ゴルゴタはなかなか返事をしない。▼
【メギド 魔王城 調理室】
おかしい。
私に料理が作れないなど。
しかし、素直に私が失敗したことは認めよう。
その失敗を踏まえて次に活かせればいいのだ。
「………………」
一応、かなり不味いと思ったが私は残さず食べた。
他の誰かが作ったもので不味いものであったら捨ててしまってもいいが、初めて自分で作ったものを捨ててしまったら私のプライドが許さない。
量が少量であったのでそれが幸いであった。
苦心しながら私が残さず食べている中、蓮花が調理場で何か作っているのを見物していた。
取り出していた具材を見ていたところ、やはりまた肉の焼いたものを作ろうとしている様子。
――いつも同じものばかり食べているが、飽きないのだろうか
鉄板を火で加熱し、そこに何やら液体を軽く注ぐ。
肉を大きめに切ってその肉にまた別の液体をかけている。
それから肉に切れ目を入れて、加熱した鉄板に肉を乗せるとジュウゥ……という音と共に肉の焼けた匂いがしてくる。
それから肉に何かを更にふりかけている。
それほど長い時間焼いていた訳ではなく、それを皿に移すと、棚から液体を取り出してそれをかけた。
たったそれだけで終わったようで、皿を持ってテーブルの方へと座った。
「あの……あまり見られていると食事しづらいのですが……」
私の視線に気づいていたのか、蓮花は怪訝そうな表情をした。
「……大体いつもそれを食べているが、美味しいのか?」
「美味しいですよ。何の肉かは知りませんが。食べてみますか?」
「…………」
先ほど調理していた様子を見ると毒などを入れている様子はなかった。
蓮花の舌を信頼する訳ではないが、先ほど私が作ったものがかなり酷いものであったので、蓮花の作ったただの肉を焼いただけのものを味見してみることにした。
「では、一口もらおうか」
「どうぞ」
差し出された皿の肉をナイフとフォークで切って食べてみると、絶妙な焼き加減で丁度良い柔らかさであった。
それでいてかかっているソースや調味料も肉と合っていて、それなりに美味しいものであった。
――想像していたより美味いな……
しかし、以前に蓮花達の味覚を疑うような発言をした手前、素直に褒めるのもバツが悪い。
「まぁまぁだな」
「……それはどうも」
蓮花は自分の方に皿を戻し、ナイフとフォークで肉を切って食べ始める。
「野菜も食べたらどうだ?」
皿の上には肉以外の何も乗っていない。
センジュが作ったとすれば少なくとも彩なども気にかけ、勿論味や栄養面も気にかけたものを作るはずだ。
「気が向いたら食べます」
「随分つまらない嘘をつくのだな。お前、野菜を食べる気なんてないだろう」
恐らく、栄養剤を適当に作ってそれを摂取しているのだろう。
食事に関心のなさが窺える。
「私の健康状態を気にしてる訳でもないのに、口を出されても困りますね。他に話すべきことがあるのでは?」
そう話をしている内にも、蓮花は綺麗に肉を細かく切って口に運んでいる。
「そうだな。極大魔法陣の件はどうなっているんだ」
「少し時間がかかりそうですが、やろうと思えばできるでしょう。ゴルゴタ様が帰ってくる前にしてしまうのが簡単なのですが……そんな短時間で調整はできないと思います。私もこの身体に慣れていないので思うようにできませんし」
「私が手伝えば早く終わるはずだ」
「魔法式が完成しても、センジュさんの知らないところで行うことはできません。サティアさんのことを1番気にかけているのはセンジュさんですから」
確かにそうだ。サティアの件をセンジュなしで進める訳にはいかない。
ゴルゴタにはいずれ正直に話す日がくるだろう。
いくらセンジュが隠していたいことだとしても。
言い終わったと同時に蓮花は肉を食べ終わった。
