蓮花の過去を知りますか?▼(8)
【蓮花 半日前】
ゴルゴタ様が休暇をとると言っていたので、私はずっと気になっていたライリーの件を片付けようと考えた。
このことを今までゴルゴタ様にこのことを話さなかったのは、ゴルゴタ様からの信頼を得るのに時間がかかったということと、ゴルゴタ様がこのことを知ったらまた人間を皆殺しにすると言いかねない。
それに私がずっと黙っていた弟のことを話さなければならないし、私はライリーと同じ間違いなく暗部の同胞。
一歩違えば裏切り者の烙印を押されかねない。
それに、極大魔法陣の発現がそんな短期間にできるとは考えられなかった。
外は魔族が堂々と闊歩して人間を襲っている状態だ。
今は人間も魔族の暴走に対して対策をとっているだろうから、ある程度今は状態が均衡している。
ゴルゴタ様も他の魔族に(一応?)働きかけて(?)人間を襲わないようにしてくれた……のかな? 私の知らないところで……多分。
そういう細かいところはセンジュさんとメギドさんがしてくれたのかもしれない。
まぁ、滅茶苦茶平たく言うと、私は事を軽視していた。
子供の生贄の方は勇者連合会暗部であれば非人道的な方法で容易できるだろうが、私が正確に記憶しているあの極大魔法陣はその一部ですら相当複雑で覚えることは困難だ。
わざと覚えるのが困難なように、そういうふうに作られている。
拘置所であまりに暇があったから規則性から極大魔法陣の全てを解き明かしてみたが、あれは徹底的な破壊を目的としたものだ。
『死神の咎』という死神の力が干渉している超常的な存在のゴルゴタ様もどうなるかは分からない。
人間が三神の力に干渉するかどうかは……私が死の法を覆せるところまで来ているのを考えると、絶対とは言えない。
だから、念のため魔王城ごと吹き飛ばされないように人間を沢山括りつけておいた。
気休め程度だ。
ライリーなら100人以上の人間の犠牲を払ってでも今の惨状に収拾をつけようと考えるだろう。
ライリーは表向きは回復魔法士をしていたけど、本職は回復魔法士じゃない。
暗部が本業で、回復魔法士は表向きの顔。
回復魔法士としての立場をもって人々の監視をするのが目的だったのかもしれない。
ここ何日かゴルゴタ様と一緒に休暇をとっているが、魔王城の外に出てある程度行き先を自由に選ばせてもらっていたから、私は「探したいものがある」とだけ伝えてライリーを探した。
いずれは自分の手で片付けようと思っていた事。
ライリーは仮にも私の育ての親だ。
それに礼節を尽くして、ゴルゴタ様に魔族を焚きつけさせてライリーを殺すなんてことは考えなかった。
それにライリーのことは私が1番良く知っている。
ライリーが戦っている姿は見たことがないが、勇者連合会暗部の司令官だ。
勇者の上層部よりも実力があると私は考えている。
表向きは回復魔法士だが、魔法式の込めてある私を繋いだ鎖を一瞬で切断したり、大型のトロールを一撃で仕留める魔法のセンス。
それに、いくら拘置所で私の身体が訛っていたとはいえ私の不意打ちの首への攻撃をすぐに避けたあの身体捌きと常に気を張っている警戒心。
並の魔族が始末しようとしても成功するとは思えない。
ライリーの弱みは、私だけだ。
私ならライリーの隙を作ることができる。
それにこれは私が決着をつけなければならない事だ。
簡単に復讐を誰かに譲ったりしない。
ゴルゴタ様にお願いしてライリーのいると言っていた勇者連合会オメガ支部へと向かった。
オメガ支部は勇者連合会の最高幹部が集まる場所だ。
ライリーを今度こそ始末しようとオメガ支部に入ったが、そこは盛大に散らかっていて、もぬけの殻の状態だった。
重要そうな書類も高価な調度品も財宝も何もかもがそのまま手つかずで置きっぱなしになっている。
焦って出て行ったような様子が伺えた。
「誰もいねぇじゃねぇかよ。ここはクソ勇者どもの最高司令塔なんだろぉ……? 変だなぁ……」
