途中から話を聞いていない様子だ。▼
【メギド 魔族の楽園】
泣き崩れているライリーを放っておいて、蓮花を開放して傷を治させた。
もう少しで失血死するか、低体温症になるところだった。
ライリーもそれを見て判断したところもあるのだろう。
今はゴルゴタが出している炎で身体を温めているところだが、蓮花の目はいつもどおり死んでいる。
ライリーが自分のことをどう思っているか自分に記憶改ざんまで施そうとしたのに、よもや見ることすらしなかった。
恐らく蓮花には興味のないことだったのだろう。
だが、そんな蓮花の様子を見たライリーはますますショックを受けたのか嗚咽しながら泣いていた。
大の大人がここまでみっともなく泣いているのを見るのは到底気分のいいものではない。
「メギドさん、少しいいですか」
まだ少々声が震えているものの、蓮花は手招きして私を呼んだ。
もう戦意がない様子とはいえライリーから目を離すのは気が進まなかったが、数メートル離れた蓮花のところへ向かった。
「『時繰りのタクト』を使ったんですよね? 大丈夫なんですか」
「…………大腿部に花が咲いているが、カノンに痛覚遮断してもらった。今のところは痛みはないが……それに、ここで下半身を露出するのは許容できない」
「ズボンを脱ぐ必要はありませんよ」
蓮花はまた勝手に私の大腿部に魔法を展開した。
すると、ほんの少し残っていた違和感のようなものが完全に遮断された。
ものの数秒だったが見事な腕前だ。
本当にそれだけは評価する。
「で? ソイツはもうぶっ殺しちまっていいのかよ? 城をぶっとばす魔法は解除されたのは嘘じゃないんだろぉ……?」
ゴルゴタは痺れを切らしたように顎でライリーを指しながら乱暴に言った。
今は完全に消沈しているが、ライリーが危険な存在には変わりない。
いつまた牙を向くかは分からない以上、始末してしまうことに異論はない。
「殺すのは簡単ですが、こんな余興はいかがですか、ゴルゴタ様」
「あぁ?」
「魔王城に連れ帰り、地下の勇者らと対面させるのです。勇者らの過去を奪ったライリーと、奪われた勇者ら……どうなると思いますか?」
蓮花の酷い内容の提案に、ゴルゴタは不気味に笑った。
その提案をとても気に入ったらしい。
私からすれば酷く下衆な提案だ。
危険すぎる。
享楽の為なら危険をも厭わない蓮花とゴルゴタに呆れるばかりだ。
そんなことはさておき、いつまでも蓮花とゴルゴタを遊ばせている訳にはいかない。
「それで? お前たち。休暇はそろそろ終わりで良いだろう」
私がゴルゴタと蓮花に言うと、2名は嫌そうな表情をした。
特にゴルゴタの方は深いため息をついて心底嫌そうな顔をする。
先ほどまであんなに面白そうな顔をしていたのに、表情で読みやすい奴だ。
「あんな城の中にいてなにが楽しいんだよ……暫くなんも考えたくねぇ。まだ遊び足りねぇ」
「何が遊び足りないだ。龍族に殺戮の限りを尽くした件も説明してもらおうか」
私とゴルゴタが険悪な雰囲気になったところ、蓮花はタイミングよく会話の間に入った。
「お二方……まずライリーを拘束したほうがよろしいかと……」
蓮花は既に地面からとれる金属を加工して、魔法封じの魔法式を刻印した枷を作り出していた。
この辺りの土地で採取できる鉱物ではそれほど強い強度の枷は作れないはずだが、魔法を封じればライリーは鍛えている並の人間になるので問題ないだろう。
素手で金属を捻じ曲げる力がある人間もいるが、それは手の平の握力によるものだ。
手首からの外側に開く力でそこまで力を出すことはできないだろう。
――用意の良い事だ……
蓮花が作った魔法式を私も確認する。
確かに強力な魔法式だ。
拘置所で見たものより更に複雑に作られている。
それがライリーに通用するかどうかは使ってみないと分からないが、普通に拘束しても魔法でどうとでもなるだろう。
それよりはマシだと考える。
そんなことをしなくても、ライリーは今絶望している。
そもそも蓮花に強い執着があるのだから、蓮花の側から離れたりしないだろう。
蓮花を連れて行けないのなら、ついてくると言ってもおかしくはない。
――切れるカードは多い方が良いが……切れすぎては持つこともできない
頭が痛くなるほど諸々の問題はあるが、まずはここから離れなければならない。
魔族の楽園は今私の結界で私たちを中心に隔てられているが、ここの住民とタカシらが集まってきているのは間違いない。
「血眼で“殺す”と言っていた割には今は冷静なようだな。すぐにライリーを殺したいのではないか」
「…………頭に血が上っていました。時間が迫っていて焦っておりましたので……」
「そのようだな」
蓮花は人間に対する殺意や怨嗟が強く、先天的なものか後天的なものか分からないが非常に攻撃性が高い。
