古の詠唱魔法を調べますか。▼
【メギド はじまりの村】
私ははじまりの村に来る前に魔機械族の町に立ち寄って飲む用ポーションを更に仕入れておいた。
飲むポーションを5つ、注射型を3つ持っている状態だ。
これなら空間転移魔法でどこにでもすぐに行ける。
そしてはじまりの村に再度訪れた際には結婚式をする準備をしていた。
アザレアとその婚約者の結婚式らしい。
真っ白の様々な飾り物が飾り付けられている。
白い花が最も多いが、恐らく造花であろう。
そんな空気の中「死神がお前たちの命を要求しているから自害してくれ」等とは大変言いづらい。
だが、そう言わなければならない。
それが死神との交換条件だ。
「まだアザレアとはじまりの勇者の共通点は調べられてないよ」
私を見つけるなり、エレモフィラは私に向かってそう言ってきた。
「それとは別件での話だ」
「嫌な予感しかしないけど」
「その予感は当たっているぞ」
アザレアとイベリスも共に話をした方が話が早いと考え、両名がどこにいるのかエレモフィラに尋ねると「結婚式の準備をしてる」と言った。
「私たち全員に話すことって、どうせろくなことじゃない。私が初めに聞く」
「私は同じ話を何度もしたくない。大体初めに伝えた者から第二者に伝わる際には少し異なった解釈が入って別の言葉になっていくのだ」
「馬鹿にしないで。貴方が言った言葉くらい全部覚えていられるから」
覚えていられることと、この内容を伝えられるかどうかは別の問題だ。
まして結婚式をしてこれから……などとなっているアザレアに正確に伝えられるかどうかは分からない。
「なら話すが、ショックを受けて失踪などされては困る。制約をかけさせてもらうぞ」
「好きにして」
逃げられないようにエレモフィラに呪いを刻み込んだ。
これでエレモフィラは私の許可なくこのはじまりの村から出ることはできない。
「回りくどいのは好きじゃない。単刀直入に言う」
「それが既に回りくどいんだけど」
「神と魔神を倒す方法が発見され、死神と取引をした。死神が力を貸す条件がお前たちの命ということだ」
私がその話をしたとき、案の定エレモフィラの顔は強張り硬直していた。
「“お前たち”って、私とアザレア、イベリス、ウツギの全員ってこと?」
「そうだ」
「………………」
やはりこの話は相当にショックであったろう。
特にエレモフィラはウツギの事を慕っているし、ウツギはもう記憶をほぼ全て失って元の柊として平和に(平和にというとこの渦中なので語弊があるが)暮らしている。
それに追い打ちをかけるように死神が要求しているこの現状、素直に受け入れられないのは当然の反応だ。
「それ、もうちょっと待ってもらえないの?」
「あまり猶予のある話ではないな」
「……アザレアは婚約者が生きてたんだよ? 結婚式をして、これから短いって分かってても一緒に生活して……願っていた幸せを手に入れる事すらできないっていうの?」
「そうだ。ただ、私はお前たちを殺せない。お前たちが死ぬときは自害であらねばならない」
「じゃあ、結局私たちの都合に合わせるって事だよね」
こういった我儘を言う事も想定済みだ。
「悪いが、お前たちが自害しないのなら人間に殺させれば済む話だ」
「私たちを殺せる人間なんていると思えないけど?」
「お前たちを管理していた勇者連合会暗部司令官のライリーならお前たちを殺すことができるだろう」
「……一緒に来ていないようだけど?」
ここでウツギの方を殺すように向かわせているというカードを切るべきか?
ライリーを信頼しているという訳ではないが、確かにアザレアとイベリス、エレモフィラをまとめて相手にするのは大変だろう。
奴を始末されたらこいつらを始末できる存在がいなくなってしまう。
正面から堂々と戦うよりは納得して自害させる方がいい。
「あまり卑怯な手を使いたくはないが、お前たちが自害しない場合は私の命令一つでウツギを始末するように待機させてある」
「!?」
やはりウツギの名前を出した際のエレモフィラの反応は分かりやすいものであった。
葛藤、憤怒、後悔、そして諦めへと感情が変化していくのが分かる。
「でも……結局ウツギも殺すんでしょう? なら脅しになってない」
「そうだな。戦って苦しみながら死ぬか納得して自分で死ぬか、その程度の違いしかないが記憶を切除された柊はどう思うかな」
「……私たち、もう長くないのに今すぐ死ねって酷すぎる……なら、地下でアザレアが目覚める前に殺してくれたら良かったのに。希望を与えておいてむしり取るなんて、邪悪が過ぎる」
「私に文句を言われても困る。死神が出してきた条件にしては破格の条件だ」
私としても自分がどれだけ冷酷な事を言っているかくらい理解している。
「恩義を忘れてもらっては困るな。お前たちは私が逃がさなかったらあの地下牢で殺されていた。ほんの少し延命し、そして婚約者が生きていると知って結婚式までできるのだから感謝してもらいたいものだな」
「…………待って。三神の死神が私たちに生きていられると困るって事は、それは逆に利用価値があるって事じゃない?」
苦し紛れの言い訳にも聞こえるが、確かにそういう考え方もできる。
「何か策があるというのか? 私に苦し紛れの言い逃れをしても無駄だぞ」
「本当は生きていない筈だったかも知れない私たちが、生きているのがどう不都合なのか考えた方が死神の裏をかける気がする。死神は死の法を司っている神だから……私たちのせいで誰か重要人物の生死がかかっているのかも」
「仮説の話だろう」
「死神の言うままにされてムカついてないんだ? 魔王って結構小物なんだね」
――なんだと、この女。こともあろうか私の事を「小物」だと……?
