どちらが模造品ですか?▼
【メギド 魔王城 客間】
ゴルゴタがライリーのもう片方の足を潰すまで一瞬だった。
それから腹部を手加減なしに蹴ろうとしたので、水を間に生成して衝撃を殺して和らげる。
そうしなければ、今頃上半身と下半身が分断されて内臓をまき散らして簡単に絶命していただろう。
衝撃は殺せたと言っても、ライリーは蹴り飛ばされて壁に背中を強く打ち付けてライリーは一瞬息ができなくなったのか咳き込みながらも激しく息を吸っている。
「俺様と毛のない猿を一緒にするんじゃねぇ!!」
蘭柳と右京、そして私がゴルゴタを止めなければそのままライリーを殺しにかかっていただろう。
「落ち着け。殺したら情報が手に入らなくなる」
「なら、死なない程度に手足を潰しちまってもいいだろ!? 止めんじゃねぇよ!! こんな与太話なんざ聞いたって意味ねぇ……!」
「与太話かどうかは私たちで聞いて判断する。話を聞くだけだ」
それでも、ゴルゴタの大嫌いな人間と自分のどちらかが模造品だと言われて、腸が煮えくりかえって平静を保てないのだろう。
それと同時に強い不安だ。
もし、“模造品が自分の方だったら”と考えると、恐ろしくてたまらないはずだ。
それがどれだけ屈辱的な事か、私も想像に難くない。
今まで当然のことであったことに、疑問の一石を投じられたら、全面的に無視することはできなくなってしまう。
だからこそ、ゴルゴタも全力でそれを否定する。
少しばかりの心当たりがあるから。
抑えつけても力を緩めないゴルゴタを、無理やり椅子に座らせた。
到底納得していない様子だったが、自分の首を引っ掻いてなんとか平静を取り戻そうとしていた。
いつもより激しく搔き毟っており、すぐさま服が血に染まり血の匂いが部屋に充満する。
――ライリーの仮説を聞いて、ゴルゴタがライリーを殺さなければいいが……
風魔法でライリーを再びこちらに移動させたが、かなり出血しているし身体を打ち付けて内臓がもしかしたらやられているかもしれない。
「その怪我で話がしづらいのなら、一時的に拘束具を外してやってもいい。魔法で治せ」
「オイ……またコイツ好き勝手暴れ始めるんじゃねぇのかよ……俺様を焚きつけてそうやって拘束具を外させるのが目的かもしれねぇぜ……」
「拘束具を外したら暴れるか? ライリー」
私が問うと、ライリーはなんとか力を振り絞って首を横に振る。「暴れたり逃げたりしない」と細い声でそう言った。
「嘘ではないようだな」
その言葉に嘘はなかったので、私は一時的にライリーの拘束具を外してやった。
するとライリーはまず内臓の修復をし、息を整えてから潰れてしまった足の再形成をした。
もう原型を留めていない足を再生させるその手腕は見事であった。
「はぁ……血気盛んだな……」
怪我が治した途端に、ライリーは目の仇に厭味を言うようにゴルゴタを挑発し始めようとする。
実際に蓮花が信頼をおいているゴルゴタに対しては敵対心が強いのだろう。
ライリーはゴルゴタを焚きつけて自分を殺させ、蓮花に少しでも失望させることができればそれでもいいとでも考えているのであろう。
「余計な口を慎め。ゴルゴタを挑発するような発言は許さない。お前は三神に関して知っている事だけ話せ。そうでなければお前は今すぐ地下牢行きだ」
身体が治ったところで、私は再び拘束具をつけて拘束した。
この状況でゴルゴタをあまり挑発されたら抑えつけるのは難しい。
上手く対応できる蓮花もセンジュも今ここにはいない。
仮に挑発ではない話であったとしても、内容によってはゴルゴタは暴れ出しかねないとは考えているが。
「……人間と天使や悪魔もそうだが、他の動物や魔族も共通点があるものが沢山いる。外見的特徴だけではない。魔族と他の動物は明らかに違う。魔族ではない動物はその動物に合った脳の大きさの知性で留まっているが、魔族は脳の大きさは関係なく人間程度の知性をどの個体も持っている」
「…………」
「例えば妖精族。妖精族の頭や脳の大きさを考えれば、猫以下の知能でなければ論理的には説明がつかない。実際に魔族の頭を解剖してみると尚更不思議だった。同じような構造をしていても、どうして人間程度の知性があるのか理屈を説明することはできなかった。他の魔族もそうだ。高位魔族の解剖をしたことはないが、恐らく同じ構造になっていると推測できる」
淡々とライリーは事実を話しているが、人間が他の魔族を解剖していたなどという穏やかではない話を聞いていて、ますますゴルゴタは殺気立っているようだった。
ゴルゴタだけではない。
魔族の誰もがこの話を聞いたら吐き気を催しただろう。
私も人間のこういった無粋で不敬なところは気に食わない。
何せ、その好奇心で私の城の結界を突破し、侵入し、城にある物を持って行くという所業を繰り返していたほどだ。
