ライリーは命拾いをした。▼
【メギド 魔王城】
死神が私に接触してきた事や言っていた事に焦ってはいけない。
蓮花とセンジュが言っていたように、私を焚きつけて釣り餌に飛びつくように話を盛りに盛って話したに決まっている。
だが、嘘を信じさせるにはある程度真実を盛り込むのが鉄則。
……というのもミスリードの可能性もある。
結局私が自分で判断しなければならないのだ。
死神には嘘を見抜く魔道具が通用しない。
言葉が通じる私には言葉が最大の武器となる。
私はライリーに蓮花の身体を入念に調べさせるためにライリーの居場所を感知して、その場に向かった。
まだ身体が本調子ではなかったので、センジュに肩を借りてライリーの元へと向かう。蓮花もそれに同行した。
感知した際に、まだゴルゴタと小競り合いをしている様子だった。
――女の為にそこまで躍起になる原動力が分からないな
ライリーは親心として、ゴルゴタは独占欲として。
くだらない。
私は心底そう感じながらライリーのいる方へ向かって行った。
場所は魔王城の庭、人間が括り付けられていない広い方で小競り合いを続けていた。
「何度も同じことを言わせるな! そんな出来の悪い頭の奴は相応しくない!!」
「てめぇも大概だろうがぁっ! てめぇはとっくに捨てられてんだよぉっ!!」
ゴルゴタとライリーが暴れているせいで庭の芝が滅茶苦茶だ。
地面が割れ、芝が燃えていたり、凍っていたり、荒れ放題になっている。
「お二方、そろそろいいですか」
蓮花が声をかけるとライリーとゴルゴタはピタリと身体を止めた。
何の話をしているのか蓮花は分からないだろうが、本人には聞かれたくない話だろう。
怒鳴り合うのも攻撃の手も一瞬で止まり、少しの間沈黙が続く。
ゴルゴタの息は乱れていなかったが、ライリーはもう肩で息をしており、止められたと同時にがくりと膝に両手をついていた。
「はぁ……はぁ……」
あのままあと数分放っておいたらゴルゴタはライリーにほぼ致命傷を与えていただろう。
体力が無限のゴルゴタとやりあって、いくら強くともライリーに分がある訳がない。
「どうしたんだよぉ……? 兄貴まで担いできて……」
「死神がメギドさんに接触してきたので、少し状況が変わりました。身内で小競り合いしている場合ではないです」
死神の言っていた事が全て本当なら、ライリーは身内とは呼べない。
言っていたまま蓮花の付属品に過ぎない。
アザレア一行を丸め込んで私たちを売りかねないのだ。
だが、死神と違ってライリーには魔道具が効く。
本人に直接聞けばいい。
「ライリー、私たちを裏切る気はあるか?」
私にそう聞かれたライリーは息を整えながら少しばかり時間をかけて答えた。
正直に言うべきか悩んでの間だろう。
「隙あらば……ね」
結果としてライリーは素直に答えた。
――やはり……そこは死神の言った通りか
「あぁ!? 今すぐぶっ殺してやろうかぁ!?」
再びゴルゴタはライリーに向けて鋭い爪を構えて声を荒げた。
「そもそも私は君たちの仲間になった覚えはないよ。蓮花がいるからここで大人しくしているだけに過ぎない」
「アザレア一行に働きかけて私たちにけしかけようと考えていたか?」
死神が言っていた事をそのままライリーに問う。
死神がどの程度真実を言っているのか探る目的もあり、私はそのまま尋ねた。
「……死神はそんなことまでお見通しなのか。そうだね。でも、今彼と暫く手合わせしてて思ったよ。どんなに策を練っても勝てないってね。元伝説の勇者たちの実力は知ってるけど、このバケモノ相手じゃ勝てない。つまり、勝ち目のない戦いを仕掛けて蓮花に更に嫌われたら困ると判断した。だからそんな無謀な事はしないよ」
その言葉に偽りはなかった。
死神と私が話していた状況から現状が今も変わり続けている。
そうだ。
死神が話していた時点から未来は変えることができる。
とはいえ、蓮花の身体の件も死神の嘘とは思えない。
そしてそれが原因でゴルゴタがどうなっていくのかもかなり具体性があった。
それに『時繰りのタクト』が私の手元からなくなれば切り札を失うことになる。
ライリーに分かる範囲で蓮花の身体の状態を調べさせて、どんな状態なのか現状が知りたい。
「ライリー、蓮花の身体の状態を念入りに調べろ。どんな些細な事も見逃すな」
「……蓮花の身体に変化があるのか?」
「死神に口留めされていてな、詳しくは言えないがそんなところだ」
「それがブラフの可能性は?」
「十分あるが、どれも本当に聞こえるし嘘にも聞こえる。ただ、行動を移すにしてもある程度事実確認をしようと思ってな」
私の話にライリーはいまいち納得できていない様子だったが、話の取り掛かりが私の証言しかないのでそれを信じるしかない。
「なんだかフワッとした情報だね……分かったよ。蓮花の為なら何でもする」
「じゃあ死ねよクソ野郎」
「できることなら私が君を殺したいところだよ」
相も変わらずゴルゴタとライリーは険しい表情で睨み合っていた。
「喧嘩しないでください。ここでの判断が今後の命運を分ける瀬戸際なんですから全員で考えましょう。メギドさん、勇者の剣を振るう人、メギドさんのお連れの方でしたよね。連れてきてもらえますか」
