真実を明かしますか?▼
【メギド 魔王城 蓮花の部屋】
ゴルゴタの血を使って書類に隠された文字を探し始めた。
全員で内容を確認するため、1枚1枚慎重に血に浸していった。
紙面の数は相当あったが、血に反応して文字が浮かび上がるものはそう多くなかった。
表面の書面確認は3時間程度で終わったが、裏面書面確認は6時間程度かかった。
隠し文章が出てきたときに私たちは一喜一憂し、その文言を蓮花が紙に書き写していき、バラバラの文章を並べ替えてできた文章がこれだ。
『三神は実在する。
人間を作ったと言われる神、魔族を作ったと言われる魔神、死を司る死神。
だが、神が人間を作ったのではない。人間が神を作ったのだ。
別世界から来た転生者複数名に話を聞いたところ、別世界では神は偶像でしかない。
実体を持って直にこの世界に干渉している三神はこの世界にしかいない。
“神”と名がついているが、あれは個々の生物と考えられる。
生物である以上、殺す方法が存在するはずだ。
神殺しの方法は……考えられるのは、物理的な方法では無理であろう。
仮に他の世界の神の話が偶像であることを是とし、この世界に取り入れるなら有効と考えられる手段としては“神”という概念を消滅させる事。
神という概念そのものを消滅させれば、三神は消えるという仮説に辿り着いた。
だが、あくまでこれは仮説にすぎない。
先日死神が直々に死者の蘇生についての警告にやってきた。
奴は実体がなく、やはり物理的な方法で殺せるとは思えない。
しかし、仮説にしても神という概念を消滅させる方法は確立されていない。
今の技術では三神に太刀打ちできない。
一先ずは、三神の一角である死神の捕縛を試みることにする。
死神を捕縛し情報を得られたら大きな前進になる。
死神の捕縛が成功しなかったら我々は三神の怒りに触れ、消滅させられるか酷い末路を辿ることになるだろう。
この記録が後の誰かの役に立つことを願う』
記録はそれで全てだった。
この記録が本当かどうかは分からないが、これが事実なら神という概念を喪失させることで三神を消滅させられる……のか。
「突拍子もない話になってきましたね」
蓮花がまとめた文章を眺めながらセンジュは険しい表情をしている。
ライリーと蓮花も懐疑的な面持ちで文面を目で追っていた。
ゴルゴタは良く分かっていないようで蓮花の表情を見ている。
「……で……これマジかどうかどう確認すんの?」
この質問は無意味だ。
確認する術などない。
ゴルゴタはそれも分かっているはずだが、敢えてそう聞いてきた。
「確認しようがない。それに全国民から概念を消し去るというのは……」
そこで私はあることを思い出した。
私が留守にしている間にセンジュとゴルゴタが蓮花の事を忘れ、暴れ始めたこと。
あれは死神のせいなのか、あるいは蓮花のせいなのか、何を意図してそうなったのか分からない。
だが、ウツギの記憶を切除したり、勇者連合会で記憶を封じる魔法があったことを鑑みれば記憶を操作する魔法があるのは事実。
「蓮花、記憶を消す魔法は使えるのか?」
「使えますよ。ウツギさんの件で」
「規模を拡大することは? 具体的には国内全体に広げる程度」
うーん……と蓮花は頭に手を当てて考えた後、返事をした。
「……普通は無理ですが、いくつか方法は思い当たります」
「なんだ?」
「極大魔方陣の魔法式を変更する方法や――――」
少し躊躇うような素振りを見せた後、驚くべきことを口にした。
「死神の力を借りる方法もあります」
それを聞いたその場にいた全員が蓮花を凝視していた。
蓮花も相当言いたくなさそうだったが、賭けに出るように言った様子。
「お前、死神と繋がってんのか……?」
ゴルゴタが蓮花のところまで歩いて行き、肩を掴んだ。
暴力的に掴んだわけじゃない。
心配そうに優しく掴んだだけだ。
「……繋がっているといいますか、私があることをするときに取引を申し出ようと思っていました。それは成功したとメギドさんの言葉から推測できました」
――私の言葉?
何のことだ。
いつの話をしている?
