別世界の神について聞きますか?▼
【メギド 魔王城 浴室前】
あまりに琉鬼が運ばれてこないので私たちは様子を見に行くことにした。
この際にゴルゴタだけは蓮花の部屋に残る形になった。
ゴルゴタは琉鬼を殺しかねない。
特に琉鬼がゴネているだけの場合は余計に。
「おい、カナン。いくらなんでも遅すぎるぞ」
私はまずカナンに文句を言った。
「す、すみません。徹底的に綺麗にしないと蓮花様に追い出されてしまいますので体の隅々まで洗っていると時間がかかってしまって」
と、カナンの声がする以外にも嗚咽しながら泣いている声も中から聞こえてきた。
どうやら琉鬼は気絶から回復して今は泣いている最中らしい。
想定の範囲内だ。
私や蓮花ではキツイ言葉になってしまいそうなので、ライリーにその場を任せた。
「琉鬼君、大丈夫?」
その問いかけに対して琉鬼は泣いているばかりで返事をしなかった。
「すみません、本人が相当ショックを受けた様子で言葉にできないようです」
「琉鬼君、別にそうショックを受ける事じゃないよ。真正包茎の人は他にも沢山いるし、コンプレックスに感じているなら私が治してあげてもいい」
ライリーの言葉に対して琉鬼は中で号泣し始めた。
「馬鹿馬鹿しい……」
そう呟いた蓮花は浴室の扉を開いて中に入って行ってしまった。
この行動には予想外だったのかライリーは慌てて止めようとするものの、蓮花がライリーの手を振り払って簡単に中に入ってしまう。
当然、丸裸の琉鬼はそれに物凄く驚いて慌てて自分の股間を隠し、蓮花に背を向けた。
「貴方が思っているより、貴方の性器の事を誰も気にしていません。これからできるかどうかは分かりませんが、恋人の前で恥をかくよりも今無関係の私たちに指摘された方がマシでしょう? 貴方に聞きたいことがあって来てもらったんです。悠長に風呂に入れるためではありません。泣くなら後で泣いてください」
いつも通りの蓮花であった。
これで琉鬼の「蓮花はいい人かもしれない」という幻想は完全に崩れ去ったことだろう。
琉鬼は尚も股間を隠して蓮花に背を向けて震えている。
「カナン、ライリー、この人を取り押さえて」
「何をするつもり?」
「時間の無駄なので私が洗います」
「!?」
そう言われた琉鬼は物凄く驚いた表情をして蓮花の方を見た。
「カナン、ライリー早く」
「ま、待て待て待て! 分かった! それだけは勘弁してください! ちゃんと自分でやれますから!!」
半ばヤケになって土下座する琉鬼を見た蓮花は
「10分以内にしてください。ゴルゴタ様を待たせると首が飛びかねませんよ」
と、冷たく言い放って浴室を出て自室に戻って行った。
その後、琉鬼はさめざめと泣きながら自分の身体を洗い始めた。
私はそんな光景は見たくなかったので琉鬼から目を逸らして蓮花の後を追う形でその場を後にした。
その後、琉鬼は蓮花に言われた通り10分以内に蓮花の部屋に来た。
***
琉鬼は物凄く気まずそうにその場に正座していた。
一応センジュが椅子を用意したが、琉鬼は床に正座していた。
蓮花に対して気まずいのと、ゴルゴタが恐ろしいから同じテーブルに着きたくないという気持ちもあるのだろう。
幸い、悪臭は取れていい香りになっているが少し血の匂いがする。
恐らく無理矢理というか、過剰に体を擦ったせいで皮膚に傷がついてしまったのだろう。
――まぁ、あれだけ言われたらそうしたくなる気持ちも分からないでもないが
カナンには琉鬼の使った浴室の掃除を命じておいた。
一片の汚れもなく綺麗にしておけと言っておいたので、頑張って掃除をするだろう。
「お前に聞きたいことがあって呼び出した。それは別世界の神についてだ」
「神……ですか」
「お前のいた世界の神は人間に干渉して戦争を起こしたりしていたのか?」
「……宗教的な話は難しいんですけど……神をめぐって戦争している国もありました」
――神をめぐって戦争?
