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勇者の名前は『魔王』でよろしいですか?▼  作者: 毒の徒華
第3章 戦争を回避してください。▼

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【メギド 魔王城】


「どうだ、妖刀五月雨の感触は」


 私は妖刀を振るっているゴルゴタそう尋ねた。

 夢中で妖刀を振るっていたらしく、私が声をかけるまで珍しく私に気づかなかった様子だ。

 勘の鋭いゴルゴタにしてはらしくない。


 ゴルゴタは妖刀五月雨を振る手を止め、私の方を振り返った。

 その顔はいつになく真剣な表情を浮かべている。


「なんだよ」

「お前がどうしているのかと思ってな」

「けっ……そうかよ」

「実際、その五月雨の使い勝手はどうだ?」


 私がゴルゴタにそう尋ねると、少し眉間にしわを寄せて妖刀五月雨を見た。


「んぁ……扱いには自信があるけどよ……魔力量はやっぱテメェとは比べ物にならねぇ。俺様だけじゃ難しいかもなぁ……イラつくぜ」


 ゴルゴタはイラつくと言っているが比較的冷静だ。

 感情的なゴルゴタが冷静に事実を述べているのは珍しい。


「テメェが振って見ろ」


 ゴルゴタはそう言って妖刀五月雨を私に突き出してきた。


 私はゴルゴタから妖刀五月雨を手に取り、魔力を込めて試しに振って感触を確かめることにした。


 魔力は妖刀を通じて瞬時に刃に変わる。

 長い刃の刀になった妖刀を振ってみたところ、少し離れた場所の木が一本真っ二つになった。


 威力は確かに強力だ。

 しかし刀身が長い分重くなり、私の振りはゴルゴタに比べると遅い。

 目視でも確認できるような遅さで全く実践向きではない。


 やはり私では五月雨の魔力を引き出すには十分だが、それを自在に操るにはゴルゴタのような圧倒的な身体能力が必要だ。


「やっぱ……俺様だけじゃどうにもならねぇか……」


 ゴルゴタは珍しく真面目なことを言っている。

 何やら焦りを感じているようにも見えた。


「早くカタつけたいんだけどなぁ……」


 ゴルゴタはそう言いながらガリッ……ガリッ……と自分の指を血が出るまで歯を立てて噛み千切っている。

 最近は落ち着いていたとはいえ、やはり自傷癖は抜けきらないか。


「もっと手っ取り早い方法はないもんかねぇ……」


 ゴルゴタはもう片方の手の爪でガリガリと自分の顔の皮膚を引っ掻いた。

 鋭い爪で皮膚が引き裂かれ、ゴルゴタの顔から血が溢れて手が血まみれになっている。


「いつになく真剣だな」

「回りくどいったらねぇ……力でねじ伏せられねぇのはウゼェんだよ」


 ゴルゴタは舌打ちをした。

 私もこの状況に辟易へきえきしているし、ゴルゴタが苛立っているのも無理はない。

 私も優雅とは言えないこの生活から早く抜け出したいと思っている。


「無属性魔法が実現し、蓮花の魔人化が一部なかったことになったぞ」


 1番蓮花の情報がほしいと思っているであろうゴルゴタに私がそう言うと、ゴルゴタは少し沈黙した。


「そうかよ」


 沈黙の後、素っ気ない返事をした。

 ゴルゴタはなんとも言えない表情で遠くを見ている。


「嬉しくないのか」

「……分からねぇ」

「…………」


 その言葉に偽りはない。

 本当にゴルゴタは自分の気持ちを理解できていない様子だ。


「人殺しが元の実力を出せるようになったら、俺様から『死神の咎』をはがして……それからどうするとか考えてねぇしな。魔人化がなかったことになったら、結局俺様とは寿命が違うだろ」