誰もいないのは明らかに不自然だ。
ゴルゴタ様に誰かいる気配があるかどうか確認してもらったが、誰もいる気配はないと言っていた。
そこから放置されたままの書類に目を通したり、オメガ支部の中を隅々まで調べてみると、支部内の辺鄙なところに地下室がある事が分かった。
そこに降りて中を調べると4つの何かの装置が並んでいて、中は空だった。
液体が流れ出て乾いた形跡がある。
成分を解析すると栄養剤のようなものであることが分かった。
空の装置には「ああああ」「あああい」「あああう」「あああえ」と書かれている。
それと、機密情報の資料の一部が散らかった状態で見つかった。
どうやらここが伝説の勇者らを保管していた施設らしい。
後から考えれば伝説の勇者に復讐されるのではないかと恐れをなして全員で逃げたという事情は分かってる。
私は暗部に所属はしていたが、ライリーの仕事の全てを知っている訳ではなかった。
まさかライリーが伝説の勇者らを管理する仕事をしていたとは。機密中の機密事項だろう。
でも、地下に幽閉した勇者らの記憶抑圧の為の魔法はかなり古い形式のものだった。
ライリーがここに介入しているのなら、私程度とまではいかないだろうがもう少し新しい魔法式を使って記憶封印を行っていてもおかしくない。
それともやはりライリーはそれほど回復魔法は得意ではなかったのかもしれない。
それでも私の次くらいには腕のいい回復魔法士だったと思う。
辺りをさらに調べると色々驚くことがあった。
私の最先端の回復魔法を改悪したような技術がここにあった。
おそらく私の叡智を扱いきれなかったのだろう。
そんなことは些細なことだ。
一番驚いたのはライリーから私宛の手紙を見つけた時だった。
目立つところにわざとらしく手紙が置いてあった。
それなりに目立つ場所に血文字で「蓮花へ。ライリーより」と封筒に書いてあった。
ゴルゴタ様は他のところが気になっていたらしく、その手紙に気づいたのは私だけだった。
手紙を開いて見るといつも神経質なライリーの文字が非常に乱れているのが分かった。
急いでこの手紙を書いたのだろう。
その手紙を私は読み始めた。
「蓮花へ
ここへ来たという事は、魔王と決別して殺すことに協力する気になったか、あるいは私を殺しに来たかそのどちらかだろうね。前者なら是非とも歓迎したいが、後者なら仕方がないとも思ってる。色々伝えたいことがあるが時間がない。魔王城から出てきて君がこの手紙を読んでいるなら、極大魔法陣がまもなく発動する。実はこの手紙は君しか開けないように魔法をかけておいたんだ。君が手紙を開く、それが発動条件だ。オメガ支部は魔王城から1番遠い場所だから君の身の安全は保障するよ。心配しないで、すぐに発動する訳じゃない。仮に君がここに来たのなら、魔王と打ち解けた可能性もある。そこに魔王がいるなら魔王城を破壊しても意味がないからね。君が魔王を倒したいという気持ちで会いに来てくれることを願うが、恐らくそうじゃないだろう。私を今でも殺したいと思うなら魔王を連れて私のところまで来てほしい。探し方は簡単だ。手紙の横に『死者の招き手』という魔道具を置いておく。その魔道具が指を指している方向に私はいる。詳しいことは会った時に話をしよう。君に再会できることを楽しみに待っているよ。
追伸
君がこの手紙を開いても私に会いに来ない場合は、2日後に極大魔法陣は自動で発動するようになっている。あまり考えている余裕はないと思うよ。
ライリーより」
手紙を読んでいるときは夢中で気づかなかったが、読み終わったときにやっと私は気が付いた。
手紙に仕込まれていた魔法式が私の手を通して私の情報を読み取っていることを。
私によって手紙が開かれたことを感知するものかもしれない。
咄嗟に私が手紙から手を放すと、あっという間に手紙から火が出て燃え上がって灰になってしまった。