「何故だ?」
「剣の練習です。メギドさんとゴルゴタ様は圧倒的な魔力量と物量で押し切れる可能性はありますが、そちらの人間の方がどの程度の腕前なのか知りたいですし」
タカシを鍛えるか……剣術に関して絶望的な奴が果たして魔神を倒すことができるのかどうかはかなり疑問が残る。
「剣術でしたらわたくしが稽古をつけて差し上げられます」
「いや、まずは私が指導するよ」
センジュの申し出にライリーが割り込む。
「お前、剣術は心得があるのか?」
「多少は。私が教えられるのは殺しに特化した剣術だよ。のんびり基本から教えていたら時間がかかるし、相手は魔法も使ってくるはず。それに、悪く言う訳じゃないけど執事さんは手心を加えると思うから。本気でやるなら怪我もするだろうし、回復魔法が使えた方がいいと思う」
タカシは何かを殺すというような物騒なことができるとは思えない。
それに……魔王城の庭に括り付けられている人間たちを見たらあの阿呆は全く役に立たない道徳心で徹底的に抗議してくるはずだ。
そうなると非常に面倒臭い。
物事の善悪をはっきり分けることはできないが、蓮花やゴルゴタのしていることは間違いなく一般的な人間の正義とはかけ離れている。
私がそこに助言をしてもタカシは納得できないだろう。
そしてゴルゴタに突っかかり、下手をしたら殺される。
――あの阿呆を呼び出すのは気が引けるな……
「ついでに私のストーカーのカノンさん、呼んでみては?」
「何故カノンを呼ぶ?」
「ライリーとは別の腕のいい回復魔法士の意見も聞きたいので。私はあまり気が進まないですが、別の視点もあった方がいいかと。それに剣術とは別に回復魔法士がいたらライリーの負担も減りますし」
以前一瞬会っただけであったが、一応、蓮花から見てカノンは腕のいい回復魔法士と認識されているのか。
それはそれとして、私は自分の不安事項を率直に言った。
「…………私の不安を先に言っておこう。あの阿保とカノンをゴルゴタが殺してしまうのではないか? 相性が悪いにも程がある。奴らはお前と違って正義感が強い。庭の人間どもを見たら猛抗議してくるぞ」
「あぁ? 面倒臭ぇな……じゃあ全員ぶっ殺して跡形もなく消しちまえ」
投げやりにゴルゴタはそう言ってガリガリと自分の顔を鋭い爪でひっかく。
そんな穏便でない方法をとるのは危険だ。
今回の件が仮に全て穏便に片付いたとしても、それが原因でまた別の争いの火種になりかねない。
「元の町に戻せないのか?」
「あれはあれで色々利用方法はあるんですけど……戻すにしてもすぐには無理ですよ。筋力も相当衰えていますし、戻す予定で運用していないので人体に有害な薬物も使っていますし。記憶の調整も……」
蓮花は色々な問題をひとつひとつあげていくが、一先ずはすぐには町に戻せないようだ。
相手が弱っている人間だけに、空間転移魔法で片づける訳にもいかない。
「まず、必ずしなければいけないのはここでの記憶を消すこと。後々の火種になりますからね。身体の方は最低限回復させればなんとかなります。ですが、その作戦は現実的ではありません。時間がかなりかかります。とりあえず目につかない地下牢に入れておくのが得策かと」
「あの人数をか……?」
入らない事もないが……押し込められている回復魔法士らも相当窮屈そうであるし、あの人数を収容したら指一本動かすのすら困難なほどになるだろう。
「一先ず、カナンさんに地下牢に入れるように言っておきます。私の身体を調べるのはそれからでもいいですか?」
「蓮花様が行かれなくとも、わたくしがそのようにカナン様にお伝えいたします」
――とはいえ……根本的な解決にはならないな
タカシやカノンはゴルゴタや蓮花の考えを受け入れられる度量を持っているとは思えない。
カノンは盲目的に蓮花の指示には従うのは想像できるが、タカシはゴルゴタと真向から対立するとしか思えない。
何せ奴は虫程度の頭脳しかない。
いや、虫の方が賢いかもしれない。虫は身分をわきまえている。だがタカシは自分の立場や身分を弁えない。
真正面からゴルゴタに文句を言ったライリーは実際に先ほどまでかなり追い詰められていた。ライリーの実力ですらその有様なのに、戦闘能力のないタカシは論外だ。
それに……長らく放置しているが、カノンの兄のカナンはカノンに会いたくないだろう。
「すぐに呼べそうですか?」
目的の為に更に混沌を招いていいのかという考えがぬぐい切れない。
カノンとタカシを呼ぶのはリスクが高い。
「待て。ここに奴らを呼ぶのはどう考えても得策ではない。剣術ならライリーでなくてもいい。それに回復魔法士なら別の奴がいる。カノンよりも腕がいい」
「?」
心当たりがないのか、蓮花もライリーも考える素振りだ。
だが、ほんの少し考えた後に「もしかして」という表情をする。
「剣はアザレアが教える。回復魔法士はエレモフィラだ」
「はぁ!?」
この場にいる全員その提案に懐疑的であった。
私ですらも。
咄嗟にそう提案してしまったが、奴らは私たちに素直に協力するだろうか。




