魔王城が襲撃されています。▼
【メギド 魔王城付近】
私が魔族の楽園から翼で飛んで魔王城近郊に戻ってきた際に、何やらまた嫌な予感を感じ取った。
なにせ目視できる魔王城方向から黒い煙が上がっている。
それだけでも嫌な予感がするには十分だが、他にも爆音で魔法がぶつかり合う音が遠くからでも聞こえてきた。
すさまじい魔力だ。
魔法の規模からして1名は私と同等……あるいは私を凌ぐ程の者がいると感じられる。
応戦しているのは恐らくセンジュとゴルゴタ。
他にも魔力の高いものが服数名魔王城にいる。
――なんだこの気配は……
何よりも、鼻持ちならない匂いがしてきて嫌悪感で吐き気すらしてくる。
魔王城で一体何が起きているというのだ。
次から次へと問題ばかりおこって頭が痛い。
私は翼を大きく広げ、風魔法で追い風に乗って急いで魔王城を目指した。
近づくと更に状況がはっきりしてきた。
魔王城敷地内に空中に舞い上がる者がいた。
真っ白な鱗を持つ大きな龍族だ。
他にも龍族は数体いる。
それを見てすぐさま状況を理解した。
ゴルゴタが龍族を殺しまわったせいで怨みを買った。
その復讐に来たのだろう。
魔王城全体を焼き尽くさんとする程、大きな炎の柱が空の雲を切り裂いて立ち上る。
その炎に対して大量の水が発生し蒸発して蒸気が周辺に白い霧がかかった。
かと思えばその水蒸気が凍てついて、辺り一帯の燻っていた炎が一瞬で鎮火された。
地形が大きく変化し、鋭い針が無数に突き出す。
それを切断する風の刃が巻き起こり、周辺木々は軒並みなぎ倒され周囲はかなり見通しが良くなった。
魔王城周辺の景観が滅茶苦茶だ。
――ゴルゴタめ……面倒な問題を次々と起こしおって……
だが、私がその全容が見えるところまで飛んでいくと事は思っていたより複雑なようだった。
――何故ここにいる……!?
そこにいたのは、ゴルゴタ、蓮花、ライリー、センジュ、龍族の者数名……
そこまでは予想がついたが、そこにルシフェルを含む上級天使ら数名と、右京と蘭柳がいた。
それから、私の見たことない異様な魔力量の赤い長髪の蓮花のような女が1人。
ただ、服については蓮花と異なり人間の女らしい服装をしている。
それも勿論驚いたが私の庭の薔薇が燃えて炭化していたり、凍っていたり、地面が抉れていたり、風の刃で細切れになっていたり……私の庭をこうまで荒らされたことに対して怒りが堪え切れずに、様子を見る間もなく声を荒げてしまった。
「おい! 私の城の敷地内で何をしている!?」
その場にいた全員の視線を私は集めた。
騒動の中心部に降り立って全員の表情を一瞬で見たが、ルシフェルだけが不気味に笑っているのが見え、これを仕組んだのはルシフェルだとすぐに気づく。
すぐさまどういうことなのかルシフェルに問うた。
「何故白羽根が私の城にいる。これはどういうことだ。初めから分かるように私に説明しろ」
私が話しているにも関わらず、見知らぬ女は私に向かって容赦なく魔法を展開してきた。
だが、ルシフェルが「待ちなさい」というと女はその矛を剥き出しにしたまま止まった。
魔法はすぐに発動できる状態で止まっている。
指先一本間違えて動かせば私たちに向かって放たれるだろう。
「けっ、簡単なこった。俺様がギタギタにしてやった龍族様たちがお仲間を引き連れて報復に来たんだよ……ヒャハハハハッ! 群れなきゃ俺様に勝てねぇって言ってるようなもんだぜぇ……雑魚が束になっても――――」
この状況でも挑発しているゴルゴタの口をやむなく魔法で塞いだ。
いつもタカシにしているように黙らせた。
こんな状態で好き放題喋らせたら尚更大変なことになる。
黙らされたゴルゴタは私に向かって来ようとしたところ、蓮花の手によってそっと止められ、舌打ちをして一応止まった。
こちらもぎりぎり止まっているだけで、下手なことを言えばすぐに攻撃に出るだろう。
「ゴルゴタが粗相をしたから龍族が来るのは分かるが、何故蘭柳と右京、それに白羽根どもがいるんだ。それに、その殺気剥き出しの女はなんだ」
私が主にルシフェルに言うと、ルシフェルは穏やかに笑った。
「おや、心当たりがないということですかな? 私がつけたガブリエルとウリエルが見当たりませんが、それでも心当たりがないと?」
確かに見張りの天使2名をゴルゴタは殺した。
しかし、それはルシフェルもそうなると分かっていたはずだ。
ゴルゴタが天使を殺すことなど私でなくとも容易に想像できる。
「それは明らかなお前の采配ミスだ。逆恨みはやめてもらおうか」
「これだから貴方たち悪魔の血筋は始末に悪い。少しも自責の念がないご様子だ。それにわたくしたちは、あなた方に蹂躙された龍族の応援要請でもここにいるのです。蘭柳と右京もそうですよ。何せ魔王ゴルゴタに半殺しにされた龍族のアガルタは、蘭柳と旧友らしいのでね」
「…………」
――龍族も小賢しいな……ゴルゴタの力量を見て天使族と鬼族に応援を頼むとは……
天使共が元々悪魔族の血筋の私たちを蛇蝎のごとく嫌っていることは誰でも知っている事だ。
ゴルゴタが半分悪魔の血を引いているということは外見的要因で分かる。
ましてアガルタはゴルゴタの事を自分の息子であると知っていただろう。
