何から片付けますか?▼
【メギド 魔王城】
あの騒動から1日経った。
蓮花はしっかり意識を取り戻したが、魔人化した身体に慣れずに色々四苦八苦しているようだった。
歩くのもたどたどしいし、何かに触れるのも嫌がった。
なんなら服を着るのさえ嫌がる。
食事も味覚が変わったのかなかなか口にしようとしなかった。
音に過敏になったようで、大きな声や音がすると耳を塞いで蹲ってしまい、会話をするのも一苦労の状態だった。
1番苦労しているのは身体の変化だ。
今までなかった翼の骨格が出て来たり、尻尾が出て来たり、爪が鋭くなったり力が強くなったり、人間の頃とコントロールが難しいらしい。
色々感覚が変わったのだから、慣れるまではかなり苦労するだろう。
と、思っていたが、蓮花は持ち前の天才的な魔法技術をライリーに使わせ、魔人化する前の感覚レベルまで感覚を落して人間と変わらない程度にして一息ついていた。
それでは魔人化した恩恵をほぼ受けられないが、徐々に慣らしていくつもりらしい。
しかし、回復魔法については一時的に使えなくなっている。
つまり、この場において蓮花はただの凡人になり下がった訳だ。
頭に知識が残っている他はある程度回復力と耐久力のあるただの凡人だ。
ただ、蓮花が魔人化に完全に適応し、その力を使えるようになればこの先どうなるのか予想もつかない。
「もう落ち着きましたから、大丈夫ですよ……」
そう言ってる蓮花にべったりとライリーとゴルゴタは纏わりついていた。
その仲裁に入れるようにセンジュもついている。
「蓮花の身体はまだ不安定だ。暫く観察する必要がある」
「俺様が護衛してやってんだよ。わざわざな」
「………………」
何か言い返してもきっと無駄であろうと判断した蓮花は自分にできることを一つ一つ片付けて行くことにしたようだ。
「龍族との和解ですが、センジュさんが間に入ってくれたことと、私の回復魔法で全員元通りにしたことで今回は不問ということで落ち着きました」
「ふぅん……」
ゴルゴタはアガルタが何と言っていたのか気になるのだろうが、センジュや蓮花にそれを聞くことはなかった。
「それから、極大魔法陣の件で、もっと精度をあげたいと考えています。今のままでは魔王城全域が吹き飛んでしまいますが、範囲を狭める代わりに威力をあげたいのです」
「あ? なんでだよ?」
「この破壊の魔法であれば不死の者を殺すことができるかもしれません」
恐らく、ゴルゴタは自分やセンジュのことだと思っただろう。だが、私とセンジュはサティアのことだとすぐに分かった。
「それに条件が揃っています。極大魔法陣を発動させるに申し分ない使い手がここにそろっていますから。私は戦力外になってしまいましたが……」
蓮花は私とセンジュに目配せした。
やはり、サティアの事を指しているのだろうと私たちは察する。
「何のためにそんなことを?」
「まぁ……色々。後は地下の伝説の勇者の問題と、あのバケモノ女たちもどうするかも決めないといけませんし、私にばかり構っている場合ではないですよ、ゴルゴタ様」
「……死にそうになってくせに、随分余裕だな」
「死ぬのに未練とかないですし」
投げやりにそう言ったところ、ゴルゴタは蓮花の胸ぐらを掴み上げた。
「俺様の所有物が、俺様の意思を無視した行動をとるのは許さねぇぞ……」
ゴルゴタは怒っている様だった。
いつも蓮花に甘い顔を見せているのに。
怒ると言うよりは叱りつけるというような言い方だ。
恐らく、ゴルゴタは蓮花が投げやりな態度が気に食わなかったのだろう。
蓮花とゴルゴタは共依存状態だ。
だが、依存度はゴルゴタの方が高い。
だが、蓮花が1番執着しているのは弟だ。
しかし、その弟はもういない。
蓮花にとってゴルゴタは弟の代わり程度の感覚だろうが、ゴルゴタはそうではない。
だから、そこに僅かな差があるのだろう。
「魔人化したのは私の意思ですよ。未練はありませんが、投げやりな訳ではありません。真剣に考えてます」
「あっそ……今度また無茶なことしたら許さねぇからな」
「聞いてませんでしたが、何にあんなに怒っていたんですか? 賢明なメギドさんがゴルゴタ様をキレさせるようなことを言うとは思えませんが……」
ピタリ……と、ゴルゴタは止まった。
私はまたゴルゴタが怒り狂い出すか、それともダチュラに言われたことを誤魔化すか。
「ダチュラに言われたことでブチ切れた……お前に怪我させちまったのは悪かったな」
思ったよりも素直に謝罪をしたゴルゴタに私は驚いた。
龍族に対しては脅しと交渉であったのに、随分相手によって態度が変わるものだと考えさせられる。
――ダチュラにはあんなに冷たかったのに……
