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勇者の名前は『魔王』でよろしいですか?▼  作者: 毒の徒華
第2章 人喰いアギエラの復活を阻止してください。▼
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妖精を守ってください。▼




【メギド 30分前】


 食事時に席を外すのはマナー違反だとセンジュに教えられた。


 なので食事の最中に席を外すのは不本意だったが、センジュからの使いが来たのだと考え私は仕方なく窓に張り付いていた妖精族の元へと向かった。


 タカシらに呪いのことを知られ、説明するのは面倒だ。


 それに、魔王の威厳というものがある。

 家来に私の身体のことで不安感を与えるわけにはいかない。


「メギド様、使いでやってきたミューリンと申します」


 マーガレットの生花をかんざしのようにして、深い緑色の髪をまとめている。

 薄くて淡い虹色に輝く白い羽衣を身体にまとっており、風が吹くとその羽衣がふわふわと揺れた。


 桃色の蝶の羽にきめ細かな模様が描かれている。


「ずいぶん早いな」

「はい、緊急事態だと空間転移で運んでくださいました」

「ふむ。それで『解呪の水』はどこだ? 持っている様には見えないが」

「あ……申し訳ございません。空間移転の後の私の身体には重すぎて……町のはずれに一時的に置かせていただきました」

「何? 盗まれでもしたらどうする」

「そのご心配はありません。周囲には幻覚魔法をかけておきましたので、見つかることはありません。ご安心ください」

「すぐに取りに行く。待っていろ」


 いくら幻覚魔法をかけているとはいえ、万が一に事故でも起こって壊れてしまったら一大事だ。


「私は少し用事ができた。お前たちはここで待っていろ」


 タカシらに聞こえるように私はそう伝え、すぐに妖精族――――ミューリンの元へと戻った。


「行くぞ。案内しろ」

「はい。こちらです」


 ふわふわと羽を羽ばたかせて飛んでいるミューリンの後を私はついて行った。


 町の外へと向かっている最中、町民や国王兵などが私に対して頭を下げてくる。

 かけよって話しかけてくる者もいた。


「魔王様、昨日はあの国王をひっぱたいてくれてありがとうございます! これは気持ちですが、この町の特産品の飴細工です。よろしければどうぞ」


 町民は薔薇を模した飴細工を私に差し出してきた。


 その飴細工は魚を模した飴細工だったのだが、まさに水から跳ね上がった魚を表現しているそれは、今にも動き出しそうな迫力があった。


 なかなか興味深い。

 飴細工職人を家来にして、魔王城に飾らせるのも悪くなかろう。


「ほう、なかなか美しいな。もらっておこう。私は今受け取れないので、宿にいる私の家来へ差し入れてくれ」

「はい! ありがとうございます!」


 私に頭を下げ、町民は家の中へと走っていった。

 ミューリンと私は町の外の林の方へと再び歩き出す。


「メギド様は人間に慕われているんですね」

「ふむ……そうかもしれんな。まぁ、私ほどの存在になると、なにもかもが私に敬服するからな」

「魔王様はお変わりないんですね。酷い傷を受けたと聞いていたので……一時はどうなってしまうかと思いました」

「どうということはない。ところで、センジュは元気にしているのか? 声を聴いた様子では元気そうだったが」

「センジュ様は元気にしています。メギド様にお会いしたがっていましたよ」

「そうか……無事ならばいい」


 センジュならば自身で逃げることもできなくはないだろう。


 ただ、そうしない、あるいはそうできない理由はなんとなく想像できる。

 相手がゴルゴタである以上、センジュも一筋縄ではいかないはずだ。


「他の魔族はどうなっているのだ?」

「そうですね……メギド様派とゴルゴタ様派、中立派で派閥が分かれてしまっています」

「まったく野蛮で困るな」


 戦いなど、野蛮な者がすることだ。


 争ったところで何の得にもならない。


 理性や知性があれば争わずに問題を解決していくこともできるのに、すぐに短絡的に暴力で訴えようとしてくる。


 優雅さに欠けていると言わざるを得ない。


「ゴルゴタ様派の魔族は率先して人間を皆殺しにしようとしています。メギド様派の魔族はそれを止めようとして……魔族同士での争いも起きています」

「そうか……まぁ、人間を憎んでいる者が一定数いるのは事実だからな」

「メギド様は……人間がお嫌いでは……憎くはないのですか?」

「人間を憎いとは思っていない」

「そう……なんですね……」


 ミューリンは他に言いたげなことがあるようだったが、口に出すのを言い淀んでいた。


「問題はそう簡単ではない。魔王として各魔族を反映させるのが私の役目だ。人間を虐げると、歴史の分岐点において必ずといっていい程にろくなことにならなかった。私は歴史からそれを学んでいる」

