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勇者の名前は『魔王』でよろしいですか?▼  作者: 毒の徒華
第2章 人喰いアギエラの復活を阻止してください。▼
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『縛りの数珠』を使用しました。▼




【タカシ】


 事が落ち着いたのはその日の夕方になった頃だった。


 町に入る前にメギドは自分の身体と服についた血を、水の魔法で簡単に洗い流していた。

 それでも服に染みついた血は簡単には取れないようで「この服は捨てる」とメギドは言っていた。


 血まみれの妖精を抱えて町の医師に見せに行き、腹部の傷の縫合をしてもらった。


 ミューリンという妖精は一命はとりとめたようだったが、高熱を出して気絶したままだ。


 黒い籠に入れられている妖精族の子供は籠の中で泣きわめいてしまっていた。


 籠から出そうにもどうやらその籠は『嫉妬の籠』という魔道具らしく、メギドがいくら力を入れて引っ張ってもびくともしない。


「私は風呂に入る」


 そう言って、メギドは風呂に行った。


 風呂に行ってもう2時間は経つが一向に戻ってこない。

 まったく悠長なやつだ。


 俺もメギドに水を散々かけれたので着替え、不安そうな顔をしている皆を集めて佐藤の部屋で話をした。


 何があったのかメギドが話したがらないので、俺が見た限りの話を佐藤やメル、レインに対して話をした。


 メギドを追いかけていったら妖精が怪我をして倒れていたこと、メギドの元へ行ったらゴルゴタと対峙していたこと、炎の壁に阻まれて見えなかったが、ゴルゴタが去った後のメギドが血まみれであったこと、最後に「今は殺さないでおいてやる」とゴルゴタが言っていたこと等。


「それで? 君の見せ場はその話のどこなの?」


 俺の大体の話を聞いた後、レインは机の上で首をかしげながら俺にそう尋ねてくる。


「見せ場?」

「だって『縛りの数珠』を持って出て行ったんだから、どう考えてもそれを使って大勝負を決めて見せるっていうお決まりの流れがあるでしょ?」

「俺がかっこよくメギドを助ける! ……っていう流れがかっこいいんだろうけど、あいにく助けられたのは俺の方だよ……かっこ悪いよな。散々メギドに水ぶっかけられて怒られた……凹むよ……」

「でも、タカシお兄ちゃんが見たのって、まおうを今名乗ってるあの怖い人なんですよね? ……そんな人に特攻しても勝ち目ないですよ」


 それを聞いて、佐藤は居ても立っても居られない様子で立ち上がって外へ出ようとする。


「佐藤、どこ行くんだ」

「やっぱり俺は、ゴルゴタを追います」


 佐藤は『雷撃の枝』を乱暴に掴み、扉から外に出ようとした。

 慌てて俺は佐藤の腕を掴む。


「ちょ、ちょっと待てよ! 無理だって!」

「無理かどうかなんて、やってみないと分からないじゃないですか!」

「いやいや、やらなくても分かるって! メギドがあれだけ返り血を浴びてやっと追い返したのに、死にに行くようなもんだぞ!」

「放してください! 俺は……家族の仇を取るんです!」


 佐藤は普段は大人しいが、家族を殺された事となると自身の制御ができないらしい。


 暴れて手が付けられなかったので、俺は『縛りの数珠』を佐藤に使った。


 使い方はよく解らなかったが、佐藤の腕に数珠をかけて縛った。

 どうやらその使い方で問題なかったようだ。

 佐藤は完全に動きを封じられ、指一本動かせない状態になった。


 それと同時に、俺もまったく動けない状態へと陥った。


 喋ることすらできない。

 かろうじてまばたきと呼吸はできる程度だ。


 ――っていうか……これ……使ってみたはいいけど……どうやって解除するの……?


