乗り物が壊れました。▼
【メギド 魔族の楽園】
蓮花の言葉に私は絶句した。
――何を言っている!?
蓮花は極大魔法陣の発動を阻止しにきたのに、何故発動させる話をするのか理解できない。
何を考えているか問いただす必要がある。
一応ゴルゴタの方を見て確認したが、ゴルゴタはというと蓮花がそう言った後も「何か面白いことが始まりそうだ」くらいのことしか考えていなさそうに笑っている。
――何を笑っているんだ。笑いごとでは到底済まされない。魔王城が中心の魔法陣だ。威力を上げようが、精度をあげようが魔王城が中心であることには変わりない。一体どうするというのだ
文句を言う為に近づくと、蓮花は私に無作法に手をかざして魔法を展開した。
蓮花から悪意がないと判断したのでそれをあえて避けなかったが、魔法を私に向けるなら「一言くらい何か言え」と考えた。
これは私の気位が高いからとかそういう訳ではなく、仮に私でなくとも魔法を自分に向かって展開するのであれば普通は一言何か言うものだ。
回復魔法士をしていたのであれば当然そのくらいは心得ているはずなのに、あえてそれをしないところに蓮花の無礼さに腹が立つ。
――どこまでも礼節を欠いた奴だ……
魔法が発動すると、蓮花の思考がまた直接頭に流れ込んできた。
(ゴルゴタ様に聞かれたくないもので(寒い。もう少し加減をしてくれたら良かったのに)極大魔法陣は止めましたが(コイツを父さんと呼ぶなんて吐き気がする)もしかしたらそれでサティアさんを開放できるかもしれません(あぁ、殺してしまおうか(まだ身体が冷たい))ゴルゴタ様ですら殺すものであったかもしれません(この角へし折ってやろうか)試してみる価値はあるかと(それとも尻尾を引きちぎってやろうか)(肌が白い)今はゴルゴタ様にサティアさんのことを知られたら不味いかと思ったので(睫毛長いなぁ)適当に話を誤魔化してください)
必要事項と度々私への直接的な悪意が感じ取れ、更に私の容姿に対する率直な感想が入っていて何と形容していいか分からない複雑な気持ちになり、ただ顔をしかめる他なかった。
普段何を考えているか分からない者の思考が分かっても、良いことは何もないということだけは分かる。
ただどす黒い欲求が渦巻いていて、到底許容できるものではなかった。
全ての人間がそうである訳ではないと思うが、例えばタカシが同じことをしたら(できる訳ないが)、全く違うことを考えているのだろう。
「額に傷ができていましたよ。治しましたけど、他にどこか痛いところはありますか?」
――よく平然と嘘がつけるものだ……
蓮花は涼しい顔で私に平然と嘘をついていた。
ゴルゴタに悟られないようにする配慮は買うが、裏表がはっきりしているところはどうにも好意を持てない。
そのことを置いておいて、内容の方が重要だ。
極大魔法陣を使えばサティアの件が解決するのだろうか。
確かに蓮花の記憶にあった極大魔法陣は想像を絶する徹底した破壊の為の魔法陣だ。
三神の決めたルールを書き換えるほどの力があると言われても今の私なら納得できる。
なにせ、現に蓮花が死神の決めた法を覆すほどの魔法を作った。
同様の事例があってももう驚くまい。
確かにサティアは魔王城にいる。
試してみる価値はあるが代償が大きすぎる。
魔王の世襲制が始まってからずっと魔王の座の者が住んでいる城が吹き飛ぶなんて論外だ。
ずっとセンジュが手入れをしてきた薔薇のある庭もある。
それに、ゴルゴタを拘束し続けた唯一ゴルゴタを制御できる檻もある。
それに、勇者の剣と母上の遺体も。
勇者の剣も一緒に消滅するなら都合もいいが、母上の遺体をそんな乱暴に葬るのは許容しかねる。
何より、ゴルゴタを説得するにも何と説明したらよいか。
サティアの件はセンジュの秘密だ。
蓮花も勝手には話すことができないだろう。
――まぁ……若干の敵意は感じたが、解決の糸口が見えない中で堅実に問題に向き合っているところは評価できる
「ない。私に許可なく魔法をかけるな。一言声をかけるのが礼儀だろう」
「失礼しました」
それ以上、蓮花は何も言ってこなかった。
ライリーをがっちりと拘束した状態でそれが外れないかどうか確認した後、蓮花は私の後方にいたゴルゴタに対して呼びかける。
「ゴルゴタ様、ライリーを連れて魔王城へ戻りましょうか」
「あぁ……そうだなぁ……キヒヒヒヒヒ……おいクソ野郎。てめぇが人生滅茶苦茶にしてやったクソ勇者共は魔王城地下で半分くたばってるぜぇ……? 残念だったなぁ?」
「そうか。彼らがまだ生きていることに驚きを隠せないよ」
ライリーの軽口に対して、ゴルゴタは胸ぐらを掴み上げて睨みをきかせた。
「てめぇ……チョーシ乗ってっとすぐにてめぇの首と身体が離れちまうぜぇ……? てめぇの身体の背中を、てめぇの肉眼で見てぇか? あぁ?」
「ふん……随分安い挑発に乗――――」
「あー!! あぁああああああああああ!!!」
突然蓮花が奇声をあげてライリーの顔を何度か思い切り叩いた。
バチン、バチンと大きな音がその場に鳴り響く。
「どうした……お前……急に」
普段から想像できないようなその豹変ぶりに若干驚いているゴルゴタは、先ほどまでの苛立ちを忘れたようだった。