「しかし……クロザリル様は……」

「よせ。その話を蒸し返す気はない」

「申し訳ございません。出過ぎた真似をしました」

「よい。早く案内しろ」

「かしこまりました」


 いつしか町の外に出て林の中へと入っていった。


 木々の葉で太陽の光がまばらに射している。

 整地されているわけでもなく、歩きづらい道が続いた。


「まだなのか? 随分歩いたように思うが」

「あと少しです」


 そこから2分、3分程度歩くと何もない林の中に魔力反応があった。

 ミューリンの幻覚魔法だろう。


 どうやらその場所に『解呪の水』があるらしい。


「あそこです」

「よし、魔法を解け」


 ミューリンが幻覚魔法を解くと、そこからうっすらと人影が浮かび上がってきた。

 ゆっくりと幻覚が消えて行き、その人物が姿を現す。


「よぉ、久しぶりだなぁ……? 元気してたかぁ? キヒヒヒヒヒ……」


 その男には見覚えがあった。

 銀の髪、羊のような角、龍族の赤い翼と尾、赤い瞳……――――見間違うはずもない。


 ゴルゴタがそこに立っていた。


「なぁんだ、せっかく再会したってのに挨拶もなしかよ……ヒャハハハハ……」

「何をしに来た」

()()、欲しいんだってなぁ?」


 ゴルゴタの手には『解呪の水』が握られていた。

 特殊なフラスコの中に、淡く光る水色の液体が入っている。


 そして、もう片方の手には鉄製の籠が持たれており、よく見るとその中にはまだ嬰児えいじの妖精族が囚われていた。


「や……役目は果たしました……私の子を返してください! ゴルゴタ様……っ」


 ミューリンはゴルゴタの足元にひざまずき、叫ぶように懇願した。


 ――……汚い手を使うのが余程好きと見えるな


 震えて泣きながらそう言うミューリンをゴルゴタは冷たく見下ろした。


「はぁん……? あぁ、コレね。ご苦労だったなぁ。約束は守ってやるぜぇ? ほぉら……羽を毟りたくて仕方なかったけど、我慢してやったんだ。ありがたく思えよぉ? ヒャハハハハッ!」


 ゴルゴタは乱暴にその鉄の籠をミューリンに向かって投げつけた。

 籠を受け止めるも、当たり所が悪かったのかミューリンの腹部に檻の角が食い込み、その勢いで腹が裂けた。


「うぅっ……!」


 それでもミューリンは自分の傷など構いもせずに自分の子に呼びかけた。


「ミザルデ……ミザルデ!」

「ママ……ママぁ」

「目障りだなぁ……? さっさと消えろ、クソ虫が」


 冷たく鋭いゴルゴタの声にビクリと身体を震わせながらも、懸命に籠を持ち上げて飛翔し、ミューリンはその場から逃げるように遠ざかっていった。


 遠ざかろうと背中を向けた彼女に向かって、ゴルゴタは右手を向けながら「ニヤッ」と、目を見開きながら笑った。


 次の瞬間、ゴルゴタの手から火球が彼女に向かって勢いよく飛んだ。


「きゃぁあっ!」


 ボシュンッ……


 ミューリンに火球がたどり着く前に私が水の魔法でそれを打ち消した。


「邪魔すんなよ」

「逃がす気など、毛頭ないことくらい分かっている。ミューリン、早く逃げろ」

「守り切れるかぁ? ゲームしようぜ……キヒヒヒヒ……動かないでおいてやるからさ……ズルするなよぉ?」


 次々に発動するゴルゴタの炎の魔法に、私は微動だにせず水の魔法を展開した。


 先ほどの大きさの火球がいくつも高速で放たれた。


 大きな水の壁を作れば全てを受けきれるだろうが、火球が多い上に早く、一つ一つにそれなりに威力があるので薄い水の壁では防ぎきることは出来ない上に、それほど大きなものを作るには時間が足りない。


 火球に対して、都度外さないように水弾を構築して防いだ。


 ゴルゴタに対して水弾を当ててしまうと、手に持っている『解呪の水』が落ちて割れてしまいそうなので本人に当てることは出来ない。


 ミューリンがやっとの思いで遠くへ飛んで行ったのを見て、ゴルゴタは満足したように狂気的な笑顔を見せる。


「さすがだなぁ? すげぇすげぇ……キヒヒヒ……」

「なぜこんな回りくどいことをする? 使いなどよこさずに直接私の元へ来ればよかっただろう」

「俺様が入ってったらウゼェ虫がまとわりついてくるだろうが」


「虫」と言われて、まっさきにタカシのことを思い浮かべる。


 確かにあの虫は鬱陶しくまとわりついてきそうだ。

 それについては否定する余地はない。


「町ともどもぶっ飛ばしてやっても良かったんだがなぁ? それじゃ面白くねぇだろぉ?」

「何が目的だ?」

「ベータの町にいるってあのジジイから聞いたもんでなぁ……冷やかしに来てやったわけ。キヒヒヒヒ……」

「センジュに何をした? 事と次第によってはただではおかないぞ」


 私はいくつか魔法を構築し、ゴルゴタに向けた。


「おうおう、おっかねぇなぁ……? ヒャハハハハ……なーんもしてねぇよ。ちょっと脅してやったらあのジジイ、すぐに吐いたぜ」

「脅しだと……?」

「そうそう。素直に言わねぇと“可愛い坊ちゃんの腕を土産に持ち帰ってきてやる”ってな」


 ――……嘘は言っていないようだな


 表情の読めないゴルゴタであったが、嘘をついているわけではない様子だ。


「不意打ちでない今、私がお前に後れを取ると?」

「おぉい、そう殺気立つなよ。お話しにきたんだからなぁ……言ったろ? 冷やかしに来たってよ。その物騒なもんしまえよ。俺様も争いに来たわけじゃねぇんだ」

「どうだかな」

「つーか……呪いで本調子じゃねぇって話だろぉ? だからこんなもんが必要なんだって、ぜぇんぶ知ってんだぜ?」


『解呪の水』の入っているフラスコをゆらゆらとはためかせ、ゴルゴタは笑っている。


「まぁ……こうして2人で話したかったってわけよ」


 ゴルゴタは更に顔を歪めて笑った。

 目を見開き、鋭い牙がむき出しになる程に口を歪めて笑っている。


「なぁ……兄貴ぃ?」


 私をそう呼ぶ声は、狂気が滴っていた。




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