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勇者の名前は『魔王』でよろしいですか?▼  作者: 毒の徒華
第3章 戦争を回避してください。▼

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部屋が荒らされている。▼




【メギド 魔王城 自室】


 どれだけ意識を失っていたのか分からない。

 目が覚めると蓮花と最後に話をしていたときより、かなり体調がよくなっていた。


 少し頭が重いような感覚があり、若干倦怠感がある程度だ。


 私が目を覚ますとセンジュとライリーとゴルゴタが何やら話している声が聞こえたが、目が覚めたばかりで何の話をしているのかすぐには分からなかった。


 だが、椅子が私の方に勢いよく飛んできたのが視界の端で見えた。

 どうやら穏便な話をしているようではないらしいということだけは分かった。


 間一髪、咄嗟に魔法で直撃を防ぐ。

 仮に私が防がなくともセンジュが上手く止めただろうが、私が風の魔法で軌道を逸らしたので椅子は壁に直撃してバラバラになった。


 私の部屋の家具を投げて壊す事自体、怒りがこみあげてくるがそれ以上に気を失っていた私に対して椅子を投げる等、論外だ。


「あぁ? やっと起きたのかよ」


 ゴルゴタは苛立っている様子で険しい表情をしている。


「何を揉めているのだ。私に向かって椅子を投げるほどの理由があるのだろうな……?」

「何イラついてんだよ。良いご身分だなぁ? 3日間も寝てたくせによぉ……」


 ――3日間もか……?


 いくらなんでも長すぎる。

 どれほど重症であったとしても何日も目が覚めなかったのは違和感がある。


「メギドお坊ちゃまには身体の回復に専念していただくため、えて継続的に眠っていただいたのです。メギドお坊ちゃまの許可をとらずに勝手をいたしまして申し訳ございません」

「蓮花がそう提案したんだよ。早く動けるようになった方がいいだろうし、()()()()()()()()()って」


 ――なんだ、丁度いいとは……?


「もうじき蓮花が帰ってくる頃だ。『現身の水晶』を連絡用に借りてるよ」


 ライリーはゴルゴタの手の中にあるもう片方の『現身の水晶』を指さしてそう言った。

 私の持っていた方を蓮花が持っているのだろう。


「オイ、ジジイとクソ野郎……兄貴の事なんざどうでもいいんだよ。話は終わってねぇぞ!」


 勢いよく振りかぶったゴルゴタの手はセンジュに向かって振り下ろされた。

 避ける事もできただろうが、センジュはそれを受け止めて両腕が勢いよく吹き飛ぶ。


 ゴトッ……とセンジュの腕が床に落ちた。


 それでもゴルゴタの怒りは収まらず、センジュの胴体も鋭い爪の餌食えじきになる。

 そちらの傷は胴体が分離する程ではなかったのか、すぐに傷は塞がり、敗れた服だけが結果として残った。


「やめろ、何を揉めている?」

「…………」


 落ちた腕がセンジュの本体に吸い寄せられるように戻る。

 ライリーは目を逸らし、センジュも気まずそうに目を背けた。


 そしてゴルゴタが大声で


「ジジイが世継ぎの話なんかするからだ!!」


 と怒りを露わにしていた。

 それを聞いた瞬間、流石に呆れて私は頭を片手で抱えた。


 ――まさかセンジュがゴルゴタに世継ぎの話をするとは……


 そんなに私たちの世継ぎを望んでいるのか。

 世継ぎなどダチュラがゴルゴタに対して子供が欲しいなどと言って怒らせ、蓮花が魔人化する原因になった大怪我を負わせた危険な話だ。


 それを知って尚、センジュはゴルゴタに世継ぎの話をしたのか。

 だとしたらかばいようがない。


「だから、私は絶対に認めない。蓮花に君は相応しくないってなんで分からないんだ」

「あぁ!? うるせぇよ!! それは人殺しが決める事だろうが!!! アイツに嫌われてるくせに口挟んでくるんじゃねぇよ!!」


 ――……?


