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勇者の名前は『魔王』でよろしいですか?▼  作者: 毒の徒華
第3章 戦争を回避してください。▼

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丁度よく運ばれてきました。▼




「いい加減にしろ、お前たち」


 私が声を荒げて止めに入るが、もはや私の声など届かない。

 互いの正義と倫理観がぶつかり合い、まさに今、交戦が始まろうとしている。


 この混沌とした状況をどうにかして収めなければならない。

 私の頭の中は最悪の事態を避けるための策を必死に探していた。


 今にもこの緊張の糸が切れ、ここが戦場になるのも秒読みの状態のその時、タカシの部屋の扉がギィ……とゆっくりと開いた。

 その音を聞いた全員がその音のした扉の方を一瞥いちべつする。


 そこに立っていたのは思いもよらない人物だった。


「あ……すみません……」


 蓮花の奴隷としてここで働いている回復魔法士、カナンだった。

 カナンはかなり怯えているようだ。

 この面々の殺気を一身に受けて怯えないタカシが低レベルなだけで、カナンはそこそここの危機的状況を理解できるらしい。

 その背には、毛布で覆われた何かを背負っていた。


「すみません、話が外まで聞こえていたので……」


 カナンはそう言って部屋に入ってきた。

 背負っていた毛布を床に置くと、毛布を広げる。

 そこには人間の死体がくるまれていた。

 まだ血色がいくらか残っている死んだばかりの死体のようだった。


「なっ……」


 アザレアらはその様子を見て絶句した。

 死因は衰弱死に見える。

 人間らは定期的な栄養管理やメンテナンスがなければすぐに死ぬ状態だった。

 丁度良く死体ができても何ら不思議じゃない。


「新鮮な()ですね。これなら使えます」

「これなら物質量も十分だ」

「遺伝子情報をすぐに調べて。もう近くなくても強制的に合わせるしかない」


 蓮花とライリーはその死体を見るなり、そう判断した。


「こんな非道なことを、よくも簡単に…!」


 エレモフィラがカナンに向かって怒りを露わにする。

 しかし、カナンはただおどおどとしながらエレモフィラから目を逸らした。


「エレモフィラ……」


 アザレアは諦めを含んだ声でエレモフィラを宥めようとする。

 アザレアはその死体をじっと見つめていた。

 その瞳には深い悲しみが宿っている。


「死んでる……衰弱死だろうな……」


 イベリスもまた死体の様子を見て、そう呟いた。


「…………」


 エレモフィラが死体に回復魔法を展開するが、エレモフィラは悔しそうに首を横に振る。


「駄目……核が抜けてる。生き返らせようとしたら死の法に抵触することになる」


 この死体はつい先ほど死んだばかりのようだが、その身体からはすでに“核”が抜けており、手の施しようがない状態だった。


「もうただの肉です。これなら文句ありませんね」


 蓮花は冷たい声で言い放つ。

 若干勝ち誇ったように言う蓮花とニヤニヤ笑うゴルゴタ。


 エレモフィラやアザレアは蓮花の言葉に納得したわけではなかったが、もう死んだ人間だ。

 これ以上、蓮花らに反論することはしなかった。

 それに、わざわざこの為に用意された死体の人間の無念を世界の為に役立てる事を前向きに考えたようだった。


「分かった……その方法でやろう」


 アザレアはそう言ってしぶしぶ承諾した。

 エレモフィラも、アザレアの言葉に続いて渋々と頷いた。


 蓮花はカナンに向かって「たまには役に立ちますね」と褒めた。

 蓮花がカナンを褒めるのはこれが初めてだったかもしれない。


「ありがとうございます!」


 カナンはその言葉に嬉しそうに頭を下げた。


「貴方も回復魔法士の一端なら、こんな非道なことに加担するべきじゃない」


 エレモフィラはカナンにそう言ったが、カナンはまるでその言葉が聞こえていないかのように蓮花に傾倒けいとうした視線を向けていた。


「すみません」


 カナンはそう言って軽く謝罪するだけで、エレモフィラの言葉は全く彼に響いていないようだった。

 カナンは希望に満ちたような目で、この場で何が起こるのだろうとその場から離れようとしない。

 この後の展開が気になるというくだらない野次馬精神だろう。

 それが見え透いて蓮花は呆れた顔をしてカナンから視線を外す。


「もう用が済んだろ……場違いだぜ、さっさと消えろ」


 ゴルゴタがカナンに向かってそう言い放つ。

 好奇心でその場に残っているカナンの存在が、ゴルゴタのかんに障ったのだろう。


「す、すみません……」


 カナンはゴルゴタの殺気に怯えながら部屋から出ていった。


「肉が新鮮なうちにお願いします」

「……本当に最低」

「お褒めの言葉どうも」


 全く納得していないエレモフィラは蓮花から受け取った魔法式の書かれた紙を理解しながら魔法を展開した。

 初見の魔法式を瞬時に理解し、同時に死体の鮮度が落ちる前に処理しなければならない素早い作業が求められる。

 蓮花とライリーが補助に入るが、エレモフィラが1人で必死に魔法を展開していた。


 鮮やかなものだ。

 昔の天才は今の天才にも劣らない。


 そして、タカシが気絶している間にエレモフィラの再生魔法と、蓮花の魔法式が組み合わさり、タカシの身体を模したグロテスクな肉体ができあがった。

 タカシの腕からまるで奇形児の双生児のように連結している。


 それは必要な部位だけがほぼ完璧に再現された醜悪なものだった。

 消化器官などはなく、上半身の心臓部分と腕と手、そして魔法式を入力する為の脳だけが作り上げられている。

 不要な部分は全て排除され、最低限の臓器しかないそれはタカシでも人間でもないただの肉の装置であった。


 タカシと異なる点としては魔瞳孔が豊富であり、魔法発動の為の魔力が潤沢に使えるというものであるだけ。


 これが完成するまでわずか1時間弱。

 ゴルゴタは満足そうにベッドに胡坐あぐらをかいて座って眺めていた。

 アザレアはずっと悲しげな表情でそれを見ていた。


「これで準備は整いましたね。起こしましょうか」


 蓮花はそう言って満足そうに頷いた。

 蓮花がタカシの顔を軽く叩いて起こそうとするが、タカシは一向に目を覚まさない。


「おい、クソ猿! 起きろ!」


 ゴルゴタが多少乱暴にタカシを起こそうとするが、タカシはなかなか起きない。


「加減を間違えましたかね」


 蓮花は自分が気絶させたタカシを見て、やれやれという態度で小さく欠伸あくびをした。


 バシャン!


 私がいつものとおりにタカシの顔に水をかける。


「うわぁっ!?」


 するとタカシはびくりと身を震わせ、驚いて間抜けな声を出しながら目覚めた。

 そしてすぐに違和感に気づいたのだろう。

 自分の腕についているグロテスクな肉の塊に目を奪われて硬直した。


「なん、だこれ……?」


 タカシは自分の身体に繋がれたもう一つの肉体を見て、驚きのあまり声も出ないようだった。

 そしてショックのあまりか、そのまま再び気絶した。

 ゴルゴタが頭を乱暴に掴みあげてガクガクと揺すってみるが、タカシは完全に気絶していた。


「コイツ、駄目じゃねぇ……?」


 ゴルゴタは呆れてタカシを放し、カリカリと自分の指の肉をかじっていた。

 アザレアとエレモフィラもその光景を見て、絶望的な表情を浮かべている。


 ――こんな調子で大丈夫か……


 私もタカシの様子を見て不安を禁じ得なかった。




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