説明できない嫌悪感に襲われた。▼
【メギド はじまりの村 南】
ここか。
海が見える崖の上に、目いっぱいの白い花が咲き乱れていた。
その中に石の墓標が立っていて、そこに名前が刻まれている。
『勇者 アルフレッド』
たったそれだけしか書かれていない。
白い花に雑な墓標だけ。
だが、妙に私は近寄りがたい嫌悪感があった。
最初に神と接触し、力を得た者という事だ。
魔王の座の前の勇者の剣と同様に、しかしそれ以上の嫌悪感があって近寄りたくない。
ここはただの墓だ。
だが確かに神の力を色濃く受け継いだ過去の勇者の遺体が眠っているのだろう。
「…………」
骨の一片でも持って帰れば何かヒントが得られるかもしれないが、説明できない嫌悪感で私は近寄れない。
エリオールやイベリス、エレモフィラに墓暴きをさせる事もできるが、恐らく奴らは協力しないだろう。
なら、あの鈍感な奴を呼び出してみようじゃないか。
私は空間転移魔法を展開し、あの男を召喚した。
相変わらず、急に呼び出されることになれないのかドテッ……と無様に転がった。
呪われた町にも平気で入れる男、琉鬼だ。
「アイタタタタ……」
相変わらず風呂に入っていないような不衛生な匂いがした。
毎日朝と昼と夜に風呂に入るべきだ。
その身が削れてなくなるまで皮膚を洗うべきだ。
「末期、仕事だ」
「今度は何ですか」
若干不貞腐れたような態度でそう言ったのが気に入らなかったので、バシャンと琉鬼に水をかける。
「冷たっ! ごめんなさい!」
「私の栄誉ある呼び出しに対して不貞腐れた態度を取るとは、随分いい身分になったものだな。母親も助けてやったと言うのに」
「急に呼び出されたらそうなりますよ……我にも我の都合が――――」
「早く戻りたかったら早くやれ。そこの墓から遺骨を掘り出してもらう」
その辺の土からスコップを生成して琉鬼に渡した。
渡したというか、近づきたくないので目の前に放り投げた。
「墓暴きですか!? そんな恐れ多い事……」
「呪われた町でも呪われないお前に天誅が下ることはない。いいから早くしろ」
琉鬼は私の指示に渋々とスコップで墓を掘り始めた。
それなりに琉鬼も筋肉がついてきたからか、前よりは動きにキレがあった。
「これ、誰の墓なんですか?」
「伝説の勇者様だ」
「マジですか!? 本当に罰当たりませんか?」
「神罰があるなら直に見てみたいものだ」
「真面目に答えてくださいよー!」
等と話しながらも琉鬼は懸命に墓を掘っていった。
そして、骨らしきものが出てきた時に一層私の嫌悪感が増した。
琉鬼は平気そうにしているが(厳密に言うと物凄く嫌そうにはしているが)、私はかなりの嫌悪感があった。
これを持ち帰ったとて、ゴルゴタ、センジュ、魔人化した蓮花に取り扱えるのだろうか。
嫌悪感はあるものの、それを我慢すれば扱えないわけではないだろうが。
「骨は出てきましたけど……これ、どうするんですか?」
「……一先ず、村にいるエレモフィラに見せてみよう。一片でもいいからそれを持ってついてこい」
「はい……」
私は骨を持っている琉鬼からかなりの距離を取った。
臭いからという理由もあるが、伝説の勇者の骨の嫌悪感から逃れたい一心だったというのもある。
村に戻るとエリオールは泣き止んでいた。
だが、相変わらず車椅子の女性の側にずっといる。
イベリスとエレモフィラは相変わらずエリオールを見守っていたので近づいて琉鬼が持っていた骨をエレモフィラに見せる。
「……誰の骨?」
「はじまりの勇者の骨だ。琉鬼が墓を暴いてきた」
「ちょっと、俺が進んで墓暴きをしたみたいに言わないでくださいよ……」
「はじまりの勇者の骨? で、これを私にどうしろっていうの」
私もこれをどう扱っていいのか分からないところではあるが、一先ずは遺伝子情報を調べ、その遺伝子により近い者を確認しておく。
エリオール、ノエルの伴侶、タカシの共通点を探る。
