別世界にいるみたいだ。▼
【メギド 魔王城】
タカシは気絶してから3時間後、目を開ましたとライリーから連絡が入った。
私もまだ疲労がとれない中起きて、阿保の場所へと向かう。
「奴の調子はどうだ?」
「特に変わった様子はないよ。全く普通の人間に見える」
「その厭味を私に言うな」
ライリーはタカシが魔王を殺す勇者の血統であることにかなり懐疑的な様子だった。
血筋だけで本当に上手くいくのだろうかと私も懐疑的だ。
ガチャリ……
タカシのいる部屋を開けるとタカシはまだ目覚め切っていない様子で、目を半開きにして天井を見ていた。
私だけ部屋に入ると、タカシは私の方に顔を向けた。
「あ……メギド……」
タカシの声はまだ掠れていたが、やっと意識は戻ったようだ。
ポーションとライリーの回復魔法のおかげで大分マシになっている。
以前空間転移をしたときはもっと重症だった。
「目を覚ましたか。体調はどうだ」
「なんか……頭がぼーっとするけど、大丈夫……多分」
まだ本調子ではないようだが空間転移の負荷からは回復しつつある。
私は単刀直入に本題に入った。
「お前を呼んだのは大儀があるからだ」
「たいぎ?」
大儀の意味すら分からないこの阿保が、本当に成し遂げられるのかと私は頭を抱える。
「お前にしかできないことがあるということだ」
「俺にできそうなことなら、なんでもするぞ!」
これからタカシが背負う使命の事など全く分からないタカシは呑気にそう言っている。
「これからの戦いにおいて、お前はその鍵となる存在だ」
タカシは阿保みたいな(みたいなというよりも阿保の)顔で私を見上げている。
「鍵? 俺が?」
三神を倒すという話は、この単純な頭には混乱を招くだけだ。
私はその核心を伏せたまま、言葉を続けた。
「死ぬ気で剣を振るえ」
その真意を完全に理解できていないタカシは困惑しつつも、私の真剣な眼差しに気圧されたのか
「お、おう……」
と戸惑いながらも返事をした。
今はこれでいい。
この阿保の頭には三神の情報は量が多すぎる。
死神がどうのこうのという難しい話はこいつには理解できない。
「ところで、私の髪飾りはいつできるのだ」
「えっ……」
唐突な私の問いにタカシは一瞬戸惑った後、自分の両手を見つめた。
「最近、あんまり髪飾り作れてないんだよな。作ってる場合じゃないっていうかさ」
「そうだな」
「もうちょっとのところまできてる、んだけど……」
結局はできていないという事だろう。
初めて依頼をしてから随分時間が経った。
ゴルゴタが人間を滅ぼすという話を全国でしてから各地で混乱が続いている。
実際に魔族が人間を襲って町ごと滅んだところもいくつもあるし、魔王城の庭には今でも大量の人間がいる。
いつこの世が滅ぶか分からない現状で、髪飾りの材料も手に入りづらいだろう。
国王も逃亡したままであるし、人の世は混沌と化している。
「全てが片付いたら髪飾り作りに専念しろ。もう剣なんて振るわなくていい。せっかくの職人の手がボロボロになっている」
「あぁ……でも、剣振るうのも最近サマになってきたんだぜ?」
前向きな馬鹿だ。
サマになってきた程度の実力で果たして魔神を倒せるほどになるのだろうか。
この阿保の前向きさがよもや懐かしくすら感じる。
「そういえば、魔族の楽園での生活は順調だったか」
私の質問にタカシは明るい表情で答えた。
「おう! 色んな種族があぁやって共存してるのを見ると、別世界に行ったみたいだった。俺、村から殆ど出た事もなかったし」
「そうだろうな」
「メギドの家来とか滅茶苦茶な理由で村を出たけど、ある意味外に出るきっかけになって良かったかもって思う。世界はえらいことになっちまったけど、俺、この世界にも色んな場所があるんだなって知れたのは良かった」
タカシはどこか嬉しそうに語り、顔にはわずかな生気が戻ってきているようだった。
私は暫し沈黙した。
早くこんなことは終わらせたい。
優雅に暮らすという目的がどんどん遠ざかっているように感じる。
「っていうか魔王城ってやっぱ凄いな! 見たことないものが沢山ある!」
タカシは呑気に周囲を見回し、子供のように目を輝かせた。
内面は私から見たら人間の20歳そこそこはまだ子供も同然だ。
その純粋な好奇心に私は思わず厭味を口にする。
「お前と話していると私も別世界にいるような感覚になる」
「え、なにそれ!? 褒めてんの!? 厭味の方!?」
タカシは能天気にヘラヘラ笑っている。
まだ本調子ではなさそうだが、この調子なら大丈夫だろう。
私はこれ以上話しても無駄だと判断し、タカシにまだ休ませることにした。
「ゆっくり休め。何かあればセンジュかライリーを呼べ」
私はそれだけ言い残し、部屋を出た。
***
【メギド 魔王城 廊下】
タカシの部屋の扉を閉め、廊下に出るとそこには意外な人物が待ち構えていた。
ゴルゴタだ。
不気味な笑みを浮かべ、私にゆっくりと近づいてきた。
「よぉ、兄貴」
ゴルゴタの視線は、私の背後のタカシの部屋に向けられている。
「クソみてぇな人間様の様子を見に来てやったぜぇ……? キヒヒヒ……」
「ちょっかいを出すなよ」
タカシとゴルゴタは相性が悪い。
あの軽口にゴルゴタはすぐに激高することになるだろう。
「あのクソ猿、そういえば前に2回見た。兄貴のお気に入りなんだろぉ? 『解呪の水』よりもクソ猿の命の方を優先したよなぁ? 兄貴がなんか特別に思い入れのある毛のない猿なのかぁ……?」
どうしてもゴルゴタはタカシに絡みたいらしい。
話が成立するとは考えにくいが、そんなに話がしたいなら話せばいい。
「明日以降にしろ。私のいる場所で話せ。間違っても殺すなよ」
「なんでテメェがいるところで話さなきゃならねぇんだよ」
「あの阿保に三神がどうのこうのや勇者の血筋がどうのこうのという話を一気にしても頭に入らない。雑念が増えるだけだ」
「そんなバカで大丈夫なのかよ……」
「さぁな。試してみるしかない」
ゴルゴタは「ふぅん……」と興味なさげに返事をした。
「ところでさぁ……」
「なんだ?」
私が鬱陶しいゴルゴタの質問をおざなりに返事すると、ゴルゴタはいつも通りニヤニヤしながら言い放った。
「試しにあのクソったれな剣、抜かせてみねぇ?」
ゴルゴタが言う「クソったれな剣」とは魔王城王座の前の母上の遺体に突き刺さり続けて誰も抜けない「勇者の剣」の事だ。
あれは神の意志が強く反映されていて容易に手が出せない。
「危険だ」
「でも結局あれを使うことになるんだろぉ……?」
「最終的にはな」
「最後の大事な場面で役に立たなかったら困るぜ。事前に試した方が良いだろ」
真っ当な意見だ。
しかし、相当な危険を伴う。
「どうしたものか私も今考えている」
「賢い兄貴でも分からねぇことがあると思うと楽しいねぇ……キヒヒヒ……」
それだけ言ってゴルゴタは自分の部屋の方に戻って行った。
まったく、呑気な奴だと私は軽くため息をついた。
アザレアらがくるのはまだもう少し先だ。
それまでにタカシには回復してもらわなければならない。




