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勇者の名前は『魔王』でよろしいですか?▼  作者: 毒の徒華
第3章 戦争を回避してください。▼
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蓮花の過去を知りますか?▼(6)




【蓮花 23歳】


 どうやら気絶していたようだ。


 血の海、肉の海、骨の海を見ていた記憶からその先から現在までの記憶がない。


 ぼんやりする頭でうっすら目を開けようとするが、非常に眠くてなかなか目が開けられない。

 視覚情報よりもまず身体の感覚の情報が入ってきた。


 身体は厳重に拘束されているようだ。


 目もなんとか開けて首を動かして身体の状態を確認すると、対魔法の魔法式が組み込まれている拘束具を両手につけられていた。


 ――もうなんでもいいか……


 眠気に任せて再び目を閉じようとしたところで私は名前を呼ばれた。


「蓮花……」


 聞き覚えのある声だと思った。


 眠気に逆らって頭を何とか上げて目を開くと、目の前には警備の人らしい2名とライリーがいた。


 鈍器で頭を何度か強く殴打したが、ライリーは死んでいなかったらしい。


 私に魔法をかけるそぶりを見せると、私の眠気があっという間に引いて頭がはっきりした。


 はっきりした意識で私が言った言葉は


「なんだ、生きてたんだ」


 だった。


 生気のこもっていない私の言葉にライリーは涙を堪え切れなかったらしく、目を押さえて涙を拭っていた。


 泣いている声が部屋の中にこだまする。


「分かってたんでしょう。こうなるってこと。別に責めるつもりはないよ。別に誰もライリーを責めないよ。でも()()()に加担したことは許すことはできない。絶対に許さない。許さない許さない」

「っ……蓮花――――」

「許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイ…………あははははははははははははっ! ははははははははははははははは!!」


 ライリーは私が笑っている間、泣いていた。

 何も言えずに泣いていたんだと思う。


 ひとしきり私が笑い終わった後に、私は現実の自分の立場を考えた。


 悲しいかな、狂気に呑まれてしまえばこんなに苦しまずに済んだのに。


 私はいたって冷静だった。

 その冷静な頭で考えた時、私のこの後に臨める願いはただ一つだった。


 この事件で私が死刑になるのはいくら暗部の力があっても免れない。

 もうおおやけになってる。

 隠しきれるほど小さな事件ではないはずだ。


 それに、私は死刑になるのを免れたい訳じゃなかった。


 ただ、私が願ったのは――――……


「ライリー、1つ提案がある」

「……っ……何だい……?」

「話をする前に……暴れたりしないから、まず人払いをしてほしい」


 ライリーはすぐに暗部の話だと気づいたはずだ。


 警備の人たちは難色を示したが、なんだかんだライリーに上手く丸め込まれて部屋の外に追い出され私とライリーだけが残った。


「……それで、提案とは……?」

「冬月のことを完全に隠してほしい。それを呑めば、この不祥事にライリーの名前は残らない。私も動機を語らないし、秘密は守り切る」


 私の提案に驚いたのか、暫く私の目を涙で濡れた目で見つめていた。


 他の誰よりもまず1番にライリーが私の前にいる理由は、暗部の秘密を洩らさないかどうか危惧してのことだということくらい私も分かってる。


「何故……?」

「もう冬月をこれ以上穢されたくないから」


 冷え切った私のその言葉を聞いて、ライリーは感極まったのか声を出して泣きだした。


 それから、言葉を発しようとしては声に詰まってまた泣き始めての繰り返しが続く。

 その間も私は話し続けた。


「私の事件の動機は冬月を殺されたからだ。でもそれを知っているのは私とライリーだけになったはずでしょう? 収容所の人間は全員死んだはずだから」


 確認はしていないけど、悋気草の毒の成分が分かる頃には全員手遅れになってたはずだ。


 仮に悋気草の毒性の成分が分かったとしても、毒である場合はまず食べ物を疑う。

 食べ物から毒が検出されれば食べ物の方が注目され、水まで疑う者は減る。


 だから水で全員トドメが刺さったはずだと私は考えた。


 特に返事はなかったけど、ライリーが否定しないところを見ると全員死んだのだろう。


 いや、仮に生きている者がいたとしても、この件を少しでも知っている可能性のある者がいてはライリーにとって大変不都合だ。


 私が進言しなくてもライリーは全員消してくれていると考える。


「あの浩司とかいう奴を殺したときに心底思ったよ。冬月のことをあんな落伍者に口にされるのがあんなに腹が立つことだったなんて」

「………………」

「まして世の中は脳病の人を迫害する連中ばかり。皆、口を揃えて言うだろう。“なんで脳病者の為なんかに”って“頭のおかしいやつは死んで当然だった”、“脳病者関係者も皆殺しにするべきだ”とかってね……私の事はどれだけ悪く言われても構わない。でも冬月のことを悪く言われるのは我慢ならない。そんなことになったら、脱獄でもなんでもして今度は人類を皆殺しにする」

