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勇者の名前は『魔王』でよろしいですか?▼  作者: 毒の徒華
第3章 戦争を回避してください。▼

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湯船に薔薇の花弁が浮いています。▼




【メギド 魔王城】


 私たちが城を外している間、ダチュラがカナンを監視し、カナンが人間たちの世話をしながら蓮花に出された課題に取り組んでいる様子だった。


 そして、魔機械族が言っていたように空間転移魔法の負荷を緩和する回復薬が大量に届けられていた。


 魔機械族が来た時にはダチュラが対応したらしい。


「メギド様、魔機械族が来て何か置いて行きましたわ。メギド様のご依頼の品だとか言って」

「そうか。私の部屋に……置くと邪魔になるから宝物庫か地下牢に置いておけ」


 現物を見た訳ではないが、結構な量であろう。

 そんなものを自室には置きたくない。


 とはいえ、暫く自室でゆっくりと休んでなどいないのだが。


「日光の当たらない暗所に保管してくださいって言っていたので、とりあえず室内には入れてありますけど、廊下じゃ駄目なんですか?」

「取りやすさで言えばそれでも構わないが、廊下に山積みになっていては景観が損なわれる。置くなら宝物庫か地下牢だ。どちらかと言えば宝物庫の方がいい」


 私が暗に「宝物庫に運んでおけ」と指示するとダチュラは露骨に嫌そうな表情をした。


「カナンにでも運ばせればいいだろう。ところで、カナンの様子はどうだ?」

「他が優秀過ぎるせいか、かなり見劣りしますね。寝ている間以外は見張っていますけど特段報告するようなことはありません」

「……本当か? 見落としていることがあるのではないか?」

「? 見たままの無能だと思いますが、何か気になる事でもあるんですか?」


 蓮花が少し疑っている様子だったが、私からしたらダチュラの言う通り見たままの無能だ。


 カノンの兄で、コンプレックスの塊の無能。

 何もないならそれでいい。


「あの女が疑っていてな。考え過ぎだと思うのだが、引き続き注意して見張っていろ」

「注意して見張ってなくても、あたしのところに逐一ちくいち“〇〇終わりました”って報告に来てますよ。余程信用がほしいんでしょうね」

「油断するな。能ある鷹は爪を隠すというからな」


 それほど器用にカナンが何か隠しているようには見えないが、何かあってからでは取り返しがつかない。

 魔王城に信用に足らない者が居候いそうろうしているのだから、警戒して当然だ。


「ゴルゴタ様は今どちらに?」


 ダチュラは少し聞きづらそうに私にゴルゴタの事を訪ねてきた。


「呪われた町の付近だ」

「最近ずっと忙しそうですね……」


 あからさまに寂し気な表情をして、ダチュラは大きなため息をつく。

 その態度が私にとってもゴルゴタにとっても非常に鬱陶しい。


「まだ諦めていないのか」

「そんな……はずではないんですけど……」


 歯切れ悪くダチュラは言いごもった。


「あんな粗忽そこつな乱暴者のどこがいいというのだ。私はそれが疑問で仕方がない」

「……銀色の長い髪と真っ白な肌が……綺麗だと思ったんです」


 ――長い髪?