一瞬戸惑ったが、私はすぐにゴルゴタとセンジュが蓮花の事を忘れてサティアが元に戻った時の事だと分かった。
ゴルゴタやライリーはこのことを知らない。
ゴルゴタは父のアガルタに会った時に私たちに姉がいたこと自体は聞いたようだったが、その姉が地下牢にいることまでは知らないはずだ。
それはセンジュがずっと黙っている事だ。
勝手に話すわけにはいかないということは蓮花は分かっている。
だから蓮花はセンジュに目配せした。
それを見てセンジュは察したようだった。
センジュも死神と繋がっている。
きっと蓮花の視線一つで何もかも分かっただろう。
ゴルゴタやライリーにサティアの事を話すかどうか。
「……話してください蓮花様」
「いいんですか?」
「あ? ンだよ、ジジイと俺様に黙ってこそこそ内緒話してたのか?」
不機嫌そうなゴルゴタに対してセンジュはすぐさま割って入った。
「ゴルゴタ様、蓮花様はわたくしに配慮して黙っていただいたのです。責めるならわたくしをお責めください。わたくしが固く口留めしていたのですから」
「俺様の玩具に何吹き込んだんだよ」
「ゴルゴタ様、センジュさんの気持ちも分かりますから今から話すことを聞いてください」
ゴルゴタは気に入らない様子で舌打ちしたが、琉鬼用の椅子を蓮花の斜め後ろに引きずって持ってきてそこに座り、テーブルに足を放り出した。
「聞いてやるよぉ……くだらない事だったらジジイ、ただじゃおかねぇからなぁ……」
とは言っているものの、ゴルゴタはセンジュを殺すことはできない。
センジュの痛覚がどうなっているのかすら分からない。
そもそも、この話をしたらセンジュに対してゴルゴタは怒ることになるだろう。
蓮花の言い方次第にはなるだろうが。
「ライリーにも聞かれて大丈夫ですか?」
「……はい。仕方がないかと」
「分かりました。話します」
トントン……と、蓮花はテーブルを指で叩きながら話す順序を頭の中で整理している様子だった。
「ゴルゴタ様が龍族の町で聞いたお姉様がいたと聞いたと思いますが、その顛末は聞いていませんよね」
「知らねぇけど、死んだんだろぉ……?」
確かに死んだ。
だが、この話には最悪の続きがある。
「亡くなりました。しかし、死者の蘇生魔法によって異形の者と化し、現在魔王城地下牢の最奥におります」
「は……?」
予想外の蓮花の返答にゴルゴタは前のめりになり、蓮花とセンジュの顔を覗き込んでいた。
「まだ生きてるって事かよ……?」
「異形の者を生きていると言っていいかどうか分かりませんけどね。私はその異形の者を元に戻すことができます」
「……で?」
今更その程度の事では驚かないのか、蓮花の話の続きを催促する。
「センジュさんは異形の姿で死ぬ事のできない身体になったお姉様の件でずっと責任を感じておられました。私の回復魔法士の腕を見込んでいただいて、お姉様のサティアさんを解放してほしいと頼まれました」
「……それで?」
「ですが、異形の者を元に戻す行為は死神に禁じられています。その件について死神に直に牽制されていました。私は死神と何度か会っているのです」
「…………」
話しの雲行きが怪しくなってきたところでゴルゴタは険しい表情をして、蓮花の話を聞き入った。
「センジュさんの悲願であったお姉様の件、私は吞みました。死神の牽制を押し切ってゴルゴタ様のお姉様を元の姿に戻したんです。その際の死神側の条件が“私が死神の所有物になること”です」
そんな条件を提示されていたとは私は知らなかった。
蓮花が跡形もなく消えていたのは死神の所有物になったからだったのか。
しかし、何故死神は蓮花を望むのか?
ここにいる全員が蓮花を見つめ、固唾を飲んで言葉の続きを待った。
「私は死の法を覆した唯一の人間でした。だから死神は私の事をコレクションしたいと思っているらしいです。その際に私はゴルゴタ様を含む魔王城にいる全員から私の記憶を消すことを条件に出しました。メギドさんの後日談を聞く限り、死神はその条件を呑んだようです」
「!? なんでだよ!?」
ゴルゴタは強めに蓮花の肩を掴んで揺すった。
蓮花はガクンガクンと頭が揺れる。
「私が急にいなくなったら、ゴルゴタ様は私の事を探してしまうと考えていましたので、いっそ忘れてしまった方がいいと判断したからです」
冷静に話している蓮花にゴルゴタは割と強めに平手打ちをした。
手加減して平手打ちしたとはいえ、相当蓮花は痛かったらしく暫く動けない状態だった。
「そんなこと、てめぇが勝手に決めんなよ!!」
案の定ゴルゴタは怒っている。
普段は蓮花に暴力的な事を行わないゴルゴタも、怒りで暴力を抑えられていない様子だった。
「……実際、私の記憶がなくなってゴルゴタ様は人間を滅ぼし始めました。人間と魔族の戦争の開戦です。そしてゴルゴタ様は真の勇者によって死ぬ……という未来を見てメギドさんは『時繰りのタクト』で戻ってきて私を牽制しました」
「おい! なんで俺に言わなかったんだよ!?」
勿論それは私にも飛び火する。
「センジュがずっと言えなかったことを私や蓮花がペラペラと話すはずないだろう。心情をくみ取れ」
「知るかよ!!」
「私は死神に“魔王城にいる方から私の記憶を消してください”とお願いするつもりでした。それを“国民全員から三神の記憶を消してください”に変えれば、もしかしたら……ですが明らかに規模が違うので応じてくれるかは分かりませんが」
バンッ!
ゴルゴタはテーブルを強く叩きつけた。
テーブルに皹が入る。
「それってよぉ……蓮花ちゃんが死神の所有物になるって事だろぉ……? 絶対許さねぇからな」
ゴルゴタがこうなることは予想の範疇の事だった。
センジュも蓮花も暗い表情をしてどこか遠くを見つめて小さくため息をついていた。