 まったく動けないため、数珠を佐藤から外すことができない。

 その状態で30秒程が過ぎたとき、メルが恐る恐る俺と佐藤の顔を覗き込む。


「どうしたんですか……? タカシお兄ちゃん、佐藤さん……」


 動けない上に喋ることができないので、メルに助けを求めて必死で目で訴える。


 だが、目で訴えてもメルには伝わらなかった。


 メルが困った表情をしていると、ようやく風呂からメギドが帰ってきた。

 扉の前で固まっている俺たちを見て、視線を動かし『縛りの数珠』と佐藤の持っている『雷撃の枝』を見る。


 何も言わずにメギドは俺たちを避けて椅子に座った。


「まおうさま、タカシお兄ちゃんと佐藤さんが固まっちゃいました。どうすればいいですか……?」

「頭が冷えるまで放っておけ」

「佐藤さんが怖いまおうさまを追いかけるって言って……」

「大体は予想はつく。メル、大きな羊皮紙を持って来てくれないか」

「羊皮紙ですか? 解りました」


 メルが自分の部屋に羊皮紙を取りに出て行った間、メギドは妖精族の容態を確認していた。


「ねぇ、自称魔王のヤツと何があったの?」

「奴は私をからかいに来ただけだ。それ以外にはない」

「なんで魔王をからかいに来るの?」

「私を挑発して楽しんでいるのだ。奴とは色々と因縁がある身でな」

「ふーん。そもそも何の用があって出て行ったの?」

「そう根掘り葉掘り聞いてくるな。色々と事情があるのだ。いずれ、話すべき時がきたら話そう」

「まぁ、僕はなんでもいいけどさ」


 レインは横たわっているミューリンと、泣き疲れて眠ってしまった子供の様子を覗き込む。


「この妖精、どうするの?」

「比較的近くに妖精の集落がある。そこに戻しつつ、妖精族の持っている魔道具『風運びの鞭』を手に入れようと思っている。人間の薬では妖精には効かないだろう」

「まおうさまー! 持ってきました!」


 メルが大きな羊皮紙を持ってくると、メギドはテーブルの上にそれを広げ、手をかざして魔法を発動させる。


 すると、羊皮紙に各町の位置関係全体が一瞬で焼き付いた。


 ちなみに、俺には部屋の様子は見えていない。

 俺が見えているのは硬直している佐藤の背中だけだ。


「今私たちがいる場所がこの最西端、ベータの町にいる。そこから妖精族が住んでいるという森は、ここ、ラムダの町の近くだ。まぁ、馬で半日から1日程度走った場所だな。まずミューリンとミザルデを連れてここに行く」

「それぞれの町って、規則正しく並んでるんだね」

「そうだな。魔王城を中心として東西南北にそれぞれ町が作られている。四方八方から魔王城を監視できることがメリットらしいが……」

「ふーん。魔王城の近くに町作るって言うのも勇気がある行動だね。なんかあったらすぐ滅ぼされそうなのに」

「わざわざ滅ぼす程の価値があればいいがな」


 心底メギドにとっては人間は滅ぼすほどの価値もないらしい。

 メギドが温厚な性格で良かった。


 ――……いや、温厚……か?


「それからラムダの町から少し南にいくと永氷の湖があり、ここの『凍結の珠』を回収。そして北東に行ってミューの町で『雨呼びの匙』を回収の後に再東端のデルタの町で『時繰りのタクト』を手に入れる。中心部にある魔王城を目指しながら少し南下してクシーの町で『天照の錫杖』を入手し、魔王城へと乗り込む。新たな魔道具の場所が確かな筋から分かったのでな、回収するものが増えた」


