模範解答を述べました。▼
【メギド 魔王城 調理場】
ゴルゴタが蓮花と共に出て行ってから少し間を空け、頭を冷やしてから後を追った。
どうせゴルゴタも蓮花に愚痴を吐きつくし、宥めすかされて大人しくなっている頃だろう。
単純な奴だからな。
私がゴルゴタらのいる場所へ向かったところ、案の定ゴルゴタはつまらなそうにテーブルに肘をつき、頬杖をついて退屈そうに蓮花とライリーの実験を眺めていた。
私に気づくと舌打ちをして露骨に視線と体勢を私から逸らす。
「メギドお坊ちゃま、おはようございます。朝食は何を召し上がりますか?」
センジュが素早くゴルゴタと私に間に入って視界を遮った。
少々わざとらしい。
「任せる」
「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」
私は敢えてゴルゴタの座っている正面に座った。
ゴルゴタは私が正面に座ると更に不機嫌そうに私から身体の方向と視線を逸らした。
なんならそのまま席を立ってどこかへ行ってもおかしくない。
先程まで殺し合いが始まってもおかしくなかった私たちだが、私も無理矢理に起こされた挙句にベッドを破壊されて不機嫌だったことは認めよう。
結果として言い合いになってしまったことも。
そして、私が絶対にしない選択をする。
「先ほどはすまなかったな、気が立っていた」
私は自分が悪かったとは思わない。
寝込みを襲ってきたのはゴルゴタだ。
謝るべきなのはゴルゴタの方だと思っている。
しかし、私は余裕がある。
余裕がある方が多少譲ってやるのが温情というものだ。
子供相手なら尚更。
「へぇ……どこをどのように悪かったと思ってるのか言ってみやがれ」
「…………」
大丈夫だ。
私は本心では悪いと思っていないが、ゴルゴタが求めている答えを言って宥めることくらいは容易だ。
「私がいつまで経っても自分に都合の悪い事を認めようとしない事、お前に対して下に見るような態度をとって実力を認めようとしない事、話し合いをせずにお前を一方的に従えようとする事……お前に言われて少しは考えを改めた。乱暴に起こされた挙句にベッドを破壊されて気が立っていた。すまなかったな」
「…………」
私の完璧な返答を聞いて、ゴルゴタは黙って私から視線を外し続けている。
これは効いただろう。
的確に先程の会話からゴルゴタが問題点だと思っているところをまとめて返事をした。
これで満足したはずだ。
私がゴルゴタの返事を待っていると、調理場にあった椅子を片手で掴んで私に向かって投げつけてきた。
咄嗟に氷の魔法で壁を作らなければ私に直撃していただろう。
バンッ! と、大きな音がしたので蓮花とライリーは驚いた様子でこちらを見た。
「今のではっきり分かったぜ。てめぇは全く悪いと思ってねぇ。よくも思ってねぇ事を平然としたツラで俺様に言えるもんだな! 俺様の事を下に見てることには変わりねぇ!」
結局、私が上辺だけの謝罪しようと思っている通りにゴルゴタに指示をしようと、ゴルゴタは納得しないらしい。
形だけの謝罪では見抜かれてしまうか。
自分に正直に生きてきた性分か、どうにも私は嘘をつくのが上手くないらしい。
とはいえ、私が悪いと思っていないことは事実だ。
「嘘が下手で悪かったな。だが、私なりに変わろうとして言ったことだ。更に気を悪くしたのならすまなかったな。悪いと思っていなくても謝罪をした。大きな一歩だと評価されてもいい」
「あぁそうかよ。三神を相手にしようってのにこれが大きな一歩だって? ヒャハハハハッ……笑わせるのも大概にしろ!」
ゴルゴタが私に飛びかかろうとする前に、蓮花がゴルゴタの身体に腕を回して止めた。
「ゴルゴタ様、落ち着いてください」
「俺様は落ち着いてるぜぇ……? 痛い目に遭わせねぇとコイツは改心しねぇから改心するまで殴ってやろうと思っただけだ。極めて冷静な判断だと思わねぇか……? なぁ……?」
「ゴルゴタ様も変わらなければならないというお話をしたじゃないですか。ゴルゴタ様もメギドさんも変わらないといけないんです。いきなり大きく変わるのは人格操作でもしなければ難しいですし、こればかりは話し合いをするほかありません。殴り合いではなく、話し合いです」
「そんな気の長ぇ話をしてられっかよ。話し合い? 何を話せってんだよ今更」
それは私も教えて欲しい。
ゴルゴタと話し合いなどできるとは思えないし、何を話したらいいのか分からない。
「そうですね……いきなり核心に迫る話は反りが合わないので避けた方が良さそうです。三神の話ではなく、もっとどうでもいい話をするんです」
「例えば?」
「あー……人間の場合普通、家族の確執があるときは挨拶からですね。おはようとか、おやすみとか、今日は天気がいいねとか」
