タカシは毎日トレーニングしている。▼
【メギド 魔族の楽園】
カノンが目覚める前に、タカシらに対して事のあらましを最低限話した。
私の話を聞いて反応はそれぞれだったが、タカシが1番驚いていた様子だ。
自分が伝説の勇者の剣をぬいて魔王ゴルゴタとセンジュを殺し、そして私まで殺そうとしたなど到底信じることができなかっただろう。
私が足蹴にしていたことで衣服や顔に土がついていることなど、もう気にならなくなったように唖然としていた。
レインとクロは渋い表情をしてあまり納得していないのが見て取れた。
琉鬼においては何の話を私がしているか理解していないようだったが、別に理解してもらおうと思って話していなかったので別に構わない。
――そういえば佐藤がいないな……
話をしている途中で気づいたが、佐藤が見当たらない。
ゴルゴタが来たとあれば真っ先に無鉄砲に突っ込んでくる者がいないとなると、どこで何をしているのか。
「佐藤はどこにいる?」
「佐藤なら勇者連合会の上層部の奴らに特別特訓を受けてたらしいけど、帰ってきたら両親の仇を探しに行くんだってすぐ出て行っちゃった。手掛かりを探すとかなんとか」
「付け焼刃の奴の実力でどうにかなるとは思えないが……ところで、お前にも同じように勇者連合会の者に修行をつけてもらえと言ったが、その後はどうなのだ」
「修行したぜ? 石の上にずーっと座って精神統一したり、剣の基本的な構え方とか、魔法の基礎知識とか」
「それで?」
修行してもそれが身についていなければ何の意味もないことだ。
私がタカシに対して結果を聞くと、タカシは目をそらして苦笑いになって「あはははは……」と髪の毛をかりかりと片手で搔いている時点で何と返事をしようが答えは明白だが、それでもタカシの返答を待った。
返答の内容次第では水の加減を調整してやろうではないか。
「なんつーか……言いづらいけど……」
「………………」
「勿体つけないで早く言っちゃいなよ。“まったく見込みがない”って追い返されたってさ」
レインがタカシの代わりに私の問いに返答した。
私がタカシの方を見ると、何とも言えない気まずそうな表情をしていた。
それでも最後に会ったときよりも身体の作りはしっかりしているし、私が言ったトレーニングメニューをここに帰ってきてからもひたむきに取り組んでいる様子が伺える。
「わりぃ、俺、戦う素質ないみたい……でも、メギドに言われたトレーニングメニューは……全部はできてないけど、毎日やってるんだ。あと、レインに協力してもらって対魔法戦の訓練もしてる。お前に助けを求められたらそれに応えたい」
水を強めにぶつけてやろうかと思っていたが、私が思っているよりもタカシは前向きに努力をしているようだ。
それに免じて水をかけるのは勘弁してやろう。
しかし、そうなればやはり城に来た時に勇者の剣を抜いた後の無駄のない剣術……あれはタカシの意思でそうしていた訳ではないことは確かだ。
今の状態のタカシでも勇者の剣は抜けるのだろうか。
条件の違いを確認する必要がある。
あのときのタカシは尋常ならざる精神状態でほぼ操られている状態だったが、アザレアたちはそういった状態であった様子はない。
――しかし……勇者の剣を仮に抜けたとして、その後に豹変する可能性もあるか……? あるいは抜けそうだったら完全には抜かせずに手を放させる……いや、触れた瞬間から豹変するか? ならば手袋でも嵌めて……そんな物理的な問題でもないか……
色々考えることはあるが、1番いいパターンと1番悪いパターンが頭の中で交互に回る。
ここは最悪のパターンを想定して何もしないの方が得策だろうか。
しかし、私の目の届かないところで神に接触されてはまた同じことになりかねない。
白羽根の話によると勇者は限定された存在ではないらしい。
他に勇者の候補がいくらでもいるならタカシを見張っても仕方がないだろうか。
だが、この戦闘に向かないタカシが伝説の勇者に選ばれたのだ。
誰でもいいのに、あえてタカシだった理由が何かあるのではないか。
何か共通点があればそこから法則を導き出し、事前に防ぐこともできるかもしれない。
現在分かるアザレアとタカシの共通点は、男であること、年齢が近い事くらいしか思い当たらない。
歴代の勇者の記録があれば調べてみてもいいが、センジュは何か知っているだろうか。
――一先ずはセンジュに確認してみるか
ルシフェルに聞くのも手だろうが、私は白羽根に頭を下げて情報を聞き出すのは全く持って気が進まない。
会いたくもないし、見たくもなければ、なんなら考える事すらしたくない。
等と、私が数秒険しい表情で考え事をしていると、返事がないことで私が怒っているとでも勘違いしたタカシは目の前で深々と頭を下げた。
「本当に悪いと思ってる! お前が命がけで頑張ってる何か手伝いが出来るなら、何でも言ってくれ!」
「……あぁ……そうだな」
いや、仮に暴走が始まったとしても『縛りの数珠』を使えば動きを封じることはできる。
