タカシには効果がなかった。▼
【メギド 魔王城】
「メギドお坊ちゃま、御来客です」
センジュが私の部屋に呼びに来た。
私は久々に自分の髪の毛や翼の手入れを入念にしていたところだった。
最近全くできていなかった手入れをしていた。
手入れをしながら考えていた。
無属性の魔法の活用方法。
蓮花の魔人化をなかったことにする。
私の死の花をなかったことにする。
サティアの異形化をなかったことにする。
そんな都合のいいものがあっていいのか?
何か大きな代償を払うことになるのではないのか?
そんな疑問が尽きない。
「アザレアらか」
「左様でございます」
センジュはいたって平静を装っているが、にじみ出る殺気は隠せない。
やはりセンジュはアザレアらに対しての並々ならぬ憎悪が薄れていないらしい。
私に異を唱えてこないが、腹の中では心底納得していないのだろう。
「やっと来たか」
私は立ち上がり、自分の部屋を出た。
センジュは「タカシ様のお部屋におります」と、タカシの部屋に向かって行った。
私が魔王の座の正面に向かって歩き出した。
やれやれ、何故私が直々に出迎えなければならないとはな。
私が魔王の座の正面の門は開けられ、そこには堂々とアザレアらが入ってきていた。
王座の間で対峙する我らは、本来であれば互いに刃を向け合う間柄であるはずだ。
アザレアはまさにこの場で母上を殺した。
未だに勇者の剣が刺さったままの場所で母上の遺体がある。
勇者の剣が抜けないから母上の遺体も眠らせることができない。
そう思うとやはり私もアザレアを見る目に憎しみがこもる。
しかし、私は個人の感情で動いたりしない。
利用できるものはなんでも利用する。
「魔王、イベリスも連れてきたよ」
アザレア、エレモフィラの後ろに見覚えのある老人が一人いた。
アザレア一行の魔法使いのイベリスは以前見たときよりは血色のいい顔をしていた。
「私だけのけ者にしないでほしい。私も残りの人生で何かを残したいと思っている」
イベリスはそう言って私に頭を下げた。
エレモフィラだけは腕を組んで私を睨みつけている。
「人手が多いのは助かる。今は手が足りないからな」
「それで、俺は誰に剣を教えたらいいのかな」
アザレアの声には警戒混じっていた。
辺りを見渡しているが、恐らくゴルゴタを警戒しているのだろう。
そして、まさにそれは的中する。
バサッ……バサッ……という翼を羽ばたかせる音が聞こえてその場にまるで突然の嵐がきたようにゴルゴタが現れた。
ゴルゴタの姿を捉えたアザレア一行は最高潮に緊張し、構えた。
その判断は正解だ。
ゴルゴタは言葉もなくアザレアらに襲い掛かった。
飛びかかったままの勢いで鋭い爪を振り抜こうとする。
アザレアは剣を構えたが、並みの剣術ではゴルゴタの攻撃は防げない。
勢いを殺すような綺麗な受け流しの動きでゴルゴタの力を上手く流した。
まともに受けていたら剣などすぐに折れていたはずだ。
私たちを攻撃しないという制約がある中でいい判断だった。
「可愛くねぇなぁ……反撃して来いよクソ勇者ども!」
ゴルゴタの顔には喜びとも怒りともとれる狂気の表情が宿っていた。
こうなるのも無理はない。
イベリスやエレモフィラもアザレアを補助する形でゴルゴタの猛攻をなんとか防いでいる。
もう全盛期の力を失っているとはいえ、ゴルゴタの動きについていけるとは流石元伝説の勇者と言わざるを得ない。
私はゴルゴタの猛攻を頼りない剣で受け流し続けているアザレアとゴルゴタの間に分厚い氷の壁を作って庇ってやった。
「もうやめておけ」
「けっ……キヒヒ……」
翼を羽ばたかせてゴルゴタは私の隣に降り立った。
狂気に侵されながらも、ゴルゴタは笑っている。
「来て早々これはないんじゃないの」
エレモフィラは苛立ちを隠さずに物申した。
アザレアはエレモフィラを宥めようとするが、エレモフィラは止まらない。
「私たちが襲われてるときになんで眺めてるだけなの」
「殺意はなかった。それに私はお前たちが嫌いだ。多少痛い目をみてもいいと思い、暫く様子を見ていた。何か文句があるのか」
「俺は大丈夫だから。軽く殺されてたら剣を教えるのに相応しくないというそういう意図もあるだろうから」
それもあるが、ゴルゴタが勝手に襲い掛かったのであって私の差し金ではない。
「勝手に逃げおおせていい身分だなぁ……?」
ゴルゴタはアザレアらに向かって敵意をむき出しにして厭味を言う。
「それはそっちの魔王が――――」
「話はあとだ。本題に入るぞ」
このままここで口論になっていても埒が明かないので、私は本題を振ることにした。
「剣を教えさせようとしていたやつに意外な能力があってな。まずはそれを確認したい」
