再会しました。▼
【メギド 魔族の楽園 現在】
一瞬のことであったが、しかし何年も経ったような奇妙な感覚と、そして様々な感情が一気に流れ込んできて、私は眩暈を起こした。
私の感情でないと理解できても、蓮花の激しい悲しみや憎悪の感情が自分のもののように感じてしまって、危うく涙が溢れそうになった。
これは私の涙じゃない。蓮花の涙だ。記憶を転写されたゴルゴタも涙を流しただろうか。
「すみません、急いで転写したので感情まで伝わってしまいましたね」
いつものように淡々と話す蓮花を見て、何故こんな人格破綻者ができあがるのかと不思議に思っていたが、過去を知ればこんな性格になるのも頷ける。
などと、感傷に浸っている場合ではない。
蓮花の記憶が正しいのであれば、蓮花がライリーを見つけなければ魔王城が吹き飛んでしまう。
センジュやサティア、ダチュラ、伝説の勇者ら、私の服、私の城、私の庭、私の薔薇、私の全て。
あと、ついでに庭の人間たち。
「早くライリーを見つけないと」
蓮花はほぼ呆然としていた私を避けて、魔機械族の建てた建物の中に向かって行く。
だが、ライリーが仮にここにいるとしたら、この町中の者が巻き込まれる大惨事になりかねない。
蓮花の記憶のライリーは確かに只者ではない。
蓮花の記憶違いであってほしいが、極大魔法陣の複雑な魔法式を記憶している蓮花が思い出補正でライリーを美化しているとは思えない。
「蓮花さん!!」
ここにきて厄介なのが出てきてしまった。
それはカノンだ。
蓮花のことになると途端に盲目になる者が出て来ては話が余計にややこしくなってしまう。
ゴルゴタはカノンを見て殺気立ったようだが、蓮花はカノンを無視して建物の中と『死者の招き手』を交互に見ながら歩いて行った。
駆け寄ってくるカノンに対してゴルゴタが素早く間に入ろうとしたが、蓮花が手を伸ばすとゴルゴタの横をすり抜けてカノンの頭部辺りに届く。
私の目には見えたが、並の魔法使いでは見えない程素早く魔法式を展開した。
それと同時にカノンはバタリと前のめりに倒れた。
打ちどころが悪ければ死んでいるような勢いで倒れたので、私は咄嗟に風魔法でカノンの身体を地面すれすれで衝突せずに済んだ。
「殺してませんよ。気絶させただけです」
私が聞くよりも早く蓮花は答えた。
まだ私の頭は記憶の転写で混乱しているらしい。
様々な感じた事のない感情に私自身理解しきれていないのだろう。
その後にゴルゴタが暴力で殺してもおかしくはなかったので、私はすぐにカノンを吹き飛ばしてゴルゴタから距離をとらせた。
「………………」
蓮花は一点を見つめると『死者の招き手』をその辺に投げ捨てた。
見ている視線の先を見ると、先ほど病室で会ったリンという男が立っている。
蓮花はリンを真っ直ぐ見つめていた。
「手紙を見たよ」
リンの方を向いて当然のように蓮花は話し始めた。
「?」
私は蓮花の記憶の中でライリーの顔を知っていた。
リンはライリーと全然顔も体格も違う。
なんなら体臭までもが違う全くの別人だ。
しかし、蓮花はゆっくりとリンに近づいていった。
「…………」
リンはただ立ったまま蓮花の方を見つめていた。
蓮花の言葉に否定も、肯定もしなかった。
「極大魔法陣を解除して。魔王はここにいる。魔王城を吹き飛ばしても意味ないよ」
「………………」
「おい、別人じゃねぇかよ……?」
私と同じくゴルゴタも全く別人だと認識しているらしい。
「投げた『死者の招き手』、見てみてください」
蓮花が放り投げた『死者の招き手』は、確かにリンの方を指さしていた。
この距離で指を刺す方向が変わるという事は、ここに中心人物が近いということだろう。
そこから導き出される答えは1つしかない。
――まさか、私の洞察眼を欺き、ゴルゴタの直感をも欺くか……
「顔を変えて、身体も変えて……そこまでして生き延びて、結局何がしたかったの……?」
「…………ふふ、やっぱり分かるんだね」
そう口にしたリンの声さえ、ライリーとは程遠いものだった。
それでもリンは自分がライリーであることをあっさり告白した。
確かに私に会ったときに、リン――――いや、ライリーは自分の名前を名乗らなかった。
紹介されたときに軽く挨拶した程度。
暗部の人間であれば私が魔王メギドであると知っていたのだろう。
私が嘘を見抜く魔道具をつけていることも知っていたから名乗らなかったと考えられる。
「そんなに身体を弄繰り回しても、首の傷でバレバレだよ」
「それもそうか……ははは。蓮花には敵わないな」
リンは自分の身体に魔法を展開すると、骨格や顔が変化していき蓮花の記憶の中のライリーの姿になった。
