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勇者の名前は『魔王』でよろしいですか?▼  作者: 毒の徒華
第3章 戦争を回避してください。▼

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手を差し伸べますか?▼




【メギド 魔王城 タカシの部屋】


 タカシの身体からもうひとつ出ている気味の悪い肉体がかなり異様だ。

 こんなものが自分の身体から出ているのを見たら卒倒しても仕方がない程気味が悪い。


「気持ち悪ぃなぁコレ」


 ゴルゴタがタカシの身体から出ているもう一つの肉体を触ろうとしたのを蓮花が優しくその手を止める。


()が多少余ったとはいえデリケートなものですから、触らない方がいいかと。彼女も疲れているようですし。壊れたら再構築するのは手間がかかりますからね。別の肉を調達しようとしたら凄い剣幕で反対されそうなので」

「キヒヒヒ……ほんっとウゼェよなぁ……?」


 蓮花とゴルゴタはアザレアたちを見ていた。


「…………」


 エレモフィラは一気に様々な情報が頭の中に入ったからか、少々固まっている。

 蓮花の書いたクセの強い魔法式を再度見直していた。

 落ち度がないか確認しているのだろう。


「タカシさんが気絶したところで、私の身体の方を調べてもらえませんか。それとも少し休憩を挟んだ方がいいですか?」

あなどらないで……続けてできるから」

「エレモフィラ、大丈夫か?」


 アザレアとイベリスは心配そうにエレモフィラを見ていた。

 特に、イベリスの方は実際の魔法式をある程度理解できただろう、その労力の一端が分かるがゆえの心配だろう。


 エレモフィラが蓮花に歩み寄り、改めてその身体を調べ始めた。

 いくつも魔法式を展開して蓮花の身体を入念に調べる。


「自分の身体を調べられるのは気分の良いものではありませんね」

「集中してるから黙ってて」

「はいはい」


 蓮花はそのまま暫くエレモフィラが展開している魔法式を見ていた。

 評価をしているのは蓮花も同じ。

 エレモフィラの実力をしっかり目で追って確認している。

 実力のない者の言う事は信じないとその目が物語っている。

 私たちはそれを黙って見ていた。

 特にライリーが蓮花の方を心配そうに見つめている。


 暫くして、エレモフィラが魔法展開を中断した。


「……信じられない。貴女の身体は完全に魔族と人間の細胞が混在している。こんなの理論上成立しないはずなのに……」


 エレモフィラは驚きと困惑が入り混じった声でそう言った。


「そうですね。不死になる魔道具が身体に溶けている影響です。大した問題ではありません」

「大した問題じゃないって……恐らくその魔道具で再生され続けてるから変化は緩やかだけど、確実に人間でも魔族でもない()()()になって行っている」


 エレモフィラの言葉にライリーの顔が絶望に歪む。


「まるでこの世界の情勢と似てる。人間の細胞も魔族の細胞も半分くらいで拮抗しているみたい。でも……何かでそのバランスが崩れたら貴女の身体は危険な状態になるかもしれない」


 この世界のバランスは人間と魔族の力関係で成り立っている。

 けして片方が滅びないような、そんな身体の状態なのだろうか。


「死ぬ瀬戸際でしたので方法を吟味する余裕はありませんでした。応急処置です。『死神の咎』を剥がす魔法式も考えていますし、今タカシさんで無属性魔法も視野に入っています。なんとかなります」