 ダチュラは恍惚こうこつと思い出すように過去を振り返っているようだ。

 恐らく、牢の中に幽閉されていた頃のゴルゴタのことを言っているのだろう。


 だが、美しい長い髪と白い肌なら私も同じだ。


「あの圧倒的な暴力も素敵だと思います」


 駄目だ。

 これ以上ダチュラの話を聞いていてもゴルゴタに酔っている言葉しか出てこない。


 弟のどこがいいのか聞いた私が間違いであった。


「もういい、くだらない質問をした。カナンに宝物庫に荷物を運んでおくように指示しておけ。結果としてお前もカナンと共に宝物庫と廊下の往復をすることになるが」

「分かりましたよ……」


 嫌そうな表情をしながらもダチュラはカナンの見張り兼指示に戻って行った。


 私は風呂に入って少し休み、疲れを取ることにした。

 もう夜が迫っている。


 あまりエレモフィラを急かしたところで状況が好転する訳でもない。

 ここは久しぶりに自分の部屋でゆっくりと休み、英気を養って明日またはじまりの村に行こう。


 ――センジュらも明日には帰ってきているだろう


 帰ってきた奴らから色々報告を聞いた後、私の方の情報を開示して作戦を練りなおそう。


 お互いに多少は収穫があるはずだ。

 少なくとも私の方は手ぶらではなく、わずかに収穫がある。


 ――蓮花たちが更に多くの収穫があり、一気に三神の件が片付けばいいが……


 いくら我々が精鋭ぞろいとはいえ、そう簡単に片付くはずがない。


 風呂に行く前に自分の部屋に寄って着替える服を選び、自分で風呂場に持っていった。

 センジュがいれば服を用意してもらえるが、今は不在の為私が自分でやらなければいけない。


 食事はセンジュの料理を見ていたから自分でも作れるはずだ。


 ――まったく……何故私がこんなことを……


 ゴルゴタのせいで魔王城仕えの魔族がダチュラ以外全員逃げ出してしまった。

 ここにいてはいずれ殺されると分かっていたら逃げ出すのも仕方がない。


 今もゴルゴタが暴れまわっていた頃の名残が残っている。


 壁や床がところどころえぐれているところや、飛び散ったままの何かの血がそのまま残っていたり酷い有様のところが結構ある。


 センジュができる限りは掃除したはずだが、最近はセンジュも忙しく掃除どころではない。


 とはいえ、カナンとダチュラに掃除や修繕を命令してもどうせろくにできないだろう。


 風呂場だけは無事で良かったと感じる。

 ゴルゴタは風呂に入るのが好きではないのであまりこちらには来ないからだ。


 長らく地下牢にいたので仕方がないと言えば仕方がないが、奴は風呂に入るという習慣がない。

 幼少の頃の記憶があるから風呂に入るという概念はあるので、ときどきは風呂に入っている様子。


 琉鬼を放り込んだのは別の風呂で、ここは私専用の風呂なのでここは最後に私が入ってセンジュが掃除をし、綺麗なままだ。


 湯船に湯を張り、そこに薔薇の花弁を散らして十分に香りを引き立たせてる。

 長い髪を丁寧に洗ってからタオルで綺麗にまとめ、身体を十分に洗って湯で流し、それからゆっくりと湯船に浸かった。


 身体中が温まり、心地よい感覚に包まれる。


 余計な事を何も考えずにこのまま風呂に入っていられたら幸せなのだろうが、私は風呂に入る度に考え事をしてしまう。


 この混乱以前はゴルゴタの事をずっと考えていた。

 弟をいつまでも牢屋に入れていて穏やかに風呂に入れるはずがない。


 今は三神の事を考えてしまう。


 だが、弟の事で悩んでいるよりもずっと気持ちが楽だ。

 家族の事で悩んでいるよりも三神という敵の事で考え事をしている方がましだ。


 突然出てきた私たちの姉という存在の問題もあるが、私にとって姉などと言うものは元々いなかったものであってどうにもピンときていない。


 センジュにとっては母の第一子であり、ずっと気にかけている存在なのだろうが私にとってはむべき白羽根を父に持ち、にわかには受け入れがたい。


 私は湯船から片腕を出し、自分の真珠のような白い肌の腕から湯が滴っていくのを見つめていた。


 ――三神の件が無事に片付いたとして、その後の身の振り方を考えなければならない


 魔王の二名体制をしようと思っていたが、魔王の座は白羽根どものものだ。

 魔王をやめて一介の混血の元魔王になったら私の優雅な生活は戻ってくるのだろうか。


 脚に咲いている真っ赤な花を見て「それもないな」と感じる。


 この花が咲いている限り、私の命は刻一刻とけずられ続けているからだ。


 ――死神の動きを一時的に封じたら蓮花に解呪できるか……?


 死神の動きを封じる事など、本当にできる事柄なのか。

 明日センジュらの話を聞きながらその進捗状況を確認し、作戦を練りなおそう。


 いつの日か、何も考えずに風呂にゆっくり入れる日が訪れることをただただ願うばかりだ。




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