しかし、勇者の剣を抜いて暴走したタカシをどうにかして止められるだろうか。
『縛りの数珠』で動けないところ、横から攻撃を加えればタカシは簡単に絶命するだろう。
だが、私の家来をそのように使い潰すのは本意ではない。
大元を辿れば、タカシは戦闘要員ではなく私の髪飾りを作る為の家来だ。
「ところで、私の髪飾りはまだできないのか?」
「え? あぁ……トレーニングばっかりで正直作ってる暇がないな」
「そうか……」
水をかけるでもなく逆に私が大して気にしていないのを見て、タカシは私に素っ気なくされたとでも思ったのか更に気まずそうに視線をそらした。
「……お前が村に来た勇者を追い払ったから俺はお前に村から売り飛ばされたけど……なんかいつの間にか世の中大変なことになっちまったな」
「たまたま私が争いを好まない性格だったから、お前たちは戦争を知らないだけだ。諸悪の根源を断たなければ同じことの繰り返しになる。いつになっても平穏は訪れない」
タカシらに三神の件やサティアの件、蓮花の魔法技術などの話はしなかったが、それが諸悪の根源だ。
仮にタカシらに話したとしても、私やゴルゴタ、センジュや蓮花、伝説の勇者らという手札をもってしても何の解決方法も見いだせない。
途方もない話だ。
今できるのは少しずつ情報を集めていくことくらいだ。
目下、サティアの件を蓮花とライリーとセンジュと話す。
問題は一つずつ解決していくしかない。
いくら私が天才でも全て鮮やかに解決することはできない。
「ねぇ、ここにいてもノエルに逢えるわけじゃないし、僕は探しに行ってもいいよね。魔王もひとりで何とかしようとしてるみたいだし、僕がいなくても平気でしょ?」
「………………」
レインは確かに戦力になるが、レインにはレインの目的がある。
最初からずっと「ノエルを探す」と言っていた。
龍族の幼体が飛べもしないのに無謀だと考えていたがレインはある程度成長し、もう単体でも十分にやっていけるだろう。
――そういえば、白羽根が気になる事を言っていたな
「特にあてもないのだろう。ひとつ白羽根どもから気になる話を聞いた。天使の加護で守れらているデルタの町に、人間の身体に魔族の核が入っている女がいるらしい。これが魔族として覚醒すると天使族を壊滅に追いやる程の力を持っていると聞いた。私は行きたくない……――――いや、多忙の為行けない。ノエルとやらを探すついでに調べて来てくれないか。ここから東の町でそう遠くはない」
「魔王、本音が普通に漏れてるから。まぁいいけど」
うっかり本当のことを言ってしまったが、レインも宛てがない上に私の話に興味を持ったためにデルタの町へ行くことにしたようだ。
「クロはそろそろ気温が高くなってきて辛くなってくる頃だろう。元の永氷の湖に戻るか?」
「宣え。私はこの戦争の行く末を見る為にこのような遠方まで来た。命惜しさでおめおめと逃げ帰れるか」
クロはそう言っているが、私とゴルゴタが兄弟である事も知られたくないことであるし、ゴルゴタを咬み殺すなどと言い出されても困る。
そもそも、どうあってもゴルゴタはクロでは殺すことはできない。
何か大義名分を与えて私とゴルゴタから注意を逸らす他ないと私は考えた。
「ならば、頼みがある。ここまで沈黙を貫いている悪魔族の上位者の様子を見てきてくれないか。悪魔族は基本的には好戦的で粗暴な種族だ。かなり危険が伴う。どうだ?」
「悪魔族の上位者など、何の用がある?」
「話がまとまった後から我が物顔で出てこられると面倒なことになるのでな」
天使族はゴルゴタを強襲したり、『時繰りのタクト』を私に託したり色々糸を引いているが、ここまで悪魔族の動向は全く耳にしない。
下位の悪魔族が好き勝手しているのはいつものことだが、血生臭いのが好きな悪魔族が『血水晶のネックレス』の呪縛のないこの自由な時に何もしていないのは何か不自然さを感じる。
悪魔族の動向については何も情報はない。
鬼族のように不干渉というのはどこか腑に落ちない。
「下位の悪魔族は魔王城で見かけたが、上位の悪魔族は見ていない。基本的には組織的に動かない種族だが、上位悪魔だけは別だ。利害関係で連携が取れていて一筋縄ではいかない連中らしい。ただ行くだけでは絶対に争いになるから私の紹介状を持って行け。まぁ……紙切れ一枚で争いが回避できるとも思えないが、私の脅し文句を二言三言書いておけばある程度は牽制されるはずだ」
「いいだろう。争いになっても私は構わない。だが、様子を見ると言っても何の情報が必要だ?」
――そうだな……今上層部が何を考えているのか知りたいが、それでは抽象的過ぎて情報が絞れない
そもそも普段悪魔族が何をしているか分からない。
「“この混乱が収束したら、天使族が魔王になることになっている”と伝えるだけでいい。その際の悪魔族上層部の反応を確認したい」
これを言われた悪魔族上層部は相当驚くだろうが、私の目の前にいるタカシらも相当驚いたようで全員が絶句していた。