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勇者の名前は『魔王』でよろしいですか?▼  作者: 毒の徒華
第3章 戦争を回避してください。▼

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診察を続けますか?▼




【メギド 魔王城】


 蓮花の魔人化の大魔法は、成功したと言える。


 本来であれば、助かる見込みは全くなかっただろう。


 魔人化の件も現実的ではなく、僅かな可能性に賭けて緊急で処置をしたと言うだけの事だ。


 だが、処置を行ったのが勇者連合会の暗部の司令官、ライリーであったことが鍵となった。

 それに加えてゴルゴタの身体の『死神の咎』が功を奏したというべきか、それが作用したかどうかは詳しく調べなければ分からないが、蓮花の身体は死なずに持ちこたえた。


 ――これがこの後どう作用するかは分からないが……


 とはいえ最低限生きている状態を保っているというだけで、あの後から目を覚ましていない。


 まだ数時間しか経っていないが、ゴルゴタとライリーは蓮花をベッドに寝かせて起きるかどうか見守っていた。


 ライリーは蓮花の身体の変化を診るのに必要なため、ゴルゴタは同席を許可した。


 私とセンジュはそんな2名が口喧嘩を始めたらすぐさま止められるように同じ部屋で蓮花を見守っている。


 今のところはライリーは黙って蓮花の身体の状態を魔法でチェックし続けている為、ゴルゴタと喧嘩をしていない。


 ゴルゴタの方は黙って蓮花が起きるのを待っていた。


「………………」


 ライリーはゴルゴタの細胞を使うのを最小限に留めたらしい。

 元々ゴルゴタの強大な魔力や凶暴性などをを考慮しての判断だ。


 細胞の移植に凶暴性が関連しているかは分からないが、その辺りは今研究している分野だと言う。


「……っ……!」


 拒絶反応からか、蓮花の身体が大きく仰け反ってベッドから跳ねるとゴルゴタが身体を抑えつけ、ライリーが身体の中の状態を制御してそれの対応に当たっている。


 これで3度目の痙攣だ。


 今のところ生きているが、いつ拒絶反応が強く出て死んでしまうとも限らない。


 ゴルゴタがつけた呪印はライリーが解呪しており、後は蓮花の体力の問題だ。


 この前熱を出して寝込んでいた蓮花を思い出すと、到底耐えきれるかどうかは分からないが。


 それに、魔人化の負荷を僅かな時間で全て受けた者を見るのは初めてだ。

 というよりも、魔人化された者を見るのが初めてだった。


「………………」


 蓮花の身体は時間が経つにつれて徐々にゴルゴタの身体の部位の特徴が出てきた。


 指の爪が鋭くなり、歯は変形して牙状になっていった。

 髪の毛の色も元々の色に半分くらいゴルゴタの髪の銀色へと変色した。


 背中の肩甲骨が変形して翼のような形になったが、骨の部分のみが形成されていた。

 大きさも私やゴルゴタ程ではなく飛べるような大きな翼ではない。

 飾りというべきか、未熟児のものというか、不完全なものであるという印象を受ける。


 尾骶骨びていこつも変形して小さな尾が生えてきた。


「…………助かるのか」


 ずっと口にしなかった言葉を、ゴルゴタは口にした。


 それを聞かなかったのは怖かったからだろう。


 確かにライリーは1度「手後れだ」と言った。

 しかし、今はなんとか生きている状態だ。


 言葉の信憑性としてどの程度だと思っているかは分からないが、また「助からない」と言われたらと思うとゴルゴタは恐ろしいのだろう。


「必ず助ける」


 助かるかどうかはライリーも分からない事なのだろう。


 確定的なことは言わなかった。

 ただ「尽力する」という意味の言葉を使った。


「……なぁ、ジジイ……確か、魔人化したらコイツは暫く回復魔法士としては役に立たなくなるって言ってたよな……?」

「おっしゃっておりましたね」

「?」


 私はその話は初耳だった。

 どういうことなのか確かめるためにセンジュに問うた。


「どういうことだ?」

「蓮花様がおっしゃるには、魔人化によって身体に変調があると回復魔法のような繊細な魔法に影響が出て、改めて使いこなせるようになるまで暫くお時間がかかるとのことです」


 その言葉を聞いて、少しだけ私は安堵した。


 安堵したと同時に不安要素もいくつか思いつく。


 蓮花のような規格外の回復魔法士の力が失われたということは、一先ずは安心する所だ。

 しかし、それに慣れて使いこなせるようになれば更なる強大な力を得ることになるだろう。


 まして今、ゴルゴタの『死神の咎』の影響がどの程度あるのか分からない。


 それに、蓮花が私に話していた“ダイブ”とかいう謎の技術は使えなくなったということだ。


 かなり不安要素も強かったが、いざというときに使う場面もあるかと頭の隅に置いていたが、この手もなくなった。


「ライリー、ゴルゴタは不死になる魔道具が身体に溶け込んでいるが、それの蓮花への影響はどうなっているか分かるか?」

「……そんな例は見たことがない。蓮花がどうなるか私にも予測がつかない状態だ。だが……本来であれば死んでいてもおかしくない状態からここまで持ち直したのは、その作用が少なからずあるのかもしれない」

