貢物を作りました。▼
【メギド 魔王城 調理場】
「お上手ですメギドお坊ちゃま」
食事を摂り終わった後、私はセンジュの指導の下、果実の盛り合わせを作っていた。
食べるのは一瞬だが、作るのはかなり手間がかかる。
果実の皮を剥くのに魔法を使おうとしたらセンジュに慌てて止めに入られた。
専用の皮を剥く器具を渡されて手作業で皮を剥いているが、非常に手間で面倒だ。
中には指で直接剥く必要がある柔らかい果実もあり、それが10個以上あって私はほんの少し気が遠くなった。
「もっと魔法で簡単にできないのか」
「メギドお坊ちゃまは繊細な魔法制御ができますが料理に適してはおりませんし、料理は手軽にするものではありません。愛情が必要です」
「このやたらに手間がかかることが愛情か?」
「表現方法の一つです。1分で作られた料理よりも3日かけて作られた料理の方が味は同じでも感じ方が異なるものです」
分からない。
味が同じなら1分で作られた方が簡単でいいではないか。
「メギドお坊ちゃまも誰かを好きになれば自然とその方に時間や手間を使いたくなります。ヨハネ様も、アッシュ様もクロザリル様も同様でした」
「世継ぎは考えていない。少なくとも三神がいる状況で安易な選択はできない」
「……左様でございますか」
物凄く残念そうにセンジュは返事をした。
魔王家代々の執事のセンジュとしては世継ぎがいないのは残念なのだろう。
「ゴルゴタに頼めばいいだろう。いつも蓮花の事を追い回してる。元が人間の蓮花が妊娠するかは微妙なところだがな。そもそも混血の我々の世継ぎがどういった種族になるかは分からない。混血自体が珍しい事だ。私とゴルゴタと姉以外は見たことがない」
考えたくもないが、龍族は母体から出てくる訳じゃない。
卵だ。
一体どうやったら悪魔族と龍族の混血ができあがるのか不思議で仕方がない。
だが、考えたくないから私は考えないようにしている。
「この前ダチュラがゴルゴタの子供が欲しいなどと言った時に相当激高していたところを見ると、それも望み薄な話だがな。私よりは望みがある」
「……これは独り言でございますが、ゴルゴタお坊ちゃまと蓮花様が子育てに向いているとは思えません」
「そうだな。自分の子供だろうがなんだろうが“別の個体の生き物”程度にしか認識しない可能性がある」
私は自分が食べる訳でもない果実を丁寧に剥くのに心底嫌気がさしてきた。
「蓮花の方は育ての親であるライリーを容赦なく殺そうとした。一方で実の弟に対しては異様に執着している。仮に自分の子供に執着を示すとしたら並みの執着ではないはずだ。狂気の塊の奴らは今のままがいい。余計な燃料を与えたら未曾有の災害になりかねない」
「…………」
先程センジュに向かって「ゴルゴタに頼めばいい」と言ったが、よく考えればゴルゴタにそんなことを頼んだところでダチュラのときと同じ末路だ。
仮に世継ぎを作ったとしてもどうせろくなことにならない。
軽率な発言だった。
「少なくとも私が世継ぎを作るとしたら三神を倒した後の話だ。ゴルゴタの気が変わって世継ぎを作る気になったとしても問題は山積み。まぁ、ゴルゴタや蓮花が子供に興味を持たない方がいい。センジュが育てればまともに育つ可能性はある。潜在的な攻撃性は上手く抑制させる必要がありそうだがな」
「それは生まれてきた子が可哀想でございます。両親に無関心にされている子など……」
「私とゴルゴタも大して変わらない。幼少期に両親を亡くしている。殆どセンジュに育てられたようなものだ。亡くしているのと無関心では心情が違うだろうがな」
境遇が違えばもっと違う結末になったはずだ。
私がゴルゴタを閉じ込めずに済んだなら、兄弟としてここまでギクシャクしなかっただろう。
それに、私がこんなに手間をかけて果実の盛り合わせを作ることもなかった。
「もういいだろう。ゴルゴタがこの芸術作品を理解できるとは思えない」
私がいつも食べているよりも、圧倒的に豪奢に果実が輝いて盛り付けられている。
ゴルゴタに差し出すのではなく、私がそのまま食べたいくらいだ。
「これを持ってゴルゴタのところに行けばいいのか?」
私が気配察知の魔法を使ったところ、どうやらゴルゴタは自室にいる様子だった。
ゴルゴタの自室は奴が不在時に扉を開けて確認したときには荒れ放題になっていた。
ベッドすらボロボロになっており、誰の血なのか分からない血がそこかしこに飛び散っている部屋で一体何をしているのか、冷静に考えれば不思議で仕方ない。
「気持ちを逆撫でしないように言葉を選びながらお話してみてください。昔は仲のいいご兄弟でした。昔のようになれるはずです」
「どうだろうな。私が何を言ってもゴルゴタは悪い方に捉えては会話にはならない」