「関係ない話ですが……メギドさん、皿洗いとかしたことありますか?」
「ない」
私は堂々とそう答えた。
すると、蓮花は視線を一度逸らした後に私の皿に目をやった。
「……ついでに洗いますから、貸してください」
蓮花に自分の食べ終わった皿を渡した。
それを蓮花が手慣れた手つきで洗っている。
「ゴルゴタ様が城にいた魔族をほぼ全員追い出したり殺したり、あるいは逃げ出したりしてしまったので、困っているでしょう」
初めの頃は他の魔族もいたが、いつの間にか誰もいなくなっていた。
初めの頃はゴルゴタの恐怖でここで働いていた者も、ゴルゴタが蓮花に執着するようになってからは隙を見て逃げて行ったらしく、今は誰も残っていない。
蓮花の意見を尊重するのは癪だが、予定外の動きをする者がいないのはこちらとしても都合がいい部分もある。
それに、その不足分は全てセンジュがやっている。
流石センジュ、完璧だ。
「そうだ。センジュが代わりに全てこなしているがな」
「まぁ、唯一残っていたダチュラさんまでいなくなってしまって本当に困りましたね。私も別に贅沢は言いませんが、自分で食事を作るのは面倒ですね」
そんな話をしている間にも蓮花は皿洗いを終えた。
「ライリーはゴルゴタ様が入ってた檻に入れてありますから、万に一つも脱走する可能性はありません。鍵はセンジュさんの部屋の引き出しの中にありますので、ライリーを使う場合はご自由に」
「お前はどうするつもりだ?」
「まだ本調子でないので寝ようかと。ゴルゴタ様が帰ってきたらまたなかなか休めないので。出て行ったゴルゴタ様にご連絡されてみてはいかがですか?」
私もゴルゴタが今どのようにしているか確認してみようとは思っていたところだ。
今は蓮花も一緒にいるのだし、ゴルゴタが仮に不機嫌になったとしても蓮花が鎮めてくれるはずだ。
そう考え、『現身の水晶』を取り出してゴルゴタに呼びかけてみる。
「ゴルゴタ、聞こえるか? 返事をしろ」
「…………」
ゴルゴタから返事はなかった。
いつものことだ。最初は面倒に思ってなのかゴルゴタは返事をしない。
それでも何度も呼びかけるとやっと返事をする。
「ゴルゴタ、聞こえているだろう。返事をしろ。時間の無駄だ」
しつこく私がゴルゴタに話しかけると、意外な者の声が聞こえてきた。
「魔王様ですか……?」
一瞬、誰の声か分からなかったが、すぐにその声の主を思い出した。
「……佐藤?」
佐藤は家族の仇を捜しに、魔族の楽園から出たはずだ。
何故ゴルゴタの持っている『現身の水晶』から佐藤の声がするのか。
「何故お前がゴルゴタの持っている『現身の水晶』を持っているんだ」
「……話すと少し長くなりますが……ゴルゴタ当人から今、これを渡されて今話しています」
「何?」
どういう状況なのか、私は蓮花と顔を見合わせる。蓮花は首を傾げて「さぁ?」というような仕草をした。
「ゴルゴタ様、そちらにいらっしゃるのですか」
「あぁ、いるぜ?」
蓮花が呼びかけると、ゴルゴタはすぐさま答えた。
私の時との反応の差に苛立ちが募る。
「どういう状況だ?」
「……てめぇが話せよ」
ゴルゴタは佐藤に対して話すように促している様子。
「…………見つけたんです。家族を殺した魔族を」
鬼気迫ったような声で、佐藤が興奮気味にそう話す。
「それとゴルゴタはどう関係している?」
「仇の魔族と知り合いだったようで……」
「ゴルゴタの知り合い? 誰だ、そいつは」
ゴルゴタに知り合いなどいないはずだ。
少なくとも、ゴルゴタを知っていても、ゴルゴタは個々の存在など特別認識していない。
「ダチュラという女悪魔族が、俺の家族の仇だと分かったんです」
それを聞いたとき、私は……いや、私だけではなく蓮花も言葉を失って沈黙した。