「っ……うっ…………ッ……!」


 こんなに育ての親が泣いているのに、私は何の感情も湧き上がってこなかった。


「別に悪くない条件のはずだよ。冬月の隠蔽工作をしたことをバラされるとライリーの立場も危ういし、暗部の話が公になるのは何としてでも避けたいはず。いいんだよ、冬月を見捨てたみたいに私も見捨てなよ」


 吐き捨てるように私がそう言うと、ライリーに頬を思い切り叩かれた。


 ライリーがこんなふうに暴力に訴えるのは初めてだった。


 でも、別に驚かなかった。


 人間はどんな職についていようと、どんな地位に君臨していようと、結局中身は私の両親と同じ。

 自分の事しか考えていない。


 だからそんなふうに暴力を振るえるんだ。


「私は……君たちを愛していた」

「嘘」

「本当だ……!」

「到底信じられない」


 冷たい言葉でライリーを突き放すと、ライリーは前かがみになって両手で顔を覆って更に目も当てられないくらい泣いていた。

 号泣だ。


「もういい、これ以上話をしても無駄だよ。私は大人しく死刑台にいく。二度と会うこともない」

「蓮花――――」

「消えて。もう話すことはないから。これ以上嫌いにさせないで。本当に愛しているなら、最後のお願い」


 それが卑怯な手だと分かっていた。


 ライリーの性格は分かっていたから、そう言われたら私に従うしかないって。


 何よりライリーは自分の立場を手放せない人だから、私がこのまま黙って死刑になった方がライリーにとっては1番いいって分かってた。


 育ての親かもしれないけど、私の本当の親じゃない。


 だから言い逃れができる。


 もともと血筋に問題があったんだって。


 冬月はもうどうせ収容所に入れられた時点でこの世から消えたことにされてるんでしょう。


 だから家族の私すら会うことはできなかった。

 それを権力でもってして研究の為という名目を与えて会わせてくれた。


 あの雪の日の夜に拾ってくれた恩は感じてるよ。

 私を利用してたことも許せる。


 でも、冬月を冒涜したことだけは許せない。


 それに、ほら、分かってるよ。


 人間だからね。

 人間っていうのは皮を剥がせば全部一緒なんだ。


 だから別に責めるつもりはない。

 怒ってないよ。


 いいんだ。


 人間には心底失望してる。


 もう怒る気にもならないよ。

 分かったんだ。

 怒っても怒ってるこっちが馬鹿なんだって。


 虫とか動物に向かって本気で怒ったりしないのと同じだよ。


 私と違う生き物なんだ。


 こんなどうしようもない人間社会の中で人間として生きていくくらいなら、私は自分からそれを抜け出して化け物になる。


 これでよかった。


 冬月はもうこれ以上苦しまなくていいんだ。


 私も気持ちが楽だよ。何の心残りもないんだから。


 それに、私が生きていたら今までの発表した論文の真価が分かる者が、私を利用しようとする者が現れるかもしれない。


 私が死刑囚だったら手を出すことはできないだろう。

 暗部だろうが、どんな国家権力だろうとこれだけ大々的に事件になったら私を死刑にする他ない。


 替え玉を作ることも容易ではないだろう。


 顔に特殊な刺青を施すから、据え代えるにしてもその後の私はもう二度と表に出ることはない。


 顔を隠して生活しても、ふとした瞬間に私が本当は生きていると知られたら国の信用の失脚に他ならない。


 そんな私のおかみの判断は殺すしかないんだ。


 これでいい。

 もう疲れた。

 十分だ。


 頑張ったよ。


 本当に頑張ったと思う。


 冬月は幸せだったかな?


 でも、きっと冬月は姉が殺人鬼になることなんて望んでなかったと思う。

 心の綺麗な子だったから。


 許してくれないかな。


 私がこんなだったから、辛い思いをさせたかな。


 ごめん。


 両親の下で育っていたら、また違う未来だったかもしれない。


 でもさ。


 なんで冬月なんだろう。

 冬月は何も悪くないのに。


 なんで幻夢病になっちゃったんだろう。


 せっかく幻夢病を治す方法だって研究したのに。

 なんで殺されなくちゃいけなかったんだろう。


 なんで?

 なんで……?


 なんで私から唯一大切なものを奪うの。


 三神って本当にいるのかな。


 だったら神を私は許さない。

 人間を作った神を許さない。

 私を作った神を許さない。


 まぁ、いいか。

 私ももうすぐ死ぬし。


 早く冬月の元へ行かせてほしい。


 私の残された願いはただそれだけだ。




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