 蓮花は冷めた声でそう言った。


「本当に大丈夫なのかよ?」


 ゴルゴタが心配そうな声で蓮花に問いかける。

 ライリーも蓮花の事を心配しているようだが、ゴルゴタはもっと心配そうにしているように見える。

 これだけゴルゴタが執着しているのはやはり危惧することに思う。

 死神の言っていた事もかなり現実味があり、言われた通りの未来になるのではないのかとかなり不安が募る。


「大丈夫ですよ。特に自覚症状もありませんし」


 蓮花はいつもの涼しい顔でそう答えた。

 しかしエレモフィラは蓮花の言葉を信じていないようだった。

 それ以上何も言わなかったが、エレモフィラの表情は深刻さを増していく。


「軽く……人間やめちまえって言ったけどよ……」


 ゴルゴタはバツの悪そうな顔で蓮花にそう言った。

 ゴルゴタが激昂して蓮花に致命傷を与えた結果、選択の余地もなく魔人化したことを後悔しているのだろう。


「気にしないでください。本当に大したことじゃないと思うので」


 蓮花は再びそう答える。

 しかし嘘を見抜く私の魔道具の前では虚勢は無意味。

 その言葉には僅かな嘘が混じっていた。


 平気なわけがない。

 蓮花は自分の身体がどうなるか、私と並ぶほどの天才であるなら誰よりも理解しているはずだ。


「お前、どうにでもなれと思っているだろう」


 私は蓮花にそう指摘した。

 蓮花は私の言葉に面倒くさそうに返事をする。


「ええ……思っていますよ」


 蓮花はあっさりとそう答えた。


「人間を滅ぼせないなら、なんかもう“どうにでもなれ”っていう気持ちもあります。自分の身体に興味ないですし」

「そんなに人間を滅ぼしたいのか。ゴルゴタの為に諦めるという言葉に偽りはなかったはずだが」

「そのときは嘘じゃなかったです。でも、さっきの詭弁きべんを聞いてやっぱり滅ぼしたくなりました。虫唾が走ります」


 さっきの詭弁というのはアザレアたちの言った言葉を指しているのだろう。

 それを聞いたエレモフィラは更に表情を険しくした。


 蓮花をここまで追い詰めたのは、外ならぬ人間たち、人間社会だ。

 蓮花の根幹にある破滅的思考は弟を殺された瞬間から何も変わっていない。


「その話はいいです。無属性魔法の魔法式を完成させましょう」


 蓮花はそう言ってペンをとり、淡々と魔法式作成の作業をし始める。

 まるで何事もなかったかのように、まるでこの場に誰もいないかのように作業を始めた。


「…………」


 その時、アザレアがそんな蓮花に言い表せられない表情で声をかけた。


「貴女の気持ち……少しは俺も分かる。俺たちも裏切られ辛い思いをしたんだ」


 アザレアの言葉は他の人間の言葉とは異なり、不思議と浸透してくるようだった。

 流石は伝説の勇者というべきか、伝説の勇者の器として選ばれた存在というべきか、言葉の重みが違う。

 蓮花はアザレアの言葉に一瞬だけ作業の手を止める。


「それでも、俺たちは残りの人生を前向きに生きようとしている。貴女たちも憎しみに囚われないでほしい」


 アザレアはそう言って蓮花に手を差し伸べる。

 アザレアの言葉でもゴルゴタには響かず「は?」という反応をしてアザレアを睨みつけていた。

 そして、当然と言うべきか蓮花はアザレアのその手を取ろうとしない。


「もう生き方を変えることはできません」

「やり直すのに遅いということはない。今からでも絶対にやり直せる」


 一歩どころか、何歩も蓮花に踏み込むアザレアに対し、蓮花は冷たい目でアザレアを見据える。


「貴方は私の事を何も知らないのに、なんでそんなことが言えるんですか。私は人類にとって猟奇殺人者です。顔の刺青は消えませんし、仮に消せても消すつもりはありません。魔人化がとけても人間の群れに戻るつもりはありません」


 その後ろ向きで否定的な蓮花の言葉を、アザレアは否定しなかった。


「人間の中じゃなくてもいい。こうして魔族と共に生きればいい。憎しみは何も生まない」

「記憶を消す前のウツギに同じことを言えますか」


 ウツギの名前を出したらエレモフィラが真っ先に反応した。

 ウツギは憎しみに完全に囚われていた。

 だからやむなく記憶を消したのだ。


「その不自然な姿を見ていると気分が悪いです。自分が搾取された側なのに何故搾取した側を許そうとするのか理解できませんね。憎しみは何も生まないと言いますが、憎しみに囚われたまま生き続ける苦しみを強いるのを正義とは言わないです」


 アザレアは苦悶の表情で蓮花に差し出した手を下げようとした。

 しかし、蓮花はアザレアの手を掴んだ。


「いいんですよ。憎しみのまま剣を振るえば。誰も貴方を責めたりしません……自分たちを貶めた国王が憎いでしょう? 自分から大切なものを身勝手にとっていく人々に嫌気がさすでしょう?」


 手を引こうとしても蓮花がアザレアの手を放さない。


「死ぬ間際に安らかに死にたいでしょう? 今のままでは死ぬ間際に憎い人たちの顔を思い出しますよ。憎い相手の苦しんで死ぬところを見ると胸がスーッ……として心のつかえがとれます。正義を守っても正義は自分を守ってくれないのですから、その自分を苦しめる正義を捨ててみては?」


 アザレアの言葉と同様に、蓮花の言葉も心の隙間に浸透するように滑り込んでくる。

 言っている事も理解できなくもない。

 しかしそれは賢明な判断とはいえない。

 私のやり方とは違う、どちらかと言えばゴルゴタと同系統の考え方だ。


 蓮花の言葉にアザレアも少しは動揺しているようだった。

 正義の塊のようなアザレアも、蓮花の巧みな話術に翻弄ほんろうされている。


「……俺は憎しみで剣を振るわない」

「大丈夫ですよ。堕ちるのはいつでもできますから」


 蓮花は駄目押しでアザレアにそう言った。


 その言葉に、一瞬だがアザレアの目に闇が宿ったように見えた。




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