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勇者の名前は『魔王』でよろしいですか?▼  作者: 毒の徒華
第3章 戦争を回避してください。▼

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蓮花の過去を知りますか?▼(2)




【蓮花 10歳】


 私は弟の冬月の為働いて、勉強し、自分の立場を盤石なものにしようと努めた。


 冬月は順調に成長しており、明るい笑顔を常に絶やさない子供として育った。

 常に無表情の私とは対照的に、冬月はよく笑って私に話しかけてきた。


 仕事も多忙であったが、冬月と過ごす時間は絶対に確保した。


 まだ5歳幾ばくかの冬月が寂しい思いをしないように、ライリーにも許可をもらってなるべく家にいる時間を長く取った。


 家にいる時間は仕事をしない分、なるべく勉強の時間に当てた。


 ライリーのもとで働いてもう5年になる。


 私はもう既にライリーの回復魔法士としての腕前を抜いていた。


 回復魔法士という職業はまだ広く認知されておらず、伝説の勇者パーティに1人いたという話は噂話程度に聞いたが、その記録はどこにも残っていなかった。


 そもそも、魔王を倒した勇者たちの記録が残っていないことに違和感をもっと深く調べるべきだったのかもしれない。


 ある日、私が冬月を寝かしつけた後に勉強・研究をしていたときのことだ。


 死者の蘇生魔法についての記述があまりにも少ないことに気づいた。


 死者の蘇生については「禁忌の術」「求めてはならない」と書かれており、詳しいことが書いているであろうところはどの本もページが破られていてなかったり、黒塗りで塗りつぶされていたりした。


 なんとか塗りつぶされているところが見えないかどうか透かして見ようとしても結局それは見えなかった。


 ライリーに死者の蘇生魔法について聞こうと、ライリーを探したが部屋におらず、まだ仕事をしているのかと私はライリーを探しに家を出た。


 その時、ライリーが誰かと話をしているのを見て、会話に割り込んではならないと思い物陰に身を潜め、会話が終わるのを待つことにした。


 話している相手は誰なのか分からないが、この町の人間ではないようだった。


「あの子は()の器になりえると思っている」

「あんな子供がか?」

「年齢は関係ないよ。私はあの子にいずれ鍵の話をしようと思う。しかし……今は回復魔法士の未来の為、研究を優先してもらっている。まだ私が暗部の仕事もしていることは言っていない」