アガルタが龍族のどのような位置にいたかは分からないが、蘭柳と同様な位置にいたとしたら、ここまでの大事になることは当然だ。
何故アガルタを半殺しにしたのか、その理由によるがどうせ大した理由はないだろう。
私が蘭柳……――――父に対する嫌悪感と同じような嫌悪感をアガルタに持っていてもおかしくはない。
私は蘭柳を拒否しただけで終わったが、龍族は悪魔族と並んで基本的に気性の荒い種族だ。
ましてゴルゴタが冷静な話し合いをするはずもない。
アガルタがどのような主張をしてもゴルゴタは聞き入れなかっただろう。
今は口をきけなくしているが、ゴルゴタに理由をきいたところでろくでもない言葉が出てくるに決まっている。
そうすれば、今は私の尊厳を守って大人しくしている龍族と右京と蘭柳がゴルゴタに再び刃を向けかねない。
――謝っても収まらないが、とはいえ、ゴルゴタに謝罪させるのは無理な話だ
ゴルゴタが謝罪をしているところなど、全く想像できない。
私の知る限り見たこともない。
そうして私が様々なことを考えている時間としては1秒にも満たなかったが、それよりも早く蓮花がゴルゴタに耳打ちした。
周りに聞こえないようにとても小さな声で話したが、人間の聴覚よりも優れた聴覚を持っている我々には、蓮花の声は普通に聞こえていた。
「ゴルゴタ様、ここは謝罪をすれば鬼族と天使族は手を引いてくれるのでは?」
「…………」
口をきけないためにゴルゴタは目と態度で訴える。「嫌だ」と。
「あの時はゴルゴタ様に彼らから失礼があったので怒っても仕方ない状況でしたし、私もゴルゴタ様が100悪いとは思っていません。しかし、ここは面倒ごとを速やかに終わらせる為には、頭を下げて真摯に謝罪をするのが1番効果的です」
「………………」
それでも難色を示すゴルゴタに対して蓮花は畳みかける。
「ゴルゴタ様は戦っても負けないでしょう。けれど、私やライリーは足手まといになってしまいます。私としては貴重な実験材料を失うのは避けたいです。センジュさんもゴルゴタ様の起こした事の手前、大々的には庇ってくれないでしょう。メギドさんも御付だった天使族を始末されてますから強く出たら尚更角が立ちます」
「……」
「あまり言いたくありませんでしたが……こんなこともあろうかと龍族たちはゴルゴタ様が殺す寸前まで行ったところで、私がこっそり死なない程度に治しておいたのです。なのでゴルゴタ様は実質誰も殺していません」
「!」
ゴルゴタも相当驚いている様子だったが、私もその事実には驚いた。
仮にゴルゴタが1秒で2体殺すとしたら、その速度で回復魔法を展開する必要がある。
しかし何も、元通りにする必要はない。
脳や身体の生命維持が最低限保たれるようにすればいい。
龍族の身体の構造の理解を一瞬で行い、生命維持をさせたその腕前はやはり人間業ではない。
ゴルゴタに並ぶ化け物だ。
「なので、私が龍族の傷を治すという条件の下、ゴルゴタ様が一言謝罪をすれば、この場は矛を収めてくれるかと思います。私が傷を治さなければ龍族は上位魔族としての地位を守り抜けないでしょう。この条件ならお互い悪い話ではありません」
そう言っている間、蓮花は別で魔法を展開していた。
恐らく思考を直接伝えているのだろう。
こそこそと話をしているが、我々の聴覚を欺けないことは理解しているらしい。
推測になるが「形だけの謝罪で結構です」などと伝えているのだろう。
汚い手を使うものだ。
ゴルゴタは非常に難色を示していたが、蓮花とライリー、周りの状況を見て大きくため息をついた後、私に対して口を指さして指示を出した。
魔法を「解け」と。
ゴルゴタが謝罪するなど全く持って想像できないが、それでも一応謝罪の意思はあるらしい。
――信じていいものか……
ただ、ゴルゴタが謝罪をしたところでルシフェルが大人しく引くとは思えない。
しかし、形式を重んじる天使族には一応謝罪の言葉は必要だろう。
「……せいぜい言葉を選ぶことだな」
私が口を封じていた魔法を解くと、ゴルゴタは渋々と謝罪らしき話を始めた。
「……確かに俺様も頭に血が上ってやり過ぎちまったぜ。悪かったなぁ……まぁ、謝って済む話じゃねぇのは俺様も馬鹿じゃねぇから分かってる。俺様が連れてるこいつは凄腕の回復魔法士だ。ここで矛を収めるなら、元通りに治してやれる。だが、矛を収めねぇならその話はナシだ。悪くねぇ話だろぉ……? 言っておくが俺様の命令なしじゃ、こいつは脅されようが拷問されようが言う事は聞かない。どうだ? すぐ決めろ」
――確かに謝罪は含まれていたが、それではほぼ交渉と脅しだ……
それでも蓮花を使わなければ龍族の復興は難しい。
条件を呑むのは屈辱であろうが条件を呑む方が建設的だ。
そのくらい冷静な判断ができなければ龍族は上位魔族から降格するだろう。
あの恐れられていた大狼族がクロたった一匹になってしまったように、滅びてしまう可能性すらある。
この場においてもゴルゴタは確かに負けることはないだろう。
しかし、蓮花やライリーを守りながらは戦えない。
ゴルゴタは、誰かを守って戦う戦い方を知らないからだ。
だから脅しに見えても、ゴルゴタが少々不利であることには変わりない。
さて、他の者たちはどうするか見物だな。