内心穏やかではなかったが、私はそれを表に出さなかった。
煽られて逆上するような私ではない。
「私を煽っても無駄だ。お前たちが死神を凌駕するような結果を導き出さないと自害の話は継続させてもらう」
「……当時から考えて1番生きてない可能性が高いのはイベリス……イベリスに心当たりがないか聞いてみる。彼は勇者パーティ屈指の魔法使いだから」
「…………」
イベリスは比較的衝撃的な事実を告げられても冷静にいられる方だ。
それに自分の年齢からしても長くない事も十分に理解しているはず。
恐らく話をしたところでこの場で取り乱したりしないだろう。
「いいだろう。私はここで待っている。呼んで来い」
「偉そうに」
「偉そうではなく、実際に偉いのだ。魔王だぞ」
はいはい、と私の意見を軽く受け流してエレモフィラはイベリスを呼びに行った。
仮にイベリスが生きていて不都合な事とはなんだ。
屈指の魔法使いだと言っていたが……
何か三神にとっての不都合な魔法をイベリスが使えるのか。
――70年前の化石の魔法使いが三神に一石を投じる何かを知っているのか……?
70年前以上前の魔法で考えられるのは、非効率的で排除された詠唱魔法か。
大昔はわざわざ言葉を魔法式の代わりに使い、詠唱魔法を使っていたと本に書いてあった。
詠唱魔法は私も詳しくは知らない。
非効率的な詠唱魔法が廃り始め、その関連の本も同じく廃れ始め、今では相当希少な本か石板であろう。
――センジュなら何か知っているか? いや、センジュは相当長生きはしているが魔法の専門ではない
石板……そう言えば魔王城の宝物庫に数個あったような気がする。
ただの置石くらいにしか思っていなかったが、何かヒントがあるかもしれない。
それに勝手に勇者とかいう無職どもが魔王城から持ち出している可能性も十分ある。
――それが集まっていそうな場所は……
あのガメツイ人間の王の元。
なんでもコレクションしたがる国王オリバーの元にある可能性が高い。
私が思い切り引っぱたいて牢屋に入れられていたが、その後はどうなったのか無様な姿を確認しに行ってもいい。
ゴルゴタの一件が始まって本来の城を捨てて、持てるだけの財宝を持って逃げた際に古来詠唱魔法の石板なんて持っていくとも考えづらい。
もしかしたら元の城の宝物庫にある可能性もある。
――死神にとって不都合な何かか……掴んでおいて損はないな
考えている内に、エレモフィラがイベリスを連れてきた。
イベリスはエレモフィラから簡易的な話を聞いたのか、暗い表情をしていた。
「待っている間に思い出したのだが、古の詠唱魔法で何か有効になりそうなものを知らないか」
「……私も随分前の事だからはっきりは覚えていないが、何かの石板で三神についてのものがあったような気がする」
やはりあったか。
問題はその石板がどこにあるのかだ。
「他にお前が死神にとって不都合な存在であると予測されることはあるか?」
「はじまりの勇者の墓の周りを調べていたときに、はじまりの勇者の墓の中に石板が隠されているのを発見した」
「何? 内容は?」
「それは解読中だ。流石に石板に記されているとしても砕けていたり、削れていたりする部分が多くてな」
ほう……やはり元伝説の勇者パーティと呼ぶべきか、有能だ。
「アザレアにお前たちから私の話をしろ。もう少し猶予をくれてやる」
「……はぁ、これからアザレアが結婚式するっていうのに、こんな話最悪」
「2日後くらいにまた来る。それまでに死ぬ気で解読作業をしておけ」
「分かった……その代わり死神の力を凌駕するような作戦が思いついたら私たちの自害の話は保留にしてもらうから」
「いいだろう」
私はエレモフィラに話をつけてはじまりの村を後にした。
まずは魔王城の中の宝物庫を調べてみようと考え、空間転移魔法を展開して移動した。