弟の事件の事もあるだろうが、記憶から読み取る限り元々冷酷なのはライリーが言っていた通りだろう。
こんな攻撃性でよく回復魔法士など勤められたものだ。
――それも一重に弟の為か……
蓮花はライリーに無感情に魔法式の刻印された枷をつけて拘束していた。
ライリーも大人しくそれに応じている。
話す声が聞こえてくるので、私とゴルゴタは互いに聞き耳を立てて聞いていた。
ライリーと蓮花が繋がっているとは思えないが念のため意識を集中した。
「私が……ずっと言ってほしかった言葉を言ってくれた……そんな気がするよ」
――ふん、月並みな会話だな……
到底裏の汚い仕事をしていると思えない薄っぺらい発言だ。
暗部の人間といっても所詮は身内には甘いもの。
「動揺させる為に言っただけだよ」
「分かっているよ……でも…………それでもっ……嬉しかったよ…………」
「…………」
みっともなく泣いているライリーに対して、蓮花の表情に変わりはない。
着々と枷をつけている。
「私はね……子供が作れない身体なんだ…………諦めてた……でも、自分の本当の子供じゃなくても……愛することができるって気づかせてくれたんだよ……」
「そう……私は愛情が何かは分からない。冬月に対して執着があったことは自分でも分かるよ。でも、それが愛情かどうかは分からない」
「どうだろうね……私も元魔王メギドに妄執と言われてしまったよ……私は愛情だと思っているんだが、君自身はどう感じているの……?」
どう感じてるか聞かれた蓮花は複雑な表情をした。
どう感じているのか考えている様子だが、複雑な感情の整理をしている様でぼんやりした顔になったり険しい表情になったりしている。
「…………世話になったとは思ってるよ。でも、冬月をどうしてあんなふうにしたの。それだけはどうしても許せない。たとえ私が納得できる理由だったとしても、絶対にそれだけは許すことができない」
「……理由は……いくつかあるよ。君が施設の人間を皆殺しにするまでの時間稼ぎという理由もあったし、私も息子を失って動揺していた……冬月の事よりも、真っ先に君のことを考えたんだ……君は遺体を見ればすぐにどのように殺されたか分かってしまうと知っていた……だから、ほんの少し……時間を稼ごうと思った……今思えば愚かな事だったと思うよ……そんなことに肩入れしてしまったことで、君に憎まれることになってしまった……それに……私は君の感情より仕事の……大義の方を優先させてしまった……自業自得だよね……分かっているよ…………」
「……………………」
「君が冬月のことでボロボロになって……私は……自分に問うたよ……こんなに君を苦しめることになったのは私なんじゃないかと……君は初めて見つけた時から絶望的な表情をしていたから……でも、冬月のことだけは一生懸命で……それだけが君の希望だった……冬月が死んだときに、君は後を追って自殺するかもしれないと思った……すぐにでも……でも、違った。君は冬月を生き返らせようとした……死者の蘇生魔法の研究を必死に始めた……」
「…………」
「でも、結局そうしなかったね……私はその理由を知っているよ…………」
「………………」
「君がこの世に初めからずっと絶望していたからだろう……? この世に生きる価値なんて少しも見いだせなかった……それに、死者の蘇生魔法は高リスクな魔法だ……失敗したときのことを真っ先に考える自分の冷静な判断能力が鈍るまで、自分を傷つけ続けた……そこまで追い詰めてしまったのは私だ……申し開きはない……今までの悪行の罰も受けるよ……」
蓮花は、途中からずっとぼーっと空の方を向いている。
ライリーが懸命に懺悔して話しているというのに蓮花は途中から上の空というやつだ。
こんなに悲しいことはあるかと私はライリーを不憫にすら感じた。
ライリーは泣きながら必死に真剣な話をしているというのに、当の蓮花は別のことを考えている様子だ。
いや、何か考えているのか、あるいは何も考えていないのかは分からない。
しばらくぼーっとした後、返事が返ってこない蓮花の方をライリーは不思議そうに振り返って見た。
「どうしたの? 間違ってた……?」
「あー……いや……過ぎたことは変えられないよ。でも、頼みたいことはあるかな」
「頼みたいこと……?」
――何を勝手なことを……
勇者連合会暗部の司令官に頼みをするなど、魔王の沽券に関わることだ。
私同様にゴルゴタにも蓮花の言葉に緊張が走っただろう。
内通しているようには見えないが、しかし得体の知れない不気味さはある。
そして、とんでもないことを蓮花は言い出した。
「極大魔法陣の精度をもっと上げて、威力を高めつつも焦点を絞って範囲を絞って打てるようにできないかな?」