鏡も見ずに自分の身体をここまで忠実に再現できるとは、余程の記憶力だ。
「極大魔法陣を解除して。その為に会いに来た」
「そっか。現魔王ゴルゴタと元魔王メギドか……両名とも君の味方なんだね。少しだけ……ほんの少しだけだけど、一緒に魔王を倒すって言ってくれるかもしれないって思ってた……だから残念だよ」
「元魔王ではない。現魔王は私だ」と言いたいところを私は抑えた。
ライリーが蓮花に期待するその言葉に偽りはなかった。
本当に蓮花に魔王を倒すと言ってくれると期待はあったようだが、蓮花の冷酷さを理解していない。
蓮花もライリーの冷酷さを心のどこかでは疑っている。
お互い、どこかに良心があるように信じたいという気持ちが感じられるところが甘いところだ。
「ライリー、私は今でも人間を滅ぼしたいと思ってる。でも、事情が変わってきたんだ。だから人間を皆殺しにしないよ」
「……へぇ…………まぁ、元魔王メギドはいいとして、そっちの魔王ゴルゴタは看過できないな。付き合う相手を考えなければいけないよ」
「あぁ!?」
「君に彼はふさわしくない」
ライリーがそう言うと、一瞬でゴルゴタがライリーに襲い掛かった。
ゴルゴタがライリーに向かって拳を振りぬいて、それを外して地面を思い切り殴りつける結果になり一帯の地面が大きくひび割れて陥没した。
辺り一面が砂埃で何も見えなくなる。
「…………キヒヒヒヒヒヒ……度胸あるなぁ……?」
私が周囲の砂埃を風で吹き飛ばすと、先ほどの位置から全く動いていないライリーの姿があった。
恐らく一歩も動いていない。
ゴルゴタが意図的に攻撃を外したのだろう。
「……私を殺したら魔法陣が解けなくなってしまうからね。そのくらいは分かっていると思ってるよ」
「殺したら、なぁ……? 半殺しにしたって俺様は構わないんだぜぇ……? ヒャハハハハッ」
「何故蓮花を受け入れたんだ」
笑っているゴルゴタに向かって、ライリーは厳しい口調で責めるように言った。
そのときの威圧感はまるで人間のものとは思えないものだった。
「はぁ……? 何言って――――」
「答えなさい!」
私はゴルゴタが掴み上げられているのを初めて見た。
ゴルゴタに暴力で敵う者がいるとは思えないが、実際にゴルゴタは身体が地面から足が浮いていた。
だらり……と、身体に力が抜け切ったようにゴルゴタは動かない。
やられたフリをしている訳ではなく、ゴルゴタは指先一本ぴくりとも動かない状態だった。
「何故蓮花を受け入れた? お前が受け入れなければこんなことになっていなかったのに、お前のような下賤の者は彼女に近づくべきじゃない!」
蓮花に対する優しい声とは違う、暗部の司令官の顔をしているライリーは蓮花の記憶にない姿だった。
「けっ……それはアイツが決める事だろうがよ……それに近づいてきたのは蓮花ちゃんの方だぜぇ……?」
ボキッ……
首の骨の折れる音がした。
ライリーではない。
ゴルゴタの首が折れたのだ。
そのままライリーはゴルゴタから手を放して投げ捨てた。
油断していたとはいえ片手でゴルゴタがあんな風にやられるとは、なんという力だ。
「…………」
「蓮花、魔王が死んで悲しいか?」
「いえ、ちっとも」
「そうか。利用するにしても、こういう輩を選ぶのは感心しないね。こういう患者には気を付けるように日頃から言っていたのに、困った子だ」
「違うよ。ゴルゴタ様はこの程度で死んだりしない」
「何――――」
ライリーが投げ捨てたゴルゴタの方を向くと、ゴルゴタは笑って立っていた。
首の骨もすぐに治って平然と立っている。
「全身不随にして首を折ったのに生きているとはね……」
「ライリー、話をしよう。ライリーでもゴルゴタ様は殺せない。手紙にあった通りに会いに来たんだから、魔法陣を解除してよ」
「では取引をしようじゃないか」
今にもゴルゴタが襲い掛かる寸前だというのに、ライリーは悠々と両手を広げた。その手には小さな小瓶が握られている。
「これが何か分かるかい?」
透明な小瓶の中には肉と血のようなものが入っている。
ようなものと言うよりは、どう見ても肉と血が入っていると見える。
「…………もし、私の感が正しかったら、どうなるか分かってるの……?」
「分かっているよ。だから取引になるのさ」
その続きの言葉をライリーが言う前に、蓮花は首をガクリと項垂れて数秒考えている様子だった。
「……随分汚いやり方するんだね……分かったよ。取引内容は?」
そう言ってぐったりしている蓮花は、憎しみを露わにした顔をしてライリーを睨みつけている。
「お前が私の元に帰ってくることが条件だ。その魔王を殺しなさい」
ライリーはゴルゴタを指さして蓮花に殺すように指示した。