「えーと……なんだか急に怒りが込み上げてきて、我慢の限界に来たので咄嗟に殴打してしまいました。お話の邪魔をしてしまって申し訳ございません」
――誤魔化すにしてももっと他の方法があるだろう……
だが、咄嗟の事で強硬手段に出たと見える。
確かにあぁでもしなければライリーはゴルゴタを挑発し続け、本当に首を身体が離れてしまいそうだった。
そうすれば極大魔法陣の話も検討することができなくなり、手札を1枚失う。
蓮花はライリーを殴打する際に、その度ゴルゴタに気づかれない規模で魔法を発動していた。
恐らく思考を直接ライリーに送り込んだのだろう。
大人しくなったライリーを見れば蓮花の意図が分かったと見える。
「メギドさん、先に戻っていますので。失礼します。お騒がせしましたね」
「俺様を待たせるなよ」
片手でライリーの足首を乱暴に掴み、片手で蓮花の身体を掬うように抱き上げてゴルゴタは飛び立った。
いきなり足首を掴まれて上昇したので、ライリーは頭を地面に強めに打ち付けて白目をむいていた。
――一先ずは未来は変わったな……タカシの様子をもう少し観察してから私も城へ戻るとするか……
ゴルゴタらを放っておいたらまた余計な問題を起こしかねない。
私は周囲に張っていた結界を解除した。
すると、真っ先にタカシが走ってきて私の肩を掴もうとしたので、ひらりと華麗にそれを避けた。
「メギド!! 大丈夫か!? っていうか、何が何だか分からないんだけど、どうなってるんだ!? 揉めてたみたいだけど色々上手くいってるのか!? 俺たちの助けは必要か!!?」
非常にやかましい声量でタカシは私に詰め寄ってくる。
私を掴んだところでどうにもならないのに、私の肩をどうしても掴んで揺さぶって話を聞きたいらしい。
暑苦しい上に鬱陶しいので、以前のように私は定位置についた。
それはタカシの肩の上だ。
久々に軽く乗ってみたがやはり乗り心地は良くない。
前のめりに私を掴みにかかっていた前傾姿勢のタカシの肩に乗ったことでタカシはバランスを崩し、前のめりに倒れてしまった。
私の体重分タカシの身体は強く身体を地面に打ち付けただろう。
「ふげっ!」
情けない声を出して倒れたタカシの上に私は悠々と立っている。
手や足をばたばたと動かすがタカシは起き上がることはできなかった。
「ふむ、乗り物としても機能しなくなったらお前は一体なんなのだ。分かったぞ。今から両腕で地面を這って移動していくつもりだな。タコの吸盤のごとく」
「メギド……久々に会いに来たと思ったら滅茶苦茶しやがって……心配して待機してたってのにお前って奴は!」
「早く移動を始めろ。これでは城に戻るまで何日もかかるぞ」
私はアクセルの合図として後頭部を軽く蹴った。
しかしタカシはその場から動くことができないようでぐったりと暴れるのを辞めた。
「まずは俺の上からどけよ! 絶対どっかの骨折れた! 絶対折れた!!」
私の下でわーわー言っているタカシを他所に、他の私の家来たちも集まってきた。
レイン、クロ、メル、琉鬼(こいつは家来ではない)、ミューリンが私の周りに集まってきた。
メルは私に久々に会えて嬉しかったのか「まおうさまー!」と私の足に抱き着いてきた。
とはいえ、蓮花に痛覚を遮断された部位だったので何も感じなかった。
集まってきていない者の中にカノンがいることに気づいた。
カノンを気に留めるまで忘れていたが、カノンは蓮花に気絶させられて倒れたままの状態だ。
気絶しているだけならその内目が覚めるだろうが、カノンが目を覚ましたら膨大な説明を要求されるであろうから今はありがたい。
蓮花の過去の事情も知ってしまったが、頑なに口を閉ざしていた蓮花の事件の動機などの情報を軽率に話してしまっては蓮花との軋轢になりかねない。
「魔王、前に言ってた作戦は上手くいってるの? あの悪い魔王の……ゴルゴタ? に取り入るっていう無謀な作戦、順調?」
「順風満帆とは言えないが、そこそこだ。取り入る事には成功した」
「取り入るように成功しているようには見えなかったぞ。お前が顎で使われているようだったではないか」
クロは牙を剥き出しにして私を責める。
以前言っていた通り、私が不甲斐ない姿を見せたら私を咬み殺したい気持ちがあるのだろう。
確かにそう見えたかもしれない。
私の方が従っているように見えたかもしれない。
だが、実態は違う。
私がゴルゴタを制御しているのだ。
と、堂々と言いたいが残念ながらゴルゴタを制御ができているとは言えない。
ある程度蓮花を通じてゴルゴタを制御しているが、私がゴルゴタを誘導できるわけではない。
私の話す癖をゴルゴタは理解しており、私の誘導に乗ってこない。
「最悪の結果は何度か見た。だが、今のところ回避できている」
「“見た”とはどういうことだ?」
「そのままの意味だ。実際に未来を見てきた。そして、悪しき魔王に鉄槌を下す次の伝説の勇者は――――」
私は足元にいるタカシの後頭部を改めて踏みつける。
「私に足蹴にされてるこのタコアシだ」
「た……タクァアァシ!!!」
まるで、首を絞められてまさに殺されるという状況のニワトリの断末魔のような声を出し、タカシは片手で地面を叩いて無様にもがいていた。
これが次の伝説の勇者であるわけがないと、その場にいる全員がそう思ったことだろう。