そう言えばどこに飛ばしたのかは定かではないが、ダチュラは無事だろうか。
「ダチュラさんが? ダチュラさんもゴルゴタ様に怒らせるようなことを言うとは…………」
何通りか蓮花が考えた中で、恐らくダチュラは無意識にゴルゴタを怒らせるようなことを言ったのだろうと察したのだろう。
途中で言葉が止まった。
そして、それ以上言うとまたゴルゴタの機嫌を損ねると判断して私に話を振った。
「そのダチュラさんはどちらに?」
「さぁな。緊急事態だったから、どこに飛ばしたかどうかは分からない」
「…………生きているなら結構ですが、ゴルゴタ様」
「あ?」
「ダチュラさんに厳しすぎますよ」
――待て、先ほど怒らせないように話を私に振ったのではないのか
「好意を返せとは言いませんが、せめて真摯に向き合ってあげても良いのではないでしょうか」
怒っている訳ではないが、少し棘のある言い方であった。
ゴルゴタはそれを聞いて蓮花の首を片手で掴んだ。
少し力加減を間違えればすぐに折れてしまうだろう。
だが、ゴルゴタが怒るのも仕方がない。
ダチュラが言った言葉が相当に悪かった。
「俺様がなんて言われたかも知らねぇくせに……随分偉そうに言うなぁ……?」
「何と言われたかは分かりませんが、私は曖昧にしておくのはダチュラさんの為にならないと思うのです。好意がないならないなりに、相手に気を持たせ続けるような態度は良くありません」
「俺様に説教かよ」
蓮花の首にかかるゴルゴタの手に力が入る。
「受け入れられないならきちんと断ってください。また私が間に入って半殺しにされたくないのでそう言ってるだけですよ。私に悪いと思っているのなら、ダチュラさんんのことは不確定要素なので、ゴルゴタ様が制御してほしいのです。計画に不確定要素があると困りますから」
「…………」
毅然とした態度で蓮花がゴルゴタに言うと、ゴルゴタは蓮花の首から手を放した。
「まぁ……確かになぁ……お前を半殺しにしちまったのはダチュラが訳わかんねぇこと言ったせいだ。いいぜ。ハッキリさせてやるよ……」
「……まずはダチュラさんを捜さないといけませんね」
「そのうち戻ってくるだろ」
「そうでしょうか。ゴルゴタ様を怒らせてしまって……帰って来づらいのではないですか」
「なら放っておいていいだろ」
「駄目ですよ。急に戻ってこられても困りますし、休暇の延長と思って探しに行きましょう」
これは蓮花の粘り勝ちという形で終わった。
しかし、蓮花がダチュラのことを気にかけているのは意外であった。
確かにダチュラが余計なことを言わなければ蓮花が死にかけることはなかったし、ダチュラは事の全容を知らない。
不確定要素と言えば確かにそうだ。
「蓮花、君は暫く療養が必要だ。身体もまだ安定していない」
「勿論私は行きませんよ」
それを聞いてゴルゴタは目を見開いて蓮花を見た。
「はぁ!? てめぇが言い出したんだろうが!」
「ゴルゴタ様……私がいたらダチュラさんに失礼ですよ。ゴルゴタ様がおひとりで探しに行かなければ意味がないのです」
「………………」
なるほど、読めて来た。
蓮花はサティアの件をゴルゴタに隠したいが故、べったり張り付いているゴルゴタを追い出そうという考えだろう。
なかなかスマートな方便だ。
褒めてやってもいい。
――とはいえ、ゴルゴタがダチュラをすぐに見つける可能性もあるからあまり悠長な話でもないが
「私は安静にしていますよ。今は魔法も使えない状態で役に立たないですしね。魔人の身体に慣れる為、リハビリの時間が必要ですし」
「……ちっ……なんで俺様がそんなこと……」
「ゴルゴタ様、早く帰ってきてくださいね」
ニコリ。
と、少し不自然な笑顔を蓮花は見せた。
そう言われたゴルゴタはまんざらでもなさそうに「分かった」と言って蓮花から離れ、玄関方面へと向かって行った。
ゴルゴタがいなくなったところ、蓮花はその場にしゃがみこんだ。
両手を床につき、這い蹲ったと思ったら、そのまま横に倒れる。
「蓮花!」
ライリーが身体を抱きかかえるようにすると、蓮花は息を乱しながら苦しそうな表情をした。
「まだ……慣れなくて……身体もところどころ崩壊してるみたい……」
服の袖をまくると腕の一部が崩れていた。
「すぐに寝室に運ぶ。手伝ってくれ」
「かしこまりました」
センジュとライリーは蓮花の肩を支えて寝室の方へと向かって行った。
「…………ふむ……」
ゴルゴタに心配をかけまいと追い出したのか。
私も考えすぎだったな。
しかし、ゴルゴタが帰ってきたときに蓮花がまた倒れていたら……あるいは死んでいたら、暴走しかねない。
――私はレインとノエルの様子を見てくるか……
色々と考えることはあるが、できることから少しずつ片付けて行こう。




