まだ血の匂いがする。▼
【メギド 魔王城 裏庭】
カナンの様子を見に行くと、カナンは四苦八苦している様子であった。
周辺の木々がおかしな形で折れていたり、なくなっていたり、その転移した後の木が歪んだ形でいくつもその辺に転がっている。
上手くいっているとは言えない状況だ。
それでも多少はできているという印象を受ける。
空間転移魔法はかなり複雑な魔法式だ。
失敗はしているがほんの少しでもコツを掴んでいるという点において、どう評価するべきなのか。
――まだ約束の時間まで少しある。様子を見ておくか
私はカナンの事を良く知らない。
いや、知りたくもないのだが。
しかし、危険分子である可能性があるのなら把握しておかなければならないだろう。
弟のカノンに劣等感が強いのは確かなのだから、何か隠しているようには見えない。
薬草を作るのも一苦労しているようなカナンが蓮花の作った改良された空間転移魔法を使いこなせるとは思えなかかった。
「くそっ……くそくそくそっ! こんな難しい魔法、今日中にできるはずがない!」
疲れからか、絶望からか、がっくりと地面に這い蹲って弱音を吐きながら地面を片手で叩いている。
全身泥まみれだ。
それに結構カナンから離れているが、汗臭い匂いがする。
「はぁ……はぁ……式が分かっているのに……なんでできないんだ……」
そう言っている内に何度ものろのろと魔法式を展開していた。
蓮花の書いた魔法式を見ながら、丁寧に書かれていない部分を補填しながら、ゆっくりと何度も確認しながら魔法式を組み立てている。
――遅い。遅すぎる。あの調子では30分以上かかるぞ……
と、私が見ている内に、魔法式がところどころ歪みが出てしまって来ていた。
それを直しながら、新たに構築も続けているが……新たに構築していくと元の方が歪んでしまってそれを直している内にどんどん式が変わって別の式になってしまっていた。
これでは成功するはずがない。
これ以上見ていても埒が明かないと判断した。
「おい、カナン」
「うわぁあああっ!!?」
相当集中していたのか、私が話しかけるとカナンは叫び声をあげて両手をバタバタさせて驚いていた。
当然魔法式は崩れてなくなってしまい、カナンの数分間の努力が滅茶苦茶になる。
「魔王様……まだ時間まで少しあります!」
「少し様子を見ていたが、お前では無理だ。元々蓮花はお前を弟子になどするつもりは全くなかった」
蓮花の読みは外れた。
寸前までできるようになってもう一歩という雰囲気はまるでない。
全く駄目だ。
論外だ。
私の考えていた通り、カナンはただの落ちこぼれであり、カノンに対する劣等感から蓮花に取り入ろうとしているだけに過ぎない。
「……分かってます。こんな難しい魔法式……俺にはできない……」
「とはいえ……蓮花は雑用係がほしいと言っていたからな。弟子ではなく小間使いとして使ってもらえるかもしれない」
「本当ですか!?」
「が……ゴルゴタはお前のことを許容しないだろうな」
ゴルゴタのみならず、蓮花本人も許容する訳ではないだろうが。
「ゴルゴタの機嫌取りのために徹底的に蓮花に虐げられ続ける覚悟があるのならいいかもな。それでも、ゴルゴタに半殺しにされる可能性は高いが」
「それでも構わないんです! 死ぬ気でやらないと……俺……どうにもならないので……」
死ぬ気でやったところで、お前の程度は知れている。
と、言いたかったがどうせ女々しい言い訳をされるだろうと考え、何も言わなかった。
「ゴルゴタが戻ってきたからな、お前は一先ず地下牢に戻れ。お前がするべきことは徹底的に蓮花の奴隷のように振舞う事であり、弟子などという肩書は以ての外だ」
「……分かりました……」
「結果を報告してどうなるかは分からないが、蓮花にどうするのか確認しておいてやろう」
色々言いたげな様子であったが、カナンは大人しく私と共に地下牢へと向かった。
途中、ゴルゴタに鉢合わせしないように気を配りながら地下牢へと向かい、いつも通りカナンを牢屋に入れる。
「お願いです……ここから出してください……こんなところにずっと閉じ込められて……いつ殺されるかも分からない状況ではおかしくなってしまいます……既に正気を失っている者もおります……」
他の回復魔法士が私に対して訴えかけてくる。
中の様子を見ると、どこを見ているのかわからない虚ろな目をしている者もいるし、眠っているのか倒れているのか分からない者もいるし、目に余る状態であるのは確かだ。
私としてはゴルゴタの当初の目的である「伝説の勇者の復活」はなくなったことであるし「無限に殺せる人間」も必要なくなったし、そもそもこの程度の回復魔法士らには無理な芸当だ。
