装備品は装備しないと意味がない。▼
【メギド 荒れ果てた魔王城敷地内】
ノエルの魔力がなくなったことを感じ取ったルシフェルは、懲りる様子もなく穏やかな笑みを浮かべて返事をした。
その笑顔を見ていると寒気と憤りと軽蔑等、様々な負の感情が沸き起こってきて平常心ではいられない。
「貴方の予想通りですよ。想定外はございましたがね……」
具体的なことは何も言わなかったが、あっさりと自分の悪行を認めた。
そしてゴルゴタが回復しきる前に厳重で重厚な防御結界を張って即座に攻撃に備えた。
ノエルと伴侶の男を回収して即座に立ち去ろうとするが、それを見たレインが天使族にむかって魔法を放ったので天使らはひるんだ。
レインの魔法の威力は依然より格段に上がっており、結界を簡単に壊した。
白い炎が辺り一帯を焼き払った。
「ノエルに触らないでよ! その人も放して!」
ノエルの伴侶を抱えていた白い腕章の天使は、レインを攻撃するかどうか迷ったようだった。
だが、ルシフェルの方を見て指示を仰ぎ、ルシフェルが首を横に振ると潔く手を引いた。
恐らくゴルゴタが復活するまでここに留まる方が厄介なことになると考えたのだろう。
ゴルゴタがほぼ完全に塵にされてから、自由に動ける程度までの再生時間は数分程度、天使らはゴルゴタから逃げるようにノエルとその伴侶を置いていった。
――ノエルらを置いて行くとは、余程ゴルゴタを脅威に感じているらしいな
過去に何度もゴルゴタに勝てなかった教訓が相当効いているのだろう。
確かに、塵になっても再生して飛び掛かってくるような存在に恐怖を感じても仕方ない。
そこに残された龍族らと蘭柳と右京は何がおきたのか解らない様子で狼狽している。
いくつか理解が追い付かない点があるはずだ。
まず第一に天使族の連れてきたノエルというものが何者なのか、第二にそのノエルに塵にされたゴルゴタが何故死なないのか、そして第三に途中で現れたレインの存在。
ゴルゴタがあれだけ派手に塵になったのに死なない存在だと解った時点で、龍族も鬼族も戦意を失っただろう。
それを見て戦って勝ち目がないと理解できない訳でもあるまい。
「メギド殿、色々ご存じの様。お聞かせ願えないか」
龍族の鱗の白い龍が私に話しかけてきた。
――アガルタが他の龍族に何と話しているかは分からないが、私とゴルゴタが兄弟だと知っているのだろうか
私とゴルゴタが兄弟であることは公にはなっていない。
蘭柳はアガルタから聞いているかもしれないが、それを振れ回っているとは思えない。
ここは兄弟であることを伏せて話を進めることにしよう。
とはいえ、まずはノエルからピアスを取り返してからでないと落ち着かない為、一先ずピアスを返してもらうことにした。
「待っていろ」
ノエルとレインに私が近づくと、ノエルは声を殺すように静々と泣いていた。
目を覚まさない伴侶を抱えながら。
そうして泣いているノエルを抱きしめるように、レインはノエルに翼を広げている。
「…………」
非常に声をかけづらい。
なんと声をかけたらいいか分からない。
こんな空気で「私のピアスを返せ」というのも無粋な気がするし、かといって勝手に女性の耳からピアスを取るのも紳士としてあるまじき行為だ。
だが、そのピアスが返ってこないと私は困る。
「あぁ……ゴホン。ノエルとやら……丁度ここに優秀な回復魔法士がいる。診てもらったらどうだ?」
一先ずはこの場を落ち着かせる為に私は蓮花を利用しようと考えた。
と、言ってみたものの、ゴルゴタを2度も塵にした女だ。
蓮花がノエルの伴侶を診ることにゴルゴタが賛成するとは思えない。
そう考えている最中にもゴルゴタの怒声が聞こえてきた。
「オイ!! あの女どこ行きやがった!? ぶっ殺してやる!!!」
魔力がなくなったノエルのことを、ゴルゴタは今は見つけられないでいるらしい。
暴れ始めているゴルゴタに対し、蓮花も今度ばかりは手の施しようがないようで静かに眼を逸らして現実逃避していた。
手の施しようがないというよりも、ゴルゴタが裸であるから目を逸らしていると言った方が正しいかも知れない。
ゴルゴタは怒りで我を忘れているからか裸である事を気にしている様子はない。
――仕方ない。まず私がゴルゴタを収めるしかないか……
と、考えていたところ、素早くセンジュがどこからともなく服を持ってきてゴルゴタに手渡した。
「ゴルゴタ様、お怒りのところ大変失礼ですが……」
「あぁ!?」
「まずお召し物をどうぞ。こちらをご覧ください」
そして、どこからともなく持ってきた鏡をゴルゴタに見せる。
鏡に映った自分の裸の姿を見ると、流石のゴルゴタも自分が裸であることに気づいたらしい。