「神を手に入れるという意味か?」
「いえ……自分たちの神が正しいとか、神を信じる者と信じている者で結構温度差があったり。そもそも、神なんていもしないものを作ったのは人間ですし」
――神が人間を作ったのではない、人間が神を作ったのだ
紙面の裏の記述の通りの事を琉鬼が言ったので私たちは驚いた。
「あぁ? 実際にこの世界じゃ三神がいて、滅茶苦茶やってくれちゃってるじゃねーかよオイ」
バン! とゴルゴタがテーブルを叩くと琉鬼は頭を両手で抑えて丸まって震えていた。
「まぁまぁ、ゴルゴタ様。別世界の話ですしもうちょっと聞いてみましょう」
「ちっ……」
ガリッ……ガリッ……
ゴルゴタは自分の指を噛み切ってストレスを緩和していた。
「えっと……神を信じている人はいましたよ。それぞれ宗教があって、色々な神がいると信じてる人もいましたけど……日本では宗教があまり布教してなかったので……でも、自然災害とかを神の怒りだとか思ってる人は大昔で、我が生きていたときには神が偶像崇拝だってことくらい誰でも分かってましたよ。余程のめりこんでいない人以外は……」
信じるとか信じないとか……それは実録がないという事だ。
神が実際にいるという確たる証拠があれば誰しも神を信じるだろう。
だが、琉鬼の世界ではそれがなかった。
「……つまり、お前の世界での神は人間の妄想の存在でしかなかったということか?」
「はい……そうです……説明できないことを神のせいにするなんて、頭のおかしいやつ扱いですよ。国によって違うのかもしれませんけど……」
「ンだよ、はっきりしろよ。神がいるのかいねぇのかってよぉ……」
機嫌の悪そうなゴルゴタに完全に委縮した琉鬼は、か細い声で返事をした。
「神がいるとしたら、人間の頭の中だけです。実在して具体的に干渉してきたりはしません……神が人間を作ったって人も一定数いますが、神という概念を作ったのは人間です……」
琉鬼の言葉を聞いて私たちはそれぞれ目くばせし合った。
特に言葉はなかったが、なんとなく意思の疎通はできたように思う。
「そうか。他にお前の世界の神の情報はあるか? 弱点があるなら聞きたいものだな」
「弱点ですか……ゲームの中の設定では、神の力は信仰力によるものによるものなので、信仰がなくなった神は弱体化する……みたいな設定はありましたけど」
――信仰力……
琉鬼の世界の神は偶像崇拝。
実際にいる訳ではない。
だが、神の概念はある。
人間が神を作り出した…………
「なるほどな。他には?」
「日本では万物に神が宿るって言われてましたけど、そんなのは迷信でしたよ。神なんていないものの話は詳しくないですし……」
「他に神の情報がないならもう帰っていいぞ。また呼び出すまで待機していろ」
「あ……はい……」
シュン……として琉鬼は頭を垂れてうなだれた。
「毎日風呂に入れよ」
「入ってますよー……ちょっと至らない点があっただけで……」
「早めに指摘されてよかったな」
一応励ましたつもりだったが、琉鬼はまた泣き始めそうになっていた。
泣き始めたら鬱陶しいので私はさっさと琉鬼を空間転移魔法で魔族の楽園に送り返した。
「異世界人というのは色々な情報を持っていて趣深いな。色々な情報を得ることができた」
「別の異世界の方にも話を聞きますか?」
「そうだな。それは後にしよう。少し遠いからな。解析を先に終わらせてしまおう。先ほどの末期の話と繋がってくるかもしれない」
「あー……まったこの紙との格闘かよ。だりぃなぁ……」
お前は血を提供するだけで別に解析作業はしないだろうと言いたいが、ゴルゴタの機嫌を損ねないように私は黙っておいた。
「ゴルゴタ様、血をお願いします」
何のこともない様子でゴルゴタは自分の腕を切り裂き、血を垂らした。
容器に血を溜めたところで、私たちの集中作業が始まった。




