龍族の町へ行くことにしました。▼
【メギド 鬼族の町】
翼を使って飛ぶのはやはり疲れる。
文字通り、何故私がこんなに飛び回ってあれこれを片付けなければいけないのか。
いつになったら私の優雅な生活は戻ってくるのか。
鬼族の町についたとき、町は至って平穏であった。
ノエルの伴侶が暴れているかもしれないと思っていたが、どうやら大人しくしている様子。
センジュと蘭柳に「真の勇者も血統が関係しているようだ」と伝えると二者は神妙な表情をしていた。
「どうやらアザレアの婚約者が奇跡的に生きていてな、はじまりの勇者とアザレアの共通点を今調べようとしている」
センジュはアザレアたちを私が逃がしたことを知らない。
なので私は言葉を濁した。
「少なくとも80歳以上の高齢の人間も珍しいな。平均の倍程度はある」
「ずっと彼を待ち続けていたから根気で生きていたのかもしれないですね。いつか戻ってくると信じて」
そんな根気で90歳程度まで生きるなんて、全く論理的じゃない。
だが、人間はそういう訳の分からない点で力を発揮する生き物だ。
あり得ない話でもない。
アザレアの婚約者は実際に生きていた。
車椅子生活で、言葉もろくに喋れないような状態ではたして「生きている」と言っていいかどうかは分からないが。
「ノエルらは安定しているのか?」
「特に何の変化もない。本当にあのゴルゴタを2回も秒殺したのか? 到底そんな力を秘めているようには見えない」
「理屈は分からないが、伴侶に何かあると相当まずい。センジュが戻れるなら一緒に魔王城に戻ってもらえると助かる」
センジュがいないと生活が不便すぎることに改めて気づいた。
特に食事の面だ。
認めたくないが私の料理センスは壊滅的で、下手したら自分の料理が元で死んでしまうかもしれないと思うほど危機感を覚えている。
「蘭柳、任せても大丈夫か?」
「右京もいるし、彼らも安定しているから大丈夫だ。龍族の説得に失敗したら大変なことになりそうだがね」
「あればかりはな……自分の子供が転生者だなどと言われても釈然としないだろう。龍族の事は詳しくないが、どうなんだセンジュ」
お茶を飲んでいるセンジュに龍族のことを聞くと、少し複雑そうな表情をしていた。
「龍族は天使族と同じくして階級制度が明白なので、高位の龍族の子でしたらやはり簡単にはいかないでしょうね」
天使という単語を聞いた瞬間に、私ははじまりの勇者の墓の前にいたときよりも強い嫌悪感を覚えた。
「一度魔王城に戻るべきなのか、それともレインの様子を見に行くべきなのか」
「魔王城へは私が戻りますので、メギドお坊ちゃまは龍族のところに行かれてはいかがでしょうか」
「私が行っても歓迎されないだろうがな。私は悪魔族の動向も知りたい」
「悪魔族はずっと沈黙しておりますからね。上層部は何を考えているのか分かりません。ただ、目下は龍族の説得かと。ノエル様と伴侶殿の安全が担保されなければこの世が滅びかねません」
センジュの言う通りだ。
蘭柳もセンジュの意見に同調している様子。
「センジュは魔王城で蓮花とゴルゴタ、ライリーとカナンの監視をしていてくれ。目を離すと問題ばかり起こしてかなわない」
「かしこまりました」
「私はレインを追ってみる。とはいえかなり遠いな……空間転移魔法を使うと負荷が強いから気が進まない。飛んでいくのはもっと気が進まない」
という不毛な愚痴をこぼしてみるが、結局は行くしかない使命だ。
身体に異常をきたしている状態で龍族と対峙できるだろうか。
ゴルゴタの父親のアガルタと話ができればある程度話もまとまりそうなものだが、アガルタがゴルゴタのことをどう思っているのかは分からない。
実際にゴルゴタに殺されかけた間柄だ。
遺恨が残っていても何の不思議もない。
「少し休んだら龍族の町へ空間転移をする」
「空間転移の負荷を軽くするポーションを作っておきました。お持ちください」
流石はセンジュだ。
完璧に私の補佐をしてくれる。
人間の作った怪しげなポーションよりもずっと信頼度は高い。
「この短期間でよく用意ができたな」
「鬼族の町では薬草が豊富に栽培されておりますので、メギドお坊ちゃまの負担軽減になればと僭越ながら作らせていただきました」
「助かる」
私はセンジュが作ったポーションを5つ程持って龍族の町へと向かうことにした。
***
【蓮花 魔王城】
私はカノンの兄だというカナンの無能さに失望していた。
今は魔法を上手く使えない私の手伝い、雑用を指せているが私のパフォーマンスの8分の1程度しか役に立っていない。
魔法式を展開するのが遅い。
