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勇者の名前は『魔王』でよろしいですか?▼  作者: 毒の徒華
第3章 戦争を回避してください。▼
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蓮花の過去を知りますか?▼(7)




【蓮花 25歳】


 その後私は順当に死刑判決を受けた。


 当然の結果だ。

 その結果に特に不満もない。


 でも、いくらなんでも死刑にするのが遅すぎる。


 頼んでもいないのに弁護士がついてしつこく動機を聞いていたり、ぐだぐだ判決結果を引き延ばして、やれ死者の蘇生の賛成派だの、やれ死者蘇生の反対派だのが言い争っているらしいと知った。


 あまりにイラついたので、特に意味のない意味不明な暗号文を作ってライリーを焚きつけたこともある。

 看守にライリーの名前を出して焚きつけたこともある。


 それでも全然私は死刑にされる気配がない。


 自害することは簡単だが死刑になるべき私が勝手に安楽に自害するなんて、到底考えられない。


 死刑という刑を受けずしてこの件は清算されないのだから。


 でもそんな中、私の事件とか判決なんてものは全てひっくり返る事件が起きた。


 魔王交代だ。


 外では魔王交代で大騒ぎ。

 魔族がそこかしこで暴れ回って大変なことになっているらしい。


 面白いね。


 当然、魔王城から近いこのタウの町の拘置所にも魔族が来た。


 別に魔族がここにくるのは構わないけど、食い殺されるのは嫌だなぁとぼんやり考えていたところだ。


 まず首を狙ってくれたら早めに死ねるけど、魔族は人間の事が大嫌いだろうから楽に殺してはくれないだろうなと思っていた。


 私の入ってる檻は魔法を組み込まれた特別製の強化ガラスだった。

 他のガラスよりは耐えるけど、魔族の力の前では意味を成さなかった。


 勿論、私が殺される前に、私の見張りをしていた看守が見るも無残に殺された。


 入ってきたのは大型のトロール族。

 持っていたこん棒(こん棒っていうか、丸太みたいな大きい木の方が正しいかな)で、叩き潰されていた。


 まず、逃げまどうところを横なぎに薙ぎ払われて壁にびたーんと叩きつけられた。


 それでも人間というのは意外と死なないもので、這いつくばって逃げようとしているところ、脚をまず潰され、それから腕、それから胴体、それから頭。


 明らかに悪意と憎しみが見て取れた。

 見ていれば分かる。私も同じことをしたから。


 私は魔法封じの鎖に繋がれていたので、特になすすべはなかった……なんてことはない。


 こんな旧式の魔法式で私を拘束した気になられて私は心外だった。

 それに魔法式を組み込んだ強化ガラスと言っても数十年も前のもので、簡単に破って出ることができた。


 私に破れる程度の強度のものは、この力任せのトロール君にも当然できる訳で、何度かこん棒的なもので殴っているうちに皹が入って、いずれは割れるだろうと思われた。


 私はあまり納得していない死に方だったが、世の中の均衡が滅茶苦茶になったのだからこれも仕方がない。


 そしてガラスがとうとう割れた。


 せめて一息に殺してくれたら助かる。


 ……と、思っていたところ、急にトロールが倒れきて見たところ死んでしまったようだ。


 勿論私は何もしてない。


 何が起きたか私は分からなかったが、数秒後に何が起こったのか分かった。


「蓮花! 無事か!?」


 そこに現れたのはライリーだった。


 以前見た時よりも痩せてしまっている姿がそこにあった。


 そして何の躊躇もなく私を繋いでいる鎖を魔法で切断した。

 随分簡単に切断するものだと私は思った。


 そんなことよりも、この期に及んで何の用だと私が口を開きかけた瞬間、ライリーは私に抱き着いてきた。


 私は抱き着いてきたと感じたが、今思えばライリーとしては私を抱きしめたつもりだったのだろう。


「こっちに、早く」


 文句を言う前に私は拘置所から連れ出された。


 別に私は外に出るつもりは毛頭なかったが、強引に腕を引っ張られて私は否応なしに連れ出された。


 久々に外に出たが、外の様子は想像以上に酷いものだった。