「意外な能力?」
「無属性魔法が使えるらしい。無属性魔法について何か知っていることはあるか?」
私がそう言うとイベリスが目を見開いた。
「無属性魔法だと!?」
「そうだ」
「実在するのか!?」
「知ってることを言えよジジイ……もったいぶってると目ぇ抉り取るぞ……」
イベリスは興奮した様子でぶつぶつと何かつぶやき続けていて自分の世界に入り込んでしまった。
無属性魔法については色々知ってそうだ。
「知っているなら実物を見て確認しろ。部屋に案内する」
私たちはタカシのいる部屋へと向かった。
***
タカシのいる部屋の扉を開けると、タカシは頭を両手で抱えて苦しそうにしていた。
「メギド……この人たちの言ってる事ほぼ分からねぇ。どうしよ。同じ言語で喋ってるはずなのに」
まだ空間転移の障害があるのかと危惧したが、タカシの情けない訴えにすぐにそうでないことが分かった。
部屋の中ではライリーと蓮花、センジュがタカシの無属性魔法について話し合っていた。
その内容は、タカシの頭では到底理解できないもののようだった。
アザレアやゴルゴタがきたこともお構いなしに蓮花とライリーは話を続けている。
「極大魔方陣の魔法式は無属性魔法を模して作っているが、本当に無属性の魔法が使えるなら生贄すら必要ない」
「ならサティアさんの件ももっと早くできるかも。でも消滅させるのは下位の魔法だけど“なかったことにする”上級魔法を試す方が」
「急に上級を試して大丈夫なのか。感覚も全く分からないのに」
「属性の理解をもっと深めれば魔法式の構築はできる」
「可能性はあるな。だが危険だ。無属性魔法はこの世界を破壊しかねない」
「もーーーーー分かる話してくれよーーーーー! “今日はいい天気だね”とか“朝ごはん何だった?”とかさぁ!!」
その様子をセンジュは静かに見ていた。
センジュはサティアの件が現実味を帯びてきたことに、喜びを感じると同時に焦りも感じている様子だ。
かくいう私も実際に姉が元に戻ったとしてもどう接したら分からない。
立ち位置も不明だ。
もし元に戻ったとき、この世界に上手く馴染むことができるかどうか。
サティアはかつて人間たちに殺されたのだ。
ゴルゴタのように人間を滅ぼすと言い出してもなんら不思議ではない。
それに、異形の姿と化していた頃の記憶は残るのか。
「オイ、俺様を無視するんじゃねぇよ。伝説の勇者様たちもいるぜぇ?」
センジュはアザレアたちを一瞥した瞬間、一瞬にして冷酷なものに変わった。
その瞳には深い憎悪が宿っている。
それを見た私たちは気圧され、固まった。
「……失礼します」
センジュはそう言って部屋から出ていった。
放たれる殺気でこの部屋の空気を一気に凍てつかせた。
パタリ……と扉を閉めてセンジュが出て行ったあと、ゴルゴタが一番に口を開いた。
「ジジイ、爆発寸前じゃね……? 怖ぇ怖ぇ」
「お前でも怖いものがあるとはな」
私がそう言うと、ゴルゴタは私を睨みつけた。
「流石にあれだけの殺気を向けられて一瞬、死を覚悟したよ」
アザレアは冷や汗を拭った。
エレモフィラとイベリスも同様だった。
蓮花とライリーもセンジュの殺気で完全に沈黙している。
タカシだけが状況を理解できていない。
「ん? なんかあったの?」
タカシの言葉に私とゴルゴタは同時にため息をついた。
「お前とは住む世界が違い過ぎるな」
「だよなぁ……コイツ、マジに頭悪すぎるぜぇ……」
タカシは私とゴルゴタに馬鹿にされ悔しそうにしているが、この場で規格外に阿保なのかこいつだけだ。
ここにいるのは数々の修羅場をかいくぐってきた猛者ばかり。
経験の差がありすぎる。
「この人に剣を教えればいいの?」
「そうだ」
アザレアはタカシのベッドに近づくとサッと手を出して挨拶した。
「アザレアだ。よろしく」
「お、おう……タカシだ」
「こいつが無属性魔法が使える素質があるが頭と魔力が足りなくてまるで駄目なカスだ」
「せめて悪口じゃなくて名前いじりで紹介して!」
エレモフィラが蓮花の方に視線を向けた。
「……結構ヤバそうな感じ」
エレモフィラは蓮花をマジマジと見て、直感的にそう言った。
それに少しイラッとしたのか蓮花はエレモフィラに言い返した。
「ヤバいのはそっちも同じなんですけど」
「貴女は常軌を逸してヤバい」
「70年も補完されてる人の方がヤバいと思いますが」
蓮花とエレモフィラは反りが合わないらしく静かに火花を散らしていた。
ゴルゴタはそれを面白そうに見ている。
イベリスはタカシを興味深そうに見ているが、タカシは相変わらず何が何だか分かっていない。
ライリーはやれやれと頭を抱える。
アザレアは苦笑いしていた。
私はこの状況に呆れるばかりだった。