「そうでございますね。メギドお坊ちゃまは常に自信に満ち溢れているので、言葉の意味よりも態度に出てしまうのかもしれません」
自信が態度に出ると言われても、それは全員がそうであろう。
そもそも私は魔王としてずっと過ごしてきた。
魔王とは力だけではなく威厳がなければできない。
自信なさげにしている姿など晒すことはできないのだ。
「メギドお坊ちゃまは長らく魔王様として生きてきましたので、王としての振舞いをするのは癖のようなものなのでしょう。しかし、ゴルゴタお坊ちゃまとお話をするときは魔王としてではなく、兄として、家族として話をしてみては如何でしょうか」
「……もう兄としての私の振舞いなど忘れてしまった」
私は普通の家庭の兄弟を知らない。
唯一知っているのは蓮花の家庭だけだ。
だが、到底普通の家庭とは言い難い。
あれは狂気の塊だった。
「元々私たちは根本的に性質が違う。私は余暇があれば静かに読書をしていたい。ゴルゴタは身体を動かしている方が好きだろう。私は慎重に考えて行動する。だがゴルゴタは後先考えずに行動する。幽閉の件がなくてもいずれはこうなっていたはずだ」
「それは如何でしょうか。反りが合わずともメギドお坊ちゃまはゴルゴタお坊ちゃまの事を大切に思っていらっしゃいます。ゴルゴタお坊ちゃまも口には出しませんがメギドお坊ちゃまと元の関係に戻りたいと思っているはずです」
――それはどうかな
ゴルゴタが蓮花の記憶を失った時、奴は私に容赦なく攻撃してきた。
本気の殺意だ。
『時繰りのタクト』で戻ってこなかったら私はあの場で死んでいた。
家族の愛情がどうとか、そんなことよりも自分の恨みを晴らすことしか頭になかった。
あくまで間に蓮花が挟まっているから成り立っている関係。
私の自室でも調理場でも、蓮花とセンジュが間に入ったから事なきを得た。
「私はそうは思えないがな。とりあえず今は食べ物で機嫌が直ればいいが」
「お腹がすいていると気が立つものですから」
「ゴルゴタのアレは空腹であることは無関係だ。常に気が立っている。かろうじて正気を保っているときはあるが、何が原因で爆発するか分からない」
「爆発物は刺激しないのが1番でございます。火をくべなければ爆発いたしません」
私は爆発物で例えたが、実際のゴルゴタはほんの少しの摩擦で火がついてしまう。
むき出しの神経を指でなぞるようなものだ。
どれだけ優しく触れても、絶対に痛みを感じる。
「まぁいい。せいぜい火をつけないように努力しよう」
「メギドお坊ちゃまでしたら上手くできます。陰ながら応援しております」
「センジュは十分取り持ってくれている」
盛り合わせた果実が崩れないようにゴルゴタの部屋に静かに足を進めた。
ゴルゴタの部屋の前までたどり着くまでは順調であったが、いざ部屋の前に来ると第一声をどうしたものか言葉が出てこない。
爆発物に火をつけないような言い方を考えるが、私がなんと声をかけようとゴルゴタにとっては癇に障ると分かっている。
ここは無言で扉の横にそっと手紙でも添えてお互いに頭が冷えるまで待つ方が効果的なのではないか。
いや、この果実の盛り合わせはもう処理済みだ。
鮮度も今が1番いい状態。
ゴルゴタが果物の鮮度を気にするとは思えないが、なんと声をかけていいのか分からない私は扉の前で5秒くらい考えていた。
すると、バン! と扉が乱暴に開いてゴルゴタが私の方を睨んできた。
私を鋭く睨んだ後、私の手に持っている果実の盛り合わせを交互に見る。
「ンだよ……俺様にぶち殺されたくなったのか……?」
「……私はお前と普通に話をしたいだけだ。先ほどの詫びの気持ちを込めてセンジュと一緒に果実の盛り合わせを作った」
果実の盛り合わせをゴルゴタが再度見て、センジュが完璧に盛り付けている部分と私が四苦八苦して皮を剥いて盛り付けた部分の違いは分かっただろう。
「私もすぐには変わることはできない。だが、この現状を変えたいと思っているのは本当だ。いがみ合っていては三神に勝つことができない。少しずつ私とお前は変わっていく必要がある。私は魔王としては完璧であるつもりだが、お前の兄としては未熟だと感じている。実際、蓮花やセンジュが間に入らなければ会話もろくにできない状態だ」
「…………」
「昔のように接するには色々ありすぎた。マイナスからでもプラスに転じるように関係を改善していきたい」
「………………」
ゴルゴタは私の言葉を聞いてうんざりしたような顔をして、ガリガリと自分の頭を搔きながら部屋の入口から一歩引いた。
「会話にならねぇと思ったらすぐに追い出すからな」
「……分かった」
「入れ」
一応ゴルゴタと話をするところまでは漕ぎつけた。
ここからゴルゴタの機嫌取りではなく、ある程度本心を交えて話し合いをしなければならない。
果実の盛り合わせを崩さないように、私はゴルゴタの部屋の中に踏み入れた。




