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勇者の名前は『魔王』でよろしいですか?▼  作者: 毒の徒華
第3章 戦争を回避してください。▼

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タカシを魔王城に入れますか?▼




【メギド 魔王城】


 転移が完全にされる直前、私は取り出した注射型ポーションをタカシの首筋に突き刺した。

 ポーションは魔機械族からは多少寿命が縮むと聞いたが、ライリーにすぐ処理させれば問題ないと判断し、タカシに容赦なく打つ。


 注射したそのものの傷みがなかったのか、タカシは何をされたのか分かっていないようで、首を押さえて不思議そうな間抜けな顔をしている。


「今のなに?」

「空間転移の負荷を軽減する薬だ」


 そうこうしている間に空間転移で魔王城に戻ってきた。

 すると、ポーションを先に打ったとはいえタカシは苦しみ出した。


 耳や鼻から微かに血が滲んでいる。

 魔王城の敷地内に降り立った瞬間、タカシはガクンと膝をつき大きく咳き込んだ。


「ゲホッ……がはっ……!」

「ライリー、すぐに来い。西側だ」


 私がライリーに持たせておいた『現身の水晶』で呼びかけると少し遅れて「はいはい」という返事が聞こえた。


「メギド……なんだこれ……っ、う、うう……」

「少し待て。すぐに治る」


 ライリーは私の申し付け通りすぐに私とタカシのところに現れた。


「相変わらず無茶苦茶するね」


 すぐにタカシの身体に回復魔法をかけてタカシの回復に専念する。


「全く、乱暴なことをする」

「人体実験を生業にしていたお前に言われたくない」


 回復魔法が展開されるとタカシの苦悶の表情を少しだけ和らいだ。

 しかし、依然としてその呼吸は荒く意識が朦朧もうろうとしているようだ。


「……っ、う……」


 短い呻き声の後、タカシは意識を失った。

 ポーションを使ってもやはり人間には空間転移の負荷が大きい。

 想定の範囲内とはいえ、私も事を急ぎ過ぎたか……と苦しんでいるタカシの様子を見て思う。


 私がはじまりの村に行かなかったら、こいつは今もあの村で平和に暮らしていたのだろうから。

 平和が続いていたら髪飾りを作って生計を立てていたのだろうか。


 私はタカシの手を見た。

 振りなれない剣を振って修行しているタカシの手はマメやタコができていた。

 髪飾りを作る者の手ではなかった。


 私はタカシに髪飾りを作らせるために連れてきたかったのに、不本意だ。


「エレモフィラとアザレアは明後日以降にくることになる。庭の人間を片付けろ。タカシに奴らを見せたら面倒なことになる」

「殺しちゃった方が簡単なんだけどな」


 ライリーはうんざりしたように呟く。


「自分の育ての娘の悪行を看過するな。それを是正するのが親の役目ではないのか。それにお前の極大魔方陣発動を恐れて連れてきただけの人間たちだ。要するにお前のせいだと言える」


 私がライリーにそう言うと、面倒そうにしながらもライリーはそれ以上言わなかった。


 エレモフィラとアザレアの到着まで猶予ができたのは、むしろ好都合だ。

 タカシを魔王城に慣れさせる必要がある。

 魔族の楽園付近でアザレアを向かわせるという方法も考えたが、魔族の楽園に元伝説の勇者が行ったら混乱を招いてしまう。


「この阿呆はどこか安全な部屋にでも置いておけ」

他人ひとがやると思って言いたい放題言うね……私は魔王の小間使いになった覚えはないんだけど」

「蓮花は役に立たないお前は必要ないと思うが」

「なんで魔王の言いなりになることが蓮花の役に立つことになるのさ」

「その賢い頭で考えろ」


 ライリーは小言を言いながら気絶したタカシを抱え上げ、私と共に魔王城の中へと入る。


 しばらく歩いて私の部屋の付近に辿り着くと、ゴルゴタ、蓮花、センジュの姿が見えた。


 ゴルゴタは好奇心に満ちた目でタカシを見ていた。

 それからタカシの髪を掴み、無理矢理顔をあげさせて顔を確認する。


「こいつが勇者の血統なのかぁ……? どこをどう見てもただのグズじゃねぇかよ。ホントに役に立つのか?」

「やはり空間転移の負荷は人間には相当堪えますよね。気絶しても仕方ありませんよ」

「こんなフツーの奴が役に立つもんかねぇ……」


 もう興味を失くしたようにゴルゴタはタカシから手を放した。


「失礼とは思いますが……やはり特別な血統の人には見えませんね」


 センジュはどこか不安げにタカシを見つめる。

 全員の気持ちは理解できる。

 私もかなり懐疑的だ。


「私も正直どうなるのか分からない。ただ、ひとつの未来では確かにこいつは勇者の剣を振るっていた。資格はある」

「資格はあっても的確かどうかは別の話ですけどね」


 蓮花は素っ気なくそう言うと食堂の方にむかって歩いて行った。

 ゴルゴタは蓮花について行く。

 それを目で追うライリーは寂し気だった。


「お部屋をご用意します」

「ゴルゴタの部屋から遠い部屋にしてくれ」

「かしこまりました」


 センジュはライリーから丁寧にタカシを受け取ると、部屋に運んだ。

 ベッドに横たえて布団を優しく被せられたタカシは気絶しているというよりは安眠しているように見えて少しばかりかんさわる。

 この状況で、よくもまあそんな顔ができるものだ。


「その阿保が目を覚ましたら私を呼んでくれ。状況を虫にも分かりやすく説明する」

「お休みになられますか? メギドお坊ちゃまもお疲れの様子ですが」

「そうだな。少し休む」


 私は自室に戻ってベッドに横になった。


 しかし、私の思考は休まることを知らない。

 死神の言葉が真実なら蓮花の命は風前の灯火。

 それに伴ってゴルゴタの未来も暗澹あんたんたるものとなる。


 この手に握る『時繰りのタクト』が果たして万能の切り札となるのか、それとも別の罠なのか。


 アザレアたちを殺すのを死神に急かされているが、タカシに剣術を教えるという大義がある。

 蓮花の身体を診れるのも天才のエレモフィラしかいない。


 私は常に持ち歩いている『時繰りのタクト』を見た。

 過去に戻るにしても、どこまで戻ればいいのか、そしてそれは上手くいくのか分からない。


 白羽根の連中が繰り返したように私も失敗して身を亡ぼすことになるのではないか。


 その不安ですぐに眠ることは出来なかった。




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