「一先ずは遺伝子情報の解析だ。真の勇者になるものの共通点を探す手がかりになるだろう」
「分かった。アザレアも暫くは動きたくないだろうし、いいよねイベリス」
「構わない。あの様子じゃ暫くここに滞在することになるだろう。私も手伝えることがあれば手伝う」
もう真名を思い出したはずなのに、相変わらずエレモフィラもイベリスも後から付けた名前で呼び合っている。
「まだ偽名で呼び合っているのか」
「複雑な事情にずけずけ入ってくるのね。どうでもいいと思っているくせに」
「私としてもどちらの名前で呼んだらいいか分からないものでな」
「昔の名前はもういい。私たちはアザレア、イベリス、エレモフィラ。ウツギは柊になったけど……もういい。勇者パーティになったときに真名は取られたから」
こいつらの価値観は分からないが、当人らがそれでいいならそれでいい。
私もエリオールの事は引き続きアザレアと呼ぶことにする。
「あの……俺はどうしたらいいですか?」
琉鬼は気まずそうに話に入ってくる。
そうだな。
この場にいても邪魔なだけなので一度引き取ってもらおう。
「また呼び出すまで待機して待っていろ」
「なんかこう、呼び出す前の前兆とかあると助かるんですが……」
確かに呼び出した瞬間に受け身が取れずに大怪我をされたら面倒だ。
大怪我をされたら私の要望に応えられない為、結果的に私が困ることになる。
「分かった。呼び出しに10秒ほど時間をやろう。10秒で支度して受け身の準備をしろ」
「10秒……ふっ……我の準備時間にしては十分すぎる時間、華麗に登場してみ――――」
私は空間転移魔法で喋っている途中の琉鬼を魔族の楽園へと送り返した。
恐らく向こうでまた派手にこけて痛がっている頃だ。
「どのくらいかかりそうだ? 私は多忙なものでな。ここで悠長に羽根を伸ばしていられないのだ」
「遺伝子情報の解析なら話している間にもう終わった。別段特殊な遺伝子情報でもないけど?」
流石70年前の天才回復魔法士。
仕事が早くて助かる。
だが、遺伝子情報ではないなら、何か決定的な何かないのか。
「ん? 待って。 遺伝子情報は特に変哲はないけど、何かに干渉された痕跡がある」
「なんだそれは」
「……骨の一片じゃ分からない。アザレアとも比較したりしないと」
「他の勇者候補の遺伝子情報も必要なら取ってくるが?」
「それはいらない。干渉を受けた痕跡のあるアザレアがいれば十分」
干渉を受けた者の共通点か……それならタカシやノエルの伴侶はまだ干渉を受けていないから役に立たない。
「そうか。それはどのくらいで終わりそうだ?」
「アザレア次第かな」
私がアザレアの方を見ると、相変わらず老婆を抱きしめていて暫く話ができる状態ではなさそうだった。
「暫く私たちはアザレアの気のすむままにさせてやりたい」
「私は多忙だ。色々やるべきことがある。何か分かったら特大魔法でも空に打ち上げて知らせろ。どこにいてもわかるようにな」
「老獪に鞭を打つものだ。分かった。そのくらいはやって見せよう」
魔王家の血筋と同じく、勇者にも血筋があったということが分かっただけで今回は十分な収穫だ。
私は一度魔王城に戻ろうか。
蓮花とゴルゴタから長く目を放しているとろくなことにならない。
あるいは龍族の元へ行ってレインが上手くやっているか確認するか。
その場合は一度鬼族の町によって欄柳とセンジュに話をしてもいい。
あるいはクロが向かった悪魔族の元に私が直々に向かうか。
クロは上手くやっているだろうか。
沈黙を貫いている悪魔族の動向に注視しておく必要もある。
――まずは手近な鬼族の町に寄ってみるか。レインはまだ帰ってきていないだろうが、ノエルが安定しているかどうかも確認しておきたい。センジュがいることであるし仮に大事になっていても最悪な状況にはなっていないだろう
私は翼を大きく広げ、鬼族の町へと向かうことにした。