 私が想像していたゴルゴタの怒りの理由とは少し異なる印象を受ける。

 センジュとゴルゴタが言い争っているというよりは、ライリーとゴルゴタが言い争っているところ、言い出したセンジュが巻き込まれているという構図に見えた。


「駄目だ。蓮花はもっと紳士的で彼女の能力を立てるような優秀な人間が相応しい」

「ばっかじゃねぇの? もうアイツは人間じゃねぇんだぜぇ……? それにあの人殺しがそんなつまんねぇ男を選ぶわけがねぇ。俺様一択だ」

「はっ、蓮花の異性の好みは彼女の実弟のようなか弱い守られるような存在だ。君とは正反対。現に蓮花から積極的なアプローチがあったのか? ないだろう。ある訳がないんだ。彼女は自分の子供なんて望んでいないんだから! 君が一方的に執着しているだけに過ぎない! 身の程をわきまえなさい!」


 ゴルゴタよりもライリーの方が声を荒げて徹底的にゴルゴタを否定している。

 それを聞いてゴルゴタはむきになっているのかそれを大声で反論し、ライリーに対して暴力的な有形力を行使するがライリーには全く当たらない。


 私の部屋で暴れまわっていて部屋の壁や床、絨毯、カーテンなどが無惨にゴルゴタの爪にかかって傷がついていく。


「やめろお前たち! 私の部屋で暴れるな!」


 ガチャリ……と、そんな修羅場の中、蓮花が石板を抱えて戻ってきた。


 相変わらず荒れているゴルゴタたちを一瞥いちべつした後、興味なさそうに私の方に近づいてきて石板を見せてくる。

 この状況で真っ直ぐ私の方に向かってくる蓮花に恐怖さえ覚えた。


 蓮花が入ってきたことによってゴルゴタとライリーは急に口をつぐんでピタリ大人しくなった。

 世継ぎの話を蓮花に聞かれたくないらしい。


「半分の石板の下の部分が見つかりました。死神の力に対抗する為の下の句が書かれています。対なる古代詠唱魔法。これは使えますね」


 この修羅場に対して蓮花は自分の主張を冷静に私に続けるばかりで、ゴルゴタらをまったく気にしていない様子だった。

 私はゴルゴタらが気が散って話が半分程度にしか頭に入ってこない。


「イベリスさんが古代詠唱魔法の発動方法を知っているという事を聞いてきました。他の石板も持っていきましたが、意外な結果が分かりました。メギドさんが持ってきた楽譜の石板、アレは『時繰りのタクト』で使う楽譜だという事が分かりました」

「『時繰りのタクト』で使う石板?」

「そうです。あの楽譜通りにタクトを振ると、呪いを受けずに過去や未来に行けるというぶっ壊れ性能の楽譜です」


 そんな代物があるとしたら歴史を改変する程の偉業も成し遂げられてしまうはずだ。

 そんなものがあっては死神にとってかなり都合が悪いだろう。


 これが死神が危惧していたアザレアたちを始末したい理由なのだろうか。


 アザレア“ら”と濁したのは目的は古代詠唱魔法を解読できるイベリスを始末したかったから……とも考えられるが、私が直に死神の証言を聞いている訳ではないので真偽が分からない。


