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勇者の名前は『魔王』でよろしいですか?▼  作者: 毒の徒華
第3章 戦争を回避してください。▼

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制約について考えました。▼




【メギド 魔王城 自室】


 ゴルゴタに滅茶苦茶にされた室内を蓮花が片づけている間、私はあらゆるパターンを横たわったまま考えていた。


 サティアが死んだ結果、その代替品のように私とゴルゴタは作られた。

 だからサティアが生きている状態では私とゴルゴタは生まれない。

 そして母上が人間を憎むこともなく、アザレアらに討たれることもなかった……はずだ。

 人間を圧政で苦しめなければアザレアらは神の接触を受けない。


 つまり、私とゴルゴタがいない未来にしてしまえば丸く収まるのだろうが、自分の命とゴルゴタの命がかかっている選択だけに簡単にその決断はできない。


 まして、仮にサティアがそのとき殺されなかったとしてもその場しのぎの結果にしかならない可能性も十分ある。


 母上が殺される前までさかのぼって母上を説得するという手も考えたが、人間に対して強い憎しみを持っている母上を説得できるとは思えない。

 それに、幼い私と今の私が接触するのはあまり好ましい事ではないはずだ。


 それに石板の古代詠唱魔法を使えるのは魔王家の血筋の者だけというところがどうにもきな臭い。


 私かゴルゴタを貶める為にまかれたエサのように思えて率先して使おうという気にならない。


 これが死神にとってどれほど不都合なのか考えるが、どのように死神にとって不都合なのかがはっきりしなければ踏み切れない。


 アザレアらが生きていて何故死神にとって不都合なのか。

 何故サティアの件を頑なに拒むのか。

 何故死の法を犯した場合は蓮花を手に入れたがっているのか。

 他の二神を差し出すような事を何故私たちにやらせるのか。


 そこに都合よく見つかる楽譜の記された石板。


 私が見つけた死神に関する上の句の古代詠唱魔法の石板の後半、死神に対抗する為の古代詠唱魔法の石板を何度も目を通す。


『我は制約を課す者。何者もこれをくつがえすことあたわず。我の血をもって花の呪印を刻み、絶対服従の制約を課す。対なる者、王家の血の制約、過去をくつがえし全てを開放する者なり。我、指揮棒を振るいて調律をなぞれば真理を変え、絶対服従の制約を打ち破る』


 と、下の句では書かれている。


「………」


 王家の血筋とは魔王家の私の血筋の事を指すのかもしれないし、人間の王の血筋である可能性もある。

 過去を覆し全てを開放する……? そんな都合のいい代物なのかかなり懐疑的だ。


 ――絶対服従の制約を打ち破る……


 これは「過去」の文言にかかっていると限らないのであれば、もしかしたら解釈が異なるかもしれない。


 古代詠唱魔法の解読方法が分からない私はその文字をジッと見つめ続けた。


「解釈の違いによっては、私が過去に行って変革をもたらすという受け取り方もできるが、これをそのまま使えばサティアの呪いを解くことができるのではないか?」


 部屋の片づけをしていた蓮花は私の方を向いて返事をした。


「もし仮にそうだったとしたら、尚更きな臭いですね。まかれた餌だとしたら餌が豪華すぎますよ。ネズミを仕留めるのにステーキ肉を使いますか?」


 それは言える。

 魚を釣るのに上等な肉は使わない。

 採算が合わなくなるような餌を使うはずがない。


「死神がどこぞの馬鹿と同じくらい分かりやすかったら苦労しないのだがな」

「どこぞの馬鹿とは?」

「勇者の剣を使う予定の馬鹿だ。とんでもなく頭が悪い。それに剣の才能もない」

「……あの時の人ですか? 貴方が従えていた人間の」


 そう言えば蓮花と初めて接触した際に、タカシはその場にいたことを思い出す。


「覚えているのか? あんな特徴のない人間を。お前は人間に興味がないと思っていたがな」

「ゴルゴタ様と敵対している方々を観察するのは当然です」

「抜け目ないな。死神の弱点もその調子で見抜いていたら楽なんだが」


 と、厭味のひとつを蓮花に投げる。

 すると真顔で目を泳がせながら何か真剣に考えている様子だった。


「身体などなくても平気な存在なのに、何故わざわざ不便な身体を持つのかという点についてはかなり疑問ですね。そんな当たり前の事を聞く間を与えてくれずに喋り続けていましたし、上手く誘導されて話題を逸らされてしまって聞けませんでした」

「センジュ自身も明確な理由は知らない様子だった。私もそれは疑問に思っている。ただ、身体を簡単に壊させてはくれないだろうがな」

「センジュさんの作った魔機械族の身体、かなり精巧に作られていますしゴルゴタ様でも簡単には壊せないかと」


 ――強化した身体……実体のある身体になんの意味がある?