魔族は人間に復讐したり食べるために殺したりはするが、人間の身体をどういった作りになっているのかという知識欲で詳しく調べようなどというものは、私の知る限りは存在しない。
「だが、人間と大きく異なるのは、高い知性があっても知的好奇心が強い者は殆どいないことだ。これは道理にかなっていない。知的好奇心が希薄であるのに、知性が発達しているのは不自然だ。勿論人間もすべての者が知的好奇心が強い訳ではないが、魔族の母数と人間の母数を考えれば、人間の方が知的好奇心が強いと言える」
そう言われてみれば、確かにそうであるかと思い当たる節はある。
私は高い知性を持っていると自負しているが既存の魔法を勉強することはあったものの、新しい魔法を作り出すことに興味はない。
魔王城にずっといる間、時間は70年もあったが自分で何かを作ったり、研究したり、そういったことをしようとは全く考えなかった。
天使族は回復魔法や解呪魔法に手を出したが、結局それを上回ったのは人間である蓮花の方だ。
それに、死者の蘇生魔法の行き詰まりに対して天使族はすぐに手を引いた。
死者の蘇生魔法を諦めなかったのは呪われた町の人間たちだ。
結局出過ぎた好奇心が我が身を滅ぼしたわけだが。
センジュは色々物を作ったり、魔機械族や魔道具を作ったりしていているようだが、人間のような「現状を覆そう」という強い意志は感じない。
「結論は……魔神が神の創造物を真似して魔族を作った……と私は考えている」
絶対にこの場で言ってはいけない言葉を、堂々とライリーは言った。
ゴルゴタが激昂してライリーに飛び掛かかり、一瞬で殺してしまうのではないかと警戒したが、ゴルゴタは自分の爪に付着した自分の血液を舐めとって、静かにそれを聞いていた。
もう服に留まらず、ゴルゴタの血は椅子から床にかけて夥しく流れている。
いずれは元に戻るだろうが、一時的な血液不足によって思考が鈍っているのかもしれない。
不幸中の幸いというものだ。
――神と魔神は仲が悪いと死神が言っていたな……
その情報をこの場で開示するべきかどうか迷った。
死神には「ベラベラ喋るな」と釘を刺されていることであったし、無理に情報を開示する必要はない。
私に死の花が咲いている以上は、死神の息がかかっているといっても過言ではない。
不用意に死神からの情報をここで話しては私の立場が危ういというものだ。
「我々全魔族を侮辱するつもりか……?」
右京はまたもや腰の刀に手をかけてライリーに冷たい声で睨みを利かせる。
「私は侮辱しているつもりはない。ただ、私の知識と研究した事実と、そこから導き出される推測を言っているだけだ……魔族が劣っているとか、人間が優れているとか、そういった低次元の話をしているつもりはない。実際、人間よりも魔族の方が生命力としては優れているが……何やらその根源は整然とはしておらず、漠然とした印象を受ける」
「なるほど……興味深い話だ。神の創造物である人間と魔神の創造物である魔族の戦争が繰り返し起きていることを考えると、神と魔神は不仲である可能性があるな」
何も「死神に聞いたことだが」などと正直に言うことはない、私の推測として話せば問題ないだろうとそう言った。
「仮にお前の話を正とした前提で話を進めるが……神の創造物を魔神が真似たとすれば、それによって不仲になったのか……そもそも三神などという存在に不仲であるという概念があるかどうかは分からないが」
私は「不仲である」と聞いて知っていたが、あえて言葉を濁した。
何故不仲であるのかの理由は分からなかったし、人間と魔族が当然のように対立しているのだから別に不仲であっても何の不思議もなかったが、もしライリーの言う通り魔族が神の作ったものの模造品であったなら、魔神よりも神の方が優れた存在であると示している。
恐らく、人間という生き物は神に特別に贔屓されている存在だろう。
動物の絶滅というのは珍しい話ではないが、それを保全しようという意思は感じない。
その神のお気に入りの人間を模して魔神は魔族を作ったのだろうか。
――確かに人間と似ている魔族は多くいるが……
センジュからの話を交えて総合的に考えると、明らかに神は人間を贔屓しており、魔神は魔族全体を贔屓している。
表立った干渉は魔道具での人間と魔族の戦争以降はなくなったらしいが片方が滅びそうというときに、滅びないように干渉するのは神の創造物である人間と、魔神の創造物である魔族の均衡を保つためか。
「仮にそれが正しいと言っても、問題の根本的な解決方法には至らないな。他に何か知っていることがあるなら話せ」
「……魔王になる者は、今まで世襲制みたいだったけど……要するに血筋が関係してたってことだよね。魔王を倒す勇者になる者も血筋に共通点があるんじゃないかな……?」
――血筋……
特に今は手掛かりはないが、それを調べてみてもいいと私は考えた。