 そこら中に人間の死体が転がっている。


 辺りを見渡しても生きている人間は誰もいなかった。

 そこら中血の海だ。


 血の海を見て私はふと思い出した。


 よもや冬月を殺した男の名前を忘れたが、その男を殺したナイフが拘置所の中に保管してあるはずだ。


「待って」

「どうした?」

「凶器のナイフを取りに戻りたい」


 私が平然とそう言うとライリーは目を見開いて私の方を向いた。

 驚くのも無理はない。

 こんな状況で、そんなどうでもいいことを言い出したのだから。


「何を言っているんだ。この状況が見えていないのか!?」

「見えてるよ。そこら中、肉と血の海になってる。主に成分は人間」


 引っ張る手を振り払って、私は拘置所の方へ戻ろうとしたがすぐさまライリーに引き留められた。


「ナイフなんて意味がない。分かっているだろう?」

「……」


 違う。


 別に、ナイフで魔族に立ち向かおうなどと思ってる訳じゃない。


 私にとってあのナイフは特別だ。

 あの事件から数年経っているが、まだあの男が生きているような気がして不安になることがある。


 誰だって記憶違いはあるものだ。


 本当に殺したのか、本当に死んでいるのか、分からなくなることがある。


 だから、あのナイフがほしい。


「ナイフを取りに戻らないなら、ライリーにはついて行かない」


 頑なに私がそう主張すると、左右を見渡しながら辺りを確認してから仕方なく拘置所方面に戻った。


 ――なんかもう滅茶苦茶になっちゃったな……


 私は戻りながらライリーと話をした。


「どこまで知っている?」

「あぁ……魔王が世代交代をしたってことくらいしか知らないよ。この様子だと人間に友好的な魔王じゃないみたいだね」

「そうだね。人間を滅ぼそうとしてる悪い魔王だ」


 それを聞いて私は脚を止めた。


「人間を滅ぼそうとしてるんだ?」

「そうだよ。だから今こそ極大魔法陣を発動させて魔王を殺し――――」


 私は躊躇ちゅうちょしなかった。


 話をしているライリーの喉元に向かって魔法を発動した。

 ライリーは首の大動脈が切れて大量の血を吹き出した。


 けど、首を落そうと思って狙ったのに数年発動していなかったせいもあって私は首を落し損ねた。


「なら私は魔王側につくよ」

「……くっ……」


 ライリーは自分の首の傷をすぐに治した。

 慌てて治したからか大きな傷が首に残ってしまった。


「蓮花……私はもしかしたら君がそう言うかもしれないと思っていたよ。君は冬月が死んでから冷酷さが目立つようになった」

「…………」


 私はライリーの急所をめがけて何度も魔法を展開する。


 しかし、暗部現役の司令官のライリーに訛った身体では到底勝ち目はなかった。


「元々君は子供の頃から冷淡なところがあった。両親からの強い虐待による心の傷はずっと治ることはなかった。でも、冬月を愛しているのは分かっていた。その優しさを他の人にも向けて回復魔法士をしてると信じたかった。でも、君は冬月の立場を悪くしたくないから努力していただけだ。冬月が……あんなことになってしまって君が想像を絶する心の傷を受けたのも分かる」

「分かる? 知ったような口をきかないでよ。分かる訳ない。たった一人の家族を失った苦しさをライリーが知っている訳がない!」

「私も失ったさ! 冬月と、君だ! 私がどれだけ君の身を案じていたか、死刑の撤回にどれほど尽力したか君には分からないだろう!? それと同じだ!」


 違う。


 ライリーは私の能力を失うのが嫌だからそう言っているだけだ。


 極大魔法陣を発動するために私をわざわざ危険を冒して連れに戻った。

 ただそれだけだ。


 それ以外に何があるっていうんだ。


「極大魔法陣を発動するのに私が必要だから連れ出しただけでしょう。子供の生贄を使って魔王城ごと吹き飛ばして魔王を殺すって? そんなことさせない。魔王にはこのまま人間を滅ぼしてもらう」

「私は極大魔法陣を発動させる魔法式の全てを知っている。私だけでもできないことはないんだぞ」

「そう……私も魔法式なら知ってるよ」

「一部だけだろう」

「魔法式の一部を知っていれば、その断片から全容を把握することくらいできる。私は拘置されていて暇だったから、解読する暇はいくらでもあった。私も発動することができる」