――しまった……自動発動魔法式……
「あ? どうした?」
「………………」
「お前顔色悪いぞ」
ゴルゴタ様のその質問に私は答えている時間がなかった。
ゴルゴタ様は私が手紙を読んでいるときに別のものを見ていて手紙の内容は知らない。
弟の事も少ししか知らないし、ライリーが何をしようとしているかも、私とライリーの関係も知らない。
何から話していいか分からないが、急いでライリーを見つけなければ魔王城が吹き飛ぶ極大魔法陣が発動してしまう。
あの場にはセンジュさんがいる。
サティアさんもいるし、これを恐れて人間を町ごと攫ってきて括りつけたのだ。
それでも何百人の犠牲に魔王城を吹き飛ばすという選択をしたのだろう。
私もそんな予感はしていた。
嫌な予感は的中するものだ。
私の認識が甘かったと認める。
私はゴルゴタ様に許可を求めず、ゴルゴタ様の脳に直接私の記憶を転写した。
突然私の記憶を転写されたゴルゴタ様は酷く驚いた表情をしたが、私の記憶は幼少期から現在のもので長いものの、記憶の転写は一瞬のことだ。
一瞬に私の人生の分の記憶を転写され、私の過去の確執、状況をすぐに理解してくれたゴルゴタ様は、邪悪な笑みを浮かべながら私に全面的に協力してくれることになった。
「ゴルゴタ様、私はライリーを始末しなければならないのです。力を貸していただけますか? 私を運んでいただくだけで良いのですが……」
「あぁ、急なことで驚いたけどよ……鮮明に分かるぜ。すげぇなぁ……魔王城ごとぶっ飛ばすなんて奴の思い通りになんかさせるかよ。キヒヒヒヒヒヒ……」
「メギドさんの話を聞く限り、魔族のゴルゴタ様がライリーを手にかけるのは神が干渉してくる可能性があって危険です。だから必ず私が殺します。手を出さないでいただけますか……?」
「だろうなぁ。好きにしろ。けど、気ぃつけろよぉ……育ての親もお前と同じで十分イカレてるぜ……俺様を連れてこいなんて挑発してくるなんざ、殺してくださいって言ってるようなもんだ……それでも勝算があるんだろうなぁ? ムカつくぜ。キヒヒ……」
ガリッ……ガリッ……
「…………分かりません。私は弟の事ばかりでライリーのことをよく知らなかったので……でも、勇者連合会暗部の司令官ですから相当な手練れかと思います」
「お前は勝算あんのかよ……? 2回も殺し損ねてるじゃねぇか」
「……推測ですが、非情な選択をするライリーの……唯一の弱みが私なんです……」
「自分を人質にするつもりかよ」
「それしか勝算はありません。ライリーも私のことをよく知っているでしょうから、簡単に騙されたりはしないでしょうけど……」
「ふぅん……」
「育ての親を殺すことは、やはり……冷静に考えれば複雑な気持ちですね……」
燃えてなくなった手紙の灰を見ながら暗い表情をした私の頭を、捥げるかと思う程乱暴にぐしゃぐしゃとゴルゴタ様は撫でまわした。
「ま……お前も大変だったんだなぁ……ケリつけに行こうぜ?」
ゴルゴタ様は何気なく言ったのだろうが、その言葉に涙が出そうになった。
泣いてない。涙ぐんだだけ。
そして、『死者の招き手』を使ってライリーを探した。
ライリーからの手紙を見つける前にメギドさんから引き返せと言われた。
どうやら『時繰りのタクト』で戻ってきたらしい。
ゴルゴタ様とセンジュさんが死んでしまう未来が語られた。
でも、極大魔法陣で魔王城が吹き飛んでいなかった。
それは私がライリーを見つけたということの証明にもなる。
恐らく私はライリーを見つけたのだ。
危険は勿論あるが、その機会を無下にすることはできなかった。
ライリーをここで逃がすわけにはいかない。
ライリーは魔王を殺す準備を淡々としてきたのだから、魔王ゴルゴタに相対してもそれを乗り切る自信があるのだろう。
そうしてメギドさんからの忠告を無視して『死者の招き手』の指さす方向に向かって私たちは移動した。
そして魔族の楽園の場所へとたどり着いた。