 話し声しか聞こえないが、そのルートで言うとかなり日数がかかるように思う。


 馬以外のもっと早い移動手段があればいいが、俺たちにはそれ以外の方法はない。

 メギドは空を飛べたり、空間転移魔法が使えたりするらしいが……。


「確かな筋って?」

「私の執事からだ。いや……私の、というよりは魔王家の執事というべきか」

「ふーん。結構日数かかりそうだけど、大丈夫なの?」

「相手も随分儀式に難航しているようだからな。日数的な猶予はあるだろう」

「ていうかさ、その人喰いナントカが封印されているところに行って、先にそれを倒しちゃえば気にする必要ないんじゃない?」

「それは無理だ。封印を解く以外はアギエラに干渉できない。内側からも外側からも遮断されているのだ」

「そもそも魔法と魔道具を使う訓練とかしないと、僕以外は戦いに役に立たないよ?」

「そうだな。血の滲むような努力をしてもらう予定だ」


 忘れてもらっては困るが、俺と佐藤はまったく動けない状態だ。


 指先ひとつ動かせない状態のまま、5分は過ぎただろう。


 ずっと同じ体制を続けるのを強いられている状態で、俺は冷や汗のようなものがじっとりと出てきた。

 恐らく佐藤も同じ状態だろう。


「まおうさま、そろそろ動かしてあげた方が……」

「一晩くらいそのままにしてやった方が懲りるのではないか?」


 冗談じゃない。


 ずっと身体中に力が入って強ばっているような状態だ。

 動いていないのに全身が筋肉痛になりそうに感じる。


 メルの訴えに、メギドがようやく立ち上がって呆れたように俺の近くまできた。


「先に言っておくが、ゴルゴタを追おうと考えているのならやめておけ。魔道具を使っても不意をつけば仕留められるほど簡単ではない。分かったな?」


 佐藤に向かって言っているのだろうが、俺からは佐藤の顔が見えないためにどんな表情をしているのか分からない。


 メギドは長い爪を数珠にかけ、ゆっくりと佐藤の腕から外した。

 すると俺たちの身体の硬直は解け、ようやく動けるようになった。


 だが、極度の緊張状態から解放された俺たちは床に崩れ落ちる。


「はぁ……はぁ……これ、戦闘に使えるのか……? ほぼ動けないぞ……」

「使いどころを考えなければ自滅する。よく考えて使うのだな」


 封じる力は確かに強いようだが、疲労感も尋常ではない。


「佐藤、激情に駆られて我を見失うな。憎しみとは最も不毛な感情だということを覚えておけ」

「っ……分かっているんです……でも! 憎いという気持ちは抑えられないんですよ……!」


 涙を浮かべながら、メギドに向かって佐藤は激しい口調でそう主張する。


「そう思うのなら、尚更冷静になれ」

「家族を殺されたんですよ……そんな簡単に冷静になれませんよ……!」

「そういった感情があるなら一つ言っておくが……あの男は勇者によって家族を殺され、人間を憎んでいる。お前が魔族に家族を殺され、魔族を憎んでいるのとそれは一緒だ」

「……!」


 憎しみに顔を歪ませ「ギリッ」と佐藤は歯を食いしばった。


「疑問なのだが、復讐したら気が済むのか?」

「じゃあどうしろって言うんですか!? あなたのように冷静にはなれない! どれだけ俺が家族を大切に思っていたか……あなたに分かりますか!!?」

「…………私も、勇者に殺された母のことは大切に思っていた。だからと言って私は人間を滅ぼそうとはしない」

「………………」

「そうしたとしたら、またそれが新たな憎しみを生み、私を殺す者が現れ、そしてまたそれを殺そうとする者が現れる。その繰り返しだ。私は優雅に暮らしたいのだ。そのような浅ましい感情は“優雅”から最も遠い」


 確かにそうだ。


 もうずいぶん前の話で話題にあまり上らないが、メギドは前魔王のクロザリルの息子。

 母を殺されて勇者というものを憎んでいてもおかしくない。


 だが、メギドは勇者を殺したという話は聞かないし、勇者を殺しているのも見たことがない。


 勇者に対してした事と言えば、額にセカンドネームを刻み込んだり、口調を無理やり丁寧にしたり……ペンを二度と持てない身体にしたり……。


 思い返すと、可愛いように見えて結構えげつない懲らしめ方をしているような気がしてきた。


「……っ…………すみません……つい、頭に血が上って……」


 佐藤はメギドの言葉で少し正気に戻ったのか、謝罪の言葉を口にする。


「先に聞いておくが、お前がゴルゴタを殺したと仮定して、ゴルゴタのことを大切に思っている者がお前を……人間を殺すのは、お前の道理に適っているのか?」

「……それは…………」

「憎いと思うのは仕方がないとは思うが、いずれはどちらかが辞めなければならない。自分が手にかける者にも、家族や大切な者がいるのだ」


 いつも軽薄なメギドにしては重い言葉のように俺は思った。


 よく考えれば、見た目の若さとは裏腹にもう70年以上生きているのだから、色々思うところがあるのは当然なのかもしれない。


「それに、ゴルゴタが仇だと激しく思い込んでいるようだが、魔族の統率がなくなった今、ゴルゴタの指示によって町を襲ったのか、襲った者の独断だったのかは判断できない。本人に直接聞けば分かるだろうがな」

「でも……その原因を作ったのはあの男なんですよね……? あなたが魔王を平穏に続けていれば、方々の町が襲われることもなかった……そうですよね?」

「それは間違いないな」

「なら……やっぱり俺の仇はあの男ですよ……それに、人間を滅ぼそうとするあんな男を……大切に思う者なんているんですか……?」

「いないと言い切れるか?」

「わかりません……知りたくもありませんよ……」


 不貞腐れたように佐藤はメギドから視線を逸らした。


 俺だって家族を殺されたとあれば穏やかではいられない。

 俺の両親もメルの両親同様、貧困によって若くして死んだ。


 病気のせいだったり、食べる物があまりなくて栄養失調のせいだったり、直接的な理由はそうだが、結局それは勇者のせい、それを放置している国王のせいだと俺は思う。


 憎いと思うが、殺そうとまでは思っていない。


 それに、メギドが昨日国王を思い切り罵倒してひっぱたいてくれたおかげで胸がスッとした。


 俺はそれだけで十分だ。


「道中、考えておくのだな」


 メギドはそう言って部屋の外へと向かった。


「一先ず、先ほど言った通り妖精の住んでいる森へ向かう。準備しろ。すぐに出るぞ」


 そう言ってメギドは出て行ってしまった。




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