 ゴルゴタの言葉には蓮花を失うことへの恐れが感じられた。

 人間を滅ぼすという目的を失ったゴルゴタは、どこか浮いてしまったかのような状態になっている。

 生きる目的を失っているような状態だ。


「……別れは誰にでもくるものだ。同じ魔族でも寿命は違う」

「ンなこと分かってるっつーの」


 ゴルゴタは苛立ち「ガリッ……」と強く噛みちぎった後、指から出た血を舌で舐めとる。


「あーあ、やめたやめた」


 ゴルゴタは翼を羽ばたかせ、妖刀五月雨を残して去っていった。


 ゴルゴタの孤独を埋めるものが蓮花だけであり、蓮花に依存しきった関係は危ういと感じている。

 しかし他に代わりになるものはない。

 ダチュラにはそもそも興味がなさそうであるし、現に今もゴルゴタの飛び去った方を見つめているダチュラに全く目もくれない。


 ――破滅を望むゴルゴタは同じ破滅を望む蓮花に執着するのは当然と言えば当然か


 蓮花が現れるまでのゴルゴタはかなり荒れていた。

 蓮花の記憶を失ったゴルゴタは人間を滅ぼし始めるほどだ。

 しかし、一度与えられたものを取り上げられた後も壮絶な事になる。


 大人しくしていたら何の問題もないが、蓮花が大人しくしているかどうかは不透明だ。

 記憶転写である程度思考や記憶はあるものの、やはり思考パターンまでは理解できない。


 ――やれやれ……




 ***




 私は次にエレモフィラのいる部屋を訪問した。

 部屋の中ではエレモフィラとアザレアとイベリスが、緊張した面持ちで話していた。


「無属性魔法は実現は可能だったが、リスクが大きすぎる」

「伝説上の魔法が実在したことは驚いたが……使える者が限定的すぎるな」

「何度もできる魔法ではなさそう」


 私が部屋に入ると一同は私の方を見て、見るからに不安げな表情をしていた。

 言いたいことは分かる。

 思っている事も手に取るように分かる。


「具合はどうだ?」


 私がそう尋ねるとエレモフィラは不満そうに言った。


「あれ以上の魔力出力で魔法を発動させるのは自殺行為よ」

「今、蓮花が部屋に閉じこもって何かしている。恐らく魔法式を改良して身体への負担を減らす方法を考えているだろう」


 私がそう言うとエレモフィラの顔色がさらに悪くなった。


「魔法式が完成しても成功するとは思えない。魔法式が魔力を使う媒体の身体の構造を無視してる」

「無理矢理発動させようとする魔法式だったからな。それを今調整しているのだろう」

「“だろう”って……不確定情報じゃない。あの倫理観が壊れてる人がそんなこと考えているとは思えないけど」


 確かに何をしているかまでは分からない。

 とはいえ、エレモフィラもタカシもこの状態で回復を待つしかない状態だ。

 蓮花が何をしているかはゴルゴタを通じて聞けばいい。

 私があれこれ聞いても蓮花は答えないだろう。


「剣を教える呈できたが、タカシも寝込んでいるしね」

「万全の状態になるまで休んでいろ。カナンに食事を運ばせる」

「……」


 センジュはアザレアらの世話をしない。

 ともすればカナンに世話をさせるしかないだろう。

 カナンは寝る暇もなく働かなければ魔王城にいる資格がない。


 私はアザレアらの部屋を出てノエルらを待たせている部屋に戻った。


「状況はかんばしくないが、回復するまではこの部屋で待機していろ。食事は運ばせる」

「僕、ちょっとこの部屋だと狭い」


 レインはなんとか部屋の扉を通れたが、更に大きくなったら部屋には入れなくなるだろう。

 この部屋でそのまま大きくなったら部屋から出られなくなる可能性すらある。


「別の部屋にするか? ……そもそも龍族は家屋など持たないだろう」

「やだ! ノエルと一緒にいる。龍用の部屋ないの?」

「そんな大部屋はない。センジュに言って扉の大きさを変えさせることはできるだろうが、すぐにはできない」


 ――一先ず、必要なものは確保できたが……


 私たちは思想も目的もバラバラだ。

 こんな状態で本当に上手くいくのだろうかとかなり不安が募る。

 不確定要素が多すぎる。

 いくら私が天才でも全ては制御できない。


 そのひとつを潰しておこうと私はノエルに提案した。


「ノエル、私の血を特別に与える。それで魔力量を再確認したい」

「分かりました」


 私の血を使うのはかなり不本意だったが、魔力量の多い血でなければいけないのなら私が最適だろうと判断した。


 ノエルの伴侶はかなり怪訝な表情をしていたが、それでも口出しはしなかった。

 早くこの厄介ごとを終わらせてどこかで平穏に暮らしたいと思っているのだろう。


 私の手のひらの親指の付け根の辺りを風の魔法で少し傷つけ、ノエルの手に血を垂らすと……


 私の血に反応したノエルの身体が変異し始めた。

 血の付着部分から全身にめぐるように変異がおき、黒い髪が鮮血のように鮮やかな赤になり揺らめく。


 ノエルの身体から尋常ではない魔力があふれ出し、その濃度は光を屈折させ目視で確認できるほどだった。

 以前見たときは野外だったが、室内でこうみると明らかにその規模の大きさが分かった。

 一瞬にしてノエルの魔力で部屋が満たされる。


「…………」


 私はその規格外の魔力を見て、より不安が募った。

 果たしてこの膨大な魔力量を私たちが制御できるものなのか、そしてタカシやエレモフィラの身体はこの負担に耐え切れないのではないか。


 下手をしたら、蓮花の存在自体がなかったことになりかねない。


 ――この魔力量に耐え切れるノエルの身体はどうなっているんだ……?




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