魔法式の修正をしている間に、その魔法式に歪が生じて失敗する。
私と話していて緊張しているのか、ゴルゴタ様の威圧に恐怖しているのか、あるいはその両方か、まともに会話をするにもままならない。
ただ、最低限の庭に括り付けている人間の世話くらいはできているので、それはほんの少しだけ助かっている。
本当にそれだけの価値しかない。
そんな実力なのに、私に弟子入りするなんて正気の沙汰とは到底思えなかった。
これは「弟子」とは呼べない「奴隷」だ。
その「奴隷」という言葉すら生温く感じる。
はっきり言って「ゴミ」。
ただ、そんなカナンに対して蓮花はやはり違和感を覚えていた。
実力を隠しているようには見えないが、何か裏があるような気がしてならない。
「庭の人間の世話終わりました」
「あっそ。じゃあ今日はこの魔法式」
私がカナンに押し付けたのはカナン程度では絶対に成功しない高度な魔法式だった。
カナンにはできない。
そんなことは分かっていながら私はカナンに無茶ぶりをする。
それは追い払うためでもある。
できもしない魔法の練習をずっとさせておくことで私の手間が減る。
カナンは絶望的な表情をしながらも「頑張ります!」などと息巻いて出て行った。
そんな様子のカナンを見てゴルゴタ様は首を傾げた。
「あいつ、全然使えねぇな。雑用もろくにできねぇし」
ゴルゴタ様はカナンが雑用係だと知るや否やあらゆる雑用をカナンに押し付けていた。
その出来栄えにゴルゴタ様は満足していない様子。
「所詮、凡才の回復魔法士です。凡才というのは控えめな表現で実際はそれ以下ですけどね」
「お前、身体の調子はどうなんだ? 身体が崩れたりしてねぇか?」
「ええ。大分安定はしてきましたが回復魔法は相変わらず……これは長く時間がかかりそうです。ゴルゴタ様も痛みで音を上げるほどの事ですし」
「うるせぇ。さっさとどうにかしろ」
とは言われても、蓮花本人にはどうすることもできなかった。
微妙な魔力調整ができるようになるため、人間の死体で精度を試してみるも魔力調整が上手くできずに破裂させてしまうのが関の山である。
それでも2秒程度しか発現できなかった回復魔法の発現時間は確実に5秒、6秒と伸びていった。
自分自身の身体を弄って改造してしまえば簡単だが、その肝心の改造自体が自分でできないのでどうにもならなかった。
「回復魔法が使えないのがこんなに不便だと思いませんでした。生き延びるためとはいえ、魔人化してからまだ慣れませんね。五感もまだ安定しませんし」
私の場合は魔人化の中でも特殊だ。
混血であり『死神の咎』が身体に溶け込んでいるゴルゴタ様の細胞を使った。
自分がどうなるのか未知数だ。
「ま、暫くは俺様が甲斐甲斐しく世話してやる。ありがたいと思え。キヒヒヒヒ……」
世話と言ってもゴルゴタ様は私の側にいるだけで別段何か貢献してくれている訳ではない。
私も自分で歩けるし、回復魔法が使えない事以外はそれほど不自由はしていないので「世話」というほどの事は特にない。
「元々なかった尻尾とか背中の翼もどきにかなり違和感があります。寝がえりとか打つときに邪魔ですし、元々なかったものが急に生えて戸惑います。私の翼の場合は飛べるような代物でもないですし」
「元々飛べないんだから関係ねぇだろ」
「いやいや、人間の憧れですよ。というか私は憧れていました。自由に空を飛べるのっていいなぁと」
「お前が思ってるような便利なもんじゃねぇぞ。お前の貧弱な身体じゃそんなに長く飛べないだろうしな」
ゴルゴタ様は悠々と自分の翼で飛んでいるが、自分の体重を宙に浮かせ続けるほどの力を継続して使うのはかなり体力がいる事だ。
それは予想できたものの実際に言われると思い描いていた夢が崩れ去る。
「そういえば庭に運んで来てある呪われた町の書類の解読をしろと言われていました」
「あぁ? 兄貴の命令なんか放っておいて安静にしてればいいだろ」
「そういう訳にもいきませんよ。三神の事は早く片づけたいですしね」
「お前がそう思っても三神がすぐどうこうできるならとっくにどうにかなってるぜ」
「まぁまぁ、そうおっしゃらず。ゴルゴタ様とお話ししているのも楽しいのですが、何もすることがないのも退屈ですし」
私はベッドから起き上がり、どうせやらなければならない仕事をすることにした。
ゴルゴタ様は難色を示していたが、一緒に庭に向かってくれた。
――三神の事が詳しく書いてあったら嫌だな。まして捕縛しようなんて……
私が改良したらきっと本当に捕縛できるようになってしまうはずだから。