この前、蓮花が過労か何かで熱を出したところ、その治療も満足にできなかった。
ここに監禁し続ける意味はないのではないだろうか。
――しかし……蓮花がわざわざ生かしておいているからには何か考えがあるのだろうな
「お前たちの処遇は聞いておこう」
そうして私は地下牢から出た。
「…………」
ここのところ、私が細かいことをしてばかりではないか。
センジュがいない今、細やかな気遣いができる私が色々行うのは仕方のない事なのかもしれないが、とはいえこの状況をなんとかしなければならない。
地下牢に閉じ込めておいてもどうせ使い道がないのだから、逃げてしまった魔王家仕えの魔族の代わりに、人間を働かせればいいのではないだろうか。
――逃げ出す可能性が高いな。仮に逃げなくとも、ゴルゴタの目に留まった際に目障りだったら酷い目に遭わされるに決まっている
どうにか使い道がないかどうか考えたが、カナン以外にも気を配るとなると私の手間が増えるだけだという結論にたどり着く。
考え事をしながら蓮花の部屋の前に戻ってきた。
扉を軽く叩く。
「蓮花、ゴルゴタは戻っているか?」
「…………」
――そういえば仮眠をとると言っていたな
私ははじまりの村に行って確認したいことがある。
同じ方向にある鬼族の町に行ったセンジュらのことも気になるし、蓮花がこの状態ではゴルゴタも無茶なことはしないだろう。
ともすれば、はじまりの町に行って確認するべきか。
なら、タカシを連れて行ってもいいかもしれない。
久しぶりに故郷に帰りたい気持ちもあるだろう。
――しかし……佐藤が魔王城にくる可能性があるからな……
以前、勇者対策として張っていたものを張っておけば佐藤は入っては来れないだろうが、かといって簡単に諦めるとも考えられない。
結界の外に籠城されて、餓死されても困る。
かといってダチュラを殺す云々《うんぬん》というのも困る。
――佐藤一人に構っている間に時間が過ぎて行ってしまう。あるいは……
私は苦肉の策を考えた。
悪魔族の町で、何か罪を犯して投獄されている女悪魔族を1名連れてきて、ライリーの技術でダチュラの外見に寄せ、それを殺させる……という偽装工作。
別にダチュラなど、私にとっては面倒ごとを起こした発端なのであるし、当人でも構わないのだが蓮花が何故かダチュラを気にかけている。
――考えていても仕方ない。本人に聞いてみるか
私が蓮花を起こそうとしていたところ、ゴルゴタが風呂から出たようで戻ってきた。
風呂から出ても尚、まだ強く血の匂いがする。
「なんだよ、まだいたのかよ兄貴」
「お前たちを放っておくと面倒事をすぐ起こすからな」
「けっ……さっさと三神をぶっ殺してやりたい放題してぇもんだぜ……何かアテは見つかったのかよ?」
何も調べていないであろうゴルゴタにそう言われると苛立つ部分もあるが、私は文句を言わずに返事をした。
「ライリーが言っていた通り、勇者にも魔王家のように血筋が関係しているかどうか確認したいところだな」
「へぇ……もし血筋が関係してるってんなら、その血筋のやつ全員ぶっ殺せばいいのんじゃね?」
「軽率な行動をとるな。それでは三神のことが分からないだろうが」
「勇者の血筋の奴、ぶっ殺し始めれば神も出てくるだろ」
「出てきても対応できなければ意味がない。呪われた町から三神に関わるであろう資料を庭先まで持ってきた。蓮花に解読させたい」
暫く放置しているが、書類は無事であろうか。
「あぁ? 兄貴がやればいいだろ」
「何せ強力に呪われている書類なものでな。死の花が強く反応してしまって私にはできない。どうせ蓮花は身体が本調子でないのだから、手掛かりになる作業をさせたい」
「あのクソ変態回復魔法士にでもやらせておけばいいだろ。どうせ地下で暇してんだから」
それだけ言うとゴルゴタは何の確認も無しに蓮花の部屋に入っていった。
「はぁ……」
書類を私自身では動かせない為、今は手を付けられない。
琉鬼を空間転移で連れてきてもいいが……と、私が考えていたら再び蓮花の部屋の扉が開いてゴルゴタが出てきた。
「寝てるみてぇだから……しゃーねー……手伝ってやるよ……つーか、腹減った。そういえばジジイがいねぇな……」
「……お前、料理はできるのか?」
センジュは鬼族の町に行っていて不在だ。
それを悟られないように話を強引に逸らす。
「あ? テキトーに切って焼けばいいだけだろ」
「…………そうだな。私も食事を済ませてから作業にとりかかりたい」
火力の調整ができずに火事にならないか不安であったので、私はゴルゴタと共に調理場に行くことにした。
ゴルゴタが料理をできるとは思えないが……。