その羞恥心と怒りが混同して混乱しているのか「服をよこせっ!」と乱暴にセンジュからロングコートを奪い取って乱暴に着た。
センジュは下半身も隠れるロングコートを持ってきたので、バサリと袖に腕を通す。
服を着たところで、引き続きノエルに対して怒りを露わにしているが、一度怒り以外の感情が混じったせいで直後よりは幾分か怒りは紛れている様だった。
そこにすかさず蓮花が声をかけた。
「ゴルゴタ様、ご無事で何よりです。跡形もなくなってしまったときは肝を冷やしました」
「けっ、あれで分かっただろ。俺様は死なねぇ身体なんだってな!」
ゴルゴタの暴力は四方八方に向かった。
ほぼ八つ当たりで魔法を連発するゴルゴタの魔法をその場にいるそれぞれが避けたり、防御したり、受け流したりして事なきを得ていた。
流石にこの場にいる者はゴルゴタの暴力にも多少の心得がある者ばかりだ。
唯一身動きのとれないライリーは蓮花が庇う形で事なきを得ていた。
「ご無事で何よりです」
「そんなことより、あの女どこ行きやがった!?」
「……ゴルゴタ様の身体が再生中に……消滅しました」
「あぁ!? あんな化け物、誰が殺したってんだよ!?」
「えーと……殺されたというより、消滅したという方が的確と言いますか……」
ゴルゴタと蓮花が話している中、他の者は黙ってそれを見ているしかできなかった。
蘭柳と右京は「我々は帰った方が良いだろうか」と話している様子だった。
龍族の応援要請の手前、薄情な天使族とは異なり鬼族は龍族の意見を待っている様だった。
何はともあれ、何かしらの説明がないと帰ることはできないだろう。
「詳しくは説明できませんが……凄い魔力量だった彼女から、魔力が一瞬でなくなってただの人間になったのです。ゴルゴタ様を手にかけたあの女性は別人になったという感じでしょうか」
「はぁ!? 意味わかんねぇ! 俺様に分かるように説明しやがれ!」
「私も詳しくは分かりませんが……そのサンプルがそこの茂みの影に隠れています。メギドさんと一緒に」
私たちがいた茂みを蓮花は指をさしてゴルゴタに教えた。
――蓮花め……私たちを売ったな……
ここは私が出て行ってゴルゴタを上手く諫める必要がある。
今のノエルはレインが付いていなければ普通の人間だ。
魔力が溢れ出ていた時は目と髪が赤かったが、今は髪も黒いし黒い目をしている。
魔力も全くと言っていいほど感じない。
タカシと同レベルだ。
この状態では瞬きする間にゴルゴタに首をもぎ取られて死んでしまう。
そうすれば今度はレインとゴルゴタの戦いになるだろう。
いや、最悪の結果はノエルの伴侶の勇者化だ。
元々は勇者の器であるからデルタの町に隔離されていたのだから、そうなってもおかしくない。
私は隠れていた茂みから堂々と姿を現し、ゴルゴタの前に立ちはだかった。
「ゴルゴタ、落ち着け」
「俺様を2回もぶっ殺しやがった女を、今度は俺様が5回くらいぶち殺してやる! 邪魔すんじゃねぇ!!」
「落ち着けと言っているのだ。直接的な魔法を使ったのは確かにこの女だが、この女はルシフェルに騙されていただけで今は私たちに害意はない。怒りの矛先を向けるなら天使族だ」
説明しても尚納得していないゴルゴタは私を乱暴にどかし、ノエルの前に仁王立ちになる。
レインがゴルゴタを威嚇するが、そんなことは全く意に介していない。
ゴルゴタが指一本でも動かせばノエルの首が飛ぶ状況の中、ノエルがとった行動は両腕を広げて自分の伴侶を庇うようなものであった。
「ごめんなさい……ルシフェルの言葉に騙されたとはいえ攻撃を加えたことは事実です……僕の命でどうか……手を打っていただけませんか……?」
「駄目だよ! ノエルは騙されていたんだからしょうがないじゃない!」
「でも……僕がやったのは事実だし……生きてることに驚いてるけど……どうか、、お願いします」
ノエルはゴルゴタに土下座して頼み込んだ。
そんな風に健気に、真摯に謝罪を受けたゴルゴタは怒りが少し収まった様子だった。
自分の身を挺して後ろにいる伴侶を庇うノエルの行動に何か思うところがあったのかもしれない。
「ゴルゴタ様、実験材料として彼女を調べても?」
後ろから近付いてきた蓮花は、相変わらず本人を前にしても遠慮なく「実験材料」と言った。
そうでも言わなければゴルゴタの気が済まないと判断したのだろう。
「……ちっ……後で絶対ぶっ殺す……好きにしやがれ!」
ゴルゴタはその言葉を聞いて矛を収めた様子だったが、ノエルの方は自分の腕でレインを抱えながらも自分の身体を抱きしめるように抱え、身体を振るわせていた。
ノエルの目の視点が定まっていない。冷や汗が出てきて呼吸が荒くなり……――――
倒れ、気絶した。