 あまりにも拘置されている時間が暇だったので、頭の中で魔法式を整理して他の魔法式も私は完成させて把握していた。


「あの意味のない暗号文の解読に時間を使わせられたよ。でも、あれは本当に意味のない暗号だった。そんなはったりじゃ私は騙せないよ」

「あれはただの嫌がらせだよ。いつまでも死刑を保留にされてイライラしてたからね。でも、本物の魔法式はこれでしょう?」


 私はライリーの前で極大魔法陣を発動させる魔法式を展開して見せた。


 それを見てライリーは言葉を失う程驚いている様子だった。


「この魔法式は子供の生贄が数十人、それを正確に操る魔法使いが最低6人は必要。私はその計画を抜ける。私はもう暗部の人間じゃない。ただの特級咎人の落伍者だ」

「…………冬月を生き返らせられるとしても?」

「何……?」


 ライリーは頭を抱えながら話を続ける。


「暗部では死者の完全蘇生の魔法式を研究し、作り上げた。死神の呪いも受けない完璧な生前の姿に戻れ――――」

「やめろ!!」


 あまり機敏に動かない身体を精一杯動かして私はライリーの急所に魔法を展開し、攻撃した。


 私の魔法が掠った部分の有機物が融解し、ライリーの顔は骨が見えるまで溶けた。


「冬月はもう死んだんだ! こんな世界に冬月は相応しくない! そんなことをしたら絶対に許さない。どこまでも追いかけてお前を殺してやる」

「…………考え直してくれ。蓮花、誓うよ。私は本当に君たちを愛しているんだ。また家族に戻りたいんだ。冬月を生き返らせたくないというのなら、そんなことはしないよ」

「なら冬月の死体に何故手を加えて隠蔽工作をしたんだ!? 私が苦しみのたうち回っている姿は面白かったか!?」

「違う! あの時は私も混乱していたんだ……私も愛する子が殺されて悲しかったし、苦しかったし、辛かった。でも、それ以上に君が復讐に取りつかれて凶行に走って自滅すると分かっていた! 結局、私の思っていた通りになった。私の想像していたことよりも尚更酷い状態に」

「当たり前だ。それ相応の報復があってしかるべきだ」

「それに他の人間は関係ないだろう!? 何故人間すべてをそうも憎むんだ!?」

「関係なくなんてない……脳病者を徹底的に迫害し差別したのはこの国の民衆たちだ。私は回復魔法士として仕事をしていたけど、人間に愛着を持ったことなんて冬月以外に誰もいない。ライリー、貴方にもだ」


 私の言葉を聞いてライリーは目に涙を貯め、そして溢れさせて泣きだした。


「どうして分かってくれないんだ……」

「分からない。人間なんてろくでもない生き物、皆殺しにされればいいじゃないか! 私から冬月を奪ったのは人間社会そのものの罪だ! そんなものに私は力を貸す気はない」

「………………」


 涙を流して言葉に詰まっているライリーを私は確実に殺そうと思った。


 その涙に何の意味がある?


 涙を流せば冬月の苦しみはほんの少しでも和らぐのか?


 そんな偽善的な涙なんて見たくない。


 虫唾が走る。

 腹が立つ。

 はらわたが煮えくり返ってどうにかなりそうだ。


 ライリーは危険因子だ。

 極大魔法式を知っているのだから、いつかは魔王城を吹き飛ばす極大魔法を発動させて実行するつもりだろう。


 ここで始末をつけたいと私は考えたが、私たちの騒動を聞きつけて魔族がこちらに気づいて近づいてきた。


 魔族に気を取られているライリーの心臓を狙って魔法を展開したが、かすめただけで殺すまでには至らなかった。

 しかし心臓部の組織が分解されて大きな負傷を与えたのは間違いない。


 こんなに私に拒絶されているのにも関わらず、これ以上この場に留まるのは危険と判断したのかライリーは私を連れて逃げようとした。


 しかしどうしても私はライリーについて行く気にはならず手を強く振り払った。


「私は魔王のところへ向かう」

「……殺されるぞ」

「死刑囚だし、殺されるならそれならそれでいい」

「………………分かった。魔王とソリが合わなければ私は勇者連合会オメガ支部にいる。いつでも戻ってきてくれ。待っている。君のその心の傷が癒えるまで私は君に向き合い続ける」

「…………」

「信じているから」


 そう言ってライリーは私を残して逃げて行った。


 魔族が群がってくるこの状況は芳しいとは言えなかったが、私は回復魔法の転用魔法である程度身を守れる手段を持っていた。


 向かってくる魔族を片端から捌いて無力化し、拘置所に再度戻って保管庫を無理やりこじ開けて私はナイフを見つけた。


 ――人間を滅ぼしてもらいにいこうか……


 そうして私は世代交代した魔王のもとへと向かった。


 道中魔族が「魔王ゴルゴタ」と言っているのを聞いていたので名前は一先ず分かった。


 どんな恐ろしい姿をしていようと、私は冬月が生き返ること以外に恐ろしい事なんてなかった。


 そして、私はゴルゴタ様に会った。


 初対面の感想としては、相当な今までの抑圧性が爆発しているような感じの方に見えた。


 この世の全てを憎んでいるような目をしていた。

 私も同じ目をしていたと思う。


 極大魔法陣を発動させるにはすぐには無理だろう。

 私と同レベルの魔法士がこの騒動で無事でいるとも考えにくい。


 それに、今更魔王が暴れ出したからって私には関係ない。


 私は人間を滅ぼしたいだけだ。


 だから私はゴルゴタ様と行動を共にすることにしたのだから。




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