「挨拶? 俺様がコイツに向かって? 俺様もコイツも天気なんて気にしねぇよ」
私は気にする。
雨は好きではない。
魔法で簡単に防ぐことができるから人間ほどは気にしないが、それでも湿度でベタベタするし、髪の毛のコンディションも上手く整わない。
だから好きではない。
「一番簡単な会話です。それに、メギドさんは天気を気にすると思いますよ」
まるでそれが信じられないかのようにゴルゴタは私の方を見た。
「私は天気を気にする」
「はぁ? あぁ、そう言えば俺様も少しは気にした事があったぜぇ……檻から70年ぶりに外に出たときだ。日の光が眩しかったし雨が降ってくればこんなもんもあったなって思った。それだけだ!」
またゴルゴタが私に向かって椅子を投げようとしたのを、蓮花は身体を張ってゴルゴタの振り上げた腕にしがみついて止めた。
「お……落ち着いてください。それは会話ではありません」
「コイツとの会話の仕方なんて忘れちまった! コイツが70年も檻の中に閉じ込めやがったからだ!」
ゴルゴタは私の方を指さして蓮花に抗議するように主張する。
「私と話す要領と同じですよ」
腕を上げているゴルゴタにしがみついているせいで蓮花の足は空中に浮いていた。
その状態で喋るのは大変そうだったが、それでも懸命に蓮花はゴルゴタに話しかけ続ける。
「お前と話すのとコイツと話すのは全く違う。お前は俺様の気を逆撫でないからな」
「メギドさんもゴルゴタ様に敬意を払ってください」
「私もゴルゴタ様と呼んだ方がいいか?」
「てめぇ……馬鹿にしやがって!!」
ゴルゴタは蓮花がしがみついてるにも関わらずそのまま腕を振り切ろうとしたが、センジュも止めに入った。
「ゴルゴタお坊ちゃま、家具を壊さないでくださいませ。魔王城の家具がなくなってしまいます」
ゴルゴタが反論をする間もなくセンジュはもう片方の手に持っていたトレイの上の料理を手際よくゴルゴタと私の前に並べる。
「お食事をご用意いたしました。お話をするのならお食事しながらの方が弾みます」
ニコリと笑ってセンジュは一歩下がって頭を深く下げた。
それから蓮花とライリーの分の食事も丁寧に運ぶ。
私は氷の壁を水に戻して大気に戻して食事を摂る弊害を取り除いた。
「食事にしましょうゴルゴタ様。私はお腹がすきました」
「…………あっそ」
ぶら下がったままの蓮花はゴルゴタから手を放して自分の席について何事もなかったかのように食事を始めた。
「メギドさん、好きな食べ物はなんですか?」
急に蓮花からどうでもいい話を振られ、私は怪訝に思ったが仕方なく調子を合わせ、どうでもいい会話に返事をする。
「様々な果実の盛り合わせが好きだ」
「いいですね。林檎は健康にいいらしいですから。ソースやジャムにしても美味しい」
「最近はそういった凝った料理は口にしていない」
「わたくしがお作り致します。パンにジャムを塗って召しあがっていただきたいです」
センジュが作るジャムなら文句の付け所がないものが出来上がるだろう。
「ゴルゴタ様にこの前作っていただいた料理はとても美味しかったです。呪われた町で消耗していたところ、料理を作っていただいて物凄く助かりました」
「あんなもんジジイが作るもんと比べたらただ肉を焼いただけのもんで、料理ってほどのもんじゃねぇ」
「血抜きから解体まで見事なお手前でした。メギドさんにも作って差し上げてはいかがですか?」
先程まで比較的穏やかに話していたゴルゴタが食器をガシャンとその場に叩きつけるように置いて、頭を抱える。
今はとにかく私と話したくないらしい。
「………………」
ゴルゴタは私に料理など作りたくないだろうし、私もゴルゴタの料理が特別食べたい訳じゃない。
だが、嘘ではない範囲でゴルゴタに寄せた回答をするのなら……
「ゴルゴタが作っていた肉料理、私が作ったものよりは美味しそうだと思っていたぞ」
私がそう言いながら自分の皿の上の料理を丁寧に切り分けて口に運んでいると、独り言を呟くように返事をした。
「……けっ、てめぇのは料理じゃなくて兵器だっての」
ゴルゴタはそう言って、食器を使うのをやめて手づかみで皿の上の料理を口に全て放り込み、手についた油などを舐めとりながら席を立って調理場から出て行ってしまった。
「先は長そうですね」
出て行ったゴルゴタの姿を目で追いながら、蓮花は目の前の料理を静かに食べ続けた。
「全くだ」
「メギドさんも果実の盛り合わせなら作れますよね。ゴルゴタ様に作って差し上げてください」
「奴がそんな洒落たものを食べるとは思えないが」
「関係を改善する為には歩み寄りが必要です。特に貴方達の場合は軋轢が深すぎます。お二方が協力しなければ三神は倒せないのですから」
またそれだ。
そんなこと、本当にできるのか私には疑問しかない。