「………………」


 蓮花の身体の状態をずっと診ているライリーはずっと黙っていたが、ゴルゴタに対して疑問を投げかけた。


「何故蓮花を殺そうとした?」

「…………コイツを殺そうとした訳じゃねぇ」


 バツの悪そうにゴルゴタが返事をすると、憤っているライリーはゴルゴタを静かに責めた。


「結果を見ろ。こんなことになって……何の責もない訳ではないことくらい分かるだろう」

「………………」


 いつもであれば胸ぐらを掴み上げたり、殴り飛ばしたり、蹴り飛ばしたり、頭を潰したりしているゴルゴタも今回ばかりは悪かったという気持ちが強いのか反論せずにいた。


「魔人化なんて、最悪の選択だ」

「…………」

「私も冷静さを欠いて焦って処置をした。冷静でなかったことは分かっている。今も、生命維持をしていることが間違いのように考えている。魔人化してまで生き延びさせて、それでどうなるっていうのか、私は疑問だ」


 そう言いながらもライリーは蓮花から魔法を解くことはしなかった。


「でも……私はこの子が生きようとしているのを初めて見た」


 ライリーは涙ぐみながら、二の腕の服で目を擦って涙を拭った。


 蓮花の過去の記憶を見るに、そして今までの行動からしても、蓮花は自分を犠牲にすることを少しも恐れてはいなかったし、自滅するような方法を簡単にとる者という認識で間違っていなかったはずだ。


「蓮花が初めて生きようとしたから、私は今もこうして様子を診ている。だが、どうしてそう指示したのか分からない。その理由が知りたいんだ。何故だ……? どんなに助言しても蓮花は生きる意味を見出せないでいたのに」

「俺様と弟が重なって見えたって言ってたぜ……? 記憶の中の弟と俺様は全然似てねぇけどな……」

「…………憐れみ、同情か……蓮花はそういう感情が過敏だからな。分からなくもない」

「俺様のこと分かったような口をきくんじゃねぇよ」


 それを聞いて「ふっ」と鼻で笑ったライリーはゴルゴタの精神分析を始めた。


「見ていれば分かるさ。その凶暴で狂気じみた性格は、幼少期からの何かしら家族に問題があった可能性がある。蓮花と同程度の酷い幼少期を送った。それから抑圧されていた時期がある。それも長期間だ。そしてそれが最近になって発散できるようになった。悪逆の限りと尽くしていたのは鬱憤が溜まっていたからだ。そして、蓮花に会って気まぐれで側に置くことにした。蓮花は立ち回りが上手い。だからお前のような粗暴の性格の者とも上手くやれていた。そしてある程度親しくなった後はお互いの境遇に同情し合って共依存のような状態に陥っている。お前が過去を打ち明けたのは蓮花なら分かってくれるかもしれないという憶測だ。そして蓮花も同じように頑なに誰にも話そうとしない過去を語った。違うか?」


 そのライリーの読みはほぼ当たっていた。


 それを聞いたゴルゴタは酷く不愉快な表情をしたが暴力に訴えることはしなかった。


「俺様がいるからコイツは生きようとしてんだ。お前より俺様の言葉の方がコイツにとっては響いたんだ。それだけのことだろ……」

「…………何故蓮花に執着するかが分からない。便利な回復魔法士だからか?」

「おいおい……随分突っかかってくるじゃねぇかよ……」


 今にも喧嘩が始まるという空気の中、蓮花はうっすらと目を開けた。


「!」


 まさか、この短時間に意識を取り戻すとは思わなかったので驚いた。


 それから自分の身体の異常について確認してから、だらりとまたベッドに身体を委ねる。


「おい、大丈夫なのかよ!?」

「……ええ……すみません、声をもう少し抑えていただけませんか……以前よりもよく聞こえるようになってしまったようで……頭にガンガン響いてきて……」


 まだ身体に思うように力が入らないのか、身体を起こすことはしなかった。


 しかし、ライリーとゴルゴタの両名によって蓮花の命はなんとか繋がったと言えるだろう。

 この先の身体の変化がどう起こるのか分からないが、一先ずは「死」を回避した。


「水をいただけませんか……」


 自分で空中で水を生成することもできないようで、はかなげに私たちに向かってそう頼んできた。


 私が空中で生成した水を蓮花の口に流し込むと、蓮花は水を飲んで一息ついたのか、落ち着いた様子だった。

 それでも身体のいたるところが痛むのか、必死に身体の痛みを堪えている様子だった。


 そんな状態の蓮花をゴルゴタはできるだけ優しく抱きしめた。


「ゴルゴタ様……大丈夫ですから……多分……」


 そう言っている矢先に、自分の手の形が崩壊し始めていた。


 それがどういう原理か蓮花の身体の形へと戻ったり崩れたりを繰り返している。


「なんで間に入ったんだよ……?」

「私の力ではゴルゴタ様のことを止められませんでしたから……咄嗟の事でしたし……間に入ってしまいました……」

「馬鹿野郎……!」


 蓮花は心配しているゴルゴタを他所に回復魔法を展開しようとしたが、魔法式はいびつになり、本来の効力を発揮できない状態でいることが判明する。


「これは暫く使い物にならないですね……申し訳ございません」


 自分が置かれている状況がいまいち呑み込めていないのか、蓮花はそんな謝罪を繰り返す。


 だが、この場にいる全員、蓮花が生きていて良かったと感じたはずだ。


 危険要素ももちろんあるが、それでもこの女の損失によるデメリットの方が大きかった。


「いいンだよンなこと……生きてて良かった……」


 その言葉を聞いて、蓮花は無表情のまま視点の定まらない目でどこか遠くを見ていた。


 まるで、何も感じていないかのように。


 何はともあれ、一先ずはゴルゴタの暴走が収まったのだからこれでよしとしようじゃないか。




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