「察しの良い子供に感づかれないようにするのは大変だぞ。暗部のような汚れ仕事をしていると分かったらお前の元から逃げているかもしれないしな」

「…………理解してほしいとは思っていないよ。でも、誰かがしなければならないことだ。私は憎まれ役を進んで買って出る。それが平和に繋がるなら」


 聞いてはいけない話を自分が聞いているということは分かった。


 いずれライリーから()というものの話をされるのだろう。


 そしてそれは汚れ仕事だと言っていた。

 しかし、平和につながる事だと。


「勇者連合会で鍵になる可能性がある者はいるのか?」

「いーや……極大魔法陣だからな、精密に制御できる者はそういない。名ばかりの管理職連中じゃ到底無理だ」

「そうか……何にしろ、がわの準備は整ったのだから、適合者を探さなければ」


 これ以上聞いたら私はまた両親に対して心を閉ざしたように、ライリーにも心を閉ざしてしまうと思った。


 だから話の途中でその場を離れてライリーの家に戻った。


 漠然とした不安が私の中に広がっていく。


 家に戻ると冬月は無垢な表情をしてすっかり眠ってしまっている様子だった。


 ――汚れ仕事……


 殺しか、拷問か、暗殺か、人攫いか、そういったような事柄が頭に浮かぶ。


 そのとき私は冬月が守られるのであれば、どんな汚い仕事もするつもりであった。


 冬月は私の光だ。

 こんな私の生きる意味になってくれる。


 だから、私と冬月の立場が良くなるのであれば私はどんな浅ましいこともするであろう。


 冬月が大人になれば、きっとこの世の汚さを目の当たりにすることがあるだろう。

 その純白の心に黒いもやがかかることもあるだろう。


 私はその脅威から冬月を守り抜こうと決めていた。

 それがどんなことであろうとも。


 私はそう考えてライリーから話があるまで聞かなかったフリをして生活することにした。


 それから数年経ってもライリーから鍵の話はなかった。


 いつその話をされてもいいと覚悟はしていたが、いつになってもライリーは私に汚れ仕事の話はなく、私は毎日、勉強、研究、仕事、冬月の世話をこなしていた。


 ライリーや両親は冬月に回復魔法士になってほしい様子だったが、私は冬月は冬月がやりたいことをしていけばいいと思っていた。


 冬月がもし回復魔法士として優秀だったら、ライリーから汚れ仕事の話が行くかもしれない。

 それは絶対に避けたかった。


 冬月は学校に通い、成績も平均的な元気な男の子という感じで私とはやはり正反対に育って行った。


 しかし、姉弟仲は良好で多忙でもできるだけ時間をとって冬月と、冬月の友達らと遊んだりした。


 私は別に楽しくなかったが、冬月が楽しそうにしていたので私もそれに付き合った。


 私の方はというと、回復魔法士としての腕は恐らくこの世界の誰よりも優れたものになっていた。


 大人に混じって積極的に論文を発表し、回復魔法士ら全体の技術を進歩させる役割を担っていた。


 けど、私がまだ子供であったこと、女であったことを快く思わない者は多く居た。


 多く居たという言い方は不適切かも知れない。

 9割の者たちは私のことを良く思っていなかった。


 だから私の技術を公に認めようとしないという無駄な時間が続いた。


 女がどうとか男がどうとか私には興味のない事だったが、女よりも男が偉いという風潮は確かにあった。


 子供を産む方が女で、子供を産まない方が男くらいの認識しかなかった私はその心底くだらない事柄の渦中にいた。


 それに魔族と関りを持ってはいけないという人間の中の暗黙の了解があったが、私は回復魔法の研究を長らく続けているという天使族に話を聞きに行ったりした。


 勿論最初は門前払いだったが何度も通い、自分の理論を話したり実践して見せたりしている内に天使族も下位から中位の天使が私と話をしてくれるようになった。


 人間の考えだけでは限界のあった技術も、天使族の話を聞いていると新しい魔法式が浮かんできたりして大きな進歩になった。


 上位天使は私は見たことがないが、実質中位か下位の天使が上位天使の意見を伝達する形で話をした。


 天使族は、人間の倫理をもって考えれば異常者にしか思えなかった。


 私も人間の間ではかなり浮いていたし、異常者なのは自覚があったので私に異常者などと言われるのは心外だろうが。


 表向きは善行をするが、相手をわざと窮地に追いやって手を差し伸べるというようなことをしている様子だった。


 私は魔神信仰のことはよく分からなかったが、私は別に天使族の考えを理解したい訳ではなかった。


 ただ、回復魔法の進展の為利用したに過ぎない。


 まぁ、そうなることは覚悟していたが、天使族と関わっている私を他の回復魔法士は良く思わなかったようだった。


 根も葉もない噂を流されたりした。

 私がオンナを使って上の立場を目指そうとしているとかなんとか。


 浅ましい連中だと思ったが、私はそんな噂に乱されることなく、毎日を送っていた。


 ただ、ライリーは針のむしろであっただろう。


 私も成長するにしてそれなりにオンナの部分が出てきた。

 とはいえ、あまり女らしい身体にならなかった。


 子供の時と同じ、痩せた身体だった。

 食事が面倒でいい加減にしていたからかもしれない。


 ライリーには冬月に私がどういう立場にあるのか、どういう待遇を受けているか、両親からどう扱われていたか、扱われているか何も話さないように口止めしていた。


 ただ、疲れて机で書き物をしている途中で寝ている私に「姉さん、ベッドで寝ないと駄目だよ」と声をかけてくれることが度々あった。


 それからまた数年経っても、私は他の回復魔法士からは良く思われていなかったが、現場の実力では私に敵う者はいなかった。


 民は何か体調に不調があったり、大怪我をした際には私の元へ訪ねてきた。


 私の回復魔法士としての腕の噂は国中に広がってシグマの町は移住者が増えた。


 毎日毎日私は患者を相手に回復魔法を駆使して仕事をしていた。


 普段は見ないような希少な病気も私の腕を信頼してくれて研究をしながら治療方法を確立したり、そんな生活をしていた。


 私が20歳になった頃、流行り始めた病があった。


 それは私が命名したが“幻夢症”という病気だ。元々“幻夢病”というものがあり、幻覚が見えたり、幻聴が聞こえたり、通常の感覚の者では理解できない妄想が出る病だ。


 これは脳病のくくりであり、私も把握はしていたがあまり手を付けていない分野であった。


 幻夢病と幻夢症の違いは、継続するか一過性のものなのかという違いだ。


 幻夢病はあまり広く認知されておらず、私も書物で少し読んで知っている程度で、回復手段は確立されていなかった。


 よくよく調べると、幻夢症の症状を発症しているものはある植物から抽出した成分を体内に取り込み続けることによっておこることが分かった。


 私はその植物を幻夢草という名前をつけ、国王に一律で禁止するように信書を出したが受け入れられてもらえなかった。


 ライリーにも国王に言ってもらうように言ったが、もうそれは遅かった。


 幻夢草は富裕層の娯楽として溶け込み始め、規制することができなくなっていたのだ。なんと浅ましい事であろうと私は思った。


 幻夢草を乾燥させてそれを燃やした煙を吸い込んだり、特殊な生成方法で血管に直接注入したり、粉末を鼻の粘膜から吸収したり、色々な方法で幻夢草を接種すると非常に気分が良くなるようだった。


 1番の問題はその成分に強い依存性があり、そして継続的に摂取していたのを辞めると強い離脱症状がおこりまた幻夢草を求めてしまうという状態だった。


 私が幻夢草の規制を強く呼びかけるまでもなく、その毒性の強い野生の幻夢草は秘境にある者以外はほぼ刈り尽くされた。


 野生の強い成分の幻夢草は高値で取引されていた。


 人工栽培されたものは徐々に毒性がなくなっていった。

 私が毒性と言っても、幻夢草の高揚感を求めている者にとっては有効成分なのだろうが。


 脳病について私は勉強し始めた。


 とはいえ、死者の脳を調べてみても生きている脳とは比較にすることができずに研究は手詰まりを感じていた。


 そんな中、冬月が幻夢症を発症したのだった。




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