 蓮花の言う通り、死神は異質な存在だ。

 神や魔神のように信仰によって力を得る存在でもない。

 死者の魂を管理するという特異な役割を持つ。

 その死神がなぜ肉体を持つ必要があるのか。


 ――……死神は実体がなかったが、この石板には“我の血をもって花の呪印を刻み”と書いてある。実体のない状態では血などない。実体がなければ制約を課せないという事か……?


「蓮花、センジュをつれてきてくれないか」

「可能な状態であれば。何か分かったのですか?」

「死神の身体についてもっと詳しく聞きたい」


 蓮花は若干面倒くさそうに頷き、センジュを呼びに私の部屋から出て行った。


 私は再び石板に目を落とす。


『我、指揮棒を振るいて調律をなぞれば真理を変え、絶対服従の制約を打ち破る』


 ――……死の法を超越するという意味ともとらえられるが……そんなに簡単なことだろうか


 何にしても1度しか使えないのであれば慎重を帰すべきだ。

 まず最悪の結果を考えろ。


 最悪の結果は誰も救われないという事だ。

 私も、ゴルゴタも、センジュも、サティアも、全員だ。


 そうなる可能性が高いのは私が楽譜の通りに『時繰りのタクト』を使って過去に戻り、サティアを助ける場合。

 サティアを一時的に助けてもそれは一時しのぎにしかすぎず、私とゴルゴタは生まれてこない上に、サティアも母上も助からないのが最悪の結果だ。


 そうすれば恐らく死神の思う壺。

 目障りな私たちはいなくなる。


 ――いや、死神にとって私たちなど目の前を飛ぶ虫程度の存在でしかないか……そう考えるとますます腹が立ってくる


 サティアの前で時繰りのタクトを使った場合、どうなるのだろうか。

 それで簡単にサティアが戻るとすれば、死神が直接干渉してきてもおかしくない。

 あれだけ頑なにサティアの件を拒否しているのに、これだけの情報を得た私たちを放置するはずがない。


 ――……というミスリードか?


 駄目だ。

 本当に死神が何を考えているのか理解できない。

 この天才の私に頭脳戦を挑もうなど、更に腹が立ってくる。

 私が死神の手のひらの上で踊らされていると思うともう我慢ならない。


 可能性を考え始めると無数に考えついてしまって決断ができない。

 一先ずはセンジュから死神についての情報を得るしかない。


 ――とはいえ……死神と敵対しても仕方がない。死神は私たちに力を貸し、二神を葬るため記憶抑制魔法の増幅をする役目だ。下手に弱みを握ろうとして呪われた町の惨状の二の舞になっては元も子もない


 ともすれば……これが死神の罠であったとしても、敢えて乗る選択をすることで事態が好転する可能性もある。


 私が頭を悩ませていると、蓮花がセンジュをつれてきた。


「お連れしましたよ」


 連れられてきたセンジュは酷い有様であった。

 身体は無傷なのに服がボロボロで、所々血が付着している。恐らくゴルゴタの血、あるいはライリーの血であろう。


「お見苦しい姿で申し訳ございませんメギドお坊ちゃま」

「……ライリーは無事なのか? ゴルゴタはまだしも、本気で戦ったらライリーに勝ち目はないはずだ」

「殺さない程度にしてくださいと私からゴルゴタ様に言ってきましたので、死ぬ事はないかと。死にかけても私が治しますよ。最低限の魔力操作はできるようになってきましたから」


 恐るべき速度で成長している蓮花は涼し気な表情であった。


 ――いつか、この女と対立する可能性があると思うとゾッとするな……


 そんな考えが一瞬よぎるが、私はセンジュに死神の身体の事を聞いた。


「センジュ、聞きたいことがある」

「はい、わたくしで分かることであればなんなりと」

「死神の身体を作る際に、死神から何か注文されていることはないか?」

「そうでございますね……特別何とは言われておりませんが、機能性に優れた身体よりも従来のわたくしが作っている魔機械族に似ている構造の方がいいと1度断られた事がございました」

「その機能性に優れた身体とは、どんな身体だ? 血は出るか?」


 明確に言えば機械なので「血」という表現は語弊があると思うが、他に何と呼称すればいいのか考えるのは面倒だったのでそのまま血と言った。


「そういえば……その機能性に優れた身体は武骨な機械の身体でしたので、血のようなものはなかったですね。わたくしが作っていた生命に近い魔機械族の身体は血液と同様の役目をする液体を使っております。人間に近い身体だと何かと不便かと思ったのですが……死神も芸術性が欲しかったのでしょうか」


 そのセンジュの話を聞いて、私の疑念は確信に変わった。


 石板をとするならば、やはり『時繰りのタクト』を使った者に制約を課して死の花を咲かせるには死神の肉体――――血が必要。




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