「どの程度遡ったりできる? ……しかも未来まで……?」

「イベリスさんたちと徹底的に調べましたが、その効力は1回だけのようです。表の楽譜通りにタクトを振れば未来に、裏面の楽譜を使えば過去に行けるようです」

「……」


 まだ頭がはっきりしないという事を差し置いても、突拍子もない話で内容が頭に上手く入ってこない。

 そんな都合のいいものがあるということに驚きの方が勝る。


 ――私がたまたま見つけた楽譜の石板が……? そんな都合のいいものがある訳がない


 直感的に思った事を私はそのまま口にした。


「そんな都合のいいものがある訳がない……」

「勿論何度も使える訳ではありません。1度きりですし、時間制限があるようです」

「いや、そうではない。おかしいだろう。そんな都合よく私が楽譜を見つけ、簡単に解決策を見つけるのは妙だ……誘導されてるような感じがする」


 その違和感を告げると、蓮花は素直にそれを肯定した。


「死神も何も警告してこないですしね。私も話がうますぎると感じます」

「罠ではないのか。よく調べたのだろうな」

「2回確認しました」


 たったの2回かと一瞬考えるが、蓮花の頭脳なら2回確認して同じ結果になったのなら正確性があるのだろう。


「古代詠唱魔法の発動方法とそれを現代の魔法式を照らし合わせると、効果としてはそういう結果になります。不安でしたらご自身で確認してみてください」

「あぁ……そうしたいが今は無理だ。まだ頭がはっきりしなくてな」

「少し診ますよ」


 まだ「いい」とも「悪い」とも言っていないのに蓮花は私の身体の状態を魔法式を展開して解析を始めた。

 解析の魔法式は10秒ほど経ったところで崩れてしまったが、随分魔法式を保っていられるようになったという印象を受ける。


「回復に専念してもらったとはいえ、まだ体内全体の炎症が治りきっていないですね。危惧きぐしていた後遺症については断言はできませんが、脳に異常はなかったので次第に意識ははっきりしてくると思います。もう少し休んでいてください」

「……休んでいたいのは山々だがな、私の部屋でゴルゴタとライリーが暴れまわっていておちおち眠れたものではない……」

「そのようですね」


 先程は世継ぎの話でゴルゴタとライリーが言い争っていたが、蓮花の前ではその話をしたくないのか全員沈黙に徹している。


「暴れるなら魔王城の敷地外でやれ。少なくとも私の部屋の中で暴れるな」

「けっ、てめぇがいつまで経っても起きねぇから仕方なく見てただけだっての。起きたら小言ばっか言いやがって……」

「私が引き継ぎます。私がいない間、見ていてくださってありがとうございました。暴れるようでしたらここではない場所でお願いします。メギドさんの身体に障りますので」

「…………オイ、てめぇ、ツラ貸せよ」


 出ていくようにうながされたゴルゴタはライリーに向かってそれだけ言って私の部屋から出て行った。

 ライリーも乗り気ではなさそうだったがゴルゴタの後をついていく形で出ていく。

 事の発端になったセンジュも渋々と2名に同行する形で私の部屋から出て行った。


「仲が悪いですね本当に。元々敵同士ですから仕方ないのかもしれませんが」

「……」


 お前が世継ぎを作るかどうかの話で揉めていたぞ。

 と、言うのは簡単だったが私はそんな気味の悪い話はしたくなかったので沈黙することにした。


「ゴルゴタ様たちが出て行ってくれて良かったです。メギドさんにだけ耳に入れたいことがありまして」

「なんだ……?」


 良い予感はしなかったが、やはりそれは良い話ではなかった。


「この古代詠唱魔法、ただ詠唱しながらタクトを振るえば誰でも使えるものでもないみたいです」

「……結論を言え」

「どうにも制約があるようで、魔王家の血筋の者しか使えないみたいなんですよね。つまり、この場合メギドさんかゴルゴタ様のどちらかという事になりますが……消去法で考えればメギドさんが使う他ないかと」


 元よりそのつもりであったが、いざそう言われるとますます嫌な予感がする。


「しかし、過去と未来のどちらに行くにしても慎重を期さないと取り返しのつかない事になります。過去を変えれば現在にも影響を及ぼしますから。どんな過去の改変がどのように今に繋がっているかは膨大な予測が必要になりますし……ですが少なくともこれだけは言えます」


 少し間をおいて、蓮花はいつも通り冷静に言った。


「サティアさんが過去で殺されなかった場合、メギドさんとゴルゴタ様は生まれてこないでしょうね」




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