か重要な情報が見つかるかもしれない。


 私は蓮花が帰ってきたらゴルゴタの身体の『死神の咎』について、詳しく聞こうと考えた。


 私が次はライリーのカナンの様子でも見に行こうとしていたところ、魔王城正門が乱暴に開けられ、死神の元に行ったゴルゴタがセンジュと共に不機嫌そうに戻って来た。


「死神はどうだった?」

「…………ちっ……」


 私が問うとゴルゴタは何も言わず、舌打ちして黙ったままどこかへ消えていった。


「なんだ、どうしたんだ?」


 センジュは頭を抱えながら申し訳なさそうに言った。


「ゴルゴタお坊ちゃまが……死神の身体を破壊してしまいました……困りましたね」


 私の頭の中に雷が落ちたような衝撃が走った。


 身体を壊しただけでは死神は死なない。

 もともと死神は身体などいらなかったのだから。


 だが……――――


 死神の身体が壊れたということは、死神の血が必要な『時繰りのタクト』が一時的にでも使えなくなったということだ。


 私は愕然とし、常に持ち歩いていた『時繰りのタクト』を見つめた。




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